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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語
174/382

コスモス(小)と風変わりな親子丼


 お祭りが終わった三日後。

 諸々の後始末もそろそろ終わりが見えてきたある日のお昼時のことです。



「おや、アリスさま。そんな鳩が豆鉄砲で全身蜂の巣にされたような顔をして、どうかなさいましたか?」


「どんな顔ですか……というか、その奇天烈な喋り方。本当にコスモスなんですか?」


「ええ、ちょっと気分転換にイメージチェンジをば」



 通常営業を再開したレストランの店内で、イメチェンを図ったコスモスを見たアリスは、それはもう目を見開いて驚いていました。

 それはそうでしょう。

 なんせ、コスモスの現在の身長その他諸々のサイズはアリスよりも小さくなり、シモンやライムと同じくらいの子供サイズになっていたのです。最初にアリスと出会った時の体格よりは少し大きめですが、少女というよりは幼女という表現が似合いそうな大きさです。

 本人の自己申告に加え、特徴的な銀髪銀眼、それといつも通りの特異な性格がなければアリスも信じられなかったことでしょう。



「はあ、それで一体どうしてまたこんなことに?」


「実は……遊園地で黒づくめの服を着た二人組に薬を飲まされて、目覚めたらこんなことに」


「一秒でウソと分かる説明ありがとうございます」


「身体は子供、頭脳は大人、その名は」



 それ以上はいけない。

 そもそも、この世界にはまだ遊園地なる施設はありませんし、人員の大半がスパイと裏切り者で構成された黒服だらけの秘密組織も存在しません。



「本当は、調整槽の機能を使って一晩かけて体格を変更してきたのですよ」


「ああ、あなたたちが生まれた装置ですか。そんなこともできたんですね」


「ええ、できたんですよ。これで色々な需要に応えることができますね」



 ホムンクルスの肉体年齢は、何も手を加えなければ最も機能的に優れている時期(人間でいう二十代前後)で固定され老化することも若返ることもありませんが、後天的に調整を加えることで外見年齢を操作することも可能なのです。普通はメリットがないので、わざわざ時間と手間をかけてやる意味はありませんが。



「いやはや、胸部の重りが消えると身体が軽くて良いですな」


「……それは、よかったですね」



 子供の身体になって色々と身軽になったコスモスの忌憚ない感想で、何故かアリスがダメージを受けていました。この話題を続けると精神への負担が大きそうだと判断したのか、アリスは露骨に話題を逸らしにかかります。



「そもそも、子供の身体では仕事も大変でしょうに……というか、今日は仕事はどうしたんですか?」


「ああ、しばらく有給をいただきました。それに一晩あれば元の身体に戻すこともできますから心配はご無用です」



 ここ最近、お祭りの準備期間中からずっと働き通しだったコスモスは、長期の有給休暇を取得していたのです。それはアリスも知っているので、休暇を取ったことに関して文句を言う気はありません。

 しかし、そこで舌鋒が鈍ったのが運の尽き。

 コスモスによる容赦のないセクハラがアリスに襲い掛かります。



「はっはっは、そんな風に胸部装甲の厚さで悩むくらいならば、魔王さまに揉んで大きくしてもらえばよいではないですか。ほら、めでたく婚約もされたことですし」



 見た目だけはあどけない子供の姿だというのに、言っていることは割と最低でした。



「な、ななな、何を……言っているんですか!?」


「何を、とは? 具体的に言いますと、おしべとめしべが……」


「具体的に言わないでください!」



 アリスの顔はもう真っ赤になっています。コスモスが子供の身体をしているせいでいつものように物理攻撃に出ることもできず、両手で自分の耳を塞いで何も聞こえないフリをしています。



「え……もしかして、まだ何もしてないんですか?」


「ま、まだ、こ、婚約しただけですし……その、そういうことは、ちゃんと結婚してからですね……」



 アリスの声は恥ずかしさのあまりどんどんとか細くなり、コスモスは「この女、超面倒くせえ」という表情を浮かべました。



「それなら、さっさと結婚すればいいではありませんか。明日ですか? それとも明後日ですか?」


「い、色々と準備もありますし……魔王さまとは来年の春ぐらいに式を挙げようかって話していて……」


「なんだ、ちゃんと具体的な話もしているんじゃありませんか。来年の春というと、だいたい半年後くらいですね」



 コスモスとしては、せっかく苦労して婚約まで持っていったのに今度は半永久的に婚約状態が続くんじゃないかと心配していたのですが、それは杞憂で終わったようです。魔王は他人の好意に対して非常に鈍感ではありますが、ちゃんと意思を言葉にして明示されたならば、それなりの形を整えようとする程度の甲斐性はあったのでしょう。

 まあ、もし具体的な話がなくとも、元の体格だとアリスとの親子関係がイマイチしっくりこないという理由で自分の肉体を改造までしてしまったくらいのコスモスですから、その時はその時でなんとかするのでしょうが。



「では、アリスさまの夜の生活を根掘り葉掘り聞くのは半年後まで我慢するとして……」


「いや、それは永遠に我慢していてください」


「とりあえず、何か食べさせてください。昨日の晩から何も食べていないので」



 体格の調整をする際は、不具合を避ける為にお腹をカラッポにしないといけないのです。ぐうぐうと鳴る小さなお腹をさすりながら(そしてアリスの言葉が聞こえなかったフリをしながら)、コスモスはこの場所に来た本来の目的をようやく伝えたのでした。





 ◆◆◆





「まったく、コスモスにも困ったものですっ」


「あはは、まあ元気でいいんじゃないかな」


 厨房の魔王にコスモスの注文を伝えたアリスは、まだ顔を赤くして愚痴をこぼしています。それがコスモスにからかわれた結果だと知った魔王は、手を動かしながらも、のほほんと笑いながらアリスをなだめていました。


 魔王が手に取ったのは大きな鶏の胸肉です。それが三枚。

 あらかじめ皮目に何箇所か穴を開けてからショウガ醤油と酒に漬けて下味を付けておいたそれらを保管庫から取り出し、全体に片栗粉をまぶしていきます。



「片栗粉、ということは竜田揚げですね」


「うん、普通のじゃないけどね」



 コスモスの注文は「何か美味しい物を」というアバウトなものだったので、魔王が何を作っているのかはアリスも把握していません。パン粉や小麦粉ではなく片栗粉をまぶしたので竜田揚げと予想しましたが、どうやら普通の竜田揚げではなさそうです。


 ジュウジュウと音を立てる揚げ油の中で、鶏肉は見る見る間に美味しそうな狐色になっていき、香ばしい揚げ物の匂いが漂い始めました。きっとこのままで食べても間違いなく美味しいことでしょう。



「アリス」


「なんですか?」


「はい、味見。あ~ん」



 魔王は三つ揚がった竜田揚げのうちの一つを包丁で一口サイズに切り、それを指で摘まんでアリスの顔の前に持っていきました。お行儀は悪いですが、アリスに断ることなどできるはずがありません。



「ん……美味しいです」


「それは良かった。じゃあ、コスモスの分が出来たら僕たちもお昼にしようか」



 魔王が胸肉を三つも揚げていたのは、自分たちのお昼ご飯を一緒に作っていたからのようです。アリスも茹った頭でどうにか思考を働かせ、多めの肉の量に納得していました。


 続いて魔王が保管庫から取り出したのは、冷凍の(・・・)卵です。

 生卵を凍らせてから殻を剥いたそれに小麦粉をまぶし、水で溶いた片栗粉を絡めて揚げると、いい具合に熱が入って簡単に半熟卵の揚げ物ができるのです。

 ここまでくれば完成まではあと少し。

 揚げた鶏肉と卵を、醤油と酒と味醂、そして隠し味にオレンジの絞り汁を加えてアルコールが飛ぶまで煮切ったタレにくぐらせ、千切りのキャベツと一緒に熱々のご飯に乗せれば、鶏肉と半熟卵の竜田揚げの変わり親子丼の完成です。







 ◆◆◆







「いただきます」


「いただきます」


「いただきます」


 ちょうど料理が出来たタイミングでコスモス以外のお客さんがいなくなったので、魔王とアリスもコスモスと一緒に昼食にすることになりました。



「本当に小さくなってるね、コスモス。調整槽にそんな機能付けたかな……?」


「まあまあ、細かいことを気にしてはいけません。それより冷める前に頂きましょう」


「うん、まあ別にいいか」



 コスモスの外見に関しては、流石の魔王も一瞬だけ驚いたようですが、いつもの大雑把さを発揮してすぐに順応したようです。そんな些細なことよりも食事が冷めるほうが一大事だと言わんばかりの勢いで、三人揃って食べ始めました。


 唐揚げよりも歯応えの強い衣をバリッと噛み砕くと、鶏の旨味とタレの甘辛い味が一気に口内を侵略してきます。ご飯と合わせることを前提にした味付けなので、タレをかなり濃い目の味付けにしてあるのです。



「ふむ……この身体だと味覚が少し変化するようですね。いえ、充分に美味ですが」


 コスモスが言うには子供の体格になると味覚も子供寄りになるようです。

 大人の舌では気にならないキャベツのえぐみやショウガの辛味などを強く感じ、その一方で甘味を普段以上に好ましく感じているようです。タレに入っているオレンジ由来のフルーティーな甘さと酸味のおかげで、全体的には美味しく食べることができているようですが。



「卵の黄身をお肉に絡めて食べると美味しいですねえ」


 アリスは卵の黄身の部分と鶏肉を一緒に味わうのがお気に入りのようです。

 箸先で半熟卵の竜田揚げを二つに割ると、中からはトロリとした黄身が溢れてきます。

 鶏肉をその黄身に絡めて食べると濃厚な味わいがたまりませんし、タレの染みたご飯と一緒にかき込んでも甘辛い味が豊かに膨らんで食欲をそそります。



「キャベツもいいけど大根おろしでも美味しそうだね」


 魔王はそんな風に料理の分析に余念がありません。

 生の大根の辛味は子供の舌にはきついかもしれませんが、大人が食べる分には大根おろしも充分にアリでしょう。





「おや?」


「どうしたんですか?」


「いえ、それが実は……」


 丼の八割ほどを食べ終えた時点でコスモスは満腹になってしまったようです。テーブルの下を見れば、幼児らしい小さなお腹がぽっこりと膨らんでいます。どうやら、体格の変化に伴う食事量の減少をコスモス本人も読み切れていなかったようです。



「お腹が空いていたのでイケるかと思いましたが、面目ありません」


「まあ、仕方ないか。じゃあ、残りは僕がもらうよ」


「お願いします」



 残念ながら食べ切れなかった二割は残すことになりましたが、それも魔王が引き受けたので問題はありません。神子やガルドほどではありませんが、魔王も人並み以上には健啖なほうなのです。



「じゃあ、コスモスはデザートは止めておいたほうがいいですね」


「栗のタルトが美味しく出来たんだけど、それはまた今度に……」


「何を仰いますお二人とも。甘い物は別腹だと昔から言うではありませんか。というか、ガルドさまか神子さまが来たら私の分がなくなってしまいますので」



 お腹がいっぱいでも、それはそれとしてデザートは食べたいようです。

 結局、コスモスは苦しいのをガマンして大きなタルトを綺麗に平らげ、そのせいで午後一杯をアリスのベッドの上で一人唸りながら過ごすハメになるのでした。







 ◆◆◆







《オマケ》


 数日後。

 いつもの大人サイズに戻っていたコスモスとアリスによる一幕。


「あら、コスモス。今日は元の大きさに戻っているんですね」


「ええ、ちょっと部屋の掃除をするために。あちらの省エネサイズも悪くありませんが、こちらのほうが作業効率がいいですから」


「そんな風に気軽に体型を変えられると便利そうですねえ……ところで」


「ああ、身体の調整はホムンクルスしかできませんから、アリスさまの体型は変えられませんよ。まあ、気を落とさずに」


「先読みされた上に気を遣われた!?」



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