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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編
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冷ややかな痛み


「痛っ……うぅ……」


「あらあらあら」


 神子がレストランの対面の席に座っているリサの心配をしていました。リサは苦悶の表情を浮かべ、痛みをこらえるように頭を押さえています。

 

 ……とはいえ、別になんら深刻な事情ではありません。



「ふう……落ち着いてきました。カキ氷といったらこの感じですね」


「それは重畳。さ、温かいお茶でも如何ですか?」


「あ、これはどうも」



 単にオヤツのカキ氷を食べて頭痛がしていたというだけのことでした。

 リサが食べているのは、抹茶シロップに茹で小豆、練乳、白玉、抹茶アイスまで乗せた和風の豪華版カキ氷。極北の海に浮かぶ氷山をも彷彿とさせるほどのボリューム感があり、溶ける前に食べきろうとすれば今のリサのように頭が痛くなるのは必至です。お腹が痛くならなかっただけ幾分マシかもしれません。



「熱いお茶が美味しいです」


「ふふ、慌てて食べては身体に毒ですよ」


「あなたがそれを言いますか?」



 神子は“今は”リサと同じ和風デラックス抹茶カキ氷を食べていますが、その横には空になった器が山のように積み重ねてあります。イチゴやレモンなどの果物系(シロップには本物の果汁を使っています)から、スイ(砂糖味)などの通好みの品までメニューに載っているカキ氷を片っ端から注文していって、今の抹茶味で全種制覇です。

 その程度はいつものことなのでリサも特に戸惑ったりはしませんが、それでも見ているだけで涼しくなりそうな光景です。常人であれば頭がキーンとなるどころか低体温症になってしまいそうですが、神子は一度たりとも頭痛を感じている素振りすらありませんでした。



「冷たい物で頭が痛くならないんですか?」


「いえいえ、ワタクシも人間ですから、氷菓子などを頂けば頭痛を感じることもありますよ」



 かなり疑わしい部分もありますが、神子の肉体自体は普通の人間のものにちがいありません。冷たい物を食べたら頭痛を感じることもあるのです。



「ふふ、痛みが早く引くコツがあるんですの」


「へえ、それは気になりますね」



 神子は冷たい物を食べて起こった頭痛を軽減する方法を知っているのだそうです。その方法が気になったリサはそのコツを聞いてみました。



「そう難しいことではありません。お祈りをすればいいのですわ」


「お祈り、ですか?」


「ええ、心の中だけで構いませんので」



 神子が言うには、祈りさえすれば頭痛が消えるそうです。しかし、説明を受けたリサは、痛みと祈りの因果関係が分からずに不思議そうな顔をしています。



「世の平穏と人々の幸福を祈っていれば、自然と自身の痛みなど気にならなくなるものでしょう?」


「そういうものなんですか……?」


「そういうものなのです」



 リサは未だに納得しかねていましたが、神子の言葉に迷いはありません。現代日本の一般的な高校生らしく宗教に縁遠いリサにはよく分からない、ややもすれば怪しげでスピリチュアルなお話なのでしょうか。だとしたら真似できそうにもありません。



「いえ、そういうことではないのです。そうですね、説明が難しいのですが……氷菓子を食べて頭が痛くなった時の思考を図で表すと」



 神子はカキ氷の器の底に付着していた水滴を指先でなぞって、テーブル上に水で絵を描いていきました。人の頭を模した歪な円の中にマルが二つとバツが三つ描かれています。



「このマルのほうが『甘い、美味しい』などの快に属する感覚、バツがそのまま『痛い』という不快な感覚だとします」



 現状の図の通りだとすると『痛み』を表すバツ印が思考の過半数を占めており、このままだと痛みを押して無理に食べ進めてもキツいだけです。



「そこでお祈りをするのです」



 神子は再び指先に水滴を付けると、マル印を次々と頭を模した円の中に書き加えていきます。マル印の数はたちまち十を超え、二十を超え、バツ印を上から塗り潰し、円の外側にまではみ出てしまいました。



「このように、思考の全てを信仰一色に塗り潰せば、もはや痛みなど感じるハズもありません。お分かりですね?」


「いえ、分かりませんて」



 人は何かに強く集中していると時間の流れを早く感じたり、少しくらいの怪我であれば痛みを感じにくくなったりします。どうやら神子はその狂気染みた信仰心による力技で、痛みを感じたら即座に自身の思考を塗り潰していたようです。残念ですが、とても他人に真似できそうにはありませんした。





 ◆◆◆





「へえ、こうすれば良かったんですね」


 その日の夜、リサは自宅のパソコンを使って、普通人にもできる痛みの解消法を検索してみました。

 カキ氷やアイスクリームなどの冷たい物を食べて起こる頭痛、医学的な正式名称『アイスクリーム頭痛』への適切な対処法とは、



「冷たい物、カキ氷の器などをおでこに当てる、と……これは人前では恥ずかしいですね」



 アイスクリーム頭痛のおもな原因は、急激に口内の体温が下がることに対する、体温を維持しようとする身体の防衛反応。一時的に血流が増し、頭の血管に炎症が起きるせいで痛みが発生するのです。カキ氷の器やよく冷えたペットボトルなどをおでこに当てれば早く炎症が引いて痛みが治まるという理屈です。


 まあ、そもそも急激に体温を下げなければいいワケで、少量ずつゆっくりと食べれば痛みは起こりにくくなります。


 暑い時期に美味しい冷たい物は、慌てず騒がず、お行儀よく頂きましょう。



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