閑話・テキトーな話
舞台の上で様々な妙技を披露する曲技団。
ジャグリングにアクロバット、綱渡りに火の輪潜り。
アリスたちの決勝の相手が魅せる技の数々に、観客は大いに沸いていました。
「さあさあ、次なる出し物はお猿のナイフ投げ。上手くいったら拍手をお願いするっすよ」
舞台の上で、似合わない燕尾服とシルクハット姿で芸を披露しているのは、魔王軍四天王のサブローです。彼は、その生き物を自在に操れるという特技を活かして、動物たちに様々な芸をさせていました。
派手なチョッキを着込んだ猿たちに楽器を演奏させてBGMで場を盛り上げ、小熊や犬や猫や鳥やネズミやその他諸々の動物たちが次々と高度な技を成功させていきます。
カラフルな南国の鳥たちが一糸乱れぬ編隊飛行で火の輪を潜り、小熊は特注の一輪車を漕いで綱渡りをしながらネズミたちをボール代わりにジャグリングを。犬猫が組体操の要領でピラミッドを作り、そのピラミッド越しに猿たちが曲刀でキャッチボールをしています。
普通であれば、どれほど調教を重ねても動物にこんな事をさせるのは不可能ですが、だからこそ、信じられないような技の数々に観客たちは大いに魅了されていました。
コスモスの計画に協力しているため、サブロー自身に勝つ気はありませんが、それはそれとして恥をかかないために密かに練習をして能力の使用精度を磨いてきたのです。
技が決まる度に拍手と歓声の雨が降り注ぐ様は、まさに決勝戦に相応しい大盛況です。
ですが、それはそれとして、控え室のモニター越しにその妙技を見ているアリスは大いに焦っていました。
「ええ……あんなの、勝てるワケないじゃないですか……」
裏で自分たちの勝利が確約されていることなど想像もしていないアリスは、昨日の浮かれようなどまったく忘れてしまったかのように青褪めています。客観的に見ても、にわか仕込みの素人芸で対抗できる余地など微塵もありませんし、その反応にも無理はありませんが。
プロアマの区分で言えば、別にサブローも本職の芸人ではないのですが、その能力とエンターテイメント分野との相性が予想以上に噛み合っていたのです。
「すごいねー、サブちゃん!」
「ええ、こんなことできたんですね」
まあ、アリス以外の二人は落ち着いているので、事態は最悪というほどでもありません。フレイヤは本職として場慣れしていますし、リサもこの後の事に対して緊張はしていますが、アリスほどではありません。
そんな彼女たちの思惑をよそに、舞台の上ではサブローの出し物が今まさに終わろうとしていました。
哺乳類も爬虫類も鳥類も、すべての動物たちが整列して観客席に向かって一斉にお辞儀。舞台上の彼らが退出してからも、五分以上も喝采が鳴り止むことはありませんでした。
◆◆◆
「お疲れさまでした、サブローさま」
「あ、コスモスの姐さん。お疲れっす」
動物たちがあまりに多いので控え室には入りきらず、サブローは屋外劇場の外まで出てきていました。動物たちへの労いを込めてエサやりをしていると、今回の計画の首謀者であるコスモスが顔を出しました。
「申し訳ありません」
「何がっすか?」
「いえ、あれほどの技を持っているというのに、むざむざ勝ちを捨てさせてしまって」
コスモスの計画がなければそもそも出場してすらいなかったとはいえ、なんでも願いを叶える権利がすぐ目の前にありながら手放すというのは並大抵のことではありません。しかし、サブローは鳥たちに砕いた炒り豆を投げてやりながら返答しました。
「別にオレは叶えたい願いとかは……まあ、なくはないんすけど、人にどうにかしてもらうようなものじゃないというか……」
彼は少し言い淀んでいましたが、やがて意を決したように言いました。
「実はオレ、近いうちに魔王軍辞めて日本に帰ろうかと思ってて」
「そうなのですか?」
「なんか、居心地がいいからズルズル先延ばしにしてたんすけど、ぶっ壊したトラクターを弁償できるくらいの金は魔王軍の仕事で貯まったし……いや、金の問題じゃなくて、家族も心配してるだろうし……いや、そうでもなくて」
小柄な少年は、ワニの口に生肉をねじ込みながら、どこか苦しそうに、続く言葉を吐き出しました。
「オレの家、やたら兄弟が多いんすけど、オレ以外はみんなスゲエ優秀なんすよ。一番上の兄貴は東京の大学で学者先生、二番目の兄貴は運動神経抜群でプロの野球選手、他の兄貴たちもまあ似たような具合で……別に家族と仲が悪いとかじゃないけど、出来の悪い末っ子としては、なんとなく肩身が狭いんすよ」
「そうなのですか。まあ、よくありそうな話ですねえ」
「そう、どこにでもある、つまんねえ話っす」
ハチミツの入った瓶を開けて小熊に渡してやりながら、サブローは話を続けます。あるいは、それはコスモスにではなく、自分自身に対して語っていたのかもしれません。
「トラクターで事故って魔界に来た時、不安は不安だったんすけど、ちょっとだけ安心もしてたんすよ。『ああ、これでもう兄貴たちと自分を比べなくて済むな』って」
「なんというか、実に後ろ向きですね」
「ちょっとは手心を加えてくれないっすかね、姐さん……まあ、その通りなんすけど」
一通りの動物にはエサをやり終えたので、手慰みに近くにいた犬の腹を撫でながら、サブローは自分の本心を語ります。
「世界を越えたショックだかなんだかで、こんな超能力みたいな事ができるようになって、それで魔界の人たちにも必要とされて、それが居心地が良かったんすよ。このままずっと帰らないでもいいかなって思うくらいに」
「でも、帰ることにしたのですね?」
「まあ、それでさっきの願いの話になるんすけど……オレは兄貴たちに負けないくらいスゲエ男になりたいんすよ。で、一度は直接家族と向き合わなきゃなと思って」
「なるほど、それはいくら魔王さまでもどうにもならない願いですね」
夢や願いというには抽象的ですが、少年は魔界で暮らすうちに、自分の中の劣等感と正面切って対峙する覚悟を持てるまでに成長していたのです。
「なるほど、なるほど。それはもう魔王さまには話したのですか?」
「いや、まだっす。この祭りが終わってから言おうかと」
「そうですか、では魔王軍を休職する話について、私からも魔王さまに伝えておきましょう」
「休職、っすか? 辞職じゃなくて」
「ええ。別に、向こうに一度帰ったらもうそれっきりとまで思い詰めなくてもよいではないですか。キツくなったらまたこちらに逃げてきて、飽きるまでは面白おかしく過ごせばいいのです」
「なんというか、テキトーっすね」
「はい、こう見えても私、適当さにかけては右に出る者がいない自信がありますよ?」
それが本当に自慢になる事なのかはさておき、コスモスは堂々と胸を張って主張しています。その適当さに感化されたのか、サブローは適当な返事を口にしました。
「じゃあ、何を頑張ればいいのかも分かんないっすけど、とりあえず頑張ってみるっす」
「ええ、頑張ってください。ああ、そういえば私も最近知ったのですが、頑張りすぎるとすごく疲れるので、何事も上手いこと手を抜きながらやるといいですよ。……おっと、そろそろアリスさまたちの出番ですね。では、これにて失礼」
こうして特に盛り上がりも山場もない、ただの世間話が終わりました。
この短い会話が一人の少年の将来に深い影響を及ぼす……かもしれませんし、そうではないかもしれません。
本筋には関わりのない舞台裏の話でした。





