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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編
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お祭り一日目の諸々

「さて、これからどうしましょう?」


「とりあえず適当に見て回ろうか」


 料理大会の会場を出た魔王とアリスは特に決まった目的もなくフラフラと歩いていました。


 魔王が一回戦でいきなり敗退してしまったので、祭り期間中のスケジュールには大きく余裕ができています。アリスは残念に思う反面、魔王と一緒に過ごせる時間が増えて内心では喜んでいるのですが、同時にその気持ちを後ろめたくも思っているあたり、なんとも筋金の入った面倒臭い性格をしています。



 周囲を見渡せば、いつもと違う非日常的な光景が広がっています。勢い余って非日常どころか非現実的になっている部分も多々ありました。

 空を見上げればお菓子を降らせる雲がふわふわと浮かび、右を見ればお酒の湧き出る泉が、左を見ればジュースの噴き出す噴水があるような光景がそこかしこに広がっているのです。二、三日もこの光景を眺めていれば、もう夢と現実の区別が付かなくなってしまいそうです。あるいはそれは、正気度が削られた結果かもしれませんが。


 途中、街路樹のように生えていたクロカンブッシュからプチシューを摘み取って口に入れたりしながら、二人は歩を進めます。

 クロカンブッシュ以外にも樹氷のような見た目の氷砂糖の木や、普通に植樹してきたと思しきリンゴや桃やブドウなどの果樹もあり、人々は思い思いに枝や果実を手に取っていました。



 屋台の類も普段より倍以上に増え、扱う品々も多岐に渡っています。

 食べ物系の屋台が多くを占めていますが、装飾品や衣服、武具、書籍、植物の苗、生きた動物を売っているお店まで色々とあります。最後の動物を売っているお店はもしかしたら食べ物枠に入るのかもしれませんが、とにかく様々な物を売っていました。



「せっかくですから何か見ていきましょう」


 アリスが目を留めたのは珍しい柄の布を売っている屋台でした。普段から趣味で服や小物などをマメに作っているせいか、どうもその手の品が気になる様子です。

 店主に細々と質問をしたり実際に触ってみたりと、真剣な面持ちで物色していきます。どうやら店主は遠方の砂漠の国から来たらしく、迷宮都市のあたりではほとんど見ないような柄と質感の布が大半でした。



「では、こちらを頂きます」


 アリスはあれこれと吟味した後で、薄黄色で少し硬めの質感の布を一巻き分購入しました。少しゴワゴワしていますがその分とても頑丈そうですし、砂漠の砂にも似た色合いが綺麗に出ています。



「これで魔王さまのシャツを縫ってみますね」


「あれ、自分用じゃなかったの?」


「ええ、私の分はまたの機会に。そ、それはさておき魔王さま、あとで身体の寸法を測らせてくださいね」



 服を作るために身体の寸法を測るのは必然。その過程で魔王にベタベタと接触してしまっても、それは仕方がないことなのです。何かあったとしても決して故意ではありません。恋ではありますが。

 アリスは全くこれっぽっちも下心などないかのように、とても良い笑顔を浮かべていました。







 ◆◆◆







「すみません、大きな物は後で買ったほうが良かったですね」


 創作意欲(もしくは他の欲求)が暴走して後先考えずに大きな買物をしてしまったアリスは、直後に自らの失策を悟りました。

 布は細長く巻いてあるとはいえ、それでも小柄なアリスが抱きかかえて持つほどの大きさがあります。今は荷物持ちを買って出た魔王が肩に担いでいますが、混雑した祭りの中をこれほどの大荷物を持ったまま回るというのはどうにも非効率です。


 仕方がないので一度荷物を置くためにレストランに戻ろうとした時のことです。魔王が見慣れない商売をしているお店を発見しました。



「『お届け屋』だってさ」


 読んで字の如く、購入した商品を指定の場所まで届ける商売のようです。

 きっと、今のアリスのように無計画な買物をして立ち往生する客が少なからずいるものと予想していたのでしょう。これならば元手も人件費だけで済みますし、なかなか鋭い着眼点だと言えます。

 届けられるのは迷宮都市の中だけのようですが、住所が分からずとも宿の名前を伝えればそこまで届けてくれるようで、観光客らしき客が何人か受付をしていました。


 アリスも列に並んでレストランの位置と行き方、そして扉は開けてあるので目立つ位置に置いておくよう注文を伝え、購入したばかりの布を預けました。会計担当の商人がそれらの事項を書いたメモと品物を配達担当の少年に渡すと、彼は迷った様子もなく全速力で駆け出します。混雑の中で大荷物を持っているというのにスイスイと器用に走り抜けていき、瞬く間に見えなくなってしまいました。



「色々な商売を考える人がいるものですねぇ」


 魔王はそうは見えなくとも世界一のお金持ちですし、家計を共有するアリスも似たようなもの。レストランも道楽でやっている部分が大きいので、儲けにはまるで頓着していません。

 自分たちにはない商人たちの金儲けにかける情熱、そしてそこから生まれる知恵と工夫に、アリスは大いに感心していました。







 ◆◆◆






 荷物を預けて身軽になった二人は、街角に出来ている人だかりに気付いて近寄っていきました。どうやら街の各所に設置された魔道モニターで闘技大会の試合を中継しているようです。



「なるほど、賭けもできるのですね。そういえば報告に上がっていましたか」


 モニターの横には賭博の券売所があり、更にその隣には金貸しが店を構えています。

 負けが込んで冷静さがなくなったところで借金で賭け金の上乗せをさせ、一気に大逆転するという夢を見せた後で骨の髄までしゃぶりつくそうとする定番のコンボでした。賭けの胴元と金融屋が裏で繋がっているところまで含めての定番です。

 どちらもホムンクルスが店員を務めており、ひっきりなしに客が押し寄せてきている様子です。



「やれやれ、あまり悪どい儲け方はしないでもらいたいものですが……」


「大丈夫じゃないかな。ほら『お金を返せない方はもれなく豪華客船の旅にご招待。楽しいカードゲームに勝てば借金がチャラに』って看板に書いてあるし」


「新手の旅行業のモニターか何かでしょうか? まあその程度でチャラにできるなら問題ありませんか」



 希望エスポワールの名を冠した船で債務者たちが血で血を洗う争いを繰り広げる未来が待っていそうですが、二人がそれに気付く様子はありません。




 それはさておき、


「おや、あれはガルドさんですね」


「次の試合に出るみたいだね」


 魔道モニターには次の試合に出場するガルドの姿が映し出されています。近隣諸国にまでその勇名が轟いている彼の人気は大したもので、姿を見せただけで大きな歓声が上がっています。



「せっかくだからガルドさんに賭けてみようか」


 魔王たちは知り合いの応援を兼ねて賭けに挑戦してみることにしたようです。他の客と同じように券売所に並んで、とりあえず手持ちの全額をガルドの勝ちに突っ込んでいました。


 魔王が券を買い終わったところで、ガルドの対戦相手が入場してきました。顔色が蒼白になり、遠い目をしているのが画面越しでもよく分かる彼は、



「あ、ダンさんですね」


「知り合い同士の対戦か。僕もそうだったし珍しいことって続くものだね」



 ダンにも賭けようかと思った魔王ですが、残念ながら手持ちのお金を全額ガルドに賭けてしまったことを思い出しました。仕方がないので、モニター越しに応援だけすることにしました。

 賭けの受付も締め切られ、試合開始のゴングが鳴ります。



「試合が始まりましたね……あ」


 アリスの呟いた「あ」が何を意味するのかはあえて多くを語るまでもないでしょう。

 ダンも決して弱くはないのですが、破れかぶれの初撃をかわされると同時にカウンターの拳を打ち込まれて場外まで大きく吹っ飛ばされてしまいました。今は白目を剥いて痙攣しており、鎧には拳の指の痕がくっきりと残っています。命に別状はなさそうですが、これでは鎧の修理費用だけでも大赤字でしょう。



「……次にお店に来た時にはダンさんに何か美味しい物でも食べさせてあげましょう」


「……うん、そうしようか」



 真剣勝負の結果なので仕方のないことではありますが、魔王たちはなんとなく同情的な気分で勝ち券の換金へと向かいました。





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