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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編
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開会式

本日三話目の投稿です

順番飛ばしにご注意ください


 この時、魔王の姿は珍しいことにいつものエプロン姿でもラフな私服でもありませんでした。

 普段はロクに着ずにタンスの奥にしまってある礼服の上に金糸の刺繍が入った黒いマントを羽織り、いつもと違っていかにも魔王らしい格好をしています。近寄ると防虫剤の匂いがするあたり微妙に締まりませんが、壇上で挨拶をするだけなら問題はありません。


 いつもは最低限寝癖を直しているだけの髪も、なんとも珍しいことにオールバックにまとめており、そのおかげでいつもより若干ですが雰囲気が鋭くなっています。まるで名刀のように切れ味鋭い雰囲気の貴公子……と、かろうじて言えなくもないという感じです。


 魔王のレア髪を見たアリスなど、鼻血を吹きそうになるのをどうにか堪えた後で、旅行の時に使っていたデジカメを引っ張り出してきてメモリの限界まで撮影していました。きっと今夜は彼女の部屋のプリンタがフル稼働することになるのでしょう。


 ともあれ朝食を済ませ、身だしなみを整えていたら、いつの間にやら開会式の開始目前になっていました。急造した会場には大勢の人々が詰めかけ、今か今かと魔王の登場を待っています。



「魔王さま、頑張ってください」


「うん、行ってくるよ、アリス」



 魔王もアリスもその立場上、大勢の前で演説すること自体にさして抵抗はありません。気軽に送り出し、気軽に送り出されました。



 舞台袖から壇上に出てきた魔王は、ゆっくりと中央まで歩きます。

 魔王の特徴は昨年の世界会議以降各国に広く伝わっていますが、当然のことながら実際にその姿を見るのは初めてだという人が大半です。魔王が開会の挨拶をするという噂が広がってからほとんど時間は経っていないのに、その姿を見定めようと大勢の人々が集まっていました。


 髪型と服装で威厳を上乗せしているおかげもあり、群集の中から漏れ聞こえる印象は概ね好意的でした。貴婦人の集団から黄色い歓声が上がり、舞台裏にいるアリスの眉の角度が人知れず上がったりもしましたが実力行使には出なかったのでかろうじてセーフです。



 壇の中央までゆっくりと歩いた魔王は、集まった人々を一瞥し、それからニヤリと笑みを浮かべてパチンと指を慣らしました。


 瞬間、世界が変わりました。

 まず最初に、つい一瞬前まで燦燦さんさんと地上を照らしていた太陽が消失。

 世界が闇に閉ざされました。


 祭り気分で浮かれていた群集もこれには動揺を隠せません。

 が、挨拶はまだまだ始まったばかりです。


 真っ暗闇の中、一点の、針の先のような光があるのに誰かが気付きました。

 壇上の魔王が指先に灯した魔力の光は七色に輝きながら見る間にその大きさを増し、バレーボールくらいの大きさになったところで砕け散り、無数の光の欠片が集まった人々の額を一人残らず、痛みも恐怖も感じる間もなく射抜いたのです。



 この光景を傍から見れば、魔王の乱心を疑う者もいたかもしれません。

 ですが、光に射抜かれた人々は傷一つ負っていません。

 群集の中を駆け抜けた光は今度は方向を変え、一斉に天へと向かいました。



 この時、人々の意識が感じていたのは流星。

 自らが一条の流れ星となり、黒い夜空を縦横無尽に駆け巡っている。

 それと同時に、地上に立つ自身が自らの操る流星を見上げている。

 精神が天地に分かたれ、そのどちらもが目の前の光景に酔いしれていました。



 一人一人の個性を表すかのように流星の色は様々です。

 赤、青、黄、橙、緑、藍、白、桃……とても数え切れるものではありません。

 万色の光が思い思いに黒いキャンバスに絵を描いていきます。

 速さ比べをするかのように一直線に走る光。

 一箇所をぐるぐると螺旋のように回る光。

 各人が好き放題に空を飛び回るだけで、至上の名画が目まぐるしく描かれ、そして儚くも消えていきました。







 ◆◆◆







 パチン。


 再び魔王が指を鳴らすと、空を翔る星だった人々は元の身体へと帰ってきました。

 いつの間にか空には元のように太陽が浮かんでいます。

 日の高さはまるで動いていませんから、永遠のように思われた時間は実際にはほんの数分のことだったのでしょう。


 人々は白昼夢にしては現実感のありすぎた体験を上手く言葉にできず、何か言いたいのに何も話せないといった風に呆然としています。



「さあ」



 そんな人々に、魔王はゆっくりと語りかけます。



「お祭りはこれからだ」



 さして大声でもないのに、魂の奥底にまで響くように言葉が染み込んできます。



「一緒に楽しもう」



 魔王の挨拶は、その一文だけで終わりました。

 しかし群集の弛緩しきった精神がたっぷり十秒以上もかけてその意味を理解した頃、拍手が、最初は散発的に、次第に割れんばかりの大喝采になっていきました。

 人々は強制的に精神を揺さぶられた反動か、涙を流しながら意味も分からないままに大笑していたり、戦場でするような勝ち鬨を上げていたり、歌ったり踊ったりと騒ぎは大きくなるばかりです。



 いつの間にか魔王は壇上から消えていましたが、極限まで高揚した群集が気付くことはありません。


 同時刻、屋台やアトラクションの営業が開始。

 呼び込みの声や楽器の演奏の音がどこからともなく鳴り響き、正気に戻った者から我先にと目当ての場所へと走り出します。


 こうして、この上ない混沌と狂騒の中、これから一週間続くお祭りが始まったのです。








 ◆◆◆








 なお、人知れず壇上から消えた魔王がどこに行っていたのかというと、



「魔王さま、気軽に天変地異を起こさないでください!」


「ごめんごめん」



 と、舞台の陰でアリスに叱られていました。



※今回魔王が使用した技について

魔王の持つ四十八の宴会芸の一つ『流星落とし』。

打ち上げているのに技名が「落とし」なのは、その方が語感がいいからです。亜種や上位種に『恒星落とし』や『暗黒落とし』などの技もあります。色々落としたいお年頃なのかもしれません、「おとし」だけに。

『流星落とし』や他の四十八の宴会芸は過程は違えどその大半は、半ば強制的に「めっちゃバイブス上げてレッツパーリー的なテンアゲ状態にする的な?」みたいな効果を発揮します。ある意味洗脳ですが深く考えてはいけません。今回はコスモスの助言を元に魔王軍を甘く見ている勢力への牽制の為に使用しました。

物理的・魔法的ないかなる防壁でも防御はできませんが、最初の光線をどうにかして回避できれば強制テンアゲ状態にならずに済ませることも可能です。その為には高精度の未来予知、時間や空間の操作、因果律への干渉、多次元跳躍、そのタイミングで偶然バナナの皮を踏んでスッ転ぶ強運などの、光速の攻撃を回避し得る要素が必須ですが、一応とはいえ回避の可能性が存在する以上、魔王の技の中では比較的理不尽度は低めの部類です。なお、厳密には攻撃ではないので殺気を感知して避ける事は不可能です。


ちなみに四十八の宴会芸が本当に四十八種類あるのかは不明です。

魔王研究家のA嬢(匿名希望)曰く、「その時の気分で適当に言っているのではないでしょうか」との事です。その日の気分で四十八だったり百八式まであったりするので真面目に考えてはいけません。


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