控え室のオペラ
「うぅ、最近食べてばっかりでしたし入りますかね、コレ……ウエスト細すぎません?」
「大丈夫ですよ。多少なら腰のリボンで調整できるようにしてますし」
「わー! コレ、かわいい! わー!」
時刻は夕方少し前の頃。
演劇大会の会場となる屋外劇場の控え室で、アリスとリサとフレイヤの三人が衣装に着替えていました。本番まではまだ二時間以上もありますが、念には念を入れての早入りです。
リサに関しては、昨夜の騒動で一時は出場の危機に陥っていましたが、コスモスの機転で騒動が緩和されたことと、本人の強い希望で舞台に上がることになりました。
三人の衣装はすべてアリスのお手製です。
普段作ることのないタイプの服なので随分と試行錯誤がありましたが、デザインの初期段階から三人で密に相談を繰り返したこともあり、最終的に満足できる物になっていました。
カクテルドレスがベースになっていますが、一般的なパーティドレスに比べると生地に遊びを持たせてあるので、見た目より動きやすくなっています。観客の前で芸を披露することに関してはフレイヤ以外の二人は素人なので、結局ダンスは無しで歌に専念することにしたのですが、動きやすくて損はないので初期の案をそのまま採用した形です。
フレイヤの提案した、上も下も露出マシマシの超ミニのデザインだったら今以上に動きやすかったでしょうが、その案は残念ながら他二名の猛烈な反対により民主的に却下され、膝下まで長さのあるスカートが採用されました。流石に、ビーチかサンバカーニバル以外の場所だと通報案件になりそうな衣装には抵抗が強かったようです。
デザイン自体は共通ですが、色合いは赤・白・黄の三種類。
モチーフにしているのが薔薇の花ということもあり、その三色に決まりました。髪色との相性を勘案して、アリスが赤、リサが白、フレイヤが黄色の衣装です。
くどくならない程度の縁飾りとフリル、腰の斜め後ろにある大きな薔薇型の飾りリボン。単色だとのっぺりした印象になるので、メインカラーの邪魔にならないような色の糸で、これまた薔薇モチーフの刺繍を入れてあります。
メインのドレス以外の装飾、髪飾りやタイツや靴なども、時にはリサが日本で買ってきたファッション誌などを参考にしつつ熱心に検討していました。
市販品のアクセサリやアリスの手製の品々を、ああでもない、こうでもないと組み合わせるのが思いの外楽しく、衣装が完成した時点である種やりきった感があったのが、アリスが昨日まで大会のことを忘れていた一因だったのかもしれません。
三人がかしましくお喋りを楽しみながら着替えている時のこと。
コンコン、と控え室の扉をノックする音が響きました。
「誰かな? あ、魔王さま!」
「え……きゃあ!?」
途中、様子を見に来た魔王を、先に一人だけ着替え終わっていたフレイヤが何も考えずに室内に招き入れようとするToLOV……もとい、トラブルもありましたが、扉の角度的に魔王からはアリスとリサの姿が見えない位置だったのでセーフです。何も問題はありません。
精々、直後にアリス怒りのアイアンクローで、フレイヤの頭部が潰れたトマトのようになりかけた程度の問題しかありませんでした。
それはさておき魔王は、
「はい、差し入れ。じゃあ、また後でね」
と、差し入れの小箱だけ置いて、すぐに立ち去ってしまいました。
どうやら、その為だけにわざわざ来たようです。
「これは……チョコレートみたいですね」
着替えを終えたアリスが小箱を開けると、中には可愛らしい飾りつけがされたチョコ菓子が詰まっていました。どうやら、普段レストランで販売しているのとは違う特製品のようです。
「これくらいなら、食べても大丈夫ですよね?」
「大丈夫? 何がですか?」
リサは衣装のサイズが合うかどうか不安で、実は今日のお昼を抜いていたのです。
太る悩みを知らないアリスは不思議そうに「大丈夫」の意味を質問し、同じく肥満とは無縁のフレイヤは既にパクパクとチョコ菓子を口に放り込んでいました。
リサは若干高校一年生の若さで「格差社会」という言葉の意味を実感として噛み締め、それはそれとしてお腹は空いていたのでチョコに手を伸ばしました。こうして目先の欲望に負けた結果、更に格差は広がるのかもしれません。
「あ、やっぱりオペラですか。魔王さん、随分手の込んだモノ作りましたねえ」
オペラ。
ビスケット生地を幾層にも重ね、コーヒー風味のクリームやモカシロップを挟み込んで味を染み込ませ、表面をチョコレートで覆ったフランス菓子です。本来であればお酒の風味を強めに効かせることが多いのですが、今回はリサがいるからか酒精はやや控えめです。
普通はちゃんとお皿の上に乗せて、フォークを使ってお行儀よくいただくような種類のお菓子なのですが、今回は本番前の差し入れ用ということを意識したのか、簡単につまめるように一口サイズにカットしてあり、更にはその一つ一つの上に彩りとして爪の先ほどの大きさの金箔の小片が飾られています。
「お店の厨房に金箔なんてありましたっけ?」
和食でも彩りを目的として料理の上に金箔を散らしたりする場合はありますが、魔王の店では金箔を乗せるような料理は普段は出していません。今回のためだけにどこかで仕入れてきたのでしょうか?
「私も見たことありませんけど……あ、これよく見たら金箔じゃなくて削り節ですね」
「えぇっ!?」
「へえ! チョコに魚って合うんだね!」
「ふふ、冗談です。きっと、どこかで買ってきたんでしょうね」
真に受けそうになったリサが薄い小片を凝視しましたが、それはアリスの冗談でした。薄さが似ているとはいえ、いくらなんでもチョコ菓子に削り節はありません。見事に冗談に引っかかったリサは、頬を膨らませてそっぽを向いてしまいました。
「いや、案外魚の出汁が効いて美味しいかもしれないよ!」
「いやいや、あなたはなんでそこで食い下がりますかね?」
フレイヤは騙されたことを怒るでもなく、新たな味覚の可能性を追求しようとしていました。まあ、彼女の奇行や妄言は割といつものことなので、アリスも慣れたもので適当にあしらっていました。変に話題を引っ張らない限り、このまま三分もすればフレイヤは今の発言を忘れているだろう、という適切かつ高度な判断力のなせる業です。
まあ何はともあれ、もうすぐ目の前に決勝戦─────彼女たちの主観的には第一回戦────が控えているにも関わらず、三人とも緊張とは無縁で過ごせていました。
ファッション知識はにわか仕込みなので、おかしな部分があってもスルー推奨でお願いします





