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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編
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閑話・お弁当


 トン、トン、タン、トン。

 薄闇の中、包丁がまな板を叩く軽快な音が響きます。

 表面の茶色い皮をむいたタマネギを、丁寧にみじん切りにしているのです。

 時折、音のリズムが乱れるのはご愛嬌。

 技術の未熟さは気持ちでカバーすればいいのです。



「目がしぱしぱします~……」


 朝早くからタマネギのみじん切りをしていたメイが、こしこしと目をこすっています。タマネギの揮発成分のせいで目が痛いのと、早起きをして眠いのとが相まって薄く涙が浮かんでいました。



「あまりこすっちゃダメよ。それで次はどうするの?」


「次はですね~」



 メイに指示を仰いでいるのは、冒険者仲間で親友のエリザ。彼女たち二人は、協力してお昼のお弁当を作っているのです。

 調理している場所は、冒険者ギルドが丸ごと買い上げて、迷宮都市を拠点に活動している冒険者に相場より幾分安く貸し出している通称『女子寮』の厨房。

 大勢が生活する施設なので厨房の規模もそれ相応に大きいのですが、野外ならともかく都市内では外食で済ませてしまう者が多いのか、建物が出来てからしばらく経つのにあまり使われていない施設です(『男子寮』の厨房はこれに輪をかけて使われておらず、備え付けの調理器具など新品同様の有様です)。その上、大半の住人は前夜祭の大騒ぎで疲れて熟睡しているので、広い厨房も貸切状態です。



「こんな風に丸めたお肉の空気を抜いていきますよ~」


「へえ、ハンバーグってこんな風に作っていたのね」



 牛と豚の合挽き肉に、刻んだタマネギやパン粉や調味料を混ぜて適度にこね、小判型に成形してから両手でポンポンとキャッチボールして中の空気を抜いていきます。この空気抜きをしないと、あとで焼いた時に形が崩れてしまうことがあるのです。


 全部で十個のタネをそうして作り終えたら、いよいよ焼きに入ります。

 ほとんど使われていないのが勿体ないほど高性能な魔道式のコンロがあるので、わざわざ薪や炭を用意せずとも準備は簡単。薄く油を引いて熱したフライパンで、まずは試しに二個だけ焼いていきます。



「手慣れたものね」


「いえいえ、まだまだですよ~」



 ここ最近、ほとんど毎日練習でハンバーグを作っていたおかげで、メイの手際は初心者にしては中々のものです。メイ以上に初心者のエリザは焼きには手を出さず、感心したように調理の様子を見ています。


 まだほんの一昨日のことですが、闘技大会の本戦出場が決まった仲間の男性陣二人の壮行会を四人で開いた時、メイが出したハンバーグに他の三人はそれはそれは驚いたものです。かろうじて食べられる何かのごった煮しか作れなかった頃とは雲泥の差でした。


 男性陣はただ味と腕前に驚いているばかりでしたが、エリザはメイの親友として色々と相談を受け、その裏にある『動機』も知っていましたから驚愕もひとしおでした。

 「恋は人を変える」などと世間ではよく言われますが、実際に身近な人間が変わる瞬間を目撃してエリザは内心大いに感心したものです。小柄で子供っぽいと思っていた友人がやけに大人っぽく見えました。



「これで完成なのかしら?」


「これでも美味しいんですけれど、もうちょっと手を加えますよ~」



 最初にお試しで焼いたハンバーグは、二個とも良い具合に焼き上がったようです。お肉の焼ける香ばしい匂いで、朝食前で空っぽの胃がキリキリと刺激されてしまいます。

 ここに何かしらのソースをかければ、いえ、このまま食べてもそれはそれで美味しいのですが、このままだと持ち運びには適しません。持ち運びやすく、それでいて更に美味しくする為にはもう一手間加える必要があるのです。



「チーズとレタスとタマネギと、トマトとピクルスも入れましょう~」


「なるほど、そういうわけね」



 ハンバーグとそれらの具材と聞けば、エリザもすぐにピンときました。

 前日のうちにメイが買い込んできていたパンと各種調味料の瓶を取り出し、ハンバーグの粗熱が取れるまでの間に野菜類と平行して準備を進めていきます。


 二つに切り割ったバンズにマスタードとバターをたっぷりと塗り、そこに薄切りの野菜やチーズ、ケチャップとマヨネーズ、そしてハンバーグを挟めばハンバーガーの完成です。



「他のを焼き始める前に試食しましょう~」


「そうね、試食は大事よね」



 あれこれと欲張って具材を入れたせいで、ハンバーガーにしては少々背が高くなってしまいましたが、食べる前に上から手で押さえつけて軽く潰せば問題解決です。ハンバーグの肉汁がバンズに染みて、むしろ味の一体感が深まったくらいです。

 肉の旨味と脂を生野菜のサッパリ感が引き立て、マスタードのピリ辛やケチャップの甘酸っぱさが全体をより一層の高みへと押し上げ、それら全てを小麦の香り豊かなバンズが支える。

 メイとエリザは空腹も相まって、これが試食だということも忘れて一気に食べ終えてしまいました。



「これは食べ過ぎたら危険ね。絶対に太るわ……」


「ですね~……」


 

 二人して服の上から自分の脇腹のお肉をつまみながら、深刻そうな表情を浮かべています。仕事柄身体を動かすことが多いとはいえ、そしてまだ若いとはいえ、少しくらいは節制を考えるべきなのかもしれません。



「それはそうと、ハンバーガーといえばポテトよね。魔王さんの所だといつも付いてくるもの。フライドポテトは作らないの?」


「まだ揚げ物は教わってないんですよ~。今度聞いてみますね~」



 ダイエットの話題の直後にそんなことを話しているくらいですから、今はまだ節制よりも食欲優先のようです。現役を引退しても暴飲暴食の癖が抜けずに一気に激太りする元冒険者は少なくないので、当面は心配なくとも将来的には彼女たちも危ないかもしれません。


 ともあれ、試食分は見事に成功したようです。

 二人は少々の休憩を挟んだ後に、本命分の作成へと取り掛かりました。



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