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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編
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一ツ橋リサ


 一ツ橋リサは、自分自身を平凡な人間だと考えている。


 たしかに勇者としての力や能力は持っているが、そんなのは所詮ただ偶然手にしただけの借り物で、自身の本質はそんな『特別』からは程遠い場所にあると知っていた。


 だが、あえて彼女から特別性を見出そうとするならば、それは運の良さにあるだろう。人の縁に恵まれる才能、とでも言い換えることも出来るかもしれない。

 あまりにも広い世界で、偶然にも、たったの一年ほどで魔王やアリスと出会ったのは、まさに運が良かったからとしか言いようがない。


 しかも、その後はリサ自身はほとんど大きな働きをしていないのに、両世界の和平が成立し、リサ自身も自分の家に帰れるようになり、あまつさえ自分の意思で世界間を行き来できるようにまでなってしまった。



 繰り返すが、それらの事象にリサ自身の働きはほとんど影響していない。ただ、彼女の周囲で勝手に繋がった人の縁が起こした結果である。

 リサの主観としては、世に言われているように自分が世界を救った自覚などまるで無いし、だからこそ彼女は真実勇者であるにも関わらず、人々から褒め称えられることにあれほどまでの心苦しさを覚えているのかもしれない。『何もしていない自分』がそんな風に思われるのは申し訳ない、と無意識下で考えていたからこその反応だったのやもしれない。




 『何もせずとも周囲の全てが上手く回り、勝手に世界が平和になる』というのは、武芸や魔法の才能などといった、いかにも勇者らしい数々の能力が、取るに足らないつまらないものに思えるほどの破格の素養である。


 ただし、リサ自身にそんな自覚はないし、意識して行使できるような性質のものでもないが。そんなものは能力とすら呼べないだろう。それこそ、ただ運が良かっただけに過ぎない。



 だから、結局のところ彼女は、人生のあるひと時において、とてつもなく運が良かっただけの、ごく普通のただの少女なのだ。







 ◆◆◆







 一ツ橋リサは、自分が周囲に流されやすい性質だと知っている。


 召喚され勇者としての役割を課された時も「なんとしても世界を救うのだ」などといった騎士道物語にでも出てきそうな高潔な決意とは無縁で、ただ状況に流されただけのことである。


 料理の道を志しているのも、たまたま料理屋の子に生まれたという状況に流された結果と言えなくもないし、進学や交友関係などにおいても同様である。まあ、地球だろうが異世界だろうが、人間社会において一切周囲に流されることなく生きている者などそうはいないし、そういう流される生き方に大きな不満があったわけでもない。



 大きな覚悟や決意とは無縁だけれどそれなりに幸せで、リサはこれまでずっとそういう人生を送ってきたし、これからも人生の大部分においては同様なのだろう。




 しかし今回は、今回だけは、リサは流れに逆らうことを決めた。


 もしかしたら、その決断によって今の平穏な日々が崩れてしまうかもしれない。否、「かもしれない」ではなく、確実に人生の方向性そのものが大きく変わってしまうだろう。



 その決断に恐怖がなかったはずもなく、だからリサは願を掛けることにした。

 もし万が一、優勝して願いを叶える権利を手にしたらそうしよう、と。

 それを決めた時点では、まだコスモスの策謀を知らず、本当に万に一つの可能性のはずだった。九割九分、決断は人知れず未遂に終わり、まだしばらくは今のぬるま湯のような幸せな日々が続くのだろうと思っていた。



 実際、お祭りが始まる直前のタイミングでコスモスの不正を知った時だって、それを魔王たちに明かすことも出来たはずなのだ。

 だが、リサは自分の意思で決断し、あえてその不正を見逃した。

 計画のみならずコスモスの真意も知ってしまい、それを邪魔する気になれなかったというのもあるし、それを含めて己の運命なのだろうと感じたのだ。







 ◆◆◆







 一ツ橋リサは、自分の罪深さを明確に自覚している。


 アリスの気持ちを、まさに自分のことのように知っていながら、先んじてそれを魔王に伝えるなど到底許されることではないと思っている。


 嫌われたり怒られたりするならば、まだいい。

 これによって、アリスが深く傷付いてしまうかもしれない。それがとても恐ろしく、しかし、今この場でやらなければ、きっといつか、今以上に取り返しが付かないことになってしまうとだろういう予感があった。



 「家の手伝いがある」などとウソを吐いて、ここ数日、人の多い所でわざと目撃されるようにしたのも、決心が揺らいで後戻りできなくなるように自分を追い詰めるためだった。

 数日前、シモンたちに正体がバレた後に思いついて、逆にその状況を利用しようと考えたのだ。

 もっとも、それに関してはコスモスの機転によって不発に終わってしまったのだが。成功していれば、今のように気軽に魔王たちに会うことはもう出来なくなっていただろうに。



 これは、裏切りである。

 アリスだけではない、リサ自身の心をも裏切っている。

 今、この場に及んでも、それが正しいことだなどとは微塵も思っていない。

 だが、今を逃せば、今以上に想いが高まってしまえば、もう二度とこんな決断はできないだろう。








 ◆◆◆








「魔王さん」



 一ツ橋リサは、告白しました。



「結婚、してください」



 ここで言葉を止めたらどうなるだろう?

 そんな誘惑を振り払い、続く言葉を口にしたのです。

 自分の心を裏切る、その言葉を。



「アリスちゃんと、結婚してください」



 誰もが、想像もしていない事態に動きを止めました。

 その場の全員が、まるで時間が止まってしまったかのように硬直し、言葉の内容を反芻していました。



「アリスちゃんは、ずっと貴方のことが好きだったんです。だから……」



 その告白に、告白の代弁に一番驚いていたのはやはりアリスでした。

 しかし、思考は空白に染まり、リサの言葉を止めるべきかそうでないかの判断もできず、結局は、ただ木偶の如くに聞いていることしかできませんでした。



「だから、結婚……いえ、お付き合いでもなんでも形はお任せします。ただ、アリスちゃんの気持ちに応えてあげてください」



 最後に震える声で「お願いします」と告げ、リサは魔王に対し深々と頭を下げました。



 これ以上、好きになってしまう前に。

 恋を諦めるためのリサの告白は、こうして終わったのです。





これにて今章は終了です。

そして次章が本編最終章となります。

読者の皆様、どうか最後まで彼女たちの事を見守ってあげてください。


ここしばらく、ほぼ毎日更新をしていましたが、次章に入る前にプロットの細かい部分を詰めるのと書き溜めを作る為に少しお時間を頂きます。おそらく、一週間か二週間くらいで戻ってこられると思いますので。

今章のラスト付近ではなかなか料理ネタを入れられなかった反省もあるので、次章ではその経験も活かせればと思います。


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