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迷宮レストラン  作者: 悠戯
勇者編
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勇者、困難に直面する


 そんなこんなで勇者リサとして世界を救うことを決めたわけですが、今更ながらに大きな問題点に気付きました。わたしは本来ただの高校生。武術の心得なんてまるでありません。

 小学生の時に地域の子供会のレクリエーションでスポーツチャンバラをやったことはありますが、多分それじゃあ魔王には勝てないと思います。


 しかし、そんな不安を察したのか王様が良いことを教えてくれました。


 なんでも勇者は召喚された時点で、聖剣・変幻剣というとても強い武器を自在に出して扱うことができるようになっているそうです。何百年か前に召喚された先代の勇者さんもその武器で魔王に勝利したとかなんとか。


 言われた通りに右手に意識を集中してみると手がぼんやりと光り、数秒後に光が収まると綺麗な細工が施された剣がわたしの手に握られていました。軽く振ってみると、まるで生まれた時から身体の一部だったかのように手に馴染みます。


 更に王様が言うには、この剣は変幻剣という名の示す通り、持ち主の思いのままに形や大きさを変えることができるそうです。試しに頭の中で剣が変形するようイメージすると、手に持っている剣もそれに従ってグニャグニャと形を変えました。


 思いつくままに剣から槍、斧、ハンマー、弓、薙刀、日本刀、大剣、等々の武器に色々と形を変えてみました。うーん、実にファンタジー。この現象が科学的にどうなっているのかはきっと考えない方がいいのでしょう。


 しかも便利なことに、どんな武器に変形させても自然とその最適な使い方の情報が頭と身体に入り込んでくるみたいです。要するに、どんな形だろうが、初めて使う武器だろうが、聖剣に触れさえすればその道何十年の達人と同等以上の動きができるのだそうで。

 形を変える以外にも、聖剣の持ち主であるというだけで超人的な身体能力を発揮できたり、念じるだけで聖剣から炎や水や電気なんかを出す魔法が使えたり。至れり尽くせりにも程があるというものです。



 一通り聖剣の便利機能を確認した後で、王様に案内されてお城の修練場に行きました。そこでこの国で一、二を争う腕前だという騎士団長さんと練習試合をしてみたのですが、何度やっても特に危なげなく勝利できたことで、聖剣の凄さというかズルさをより実感しました。

 長年頑張って努力してきた人に武器の力だけでこんなに簡単に勝ててしまうと、何だか申し訳ない気分になってきます。


 とはいえ、こんな出鱈目な武器を使わないと勝てないであろう魔王がどれほど強いのかを考えると楽観はできませんが。



 聖剣の使い方の練習が終わると、王様から勇者として活動していく上での説明を受けました。国内外において行動する為のあらゆる人的、物的、金銭的な便宜が最大限計られ、その上、王族に準じた権力まで与えられるそうです。

 クラシックなRPGゲームなら、ここは二束三文のはした金だけ渡されて一人で放り出されるのがお約束というものですが、もちろん文句なんてありません。イージーモード万歳。


 とはいえ、活動資金の元が国民の皆さんの血税であることを考えると、お金を湯水の如く使って贅沢をしたりとかは気が引けます。どうしても必要な時以外はなるべく節約を心がけようと思います。






 それらの説明が終わる頃にはもう日が落ち始めていました。

 召喚されてから慌ただしく動いていたので気が付きませんでしたが、大分お腹も減っています。考えてみれば召喚される前に、学校のお昼休みにお弁当を食べたきり何も口にしていません。


 召喚されてからずっとわたしに色々教えてくれていた王様も、空腹は同じだったようです。王族用の食堂に食事の用意をさせてあるからということで、食堂まで案内されました。


 この王様、いくら勇者とはいえわたしみたいな小娘にも礼儀正しく紳士的だし、何かと細かいところに気が利くし、実に良い人です。






 食堂に案内されて着席し、待つことしばし。

 この場にはわたしと王様以外に、王様の奥さんである王妃様、王様の子供である王子様(八歳)と王女様(六歳)、そして給仕役であろう執事さんや侍女さんがいます。


 王族の皆さんには偉ぶった様子もなく、偉い人を前に緊張気味のわたしに気を使ってか気さくに話しかけてくれました。日本のことを話したり、逆にこの国の事を聞いたりして談笑していると緊張も次第にほぐれてきました。緊張したままでは折角の料理の味がちゃんと分からなかっただろうから幸いでした。



 何しろお城の、それも王族の方に出されるような料理です。

 料理屋の娘としてはかなり興味があります。

 国一番の料理上手であるという宮廷料理人が、最高級の食材を使って作るという料理がどんな物なのか、期待のあまりお腹が鳴ってしまったのはご愛嬌というものでしょう。




 やがて料理が運ばれてきました。

 一皿ずつ運ばれてくるコース料理とは違い、大きなテーブルを埋めつくすように様々な料理が並べられる形式のようです。食べたい料理を傍らで控えている侍女さんに伝えると、その料理を取り分けてくれるのだとか。



 そういえば王族用の食事なのに毒見はしなくてもいいのかと疑問に思いましたが、何でも使われている食器が魔法の品で、毒物を見極める魔力が込められているのだそうです。

 そのおかげで毒見をしなくて済むので、偉い人でも料理が冷めてしまう前に熱々のまま食べられるのだとか。流石はファンタジー世界、便利な物がありますね。



 わたしも目に付いた品をいくつか侍女さんに取り分けてもらいました。

 生粋の庶民としては侍女さんに命令するという行為に落ち着かないものを感じるのですが、こういう席においては自分で料理を取るのは無作法に当たると聞いては仕方がありません。郷に入りては郷に従えということでやってもらいました。


 そして間もなく取り分けられた料理が運ばれてきました。わたしは期待に胸を躍らせてその料理を口にします。その感想は以下のようなものでした。



・サラダ

 一口食べると、野菜の青臭い風味ときつい苦味が絶妙のハーモニーを奏でます。食感もやけにスジっぽく、咀嚼しているうちに野菜の繊維が歯の隙間に挟まる不快感を存分に味わえました。



・肉料理

 噛みしめると獣臭い肉汁が口いっぱいに広がります。脂が少ない所はパサパサの、脂の多い所はギトギトの食感で舌を飽きさせません。

 そして何といっても歯ごたえがよく、噛み切るために渾身の力をこめなければなりません。この料理を日常的に食べていればアゴが強くなること間違いないでしょう。



・魚料理

 日本では見たことのない魚でしたが、川魚だというそれは大変に泥臭く、現代の日本人が忘れがちな野趣を強く感じさせてくれました。



・スープ

 上記の料理で使われていたのと同じ肉や野菜をふんだんに使い煮込んだであろう一皿からは、当然それらの食材の風味を濃縮還元したかのような濃厚な味がしました。



・パン

 麦本来の風味を必要以上(・・・・)に味わう事ができました。あと硬いです。



・果物

 甘味が少なく、それでいて妙に酸っぱかったです。





 ………もう分かったと思いますが、どれもこれも不味いのです。

 他人様からご馳走になっている身で、こんなことを思うのは失礼だというのは重々承知ですが、不味いんだからしょうがありません。必死に笑顔を作って、辛うじて素直な感想を隠しきったことで勘弁してください。


 しかし、一緒に食事をしている王様たちは同じ料理を美味しそうに食べています。わたしの料理だけ味がおかしいというわけでもないみたいです。




 そこで、ふと気付きました。

 現代の日本で食べられているような食材、肉にしろ野菜にしろ、それらは何十年、モノによっては何百年もの時をかけて品種改良されてきたものなのです。調理技術にしても、先人達が長い歴史の中で試行錯誤を繰り返し洗練されてきたわけで。


 ここの料理を食べ慣れている王様たちと、現代日本の食事に慣れたわたしとでは、味覚そのものが少なからず違うのでしょう。

 このお城が世界史の教科書に出てくる中世ヨーロッパのお城のようだと思った時点で気付くべきでした。文化レベルが中世相当ならば、食文化のレベルもそれに準じるのが道理です。いえ、魔法とかあるファンタジーな世界と地球を、単純にどっちが進んでいるとかで比較すべきではないのでしょうが。



 勇者として魔王を倒すまでどれだけの時間がかかるのか分かりませんが、その間ずっと美味しい食事ができないとなると大問題です。食事とは単なる栄養補給ではなく、精神の健康を保つ為にも必要不可欠なものなのですから。



 異世界に来たその日のうちに、早くも大きな困難にぶつかってしまいました。とりあえず勇者としての活動の第一歩は美味しい食事の確保に決定です。



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