彼女たちが見た光景
ここは料理大会の会場。
演芸大会の決勝戦が始まるよりも一時間ほど早く決勝戦が終了しました。
優勝者は初戦から圧倒的な実力で勝ち進んできた魔王城の料理長です。
決勝のお題は『包丁技術』だったのですが、元剣士であり調理技術の中でも包丁の扱いを殊更に得意とする料理長の完勝でした。
対戦相手の選手も大きな瓜に透かし彫りを入れて器にし、それを蒸し上げることにより中の具材の色が透けて見えるというスープ料理で奮闘していたのですが、主題となる包丁技術の差は明らかでした。
フルーツカーヴィングという、果物に刃物で飾り切りを施す技術を得意としている料理長。彼(彼女?)の四本の腕がそれぞれ形状の違うナイフを正確かつ迅速に操り、スイカやメロンが瞬く間に豪華絢爛な花束へと姿を変えていく様はもはや調理の域を超え、いっそ芸術的ですらありました。
こうして、盛況のうちに料理大会は終了し、料理長は願いを叶える権利を手にしたのです。
◆◆◆
表彰式の終了後。
「これにて本大会の全日程が終了いたしました。ご来場の皆さまは、お忘れ物のないようご注意ください」
審査委員長である神子は最後のアナウンスを終えると、足早に会場を後にしました。今からならば、演芸大会の決勝戦にぎりぎりで間に合いそうです。
街中を進んでいると、妙に黒髪のカツラを被った人々が目に付きます。
「なんというか……よろしいのでしょうか? なんだか、皆さまを騙しているみたいで……」
『おや、気になりますか。まあ、わたくしからはなんとも。まあ率直に言って、信仰なんていうのはいかに上手く大衆を煽るか、みたいな部分もありますからね。似たような手段を散々利用してきた立場上、文句は言えませんねえ』
神子も魔王たちからこの光景の裏にある真相を聞いて、事情が事情なだけに納得してはいますが、何も知らない人々を騙しているようで気が引けるようです。
話し相手をしている女神は、歴史上の要所要所で自分の都合の良い方向へと人類を導いてきた実績があるせいか、それに比べれば可愛いものだとでも思っているようですが。
「ワタクシにはあまり似合いませんね」
『いえいえ、黒髪のあなたもなかなか新鮮で可愛らしいですよ』
今日の昼頃、魔王たちから事情を聞いた時にもらった黒カツラを神子は被っています。普段の雪のような白髪が隠れているので、知り合いでもよく見なければ彼女だとは気付かないでしょう。
予想外に人気が出てしまったので現在はちょっとした品薄状態になっており、よく見ると道端で売買している人もいるほどです。
「リサさま、大人気ですわね」
『ええ、まあ正確には彼女個人というより、勇者という看板による部分が大きいかもしれませんけどね。神殿もそうですし、それ以外のところも積極的に人気を煽ってましたし』
現在の勇者人気は、純粋に勇者時代のリサの功績による部分ももちろんありますが、それ以上に様々な国家や団体が、各々の思惑で勇者の名前を利用しようとした成果が少なくありません。
旅の途中にリサがたまたま立ち寄った小さな商店が『勇者御用達』の看板を勝手に掲げ、今や支店をいくつも構える大商会にまで成長していたりするケースもあるほどです。
神子が所属している女神を信奉する神殿も、寄付金の増額などの恩恵を少なからず受けていました。元々、リサが召喚された原因は女神の授けた術式にありますし、勇者を身内扱いして間接的に利益を得ているのです。おまけに本人に無断で聖人認定なんかもしています。
まあ、様々な組織や個人がそれぞれの思惑で人気を煽った結果、今では止めようと思っても止まらないような状況になってしまったのは、誰にとっても計算外でしたが。
昨晩の騒動はコスモスの奇策で収まりましたが、それも入念な準備があってようやくなし得た事。その上、また何かのきっかけで同じような騒動が起こる可能性はあります。いくらコスモスでも、勇者人気そのものの火を消す手段は思い付かなかったのです。
「それにしても、昨日は驚きましたわ。リサさまが目撃された噂が次々に出てきて、街のあちこちが聖地だなんて言われてしまったんですもの」
『あらかじめそこの土地を買っておけば、入場料を取って儲かったかもしれませんね』
「あまりそういう方法でのお金儲けはしないほうが良いと思うのですが……」
女神はある程度の近未来であれば予知ができます。
予知の精度を上げると反比例して見通せる距離は短くなりますが、やり方によってはそのようなお金儲けも可能でしょう。
実際に神子を通して、一部の神殿関係者や国家の重鎮に数ヶ月先までの天候や国家情勢などの情報を教えて利益を得ることもあります。
女神が神様のクセに妙にお金回りの考え方が世俗的で現実的なのは、手足となるそれらの組織や人員にお金という栄養を充分に与え、効率よく信仰が得られるようにという考えがすっかり染み付いてしまっているせいでしょう。
まあ、今回の「聖地」をあらかじめ買い上げておくというのは、流石に冗談だったようですが。
「……しかし、不思議なのです」
『何がですか?』
「いえ、昨夜のことなのですが……もし他人の空似を見間違えたにしても、あんなに何箇所もの場所で短時間のうちに目撃が続くものでしょうか?」
噂自体はその数日前からあったとはいえ、昨夜の騒動はごく短時間のうちに一気に都市全体にまで広がりました。騒動に乗じたデマも含まれているにせよ、あまりに目撃例が多すぎます。神子はそこに違和感を覚えていたのです。
『つまりは、そこに誰かの意図が介在しているのではないか、と?』
「いえ、確証はありません。そもそも、そんなことをして利益を得る人なんて誰もいませんし……やはり、ただの偶然なのでしょうか?」
神子の疑問は根拠のないただの勘によるものです。
そもそも、意図的に昨夜の騒動を起こした誰かがいるとして、その人物にどんな益があったというのでしょう?
いくら考えてもその点が分からず確信が持てなかったので、神子の言葉も歯切れの悪いものになっています。
しかし、女神の返答は意外にも、
『そんなもの、偶然なワケがないではありませんか』
……と、いうものでした。
「それは……いったい誰が、何故?」
『そうですね、あなたならば教えても問題はないでしょう。わたくしの見たものを見れば、すぐに理解できるはずです』
女神が神子に共有させた光景は、この時点から一時間と少し後の未来。
バラバラの線が一点へと繋がるその瞬間。
「ああ……そんな……あの方は……っ」
『わたくしたちに出来ることは何もありません。どんな形であれ、その覚悟は尊重すべきもの。せめて最後まで見届けましょう』
・「フルーツカーヴィング」や「カーヴィング 果物」などで画像検索すると、想像を絶するようなスゴイ作品がたくさん出てくるので眺めてみると面白いですよ。最近ではこういうのを教える教室なんかもあるそうです。
・昔のミステリ作品みたいに『読者への挑戦』でも出てきそうな感じですね。入れませんが。
今章は長くてもあと五話くらいで終わると思うので、もうしばしお付き合いください。次章に入ったら料理ネタもまた増えると思います。





