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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編

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アリス先生+αのお料理教室という名目のただの女子会

本日二話目の投稿です。

順番飛ばしにご注意ください。


 ここは毎度お馴染み魔王のレストランの厨房。時間はお祭り二日目の早朝です。

 現在、この場所にはいつになく大勢が詰め掛けていました。


 いつものように時間を作って料理を習いに来たメイと、興味を持って同行してきたエリザ。

 タイムとライムのエルフ姉妹は偶然顔見知りのメイたちを見かけて声をかけ、興味を持ってくっ付いてきたようです。



「試食なら任せたまえ!」


「まかせろ」



 ……後者二名に関しては、料理の過程には興味はないのかもしれませんが。

 彼女たちは、普段は常連でも入る機会のない厨房内を、物珍しそうにキョロキョロと見回しています。



「こうなると私だけでは手が足りないですね……あ、リサさんちょうどいいところに」


「えっ? はい、いいですよ。なんだか楽しそうですね」



 いつもより人数が増えたのでアリスだけでは教える手が足りず、どうしようかと考えていた折に、タイミング良くリサがやってきました。昨日は夕方からの合流でしたが、本日は朝から予定が空いていたので早い時間から来たのです。


 単に料理の指導をするだけならば魔王でも良かったかもしれませんが、いつも料理を習いに来ているメイの動機が動機なだけに、男性の魔王がいるとできない話も出るかもしれません。そこでアリスがリサに臨時の先生役の補佐を頼んだというワケです。



「それでアリス先生、今日は何を作るんですか~?」


「こう人数が多いとあまり手が込んだものだと時間がかかりすぎますから……リサ先生は何か案はないですか?」


「あはは、先生呼びってなんだかこそばゆいですね。そうですねぇ、ライムちゃんがいますから刃物や油を多用するものは避けたほうが無難ですし……」


「きづかいはむよう」


「そうだ、クレープとかどうです? わたしたちで皮を焼いて包むだけにすれば簡単ですし」



 というワケで、皆でクレープを作ることになりました。

 今回は料理初心者が多いので、皮を焼くのと果物のカット、クリーム類の準備などの部分はアリスとリサとメイが行い、残りの面々は出来上がった皮に思い思いに具材を巻いていくだけのお手軽仕様です。

 料理の学習という本来の目的にはあまり合致していないかもしれませんが、誰一人として反対することなくクレープに決まりました。ガルドほどではないにしろ、女子は甘い物に目がないものなのです。




「どんどん焼いていきますよ」


「生クリームはもう少しかかりそうです。ちょっと聖剣さんに泡立て器になってもらって一気にやりますね」


「フルーツの切り方はこんな感じでいいですか~?」



 ある程度料理スキルのある三人が手分けしてどんどんと下準備を進めていきます。今回は特に難しい工程もないので、初心者を脱したばかりのメイでも問題はありません。



「あまり具を入れすぎると皮が破れてしまいそうね」


「どれ、皮の上にチョコソースで絵を描いてみたよ」


「ん、ぜんえいてき」



 初心者三人組のほうもそれなりに楽しそうにやっているようです。

 ライムは背丈が足りずに調理台の上が見えなかったのですが、フロアからイスを一脚持ってきて足場にしています。

 全員アリスから借りたエプロンを付け、それぞれの味の好みと美的センスを発揮して次々とオリジナルのクレープを創作していきました。



「せっかくですからお茶も淹れましょうか」


「紅茶とコーヒーどっちにします?」



 アリスもリサもほとんど本題を忘れかけて、普通にお茶会の準備でもしているようなノリです。



「こーひーはにがいのでよくないとおもう」


「ふふ、じゃあ今回は全員紅茶にしましょうね」



 アリスが紅茶の用意を始め、手の空いたリサとメイは初心者組に合流しました。皮も具も六人分にしては多すぎるくらいに用意したので、まだまだ余裕があります。



「リサ先生、お砂糖とバターだけですか~?」


「具沢山なのもいいですけど、これも美味しいんですよ」


「へえ、私も作ってみようかしら」




「おやライム、ちょっと色のバランスが良くないね。ミントの葉でも乗せるといいんじゃないかな?」


「このままでいい。てだしむよう」



 女三人寄ればかしましいと申しますが、今は倍の六人もいるのでいつもの厨房よりも随分と賑やかになっています。最初は目の前のクレープの話題でしたが、誰それのアクセサリが可愛いだの、どこにお洒落で安い服屋があっただのと関係のない話題にまで逸れていきました。



「お行儀が悪いですけど、この量をフロアまで運ぶのは大変ですから、このままここで立ち食いにしましょうか」


「クレープって元々そういう物ですしね」


「先生のお許しが出ましたよ~」


「全員にお茶は行き渡ってるわね」


「じゃあ、早速」


「いただきます」



 六人はそのまま目の前に山と積まれたクレープに手を伸ばします。パッと見では数え切れないほどの量です。全部で三十個以上はあるのではないでしょうか。


 具を詰め込みすぎて不恰好になっていたり、具材の好みの差が出ていたりと中々に個性豊かな作品群ですが、やはり自分で作ったものが気になるのは皆一緒のようで、それぞれ最初は自分で作ったクレープから攻めていきます。


 

「ふむ、悪くありませんね」


「うん、美味しいです」



 アリスとリサの先生組は、ある程度味の予想が付いていたこともあって比較的落ち着いています。それはそれで楽しそうではありますが、生徒組は初心者が大半ということもあってかなりの盛り上がりを見せていました。



「甘い物は美味しいので素敵ですね~」


「ええ、素敵ね。太りそうなのが気になるけど……」


「ははっ、美味しい物を食べている時に野暮なことを言ってはいけないよ」


「うむ。えるふは、ふとらないけど」



 まだ朝も早いというのに旺盛な食欲を見せています。

 甘い物は別腹といいますが、モノが脂肪分と糖分のカタマリですし、いくらなんでも胸焼けしそうな光景です。もしかしたら彼女たちには牛のように胃袋が四つくらいあるのかもしれません。



「えっ、エルフって太らないんですか?」


「それは羨ましい話ね」


「いや、正確には太りにくいだけだよ。ずっと暴飲暴食してれば……たとえば、ここでよく見る白い髪の子くらい食べれば流石に太ると思うよ。あの子、人間だよね?」



 ライムの口にしたエルフの体質の話にリサが食い付き、エリザもそれに同意。タイムは否定しましたが例が悪すぎて反証になっていません。



「私はどちらかというとお肉を付けたいんですが、魔族は体型が変わりにくくて困ります」


「わたしもですね~。ちょっと余っているお肉を分けて欲しいくらいですよ~」


「わたしはせいちょうきだから、だいじょうぶ……たぶん」



 身体の体積を減らしたい組とは逆に、胸部のお肉なり背丈なりを増やしたい三人は世の不公平を嘆いています。隣の芝生は青く見えるということなのでしょうか。どうやら、この六人の中でスタイルの悩みがないのはタイムだけのようです。

 まあ、お肉を減らしたい側もこうして話しながらもパクパクとクレープを口に運んでいますし、そこまで深刻そうな雰囲気はありません。甘味を食べながらダイエットの話で盛り上がっていることに矛盾を感じていないのは少々マズイ傾向かもしれませんが。



「一発で痩せられるような魔法とかないんですか?」



 アリスに質問をしながら、リサはカスタードとスライスアーモンド入りの高カロリーなブツを口に運んでいます。多分、今晩あたりに体重計の上で落ち込むことになるのでしょう。



「そうですね、幻覚で痩せて見えるようにすることはできますけど……体型を狙ったとおりに変える魔法っていうのは魔界にはないですね」



 アリスは紅茶を飲んで口内の味覚をリセットしながら答えました。

 ちなみに、アリス自身その幻覚系の魔法で自分の一部を大きく見せようと考えたことはあったのですが、あまりの虚しさにすぐ止めたという過去があったりします。とても恥ずかしいので秘密にしていますが。



「そんな魔法があったらいいですね~」


「痩せるぶんには多分普通に運動したほうが効率がいいと思うけれどね」



 ちなみに普通の魔法を使ってもカロリーは消費しますが、術者の腕が上がるほどに魔力の運用効率が比例して向上するので、実力があればあるほどに消費する魔力とカロリーは減少していきます。通常であればメリットなのですが、ダイエットとして考えれば熟練するほどに効率が悪くなっていくという、なんとも悲しいことになるのです。

 アリスくらいの術者ともなれば、低級の魔法であれば魔力の使用量を自然回復する量が上回るので理論上は無限に魔法を撃ち続けることも可能ですが、ダイエット効率を考えるなら普通に歩いたほうがまだ幾分マシでしょう。それよりは効率の悪い人間の術者でもそれは同じです。



「はぁ……やっぱり地道に運動しないとダメですか」



 魔法でズルができないかと思ってダメ元で質問したリサですが、やはり世の中そこまで甘くはないようです。落ち込んだ気分を慰めるためか、現在六個目のクレープに手を伸ばしました。今度はチョコバナナのようです。

 カロリー的には赤信号を大幅に超過していますが、それはそれとして食べたい物は食べたいのでしょう。周囲の面々も同じようなペースで食べているので感覚が麻痺しているだけかもしれませんが。



「まあまあ、リサくん」



 と、体質的にダイエットの必要のないタイムがリサを慰めにかかりました。



「君はこの中では一番運動が得意だろうし、ちょっと本気で走れば余分な肉くらいすぐに落ちるだろうさ」



 たしかに、リサが勇者のスペックをフル活用して全力で走れば新幹線をゴボウ抜きしたり、日本列島をノンストップで縦断するのも難しくはありません。人目に付かない場所を選びさえすれば常人よりも何倍も、何十倍も効率良くカロリーを消費できることでしょう。そんな好条件で文句を言ってはバチが当たるというものです。


 しかし、それはさておきリサはタイムの言葉に引っかかるものを感じました。



「あの、つかぬことを伺いますが……皆さん、わたしの秘密に気付いていたりします?」



 リサの覚えている範囲では、タイムや店の常連の前で勇者としての肉体性能を見せたことはなかったはずなのです。それなのに、どうしてタイムはリサの運動能力を知っていたのでしょうか?

 杞憂だった時のことを考えて言葉を濁して質問したリサに、容赦のない返答が次々と飛んできました。



「秘密って、リサさんが勇者だってことですか~?」


「むしろ、どうして気付かれてないと思っていたのかしら?」


「前からの常連なら全員知っているだろうね」


「わたしは、いましった」



 前から順に、メイ、エリザ、タイム、ライムが言葉を発しました。

 そもそも、ライムを除く古株の常連三人はまだリサが勇者をしていた頃からこの店に入り浸っていました。当時はアリスや魔王からも「勇者さん」などと呼ばれ、更に目立つヨロイ姿で店内をウロウロしていたのですから、それで気付かないほうがどうかしています。



「隠しておきたい様子だったから、あえてそれには触れなかったのだけれど……」


「ちなみに当時から来てた冒険者の間では結構有名ですよ~? みんな、空気を読んで秘密にしてますけど~」



 結局のところ、これまでリサが勇者としての正体を隠せていたと思っていたのはただの勘違いで、実際は空気の読める(もしくは単に興味がない)常連のおかげで運良く平穏に日々を過ごせていただけなのです。これまで公に存在がバレていなかったのは奇跡的とすら言えるかもしれません。



「……お気遣いありがとうございます……」



 実は全然正体を隠せていなかったという衝撃の真実を知ってリサは大いにショックを受け、そして精神のダメージを和らげるためか無意識のうちに七個目のクレープに手が伸びていました。手に取ったのはチョコバナナ。そのチョコの味は心なしいつもよりほろ苦く感じたそうです。




作中でエルフの太りにくい体質に触れていますが、ちょっと補足。

一応、今回のようなレベルの暴飲暴食を日常的に継続したら肥満になることもありますが、多少太ってもすぐに痩せます。本作のエルフが人間から尊敬を集めているのは、長い寿命や知識量からだけでなくその体質による優れた容姿のおかげもあるのです。そもそも普通のエルフは森の奥で質素な暮らしをしているので、そもそも太る機会がありませんが。


ちなみにホムンクルスはそれ以上に反則的な体質をしています。

種族的に『肉体として完成されている』という性質を生まれながらに有しているので、太ることも痩せることもなく、生後意図的に弄らなければ肉体年齢が変わることもありません。人間に比べてゆっくりとではあれど、加齢による衰えがあるエルフや魔族以上に生命としては完全に近いのです。ただし精神面に関してはその限りではありませんが。



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