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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編
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甘いアイツとエルフ姉妹


「おや、君は確か、あのお菓子の島の」


「む、拙者は……い、いや、人違い。否、ケーキ違いでござろう」


 エルフのタイムとライムの姉妹が街中を散策していると、物陰にコソコソと隠れながら移動しているロールケーキを発見しました。一見意味が分からない文章ですが、実際にその通りの光景が彼女たちの眼前にあるので仕方がありません。


 直立二足歩行しているケーキは何か後ろ暗いところでもあるのか、サングラスをかけ、唐草模様の風呂敷をほっかむりのように被って人相を隠しており、タイムに呼びかけられても他人、ではなく他ケーキのフリをしています。

 これまでに何度かライムを連れてスイーツダンジョンに入ったことのあるタイムは、



「そうか、知り合いに似ていると思ったんだが、他ケーキの空似だったようだね」


「分かってもらえて何よりでござる。では拙者はこれにて失礼をば」



 と、他人の空似ならぬ他ケーキの空似という斬新な言葉を生み出しつつ、あっさりと不審者をスルーしました。限りなく怪しいですが、具体的に何かしたところを目撃したワケではないので、まだギリギリ通報案件ではないと判断したのでしょう。単に関わり合いになるのが面倒臭かったのかもしれません。


 しかし、妹のライムは別の判断をしたようです。



「いただきます」


「ぬわーっ、でござる!?」



 手元に食器がなかったとはいえ、なんと驚くべきことに、そのプニプニした小さな手を手刀の形に尖らせ、空手道でいうところの貫き手を不審者の胴に向けて放ったのです。

 身体の表面のスポンジと体内のクリームを大きく抉り取られ、謎のケーキは思わず悲鳴を上げました。ケーキに痛覚はありませんが、それでも突然全力で殺りにくるガチ系幼女にビックリしたのでしょう。



「おいしい」


「こらこら、手づかみで食べたらお行儀が悪いだろう。ほら、手もベタベタになってるじゃないか。ハンカチを貸してあげるから、服の裾じゃなくてちゃんとコレで拭くんだよ」


「ん、ごめん」



 ライムは姉の差し出した清潔なハンカチでクリームまみれの手を拭いました。まだ手がベタベタしていますが、とりあえず見た目だけはまともになりました。ちゃんと手を拭いて使い終えたハンカチをタイムに返し、それから改めて不審者のほうに視線を向けます。



「し、しまったでござる!? 姉上に借りた変装グッズが驚いた弾みで外れてしまったでござる!」



 驚いた弾みでロールケーキの装着していたサングラスと風呂敷が外れていました。



「いいかいライム? こういう時はバレバレでも一応驚いてあげるのがマナーなんだよ。では、コホン……な、なに、君はまさか!?」


「なんということでしょう」


「むむむ、バレてしまっては仕方ないでござるな!」



 なんということでしょう、謎の不審者の正体は、スイーツダンジョンの管理人をしているケーキゴーレムだったのです!





 ◆◆◆





「それで、なんでまた君がこんなところにいたんだい?」


「うむ、これはまだ秘密にしてもらいたいのでござるが……拙者の姉上に頼まれて特別な菓子の準備をしに来たのでござるよ」


「とくべつ?」


 特別なお菓子と聞いてタイムもライムも興味を惹かれたようです。



「たとえば、まずはコレでござる」


「くも?」


 

 ケーキゴーレムの手の先から白い煙が上がったかと思うと、その煙が集まって綿菓子の雲になりました。どういう原理かは不明ですが、ライムの目線くらいの高さで、まるで本物の雲のようにフワフワと浮いています。姉妹は浮いている雲を千切って口の中に入れてみました。



「あまい」


「うん、結構イケるね」


「お褒めに預かり恐縮至極。だが、これで終わりではござらぬ」



 更にゴーレムの手から出る白煙の量が増し、雲はドンドンと大きくなっていきます。そしてある程度の大きさになったところでゆっくりと上方に浮かび上がり、三人(正確には二人と一ロール)の頭上にまで来たところで雲の中から何かが落ちてきたのです。



「飴玉?」


「うむ、飴の雨でござる」



 まさかのダジャレでした。



「しかも紙で個包装されてる」



 包装紙には、ドヤ顔でポーズを決めているゴーレムのイラストが印刷されているという芸の細かさです。



「衛生面は大事でござろう?」


「うん、そうなんだけど……いくら魔法っていっても原理が謎すぎない?」


「拙者すごく頑張ったのでござる。ちなみにチョコとかゼリーとかクッキーの雨も頑張れば出せるでござるよ」


「がんばるってすごい」



 魔法に長けたエルフにもサッパリ原理が不明なのですが、実はゴーレム自身もよく分からずに使っています。存在自体がギャグみたいなふざけた生物なので、もしかしたら世界の意思的なナニカによるギャグ補正でも働いているのかもしれません。



「こういう雲を今のうちから沢山作って浮かべておいて、お祭りの初日から最終日まで街中に菓子の雨が降らせるというサプライズ演出なのでござる」



 普通の雲だと思っていたらお菓子の雨。これには観客もビックリでしょう。雲の移動も任意で出来るので日差しが悪くなる心配もいりません。

 ちなみにお菓子の原材料は魔力なので、降ってから一定時間が経過すると勝手に霧散します。腐敗や包装が破れて虫が寄ってきたりなどの心配は無用です。一定以上の衝撃を受けると瞬間的に魔力の構成が緩くなって実体化が解けるので、人の頭や割れ物に当たっても怪我をしたり物が壊れたりはしません。



「なるほど、サプライズだから気付かれないように変装してたのか」


「いやいや、そうではなく……拙者これでも子供や女性たちの人気者でござるからな。素顔で出歩いてサイン攻めにあったら大変でござろう?」



 モテるケーキはツライぜ、とばかりに格好を付けながらサングラスをかけ直しています。わざわざ変装していたのは、どうやら自意識過剰な芸能人のような動機だったようです。



「あとは広場の噴水を丸ごと利用して、チョコレートファウンテンという派手な菓子をやったりもするでござるよ。ご存知であるか、チョコフォンデュの親戚みたいな感じのヤツなのであるが」


「ああ、チョコフォンデュなら分かるよ。その親戚かい?」


「うむ、具体的には叔父の従姉妹の孫の嫁の友達の親くらいの関係でござろうか?」


「それは、もうただの他人じゃないかな」



 菓子ならぬ身には分かりにくいですが、チョコレート界隈の血縁関係はなかなか複雑怪奇なようです。溶けやすいチョコだけに、ドロドロとした複雑な関係があるのかもしれません。夏場などは特に。



「菓子の世界にも色々とあるのでござるよ。かくいう拙者もショートケーキの野郎だけには負けられないでござるし」


「野郎ときたか」


「みにくいあらそい」



 目の前の怪生物以外の菓子に本当に自由意思があるのかは確認のしようがありませんが、このロールケーキはショートケーキをライバル視しているようです。意味もなくスポンジの腕でシャドーボクシングなどをして闘志を燃やしています。



「他にもクロカンブッシュの街路樹であるとか、飴細工の妖精を飛び回らせたりだとか色々やるのでござるよ。池の小便小僧から、水ではなくオレンジジュースが出るようにしたりとかも」


「他はともかく最後のだけは止めておいたほうがいいと思うけどね」



 色合いがリアルな分だけヤバさが倍増ですし、甘い匂いも糖尿病を連想せざるを得ません。ごく一部の極めて特殊な嗜好の人々以外はドン引き間違いなしでしょう。



「アイデアを出したら何故か姉上にも止められたでござるし、止めておくのが無難でござろうか?」


「うん、それがいいと思うよ」


「ならば仕方ない、オレンジではなくトマトジュースに……」


「血尿!? というか色の問題じゃないからね!」



 このゴーレム、根本的な感性がどこか決定的にズレているようです。発想の端々から狂気の片鱗が見え隠れしています。血尿の小便小僧より先に病院で精密検査を受けたほうがいいかもしれません。もっとも、生きたロールケーキの治療ができる医者など世界中探してもいないでしょうが。





 ◆◆◆





「む、もうじかん」


「おっと、すっかり話し込んでしまったね。あとは本番の楽しみにしておこうか」


 道端で怪生物の話を聞いていたら、いつの間にか一時間近くも経っていました。もう日が落ちかけている時間帯。今日はライムだけでなくタイムもエルフの村に帰って、家族全員で夕食を摂る約束になっているのです。そろそろ向かわねばなりません。



 あの小便小僧以降にも、眼球型の飴玉を壁にたくさん吊るしておいて通行人が通りかかったら一斉にそちらをギロリと見るホラー系の仕掛けや、空中を泳いで移動するたい焼き、兄弟関係にある串団子三人衆などのアウトコースに剛速球を叩き込んでくるようなアイデアを聞いていましたが、全体の八割くらいはマトモそうだったので多分大丈夫でしょう。



「まあ、何かあっても私の責任じゃないしね」


「ん、何か言ったでござるか?」


「いや、なんでもないよ。じゃあ頑張ってね」


「がんばれ」



 こうしてエルフの姉妹は自分たちの村へと通じる転移陣にテクテクと、ケーキゴーレムは次の仕事の現場へと再び変装してコソコソと向かうのでした。





 ◆◆◆





 なお、ゴーレム謹製の無料のお菓子の数々が、菓子類を扱う店の営業妨害にならないかというと、実はそんなことはありません。


 帰り道、先程拾った飴の雨をポケットから取り出したタイムとライムは、包み紙を破って口に放り込みました。



「なんていうか、美味しいんだけどね」


「ちょっとだけ、おおあじ」



 魔法で生み出されたお菓子の欠点、それは肝心の味そのものです。美味しいは美味しいのですが、繊細さに欠ける大雑把な味で飽きが早いのです。

 最初は見た目の派手さや演出で人気が出るでしょうが、時間と共に飽きられてしまい、美味しい物が食べたい人々は普通にお金を払ってどこかしらのお店に行くことを選ぶでしょう。


 少額の入場料を払えばお菓子が食べ放題、なんていう施設を普段から大っぴらに営業していても他の菓子店から苦情が来ないのには、そういうカラクリがあったのです。

 決して不味くはないけれど、やたらと飽きやすい。けれど、しばらく間を置けばまた美味しく食べられる。そのバランス感覚はある意味で奇跡的です。


 飴を舐めていた姉妹は、手の中の破れた包み紙が消えかかっているのに気付きました。包み紙も魔力で構成されているので、破った数秒後には安定を失って勝手に霧散するという、ゴミ箱要らずの便利な性質があるのです。



「なんていうか、努力の方向性を間違えてるよね、彼」


「うん」



 飴の包み紙に描かれたドヤ顔のケーキゴーレムのイラストが、光の粒になって空気中に溶けるように消えていくのを見ながら、エルフの姉妹は率直な感想を述べました。



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