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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編
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アリス先生のお料理教室 中級編


「そんなに何度もひっくり返してはいけませんよ。じっくり落ち着いて火の通りを見極めるのです」


「はい、先生~っ」


 厨房に鳴り響くジュウジュウという脂の弾ける音。

 鼻腔をくすぐる、お肉の焼けるなんともいえない良い香り。

 いつぞやと同じように先生役のアリスの指導のもと、生徒役のメイが料理の特訓をしているのです。



「あまり見てあげられなくてすみませんね」


「いえいえ~」



 以前にサンドイッチの作り方を伝授して以降も、こうして何度か料理の特訓をしているのですが、メイは冒険者という仕事柄から街を離れることがあったり、アリスもアリスでレストランの仕事が忙しい時は私用で厨房を使うのが難しかったりで、なかなか二人の予定と都合が合うことがありませんでした。


 今日はランチタイム前の午前の早い時間にメイが来れたので、こうして厨房を使うことができていますが、もう二時間もすればお客さんが入り始めることでしょう。そうなったら流石に特訓などはできません。限られた時間内に最大限学ぼうと、メイは真剣そのものです。



「……でも、難しいです~」


「ふふ、たしかにサンドイッチよりは手が込んでいますけど、今のところは中々上手くできていますよ」



 本日の料理はハンバーグ。

 つい先日までまともに料理をしていなかったメイにとっては少し難しい課題です。

 タマネギをみじん切りにする時に涙をポロポロこぼして指を切りそうになったり、生の挽き肉をこねた手をうっかり服のスソで拭いて汚してしまったりといった細かい失敗が目立ちます。


 何度か簡単な料理を作って、それらが自分で作ったとは思えないほどに美味しかったのでメイも自信を持ち始めていたのですが、細かいミスをするたびに風船がしぼむみたいに自信が小さくなってしまいます。



「わたし、お料理の才能ないんでしょうか~……?」


「いえいえ、私がお料理を始めた時に比べればずっと良いですよ」


「アリスさんが、ですか~?」



 今でこそ、魔王には一歩及ばぬものの色々な料理をマスターしているアリスですが、彼女にも当然のことながら初心者の時代がありました。もう半世紀以上も前のことですが、その頃のアリスの腕前はそれはそれは酷いもので、教師役の魔王も随分と手を焼いていたものです。



「強火にしろと言われて慌てて魔法の炎でお肉をフライパンごと蒸発させたり、それで火事になって魔王城の厨房を改築することになったりしましたね、お恥ずかしながら。だからこの程度の失敗で落ち込むことはありませんよ」



 ちなみに鉄の沸点は摂氏二七五〇度。火吹き竜の肉ならばともかく、牛や豚の肉ではあっという間に炭化してしまいます。なまじ人間とは桁違いに魔力が強い分、アリスは失敗の規模も桁外れなものばかりでした。

 はっきり言ってアリスに料理の才能はありませんでしたが、しかしそれでも何十年も根気強く続けていれば人並み程度かそれ以上になれました。それに比べればメイはよっぽど将来有望です。



「何十年ですか、気の長い話ですね~」


「まあ、私の場合は期限はありませんでしたからね、メイさんと違って。お仲間の皆さんが揃って予選を通ったのでしょう?」



 ちなみに、これはメイが一足飛びに難易度の高い料理に挑戦している理由にもつながるのですが、メイの仲間のアランとダンは揃って闘技大会の本戦への出場を決めていました。

 彼ら二人と、その兄貴分的存在であるガルドが偶然にもバトルロイヤルの同じ組に入っており、よく見知った三人で共闘することにより二十人中の上位三名に残ることができたのです。

 十人以上をガルドが一人で倒してはいましたが、アランとダンも乱戦の中で上手く立ち回っていたので、単なる実力者のオマケなどではなく、ちゃんと彼ら自身の努力が実った結果と言うべきでしょう。



「それで手料理で壮行会でしたっけ。それなら、ちゃんと覚えないといけませんね」


「はい~!」



 予選を通ったお祝いと本戦の壮行会を仲間内でするという話があり、メイはその席でサプライズ的に手料理を出そうと考えているのです。

 宴の席でサンドイッチや簡単な軽食だけというのも寂しいので、こうしてワンランク上の料理に手を出そうとしているというワケなのでした。



「タネの配分は覚えましたね。お肉の種類によっては多少変えたほうがいい場合もありますが、応用はまず基本をマスターしてからにしてください」



 アリスは過去の苦い記憶を思い出すように注意をしました。

 基本が身に付いていない初心者の独創性しかないアレンジ、まったく隠れていない隠し味、砂糖と塩を間違える等々、大抵の失敗を経験しているだけに、その言葉には妙に重い説得力がありました。



「焼き方も、これだけ焼けば大丈夫でしょう。食中毒が怖いですから、他の皆さんにお出しする前に生焼けになっていないか確認してくださいね」


「はい~、気を付けます~」



 今回は練習なので、かなりの量のハンバーグを作っていました。二人の目の前の大皿いっぱいに、山のようにハンバーグの山ができています。

 中には少し表面が焦げ気味だったり、形が崩れかけているものもありますが、そういう失敗作は次第に減っていったので山の上のほうは綺麗なものだけです。



「ソースもいい具合に出来ていますね」



 ハンバーグだけでもそれなりに美味しいですが、その味を引き立てるソースも重要です。今回は定番のデミグラスソースとトマトソース、大根おろしのソースを作っていました。

 ハンバーグのタネを焼き始める前からデミグラスとトマトは小鍋でコトコト煮込み始めていたので、ちょうど美味しそうな具合に仕上がっています。おろしソースはおろし金で一気に作り、食べる時に柑橘の果汁と醤油で作ったポン酢をかけるだけなので、調理というほどのものでもありません。

 これらのソースのレシピはちゃんとメモに取っているので、次からはアリスがいなくともメイだけでバッチリ作れるでしょう。


 最後に使った食材と調理器具の後始末をすれば、その後はお待ちかねの試食タイムです。



「このデミグラスの濃厚さがいいですね~」


「そうだ、お肉だけじゃなんですし、ご飯かパンも出しますよ」


「じゃあパンでお願いします~」



 試食というよりも普通の食事になっていますが、二人とも現状に特に疑問を覚えていないようです。



「なんだかいい匂いがするね」


「魔王さん、お邪魔してます~」


「あ、魔王さま。よかったら魔王さまも如何ですか?」


「じゃあ、ちょっと早いけどこのままお昼にしようか」



 ハンバーグの匂いに釣られてフロアにいた魔王も厨房にやってきました。

 ドンブリに白米を山盛りにした上にハンバーグを乗せて三種のソースを少しずつかけて、ハンバーグ丼みたいにしています。もしかしたらお腹が空いていたのかもしれません。

 彼はサッパリしたおろしソースがお好みのようです。大根おろしをたっぷり乗せて、ご飯と一緒に飲むような勢いで食べています。どこぞの神子の十分の一くらいはありそうなすごい食欲です。


 そのままモグモグ、パクパク、ガツガツと食べ進み、山のようだったハンバーグはみるみる減っていきました。どのみち、練習用に作った料理はお客に出せませんし、廃棄という選択肢は元々ありません。

 まかないにするか知り合いに配るかして消費しないといけないのですが、この分なら今日中には何もせずともなくなりそうです。




 ◆◆◆




 

「さて、それでは今日はこんなところでしょう」


「アリスさん、魔王さん、ありがとうございました~」


「いえいえ、お安いご用です」


 三人ともお腹が膨れているのはご愛嬌。

 斯くして、今回のお料理教室は終了となりました。

 お腹が重さを感じさせないメイの軽快な足取りを見れば、今回の特訓の結果がどうなったかなど、もはや語るまでもないでしょう。



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