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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編
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告白


 天を往く劇場艇の舞台にて、出番を終えた三人はそのまま夜風を浴びて火照った身体を冷ましていました。

 既に地上への映像の中継は切られ、後は審査の結果を待つばかり。もっとも、それに関しては単なる形式上のことでしかないのですが。



「もう、すっかり秋ですね」



 誰かに語りかけるというワケでもなく、リサがそんな独り言を呟きました。

 この一週間の間にも残暑の気配はどんどんと薄くなり、涼しさを覚えることが増えてきました。ましてや、高空を進む船のむき出しの舞台とあっては、ひゅうひゅうと音を立てて吹き抜ける風は、涼しさを通り越して寒く感じられるほど。もうしばらくすれば秋も終わり、冷え冷えとした冬がやってくるのでしょう。



「お疲れさまです、皆さま。そして、おめでとうございます」



 夜風に紛れてぱちぱちという拍手の音が、舞台袖から聞こえてきました。拍手と声の主は舞台裏にて三人の晴れ舞台を見守っていたコスモスです。そして「おめでとう」という賛辞が示すのは、もちろんアリスたちの勝利の報せです。

 観客席と一緒に地上に置き去りにしていた審査員たちから、(名目上ではありますが)審査の結果が出たという連絡が入ったのです。その旨を伝えた後、コスモスはもう一度改めて、


「おめでとうございます」


 と、祝福を送りました。







 ◆◆◆







 しかし、ここまでは規定路線。本当の問題はここからでした。



「……アリスさま。お覚悟はよろしいですね?」


「…………っ」



 コスモスが顔を寄せて耳打ちしますが、アリスは緊張のあまり返事をすることもできないでいます。つい先程までは別の緊張で上書きされていましたが、改めて現状を正しく認識してしまったのでしょう。


 コスモスがここまでお膳立てして作り上げた、成功率百パーセントの告白の機会。

 アリスはその裏側にあった諸々の事情は知りませんが、これがかつてないほどの、そして二度とないほどの好機であることは理解していました。

 ですが理解してしまっているからこそ、心臓は早鐘のように鼓動を早め、呼吸は荒く浅くなり、この上なく緊張してしまってもいました。



「昨日の紙はお持ちですね?」



 コスモスの問いかけに、アリスは衣装の隠しポケットから取り出した紙片を握り締め、首をこくこくと縦に振ることで答えました。

 なんということでしょう。このちっぽけな紙きれを魔王に渡せば、ただそれだけでアリスの恋は報われるのです。これまでの長い苦労を思えば、そのなんとあっけないことでしょうか。

 



「実は、もう間もなく、この場に魔王さまがいらっしゃいます」



 そして、念には念を押して、コスモスは決勝後のこの場所に魔王を呼びつけていたのです。空を飛ぶ劇場艇の上だろうと、魔王ならば難なく来れるでしょう。

 ただ紙切れ一枚渡すだけとはいえ、ヘタに時間を置いたら、ヘタれたアリスがコスモスのいない場面で無難な願いを伝えかねないという、良くも悪くもアリスの性分を熟知していたからこその対策でした。今この場で、結果を確定させなければ安心はできないのです。







 ◆◆◆







「みんな、おめでとう。頑張ったね」


 そして予定通り、コスモスの脚本通りに魔王が舞台の上にやって来ました。地上からここまで跳躍してきたようですが、着地の足音も聞こえないほどに静かな登場で搭乗でした。

 この後に閉会式の挨拶が控えているので、魔王は開会式の時と同じ正装をしています。



 とんっ、とコスモスがそっとアリスの背を押し、アリスは俯いたまま魔王の前に立ちました。その足取りは夢遊病患者のようにふらふらとしていて、顔はこれ以上ないほどに真っ赤に染まっています。



「……ま、魔王さまっ」



 アリスは手の中の紙片がくしゃくしゃになるくらいに強く握り締め、震える声で魔王を呼びました。どうやら、緊張のあまりノドがカラカラに渇き、声が出にくいようです。

 しかし、無理に声を出す必要はありません。

 ただ、その手をほんの数十センチ持ち上げて、告白の文章が書かれた紙を渡すだけでいいのです。



「わ、わた……し、私は……っ」


「アリス?」



 アリスは、自身の手が枯れ木にでも変わってしまったかのように感じていました。

 薄い紙切れ一枚がとてつもなく重く感じ、その場にへたり込んでしまいそうです。

 魔王も、アリスのただごとではない様子に困った顔をしていますが、そこで真意を察することが出来るほどの甲斐性があれば、そもそもこんな事態にはなっていません。



「魔王さまっ、私は……貴方が……っ!」



 もう、そこまで声が出掛かっているというのに。

 もう、ちょっと腕を上げるだけだというのに。

 アリスは、最後の一歩が踏み出せませんでした。

 己の臆病さが悔しくて、情けなくて、目の端から零れた涙がぽたぽたと床に落ちますが、どうしてもあと一歩が踏み出せなかったのです。




 そんな状態のまま、何秒、何分が経過した頃でしょうか。

 手に汗を握ってアリスの様子を見守っていたコスモスは、いつの間にかアリスの隣に進み出ていたリサの姿に気付きました。







 ◆◆◆







 リサは、それが裏切りだとはっきり自覚していました。

 今ならばまだ戻れると、理解してもいました。

 けれど、それらの迷いを振り切って、魔王の目を真正面から見据えて立ち向かったのです。



「魔王さん」



 リサは、そこで一度言葉を切って隣に立つアリスに視線を向け、それからもう一度魔王に向けて言ったのです。



「結婚、してください」





次回で今章は終了です。

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