アリスと彼、もしくは彼女
「地球の資料を参考に再現してみましたが……何かが違うような気もしますけれど、まあ大体合っているので良しとしましょう」
アリスの目の前で、牛頭鬼種の魔族たちがマラソン大会をしていました。コースは迷宮都市の外周部をグルリと回る形になります。
色々と地球のお祭りをパク……インスパイアしてスペインの牛追い祭りを再現してみたのですが、元ネタのように街中でやると邪魔になるので場所を検討した結果、何故かこのような形になってしまいました。
直立二足歩行で走る平均身長四~五メートルの牛頭鬼たちのレースは色々なツッコミ所はあるものの、かなりの迫力があるので観客に人気はあるようです。トップを走るノリのいい牛頭鬼が歓声に応えて手を振ったりと中々盛り上がっていました。
「魔王さまの出番は正午からでしたか……まだしばらくありますね」
開会式が終わって間もない現在、アリスは一人だけでお祭りを見て回っていました。
彼女が一人寂しく牛追い祭りのパチ物見物などしていた原因は魔王にあります。彼はアリスが気付かぬ間に料理大会にエントリーして予選を通過していたのです。
現在は正午から始まる本戦に備えて準備をしているハズです(アリス自身も演芸大会の本戦を控えていますが、組み合わせの都合上明日までは出番がないと通知が来ていました)。
どうもアリスをビックリさせようとして直前まで秘密にしておいたようなのです。その目論見通りにアリスは驚き、そしてルール上準備の手伝いは出来ないので、こうして一人で時間を潰しているワケなのでした。
「リサさんを誘えれば良かったんですが」
ちなみにリサは開会式の前に少し顔を出したものの、夕方までは実家の手伝いがあるということでアリスと一緒に回ることはできないようでした。異世界の事情を家族に秘密にしている以上、あまり頻繁に休むワケにもいかないのです。
「一旦お店に戻りますか」
色々と興味深い催しは目に付きますが、どうせなら一人ではなく誰かと見たほうが楽しめるだろう。そう判断したアリスは一度レストランに戻ることにしました。
ちなみにお祭り期間中は魔王のレストランの営業は限定的な内容に制限されています。
作り置きの飲み物やお菓子などをフロアの目に付く場所に並べておいて、やってきた人がセルフサービスで飲み食いするだけという、ドリンクバー付きの休憩所として自分たちと常連のために開けてあるだけの状態です。お金を取る気もありませんでした。
「そうだ、写真の印刷をしませんと」
手持ちのデジカメのメモリーカードの中には、レアな格好をした魔王の画像データが三桁と数分間分の動画データが収められています。
空き時間を利用して、それらのデータをプリンタで出力するなりPCやHDDに保存するなりしておこうかとアリスが考えていたその時です、意外な知り合いが彼女に声をかけてきました。
「あらぁ、先代サマじゃないの。こんな所で奇遇ねぇ」
「おや、料理長ではないですか」
アリスに声をかけてきたのは四本腕のマッチョなオカマ、魔王城の食堂を預かっている料理長でした。彼(彼女?)は当然のことながらアリスとも面識があります。
「どうしてあなたがこんな所に?」
「今はお祭りの見物中よぉ。見所が多くて困っちゃうわぁ」
料理長は意味もなく身体をくねらせながら答えました。
「見所」と言った時に周囲を歩くダンディな紳士や精悍な冒険者に視線を移したのにアリスは気が付いていましたが、あえてそれはスルーします。料理長はこう見えて良識や社会性は充分にあるので、問題になるようなことは多分しないはず。何かするとしても合意の上ならセーフです、恐らく。
「それとね、お料理の大会にも出るのよぉ。良かったら応援に来てねぇ」
「あら、あなたもですか。魔王さまも出場するのですよ」
「そうなの? じゃあ、魔王さまと当たるかもしれないわねぇ」
料理長もアリスと同じく魔王から料理を教わったうちの一人です。
アリスにはこの時点で、もし料理長が魔王と味で勝負をしたならばどういう結果になるかが、はっきりとイメージできていました。
「料理長、そろそろ準備に向かったほうがいいのでは?」
「あら、もうこんな時間? じゃあ先代サマ、ごきげんよう」
「ええ、あなたも頑張ってください」
別れ際、料理長が飛ばした投げキッスを反射的にダッシュで回避したアリスは、気を取り直してレストランへと向かいました。
 





