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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編
132/382

いつもの


「アリスよ、おれはいつものを頼む」


「いつもの……お子さまランチのことですか?」


「うむ、頼んだぞ。ああ、飲み物はオレンジジュースをくれ」


 ある日のお昼時、シモン王子がややドヤ顔で「いつもの」と注文しました。

 五回に三回くらいはお子さまランチを頼む彼なので、注文を受けたアリスもすぐにその言葉が意図するところを察してお子さまランチだと理解してくれました。



「いつもの?」


「うむ、兄上に教わったのだが、行きつけの店でこう注文するのが格好いいのだそうだ」



 相席していたライムが、いつもと違う注文の仕方を不思議に思って聞いてみたところ、シモンはそう答えました。どうやら彼の兄に何かを吹き込まれて影響を受けた結果のようです。



「わたしも、いつもので」



 「いつもの」と注文するのが格好いいと知ったライムは、早速それを真似してみましたが、



「ええと、ライムちゃん毎回違う物を選んでますから……」


「わたしには、いつものがない?」


「そうなりますね」


「がーん」



 いつも違う注文をする幼女に「いつもの」と言われてアリスも困り顔です。

 ライムも遅まきながら自分の注文の傾向を思い出して困った顔をしました。



「……こまった」


「別に困るようなことではないと思いますけど」



 常連でも毎回違う注文をする者は少なくない、というかシモンが例外的にお子さまランチを頼むことが多いだけなので、別に恥じたり困ったりするようなことではありません。ですが、ライムはシモンにできて自分にできないというのが面白くないようです。



「はっはっは、おれのようにはいかんようだな」


「むぅ」



 ライムとは対照的にシモンは勝ち誇った顔をしています。実際にはこんな注文の仕方に勝ちも負けもないのですが、彼ら自身の中には譲れない何かがあるのでしょう。


 ですが、ライムもそのまま負けてはいませんでした。



「おこさまらんちと、こーひーをぶらっくで」


「ブラックだと!? 馬鹿な、死ぬ気か!」


「ふっ、おとなのあじ」



 コーヒーをブラックで飲むことが格好いい。

 これまた、なんの根拠もないただの思い込みなのですが、ライムの覚悟を知ったシモンに戦慄が走りました。

 シモンとて砂糖をたっぷり入れたカフェオレならば飲めますが、以前クロードが頼んだブラックコーヒーを味見した時は、その苦みにひっくり返りそうになりました。

 余談ですが、魔界から輸入が始まっているコーヒー豆は、舶来品として各国で人気が出始めています。ですが、飲み方としては砂糖やミルクを入れて甘くするのが主流で、大の大人でもブラックを美味しく飲める者はまだ多くありません。



「ふふ、しもんは、あまいじゅーすでものんでいるといい」


「ぐぬぬ……アリス、注文を変えるぞ。オレンジジュースではなくブラックコーヒーをもて!」


「あの、あまり無理しないほうが……」


「無理などしておらぬ!」



 「いつもの」で勝ったと思ったところにブラックコーヒーで手痛い反撃を受けてしまいましたが、意地っ張りなシモンがそのまま負けているはずもありません。アリスも忠告はしましたが、負けず嫌いなシモンは余計意地になるばかり。

 飲み物をジュースからコーヒーに変更すれば、「いつもの」による先取点と合わせて二ポイント。コーヒーの一ポイントしかないライムより有利に立てます。ちなみに何故判定がポイント制なのかは、多分張り合っている彼ら自身にも分かっていません。



「しもん、むりはよくない」


「お前こそ寝れなくなっても知らぬぞ」



 よく見れば二人とも冷や汗をかいています。

 気遣うような言葉で相手を勝負から降ろそうとしていますが、ここで逃げたら自分の負け。それはコーヒー以上に苦々しく思えるようです。





 ◆◆◆





「どうぞ、お子さまランチと、ブラックコーヒーが二つずつ。お砂糖とミルクならありますから、無理しないでくださいね」


 二人の前にお子さまランチとブラックコーヒーのカップが置かれました。湯気を立てたカップからはコーヒーの芳醇な香りが立ち上っています。

 アリスは砂糖壷とミルクのポットもテーブルに置いていきましたが、それに手を出したら負けです。少なくとも相手より先にそれらを使うわけにはいきません。



「……おいしい」


「……うむ、美味いな」



 時に人生にも例えられるコーヒーの深い苦み。

 そして苦みとバランスよく調和しているキリッとした酸味。

 豆の焙煎や挽き方にもこだわった一杯は、しかしまだ年齢一桁の子供たちには早かったようです。



「これが、おとなのあじ……」


「人生とはこれほど苦いものなのか……」



 少しずつ舐めるように飲んでいきますが、当然そんな飲み方ではほとんど減りません。二人とも苦みのあまり涙目になりながらチビチビと飲み進めていきます。

 口直しにお子さまランチに手を付ければ多少マシになるかもしれませんが、口直しは暗黙の了解として減点対象になっているのか、食べ始める様子はありません。



「……ごちそうさま……」


「……うむ、美味かったな。うむ……」



 結局十分以上もかけて飲み終え、それから二人揃って少し冷めたお子さまランチをモソモソと食べ始めたのでした。



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