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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編
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オヤツタイムと四季の『巻』


「魔王さま、魔王さま! お腹空いたから何かオヤツちょうだい!」


「うん、いいよ。ちょうど揚がったところだから待ってて」


「はーい!」



 燃えるような赤髪ツインテールを振り乱しながら、フレイヤがレストランの店内に駆け込んできました。全力で走ってきたせいか汗をかいて、更に体温が上がりすぎて汗をかいた端から蒸発しています。

 現在はお祭り中のため通常営業はしていないのですが、タイミング良く魔王がオヤツを作っていたようです。すぐにオヤツの乗ったお皿を抱えてフロアに出てきました。



「あれ? 今日はアリスさまとリサちゃんはいないの?」


「うん、さっきまで僕も一緒に出かけてたんだけど……ちょっとね」



 散策の途中、服飾品を専門に扱うバザーに出くわしたのが魔王の運の尽きでした。

 その手の商品に対する姿勢ほど男女で差が出る分野もそうはないでしょう。

 女性の側が次から次へと何時間も品定めをするも一向に何を購入するか決まらず、同行した男性が辟易している光景は地球でも週末のショッピングモールなどでよく見られますが、この世界でも特に珍しいものではありません。

 魔王は普段からラフなシャツ姿でいる点から分かるように、服飾系には然程興味はありません。最初のうちは女性陣の買物に根気強く付き合っていたのですが、次第に退屈してきたので一声かけて離脱し、一足先に帰ってオヤツを作って待っていようと考えたのです。



「魔王さま、それはちょっとどうかと思うな?」


「そういうものなの?」



 その魔王の行動に対してフレイヤからダメ出しが入りましたが、魔王には何が悪いのか分からないようです。大方、各々が別行動をしてそれぞれやりたいことをやっていたほうが合理的だとでも考えているのでしょう。そもそも魔王に女心の理解を求めるほうが間違っていると言えなくもありませんが。



「まあ、魔王さまだしね」



 フレイヤも魔王とは長い付き合いです。どうせ説明しても無駄だと分かっているので、早々に説明を放棄しました。魔王軍の古株であれば大抵同じような反応になることでしょう。

 アリスの魔王への感情を含めて説明すれば理解する可能性はありますが、本人不在の場で勝手に暴露するほど悪趣味ではありません。かといって、その事情を含めずに説明するのは非常に面倒かつ困難なのです。


 ちなみに、魔王とアリスだけは知りませんが、魔王軍の中ではアリスが魔王に懸想しているのは公然の秘密となっていて、いつ頃くっ付くかという予想が賭けの対象になっていたりします。まあ、昔と比べてアリスも丸くなっているので、万が一バレてしまっても関係者一同が半殺しにされる程度で済むでしょう。



「それよりオヤツだけど……これ、春巻だよね? 何か細いし、白いのがかかってるけど」



 油取り用の紙が敷かれた皿の上には揚げたての春巻が乗っていました。フレイヤも春巻はどちらかというと好物ではありますが、それが午後のオヤツとして出されたことに首を傾げています。



「実は中身が違うんだ」



 今回魔王が作ったのは、皮の中に甘い具を入れて揚げたデザート春巻です。

 中身の具材は小豆餡、栗、切り餅、シナモン、リンゴ、バナナ、クリームチーズ、チョコレート等々。

 包みやすいように刻んだり煮たり潰したりしたそれらを、単品、もしくは複数組み合わせて皮で包み、こんがり狐色になるまで揚げただけの簡単オヤツです。今回は通常の春巻よりも細めのスティック状にし、更に見栄えをよくするための粉砂糖がかけてありました。



「何コレ、ウマー!」


「はは、まだたくさんあるからたんとお食べ」



 サクサク、ザクザク。

 そんな小気味の良い音がテンポ良く響きます。


 リンゴとシナモンの組み合わせはまるでアップルパイのようで重厚感がありますし、チョコレートとお餅の意外な組み合わせも悪くありません。

 クリームチーズ単品のものは揚げた熱で中身がとろけて食感の妙が楽しめますし、バナナは王道のチョコ以外に意外性のある小豆餡にも合います。

 栗とお餅と小豆餡の三つを合わせたものは、きっと栗ぜんざいをイメージしたのでしょう。お椀の中に入っているのと小麦粉の皮に入れて揚げたのとではだいぶ印象が違いますが、相性の良さは言うまでもなく最高です。



「飲み物はアイスコーヒーでいいかな?」


「うん、ありがとう魔王さま!」



 ここで魔王が飲み物を用意してきました。

 熱いオヤツに合わせるのは冷たいドリンク。味の組み合わせのみならず、温度差の組み合わせの妙も楽しみのうち。揚げ物特有の油っこさも、コーヒーのすっきりとした苦みが洗い流してくれるのでついつい食べ過ぎてしまいそうです。






「魔王さま、ただいま戻りました」


「あ、フレイヤさん来てたんですね。こんにちは」



 と、ここでアリスとリサも帰ってきました。



「オヤツが出来てるから二人とも手を洗っておいで」


「はい」


「はーい」







 ◆◆◆







「春巻って春の食材を巻くから春巻らしいですよ」


「じゃあ、これは春巻じゃないのかな?」


 リサの豆知識を聞いてフレイヤが疑問を呈しました。

 現在は一年中食べられている料理ですが、元々春巻とはタケノコや黄ニラなどの春の食材を使った、春の訪れを祝う一種の縁起物だったようです(諸説ある中の一つですが)。

 その説に沿うならば、春の食材などロクに使っていない今回のデザート春巻は春巻に非ずと言えなくもありません。しいて言うならばリンゴが春の食材に引っかかるくらいでしょうか。



「じゃあ、夏巻とか秋巻とか冬巻もあるの?」


「どうなんでしょう? わたしは聞いたことありませんけど」



 ちなみにリサは知りませんでしたが、地球の英語圏ではスプリングロールと直訳される春巻より後に伝わったよく似た料理の生春巻が、春の後に来たということでサマーロールの名で呼ばれています。なので夏巻に関しては一応存在していると言えなくもありません。



「じゃあ、作ってみようか」


「いいね! じゃあ、試食は任せて!」



 どうやら、フレイヤとリサのそんな会話が魔王の好奇心を刺激したようです。

 一同で色々と四季の『巻』について案を出し合いました。



「栗はそのまま秋として、あとサツマイモとかも秋っぽいし合いそうだね」


「塩味ならキノコ類も有りですね。あとは秋だと……秋刀魚?」



 アリスは自分で言って微妙な顔をしています。思い付きで口にしたものの流石に秋刀魚は合わないと考えているのでしょう。濃い目の下味を付けて煮るか炒めるかすれば、どうにかイケるかもしれませんが。



「夏はトマトですかね。ナスとかベーコンと合わせて……バジルとチーズも入れて揚げピザっぽくするのはどうでしょう?」



 リサはトマトベースのイタリア風の味付けを思い付きました。なんだか、そのまま創作居酒屋にでも並んでいそうなメニューです。



「冬が旬って何かあったっけ……熊?」



 他の面々と違って料理スキルのないフレイヤが出す案は、どうにも変な方向を向いています。一応、冬眠中で脂が乗っているので旬の食材と言えなくもないかもしれませんが、何故第一候補が熊なのかと他の三人は苦笑しています。



 ともあれこの日の午後は、この後も四人でワイワイと案を出し合ってから、実際に作ってみたモノを夕食にして楽しく過ごしました。まあ、流石に熊肉はこの店にも常備されていないので断念しましたが。




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