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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編
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酒の泉


 美しい魔女が、長い長い詩歌のような呪文を朗々と謳いあげると、何もない空中が揺らぎ、そこから金色の水の雫が湧き出て珠となりました。


 液体で構成された珠は少しずつ、少しずつ大きくなり、やがては大人が両腕で抱えるほどの大きさに。煌めく陽光を浴びてキラキラと輝き、それはまるで本物の黄金のよう。


 金色の珠はある程度のところで成長を止めると、更なる動きをみせました。


 溜め込んだ金の雫が、最初は乙女の涙のようにポタリポタリと、ですが瞬く間に勢いを増し、滝のように流れ落ち始めたのです。


 宙に浮かぶ金色の珠と、そこから流れる金色の滝。

 滝は大理石のプールに流れ込み、今度は金色の泉となりました。


 まるでおとぎ話のような光景を前に、周囲で見守っていた観衆は一斉に拍手と歓声を送ります。


 しかし、芸術的とも呼べる光景に彼らが心奪われていたのは、ほんの数瞬。

 泉から漂ってくる、甘く蠱惑的な香りを嗅ぎつけるまでのこと。


 周囲に満ちるのは酒精の香り。

 それも安酒ではありえない極上の美酒のもの。


 魔女は黄金に翡翠を散りばめた杯をどこからともなく取り出すと、泉の酒を汲み上げて一息に飲み干しました。


 それを見た観衆はゴクリとノドを鳴らして唾を飲みます。果たしてそれは酒の味への好奇心からか、あるいは妖しくも魅惑的な魔女の姿を目にしたからか。


 酒精の混じった吐息を漏らした魔女は、泉の味に納得がいったようで柔らかく微笑みを浮かべています。


 そして、今初めて気が付いたかのように周囲の人々のほうへと向き、こう伝えたのです。



「さあ、世にも珍しいお酒の泉よ。飲みたい子は受付で入場料を払ってね」


「「「はーい!」」」



 幻想的な光景にはまるで似つかわしくない、飲兵衛たちの野太い声が返事をしました。三度の飯よりお酒が好きな駄目人間たちが、ギラギラと瞳を輝かせています。


 お祭りの本番前に試験的に先行オープンした大人向けアトラクション。

 汲めども尽きぬ酒の泉。

 

 魔王軍四天王の一人にして無類の酒好きであるアクアディーネ。

 素面でいるところを誰も見たことがないとすら言われる彼女の大魔法によって生み出された泉には、大勢の人々が蟻のように群がり、持ち込んだツマミを肴に早くも泉のほとりで酒盛りを始めていました。




 ◆◆◆





「お疲れさまです、アクアディーネさま」


「あら、コスモスちゃん、こんばんは」


 アクアディーネが持参した塩辛と自分の魔法で作ったお酒で早速一杯やっていると、どこからともなく現れたコスモスが話しかけてきました。



「あなたも一緒にどう?」


「残念ですが、まだ未成年ですのでお酒は遠慮しておきます。塩辛だけいただきますね」


「ホムンクルスに年齢制限って意味あるのかしら?」



 体格はすでに完成していますし、内臓の代謝機能も同様なので飲酒に問題はなさそうですが、妙なところだけルールに忠実なコスモスは飲酒の誘いを断りました。

 持っていたカバンに何故か入っていたご飯茶碗に、これまた何故か入っていた保温容器から白米を盛り付け、いかの塩辛を乗せてモシャモシャと食べ始めます。見た目は悪く匂いも強いですが、以前に世界一臭い缶詰を制覇したコスモスには気にもならないレベルです。



「しかし、驚きました。こんな魔法もあるのですね」


「普段はあまりやらないんだけどね。そこそこ美味しいけど味が一種類だけだからすぐ飽きちゃうし」



 酒の泉の魔法はアクアディーネが長年苦心して作り上げた独自の魔法で、アリスでも真似できない高度な技ですが欠点もあります。

 味が単一なので飽きが早いというのがまず一点。

 水魔法の応用で生み出した酒精だからか、酔いが醒めるのが普通より早いというのがもう一点。

 そして魔力の消耗が多く非常に疲れるので、唯一の術者であるアクアディーネが使いたがらないというのが最大の欠点。

 結局、彼女が一人で楽しむだけなら、普通に酒屋で飲みたいお酒を買ってきたほうが手っ取り早くて効率がいいのです。



「まあ、普通の酒屋の皆さまにご迷惑をかけてはいけませんし、アトラクションとしてはこのくらいの塩梅がよろしいかと」


「それもそうかしらね」



 あまりにも完璧すぎると酒屋の営業妨害になるので、ある程度飽きやすいほうが好都合だと二人とも判断したようです。



「それはさておき、この塩辛イケますね」


「あら、それはよかったわ。それウチの子の自家製なの」


「おや、お子さまがおられたのですか?」


「ああ、そういう意味じゃないの。コスモスちゃんも可愛いし、ウチの子になる?」


「いえ、よくわかりませんが遠慮しておきます」



 お酒関係や食欲に限らず色々な欲望に忠実に生きるアクアディーネは、彼女好みの美少女や美少年を囲ったハーレムを作っているのです。本人たちの自由意志を尊重して、魔王やアリスや他の四天王たちは一応は黙認していますが、ことあるごとにこうして勧誘してはトラブルの種になることもしばしばです。



「そうそうコスモスちゃん、早速で悪いんだけど、約束の報酬をいただいていいかしら?」


「はあ、かまいませんが。元々その為に来たのですし。ですが、本当にそんなことでよろしいので?」


「あら、わかってないわね。そんなことだからいいのよ」



 ご飯茶碗を空にしたコスモスと、杯を空にしたアクアディーネは、泉のそばから離れると近くにあったベンチに移動しました。



「じゃあ、おやすみなさい、コスモスちゃん」


「はい、おやすみなさい、良い夢を」



 アクアディーネは頭をコスモスの太ももに乗せると、すぐにスヤスヤと寝息をたて始めました。いわゆる膝枕という体勢です。



「こんなもので良かったのでしょうか?」



 最初は金銭を対価に酒の泉の魔法を使ってもらおうとしたコスモスですが、その時は断られてしまいました。反対に提示された条件が膝枕を一晩することだったのですが、コスモスとしてはどうしてそれが対価になるのが分からず不思議そうにしています。



「む……足が痺れてきました。意外とキツいかもしれません」



 まだまだ夜明けは遠い時間です。

 それまでずっと足の痺れと戦うことを想像し、



「今更ですが、早まりましたかね」



 と、一人呟くコスモスなのでした。



コスモスもたまにはマジメに仕事(?)をしているのです

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