星々の賛歌
夜空を往く船から、遥か地上へと音色が落ちる。
船の機能が奏でる楽器の調べは優しく、けれど、どこか寂しげで。
「……Le ciel bleu sur nous peut s'effrondrer(もし、空が落ちてきても)」
歌声は高らかに、伸びやかに。
満天の星々の彼方へすら届けとばかりに、高く、高く。
「Et la terre peut bien s'écrouler(もし、大地が崩れ去っても)」
少女たちは歌い上げる。
他の全てを取り零そうとも、それだけは決して失くすまいという愛の歌を。
「Peu m'importe si tu m'aimes(ただ、貴方が愛してくれれば、そんなのはどうでもいい)」
彼女たちが歌声に込めた想いは如何なるものか。
そうあれかしという決意。
そうありたいという願い。
或いは、そうありたかったという悔恨か。
◆◆◆
地上の喧騒はいつしか収まり、天より落ちる歌声だけが街を満たしていました。
人々の胸中は歌声で、否、歌声によって呼び起こされた各々の想いで満たされていました。
親子が、夫婦が、恋人が、友人が、師弟が。
老人が過去の思い出に頬を緩ませ、幼子が未来への希望に瞳を輝かせ、中年が踏み出せなかった後悔に涙を零し、青年が胸に燃える恋心に決意を新たにし────皆が、それぞれの人生を想いました。
歌声は、技巧という意味では飛び抜けて上手いものではありません。
しかし、それがこうも人の心を打つのは、使い古された文句ではありますが、きっと彼女たちの心がこもっていたからなのでしょう。
◆◆◆
「Je me fous du monde entier(世界なんてどうだっていい)」
黒い髪の彼女は言葉を紡ぐ。
それだけあれば他に何も要らないと。
かつて、世界を救う役割を課された彼女は、如何なる心でそう歌うのだろう。
「Tant que l'amour inondera mes matins(ただ、愛で満ちた朝だけがあれば)」
赤い髪の彼女は笑う。
自分と皆とで笑い合える夜明けを。
それが己の生き方だと、世界に向けて誓うように。
「Tant que mon corps frémira sous tes mains(ただ、貴方の手の中に包まれていれば)」
金の髪の彼女は望む。
凍てついた過去と、それを溶かした彼の温もりを想いながら。
彼を愛し、彼に愛されたいと。
かつて、魔を統べる王であった彼女は、ただそれだけを祈る。
「Peu m'importent les grands problèmes(世界の全部がどうでもいい)」
ただ、愛だけがあればいい。
それだけあれば、もう何も要らない。
人生とは、世界とは、ただそれだけでいいのだと。
「Mon amour, puisque tu m'aimes……♪(愛しい人、貴方が私を愛してくれるなら)」
歌い終わりは寂しげで、けれど、どこか優しい余韻が残り。
こうして、ただ一度きりの舞台は幕を閉じました。
◆◆◆
歌が終わり、舞台の上の三人は誰ともなく自然と天を見上げました。
歌の最中も劇場艇はゆっくりと高度を上げており、気付けば地上は遥か下。
街の灯りは、まるでぴかぴかと光る星のよう。
天の星と地の星とが、まるでどちらが明るいのか競い合っているかのようです。
その時、地上から、ぱちぱちと弾けるような音が風に乗って聞こえてきました。
迷宮都市のあちらこちらから、空の上にいる彼女たちに聞こえるくらいに多くの拍手が送られているのです。
いつまでも続くぱちぱちという小さな音が、まるで炭酸水の泡が弾けるみたいだと言って、三人は晴れやかな笑みを交わしました。
※作中の曲について
フランスの歌手エディット・ピアフ(Édith Piaf/1915-1963)の「Hymne à l'amour(愛の賛歌)」です。有名な曲なので聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。色々な方が歌っていて動画サイト等でも聞けますので、ご興味ありましたら一度聞いてみてください。名曲です。
作中の歌詞はフランス語ですが、いつぞやの子守唄の時と同じく、実際には異世界語で歌っているという体でご理解下さい。雰囲気作りの為にこのような形にしています。
カッコ内の歌詞の日本語訳はまたもや意訳マシマシ&翻訳サイト頼りなので、変なところがあるかもしれません。フランス語に詳しい方はどうかお見逃しを……。





