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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語
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迷える子羊たちと勇気のカケラ①

「うふふ、じゃあ魔王さま、遠慮なく貰っていくわよぉ?」


「うん、どうぞどうぞ」


 魔界の行政の中心地である魔王城。

 その中でも、普段はあまり近付く者がいない宝物庫の中で、魔王と料理長が和やかに話していました。料理長は大きめの台車を押していて、その上にはいくつもの木箱が無造作に、山のように積まれています。



「それにしても、料理長。魔剣ばっかりそんなに沢山どうするの?」


「打ち直したり鋳潰したりして包丁やお鍋にするのよお。魔力のこもった魔剣とか妖刀とか、いい材料になるのよねえ」



 先日の料理大会に優勝した料理長が行使した勝者の権利により、魔王は自分が個人的に所有していたり、あるいは公共財として宝物庫に眠っていた魔剣妖刀等を、根こそぎ提供することになったのです。


 中には一振りでお屋敷が建つほどの価値がある魔剣があったり、魔王が魔界に来る以前から愛用していたなんでも斬れる黒剣なども混ざっていますが権利は権利。魔王も使い道に口を出すつもりはありません。


 それに、どうせ普段はほとんど使わず置物になっているだけですし、打ち直して包丁や鍋にしたほうが有効活用できるのは間違いないでしょう。

 炎の魔剣から作った包丁で塊肉を切ればそれだけで肉のタタキに、氷の魔力が染み付いた鍋で果汁をかき混ぜればシャーベットに、風の魔力で食材を覆って鮮度を保ったり等々、使い道は数多くあります。



「じゃあ、僕はそろそろ帰るね」


「あら、もうそんな時間? あ、そうそう、聞いたわよ、婚約おめでとう。先代さまにもよろしくねえ」


「うん、ありがとう料理長。それじゃ、またね」



 こうして、パッと用事だけ済ませた魔王は、現在の自宅兼職場である迷宮都市地下のレストランへと戻りました。







 ◆◆◆







 魔王がレストランへと戻ると、白目を剥いて床に倒れているシモンを発見しました。


 その隣ではアリスが慌てた様子で彼を介抱し、更にその隣にはオロオロと慌てたまま立ち尽くしている姉姫のイリーナ、ついでにその奥にはいつも通りに落ち着いた様子の老執事のクロードがいました。



「ええと……どうしたの?」


「あ、魔王さま。それが、よく分からないんですが、私が魔王さまと、こ……こ、こ、婚約したと話をしたら突然シモンくんが倒れてしまって」



 そう、哀れなシモン少年は、自分の知らないところでいつの間にか失恋していたという事実を受けて、茫然自失の状態に陥っていたのです。



「じゃあ、お医者でも呼んで……」



 しかし、魔王がひとっ走り医者を呼んでこようとした直前で、後ろのほうに待機していたクロードが「いえ、それには及ばないでしょう」と止めました。



「まあ、これも経験です。しばらくすれば自然と立ち直るでしょう。若には良い勉強になりましたな」


「はあ、そうですか?」



 魔王とアリスと、あとイリーナもよく分からないままでしたが、シモンのことをこの場の誰よりも深く知っているクロードが平然としているので、とりあえず危険はなさそうだと判断して安堵の息を吐きました。

 というか、この状況の元凶である魔王とアリスにこれ以上気遣われても、シモンに追い討ちの精神ダメージが入るだけです。



「ア……アリスよ……」


「あ、大丈夫ですか」



 何処ぞの拳闘士ボクサーのように真っ白に燃え尽きていたシモンですが、周囲の騒がしさのせいか、かろうじて意識を取り戻し、どうにか一言だけアリスに伝えました。



「……幸せにな……ぐふっ」



 その一言だけをどうにか振り絞るように、蚊の鳴くような小さな声で言い終えたシモンは、再び真っ白な灰のような自失状態へと戻ったのでありました。







 ◆◆◆







「それで、今日はお別れのご挨拶に来たのです」


 シモンを空いている長椅子に寝かせ、とりあえず落ち着きを取り戻したイリーナが本題に入りました。


 まあ、お別れといっても深刻な話ではありません。

 元々イリーナや他の家族(留学という名目で滞在していたシモンと、大使として赴任している兄以外)は、物見遊山の旅行に来ていただけなのです。


 主目的であるお祭りが終わって数日が経ち、それでもなお買物や観光などを毎日楽しんでいましたが、もう半月近くも滞在していることを思えば、遊興目的の旅行としては長めなくらいでしょう。



「せっかくですから魔界にも行ってみたかったのですけれど、それは次の機会の楽しみにしておきますね」



 お祭りの一週間の間に、世界間の交通及び市場取引の規制緩和を行い、特に大きな問題が発生しなかったことを受けて、早くも対応が為されていました。


 まず、これまでは日の出から正午までしか営業が許可されていなかった門前市が、日が落ちるまで開かれるようになりました。

 それと同時に双方の世界への立ち入り、人間界から魔界へ、もしくは魔界から人間界への通行と一定範囲内の行動の自由を許可する許可証の発行も始まっています。

 そのおかげで、お祭りが終わっても迷宮都市内には魔族の姿がちらほらと見受けられますし、逆に魔界側の都市にも人間たちが少なからず入り込んでいます。先週のうちにお互い慣れたおかげもあってか、今のところは特にトラブルも起きていないようです。


 まあ、強いて問題点を挙げるならば、許可証の発行自体は身元や前科を確認して問題がなければすぐに終わるのですが、なんせ申請希望者があまりにも多いので発行が追いつかず、現状では品薄状態になっているのです。

 財力や権力によるゴリ押しや売買もできないので、毎日公舎の前には早朝から身分の貴賎を問わず大勢の人々が列を作っています。いわゆる運転免許証やパスポートのような物と同じく個人情報が記載される上に偽造は罪となるので、本人が直接申請しなければならないのです。

 煩雑なシステムではありますが、売買や強奪や身分詐称などの予想し得る問題を回避するためにこのような形が採用されたのです。いずれは落ち着くでしょうが、イリーナが今回は魔界行きを諦めたのも無理はないでしょう。




 それはさておき、


「シモンもそろそろ一度里帰りをしたほうがいいと思って、連れて帰ろうかと思っていたのですけれど……」


 見聞を広めるための留学中とはいえど、シモンはまだ六歳の少年です。

 大人であれば仕事や勉学の都合で何年も故郷を離れることも時にはあるでしょうが、彼くらいの子供がずっと親と離れているというのはあまり良いことではありません。

 ここいらで一旦家族と一緒に国に帰って英気を養い、またしばらくしたら留学を再開すればいい……と、ついさっきまではシモン本人もそう考えていたのですが、



「この様子だと、もうこの街には戻らないと言いかねませんな」



 クロードは真っ白に燃え尽きたままのシモンを見ながら肩をすくめて嘆息しました。そもそも、シモンがこの街に留学を決めたのはアリスがいたからこそという部分が大きいのです。


 年の割にはしっかりした少年ではありますが、失恋のショックを受け流すには人生経験がどうしても不足しています。やがては立ち直るにしても、一度街を離れてから再び訪れようとまで思えるかは微妙なところです。




「それは残念ですね。せっかく仲良くなれたのに……」


 元凶その一であるアリスは心底残念そうに言いました。

 さいわい精神的に半死半生のシモンの耳には届いていませんでしたが、聞こえていたら更に傷口を抉っていたかもしれません。この場合、無自覚な分だけに余計悪質です。

 アリスは鈍感さ故の残酷さというものを様々な実体験を通じてとても良く知っているはずなのですが、長年思い煩ってきた自分の問題が概ね解決してしまったせいか、はたまた自分と他人とでは勝手が違うせいか、そこにまでは理解が及んでいないようです。まあ、それ以前にシモンの彼女に対する好意がどのような種類のものなのか全く理解していない時点で論外なのですが。




「ところで、出発はいつ頃に?」


「明日の早朝です。早くに出れば夕方には街道沿いの宿場まで行けますから」


 元凶その二の魔王の問いにイリーナが答えました。

 元々、この街の前身だった迷宮から最寄の街まで徒歩で数日はかかる道のりでしたが、昨今では商機に聡い商人たちが街道沿いに何箇所か宿場を開いて、それなりに繁盛しているのです。

 宿場といっても、今はまだ小さな宿泊所と有料の水場とかまどがあるだけの質素なものばかりですが、このまま街道の通行量が増え続ければ、やがては規模を拡大して立派な宿場街になる日も来るかもしれません。

 イリーナたちが乗ってきた馬車は、その中だけで生活できるような豪華な作りになってはいますが(なおかつ、そんなのが何台もありますが)、それでも水場や竈などが整備された宿場を利用できれば(使用人の)負担は減りますし、快適な旅が送れるのです。

 






「じゃあ、明日は見送りに行きましょうか」


「寂しくなるなあ」


 客人を見送った元凶二人は、結局なんでシモンが参ってしまったのかも分からないまま、心底残念そうに明日渡す手土産の相談などを始めるのでした。





最強装備をあっさり手放すスタイルの魔王。

一応設定上は、物体だけでなく時間や空間や概念や因果などなんでも斬れるヤバイ級装備なのですが、本作では活躍の機会がないために料理長に譲ってしまいました。

幸か不幸か破壊は不可能なのですが、今後は長さを活かした牛刀包丁やマグロ裂き包丁の代わりとして有効活用されることになります。


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