コスモスの望むこと
どうやら、他の弟妹たちにはこのような衝動はないらしい。
そう気付いたのは、私が新たに生まれ直してすぐのことでした。
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あの日、どうして私が、私だけが目覚めたのかは未だによく分かっていません。
機器の故障か、魔王さまが何かミスをしたのか、あるいはそれこそが運命だったのか。
生まれたばかりとはいえ、最低限の知識が既に入力済みだったのは幸運でした。
もしも人間の赤ん坊と同じような状態で生まれていたら、そのまま気付かれずに衰弱して死んでいたかもしれません。
あの時、最初に感じたのは恐怖と寂しさ。
気恥ずかしいのでこれは誰にも言っていませんが、あの後でお店に向かう前、生まれたばかりの私は、声を上げ涙を零して、一人きりの部屋でずっと泣いていたのです。
まだ明確な自我が芽生えていないような幼児の状態だったというのに、その時の不安と孤独は今でもはっきりと覚えています。
そのまま長い時間……もしかしたら体感ほど長くはなかったかもしれませんが……涙が涸れ、泣き声も上げられなくなるくらいまで泣き続け、ようやくその時の私は重い腰を上げました。
その場に置きっぱなしになっていた魔王さまのシャツだけを羽織り、裸足のままで暗い通路を進みました。最初のうちは、まだ二本の足で歩くことに慣れていなかったので何度も転びそうになり、とても危なっかしい足取りでした。
その時も別段明確な指針があったわけではありません。魔王さま、私たちを造ったお父さんを求めて、ただ本能的に彷徨っていただけなのです。
通路を抜けてレストランの明かりを目にした時の安堵といったら、それこそ砂漠のオアシスが如きものでした。重いドアを懸命の力を振り絞って開き、そして私は初めてアリスさまと出会ったのです。
その後の顛末は既に別の場所で語られた通り。
やっと人に出会えて安心したのも束の間。
再び不安がぶり返して泣き出してしまった私を、当時はまったく子供慣れしていなかったアリスさまが不器用になだめたり、私が魔王さまを「お父さん」と呼んだせいで隠し子と勘違いしたアリスさまが落ち込んで、今度は逆に私が励まそうとしたりとか……アリスさま、今になって思うと滅茶苦茶面倒臭い女ですね。最近はマシになってきているとは思いますが、ちょっと情緒不安定すぎやしませんか?
まあそれはさておき、翌日には私の素性も無事に明かされ、私は再調整を受けて現在の姿になって生まれ直したというわけです。
◆◆◆
鳥の雛は最初に見たものを親だと認識するそうですが、あるいは私のこの感情も似たようなものなのかもしれません。
もっとも、理屈で割り切ることが出来ていれば、今回のような手間をかける必要もなかったでしょうし、原因の分析にそれほどの意味はありませんが。
私は、アリスさまに母親になって欲しいのです。
この感情は、ホムンクルスとして完成する前に、不測の事態によって幼児期に目覚めたが故の、単なる不具合なのかもしれません。
あの日、ただの子供として親の存在を本能的に求めた気持ちがあまりに強かったが為に、その想いが残滓として今の私の中に残っているだけで、この衝動もしばらく経てば消えてしまうのかもしれません。
今になって思うと、今回無理を重ねて計画の実行を急いだのは、無意識のうちにそれを予感していたからなのかもしれませんね。
でも、私は忘れたくない。
あの時の不安と孤独。
そして、それを取り除いてくれたあの人の優しさを。
きっと、私は強欲なのでしょう。
今の一風変わった姉妹のような関係もこれはこれで幸せなのですが、それでは飽き足らず、今以上の明確な絆を求めているのですから。
もちろん、自然にそうなればそれに越したことはなかったのですが、あの奥手ぶりは想像を絶しています。放っておくと、この先何百年経ってもくっ付かないかもしれません。
しかし、そんなに待つ気はありません。
というか、この一年だけで早くも私の我慢は限界です。
私もあれこれと世話を焼いて、あの二人をくっ付けてしまおうと幾度となく手を尽くしましたが、普通の方法ではどうにもならないということを認めざるを得ませんでした。薬物関係が効けば媚薬を盛った二人を密室に閉じ込めるなどの手っ取り早い手段も取れたのですが、残念ながら全く効果がありませんでしたし。
まあ、だからこそ、今回は普通でない手段を取ることにしたのです(薬物の使用が普通か否かについては議論の余地があるかもしれません)。同じようにあの二人に「さっさとくっ付け」と、もどかしく思っている方々が予想以上に多く、色々と協力を約束していただけたのは嬉しい誤算でした。
まあ、長くなりましたが一言で申しますと、
『ただ一人の子供として、お母さんに甘えたい』
それが、私の望みです。
……恥ずかしいので内緒ですよ?
もうちょっと引っ張ろうか迷いましたが、前話からの流れを考えて、これまで秘密だったコスモスの目的をここで明かすことにしました。





