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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編
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彼女たちの舞台

「開始と同時に会場が────となりますが、危険はありませんので、慌てずに練習通りにお願いします」


 屋外劇場の舞台袖にて。

 コスモスが最後の注意事項を、アリスたち三人に言い含めていました。

 劇場には決勝戦用にちょっとした仕掛けがあったのですが、先程のサブローの時は本人の意向により、動物たちのコンディションが乱れるのを避けるために地上で芸を行ったので、その機能を使うことなく終わってしまいました。なので、これが初お披露目ということになります。



「なんというか、世界観がよく分からなくなりそうですねえ」


「なんだか楽しそうだねっ!」


「いつの間にそんな仕掛けを……」



 前から順に、リサ・フレイヤ・アリスがそれぞれに、呆れたり、喜んだり、驚いたりと三者三様の感想を口にしました。

 閉会式を除いて、全日程・全イベントの大トリとなる以上、注目度はただでさえ高いというのに、この仕掛けにより屋外劇場の中のみならず、都市内全域の注目を浴びることになりそうです。



「客席のほうも、ある程度熱が引いてきたようですね。準備はよろしいですか?」


「はいっ」



 女は度胸。

 ここまで来たら、あとは覚悟を決めて進むだけです。



 舞台に上がる直前。

 ぱさりという音が聞こえて、リサは眼前の木床に落ちている、二つ折りの紙片に気付きました。どうやら、数歩前を歩くアリスが衣装の隠しポケットから落としたようですが、彼女は緊張のあまり気付いていないようです。



「これは……」



 リサは咄嗟にその紙片を拾い上げ、そこに書かれていた文章を一瞥し……それから、アリスに声をかけてその紙片を返しました。



「大事な物なのでしょう? 気を付けないとダメですよ」


「あ……ありがとうございます!」



 昨日、コスモスが冗談めかして渡した告白の一文が書かれた紙片。緊張のあまり忘れかけていたそれを見て、アリスにも改めて気合が入ったようです。



「見ていてください、魔王さま」



 そして、彼女たちは最初で最後、一度きりの舞台ステージへと踏み出しました。







 ◆◆◆







「おお、アリスたちが出てきましたよ、姉上」


「あの赤い髪の方は知らないけれど、三人とも素敵な衣装ね」


 観客席の最前列に陣取っていたシモンとイリーナの姉弟、ついでにその家族や護衛や世話役たちは、見目麗しい少女たちの登場に大きな拍手を送りました。


 会場内には魔族の観客もおり、先代魔王と元四天王という超有名人の登場に驚きを隠せずにいる者も多いようです。なにしろ、予選からここまで一度も観客に姿を見せていなかったので、アリスが出ることを知っているのは親しい友人か運営関係者くらいしかいなかったのです。



「あの白い衣装の黒髪の子……まさか?」


「いや、そんなはずはないだろう。あのカツラを被ってるんだろうよ」



 そして懸念されていたリサの身バレですが、少なくともこの時点では、コスモスの読み通りに疑惑を逸らすことができていました。この会場内にも勇者時代の彼女と面識がある者は何人かいたのですが大抵は座席が遠く、更に夜が更けて薄暗かったために確信には至らなかったのです。



「ううむ、バレないかとヒヤヒヤするな」



 正体を知っているシモンたちは、観客席の後ろの方からポツポツと聞こえてくる「まさか」や「もしかして」という言葉に肝を冷やしていました。もしバレたら、観客席の人々が舞台に押し寄せてパニックになり、小柄なシモンなど群集に踏み潰されてしまうかもしれません。



 まあ、その心配に関してだけは、この直後に消えましたが。



「ん、なんだ? 舞台が……なんだと!?」







 ◆◆◆







「うえ、みて」


「どうしたんだい、ライム。空に何か……なにあれ?」


 屋台の見切り品を買い回っていたタイムは、ライムの言葉を受けて足を止めて空を見上げ、そして言葉を失いました。周囲の人々も次第にそれ・・に気付き、あっという間に騒ぎが広がっていきました。



「飛んでるね?」


「ん、とんでる」



 月夜を背景に空に浮かんでいるのは、つい数十秒前までは屋外劇場だったモノ。

 観客席は地上に残していますが、それ以外は舞台も控え室も諸々の設備も全て空高くにまで浮き上がっていました。先程まで地下に隠れていた部分が飛行を支える動力を生み出しているようで、その姿は巨大な船のようでありました。


 そう、この舞台の真の姿は、屋外劇場などではなく、空を自在に飛び回れる機能を備えた劇場艇だったのです。

 先程まで地下に隠れていた通常の船舶の喫水線よりも下に位置する部分には、なんらかの魔道装置によるものらしい淡い光が絶えず明滅を繰り返しており、その光が月夜に映えて実に幻想的な光景でありました。



 劇場艇は元の迷宮都市外周部から、舞台を都市側に見せる形でゆっくりと航行を開始しました。



「きれい」


「あ、ああ、うん。綺麗な船……あれ船かな? まあ、とにかく綺麗だね」


「そっちじゃない」



 ライムの指差した先には、劇場艇の上部、舞台の部分に立つアリスたち三人の姿がありました。







 ◆◆◆







「わ~……」


「すごい……」


 迷宮都市、中央大通りにある冒険者ギルド前ではガルドの祝勝会が盛大に開かれ、酒樽をいくつも空にする勢いで大勢がどんちゃん騒ぎをしていたのですが、そんな彼らも空を進む劇場艇には言葉を失っていました。



「お、あの嬢ちゃんたちが乗ってるみたいだな」


「ガルドさん、この距離から見えるんですか!?」



 街のほぼ中心部からはかなりの距離があり、劇場艇そのものはともかく舞台上の三人は胡麻粒くらいにしか見えないのですが、ガルドの視力はアリスたち三人の顔をはっきりと捉えていました。周囲の冒険者たちは、いよいよ人間離れしていく彼に呆れています。



「何か聞こえるな。これは……歌か?」



 ガルドがその異様なまでの聴力で舞台から響く歌声を直接拾った直後、街中に設置されていた魔道モニターが劇場艇を映し出し、常人でも聞こえる音量で歌声が流れ始めました。







※劇場艇について

観客席はパージ可能。

本来はくっ付いてるけど今回は切り離してます。


このタイミングで飛空挺技術を公開したのは「あくまで祭りの余興ですが、なにか?」という名目で、人間界の魔界との交流を面白く思っていない勢力に対する、技術力のアピールによる示威という目的もあります。「この技術を軍事転用したらどうなるか分かるよね? だから仲良くしよう」という地球でもよくあるアレです。

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