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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編

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閑話・噂


 地球の歴史上、時代や地方を問わず幾度となく繰り返されてきたある種の神秘があります。

 たとえば、丘の上で処刑され、三日後に復活した神の子。

 たとえば、伝承に語られる時代から数百年も経ってから敬虔な信者の前に現れた聖人。

 たとえば、聖痕や啓示という形で進むべき道を示すこの世ならざる者の意志。

 たとえば、血の涙を流す聖母像。

 たとえば、聖者の顔のように見えなくもない形の木の凹凸。

 たとえば。たとえば。たとえば。

 エトセトラ。エトセトラ。



 ────復活。再臨。奇跡。

 そういった類の現象は科学が未発達であった時代のみならず、科学全盛の現代においても数限りなく見出されています。

 言い方は違えど、その多くに共通するのは『いないはずの誰かがそこにいる・存在し得ない者の意志がそこにある』という現実世界に対する矛盾。


 勿論、それらの例の幾らかは、否、大半はただの見間違え。誤認。錯覚。ただの自然現象。なんらかの意図による虚言。妄想。行き過ぎた信仰が見せた幻覚。原因はなんにせよ、それらの多くは真実ではないのでしょう。それを確かめる術はありませんが。


 悪魔の証明、という言葉があります。

 新約聖書において悪魔が神の子を試した逸話からきた言葉ですが、立証が非常に困難な命題を証明することを意味します。現代でも議論の場などで話術のテクニック、あるいは嫌がらせ染みた難癖として相手に悪魔の証明をさせようと迫る場面は広く見られます。公正かつ冷静な第三者がいる場合は諸刃の剣ともなる手段ではありますが。

 その悪魔の証明ですが、それに拠るならば前述の神や聖人なども悪魔と同じように証明困難となってしまうのです。皮肉なことに、善悪の属性は違えどその証明の難易度においては両者は等価。微塵も違いはありません。





 ですが、そんなことは、それが真実かどうかなどはどうでもいいのです。

 少なくとも、それを信じている、信じてしまった人々にとっては。

 すぐ近くに『いないはずの誰か』がいる「かもしれない」。

 根拠は不要。

 証明は無用。


 ましてや、ここは地球ではありません。

 神が実在し、魔法使いが大手を振って歩く、未だ神秘の色濃く残る世界。

 奇跡を受け入れる土壌は既に最初からあったのです。

 そんな場所ですから「いないはずの誰か」の噂は、それはそれは早く広がってしまいました。







 ◆◆◆







 最初はとある高級宿の並ぶ通りにある酒場でのことでした。



「だからァ……見たんだよ……」


「おいおい、そんなはずはないだろう」



 もう日付も変わった深夜、二人の若い男たちが話に花を咲かせていました。どうやら彼らは遠国からの旅行者のようで、高級そうな身なりの身分の高い者たちのようですが、今は酷く酔っ払っていました。



「俺は……前にも見たことがあるから……間違いないって」


「はいはい、その自慢話は散々聞いたよ」



 男が以前に見た「何か」を今日再び見たともう一人の男にしきりに訴えかけていますが、随分と酔いが回っているようで要領を得ません。話を聞いている男も適当に相槌を打って聞き流しています。

 ですが、その話に興味を持った別の男、近くの席に座っていた壮年の紳士が彼らに話しかけてきました。



「そこの君、その話は本当かね? ……実は、私も見たのだよ」


「えっ!?」


「ほら……やっぱり、本当だって……」



 彼らの話し声は周囲の席にも伝播し「実は自分も」「私も」と、店内の何人かが控えめに手を上げました。



「これは何かの吉兆か?」


「なんか御利益でもありそうだな」


「おい、明日の試合に財布全部賭けてみようぜ」


「なあ、どこで見たんだ?」


「私も明日探してみようかな」



 彼らに確信があったワケではありません。

 現にそのほとんどは見間違いかと思って、他の誰かが言い出すまで忘れかけていたほどです。


 そもそも、彼らの見たのが本当に彼女・・だったとは限りません。ただのよく似た背格好の別人だった可能性もあります。長い黒髪の少女なんて、この街にはいくらでもいるのですから。


 しかし、それが真実か否か。そんな些細なことは彼らにはどっちでも構わないのです。

 ただ一つ確かなのは「勇者がこの街に現れた」という噂が、この場で生まれてしまったこと。それはあたかも、爆弾の導火線に火が付いたかのようでもありました。




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