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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編
127/382

闘技大会予選第一試合


 目下建設中の闘技場。

 迷宮都市の外周部に急ピッチで作られつつあるその場所は、地球の知識があるリサが見たらローマのコロッセオのようだと言ったでしょう。未完成とはいえ実に見事な建造物です。


 中心に円形の闘技場が置かれ、それを見下ろすような形で階段状の観客席が設けられています。また建物内の壁という壁、天井という天井には職人による繊細な彫刻が施され、ともすれば血生臭く野蛮な印象のある闘技場という施設が、洗練された文化的、芸術的な場であるかのようにも思えます。


 また安全対策にも万全の備えをしており、作業を本格的に始める前に建設用地にコスモスが描いた魔法陣の効果により、この周辺にいるだけで身体保護や痛覚軽減や回復効果の効果の恩恵を得る事が出来ます。

 その効果を目当てに、近頃では都市内のお年寄りの散歩コースとしても人気を博しているとかいないとか。魔法の動力源となる魔力に関しても、事前に魔王が充電ならぬ充魔力をしているので向こう十年以上は何もしなくとも効果が継続する見込みです。

 その魔法陣の効果に加え、イベントの本番中には医務室に回復術師や薬師が常駐する予定なので、よっぽどのことがない限りは死者は出ないでしょう。



 そして、今回の闘技大会は賭博の対象にもなっています。

 他の二つの大会、料理と演芸に関しては、評価基準が審査員の個人的な趣味嗜好に左右される部分が大きいので検討の結果賭博の対象からは外されました。その分、経済規模でいえばこの場所が祭典全体の中心地となる見込みです。


 観客は席にいながらにして座席に設置されたボタンの操作で賭けを行ったり、オッズの確認をしたり、またわざわざ席を立たなくとも軽食や飲み物の注文ができるような仕組みがあります。

 これは噂ですが、いい場面で素寒貧になった時にも賭けを続行できるよう、客の持ち物を即座に現金に変換したり、その場で借金の申し込みができる機能もあるとかないとか。


 これと同じ装置が大会期間中は都市内の各所に設置され、また遠隔地の映像を映し出せるモニターによってリアルタイムで試合の観戦が出来るのです。



 さて、そんなご大層な闘技場ですが。

 本日、大会の予選会が始まったわずか五分後。

 それはもう綺麗さっぱり、いっそ気持ちいいくらいに盛大にぶっ壊されました。




 ◆◆◆





 闘技場が壊される約一時間前。

 会場内の選手控え室には、本日の予選に参加する選手たちが大勢ひしめいていました。


 見るからに腕に自信のありそうな重装の戦士や、全身を傷で覆われた拳法家、単に思い出作りで記念参加したと思われる一般人らしき人々も少なからずいました。本気で勝ちにきている強者に威圧されて、軽い気持ちで出場した面々はどこか気まずそうにしています。


 一人ぶつぶつと怪しげな呪文を唱えるマッチョな怪僧やら、この期に及んで筋トレに余念がない全身刺青のマッチョ、静かに瞑想をしているマッチョ老人など「この人たち、普段どうやって社会生活を送っているんだろう?」と言いたくなりそうな奇人変人の巣窟と化した控え室の中で、しかし先述の個性豊かな面々が霞むような目立つ人物がいました。



「ちょいと天井が低いな、まあ座って待てばいいか」



 自分に向けられる数多の視線も意に介さず、試合前の緊張もなくのんびりと過ごしているのは、三メートルを超える背丈を持ち、全身を岩のような、比喩ではなく本当に岩のような筋肉に覆われた大巨漢。そう、魔王軍四天王が一人、『地』のガルガリオンでした。荷物からおにぎりの包みとお茶の入った水筒など取り出して自宅同然にくつろいでいます。


 この大会には魔族も参加すると事前に告知されていましたし、朝の市などで実際に商売を営んでいる魔族と接した経験のある者も少なくありませんでしたが、ガルガリオンが発する明らかな強者のオーラが、ただおとなしく座っているだけで他の参加者たちを圧倒していました。

 腕に自信がない参加者たちは彼の姿を一目見た瞬間に一斉に棄権を決めたほどです。この後のことを考えると非常に賢明な判断だったと言えるでしょう。


 では、闘技場を盛大にぶっ壊した犯人はガルガリオンだったのか?


 半分は正解です。

 もう半分を壊した犯人、彼を犯人と呼んでいいのかどうかは微妙な線ですが、この事件にはもう一人、否、もう一頭が関わっていたのです。




 ◆◆◆




『只今より予選会を開始いたします。参加者の皆さまは、お名前を呼ばれたら入場口よりお入りください』


 控え室及び会場の全域に係員のホムンクルスによるアナウンスの声が届きます。控え室内の緊張感も否応無しに高まりました。


 予選の形式はバトルロイヤル。

 あまりにも参加者数が多いので、一度に二十人程度が戦い合い、最後に残った三名が本戦への出場権を手にします。それを一日に五回ほど、五日間かけて行う予定でした。


 最後の予選が終わってから二日を空け、ちょうど一週間後の祭典開始と共に一対一でのトーナメント形式の本戦が行われます。観客が入り賭けが始まるのはこの時からで、予選時は出場者と運営関係者、あとは内装の仕上げをしている職人くらいしかいません。



『予選第一試合、出場者の……』



 アナウンスで名前が呼ばれた選手から順々に控え室を出て入場口へと向かいます。自分を鼓舞するかのように頬を張ったり、他の選手にガンを飛ばしたり、ガンを飛ばされて怯えていたりと様々な振る舞いを見せています。



『……コーザ選手、ザッコ選手、ガルガリオン選手……』


「お、一試合目からか」



 十九人目に名前を呼ばれたガルガリオンは残っていたおにぎりを慌ててお茶で流し込み、その巨体を立ち上げて、しかし普通に立つと天井に当たってしまうのでいくらか身体を屈めて控え室を出て行きました。


 彼がいなくなると控え室に充満していた威圧感が一気に薄れ、残った出場選手たちはホッと安堵の息を吐きました。すでに二十人中十九人の選手が名を呼ばれており、よっぽど運が悪くなければあの巨漢の魔族と戦わずに済むという安心ゆえのものでした。微妙に緩んだ空気の中で、最後の選手の名前がアナウンスされました。



『第一試合最後の……ん、これ名前ですか? リングネームですかね? まあいいでしょう。黒竜王選手、入場口よりお入りください』




 ◆◆◆




「黒竜王選手いらっしゃいませんか? 入場していただかないと不戦敗となりますが」


『あのぉ、入場口を通らないとダメですか? 小さすぎて身体が入らないんですけど』 


 舞台脇でアナウンスをするホムンクルスの声に、無闇やたらと威厳と威圧に溢れた、しかしどこか気弱そうな少年の声が返事をしました。

 実況、解説、審判、場内アナウンスを舞台脇で一人で兼業している女性ホムンクルスのヒマワリはどこからともなく届く謎の声に不思議そうに小首を傾げながらも律儀に質問に答えます。



「いえ、舞台に来て頂けるのでしたら入場口は通らなくても問題ありません」


『そうですか、よかった。じゃあ、今から降りますね』



 その声と共に上空の雲が割れ、そこから一匹の巨大な、具体的には全長五十メートルくらいの真っ黒なドラゴンが降りてきました。

 そう、魔王の友人にして、迷宮都市のダンジョン屋なる奇天烈な施設のボスをやっている黒竜王その人(?)。前にダンジョンの試験をしに入ったアリスにボコボコにされたあのノリのいいドラゴンです。



『いや、一回出ただけのボクなんかのこと覚えている人はいないんじゃ……』


「詳しくは単行本第二巻、もしくはWEB版の六十一話をご参照ください」



 ヒマワリによるやけにメタい解説が入りましたが、その言葉を聞いている者は残念ながらほとんどいませんでした。



「おや皆さま、棄権ですか?」



 舞台上に上がっていた大半の選手たちは、足並みを揃えて全力で逃げ出しました。完全なパニック状態です。広々とした舞台の上空でゆっくりと旋回する巨大なドラゴンの姿はインパクト抜群だったようです。



「ふむ、残ったのはガルガリオン選手と黒竜王選手だけですか。規定ではすでにお二人とも本戦への出場権を獲得したことになっていますが、どうしますか?」


『ええと、どうしましょう?』


「わざわざやる気で来たのに、このまま帰るってのもつまらんしなぁ」



 ガランとした闘技場に残された二人と一頭はしばし考え、



「では、第一試合から試合放棄で決着というのも締まりませんし、お二人にはエキシビジョンマッチ。模範試合をしていただくということで」



 結局、ヒマワリの出した案が採用されました。

 されてしまいました。




 ◆◆◆




『おおっと、ここで黒竜王選手のドラゴンブレス。なんと、石造りの闘技台がドロっと融けました。直接当たった部分はあまりの高温で蒸発している模様です』


 妙に淡々とした口調で、しかし凄まじい戦いの様子を伝えるヒマワリの実況に控え室の選手たちはモニターに釘付けです。



『ここでガルガリオン選手、舞台に両手をかけ、なんと数十トンはあろうかという岩塊を上空に放り投げました。しかし、上空の黒竜王選手は見事な機動でこれを回避』



 以前アリスにボコボコにされた黒竜王ですが、あれはアリスが空気を読めずにガチで戦ったからであって実は彼も結構強いのです。四天王のガルガリオンともいい勝負をしています。



『おや、黒竜王選手が一度上空に舞い上がり……その落下の勢いを活かして地上のガルガリオン選手に突撃。舞台と客席の半分が粉砕され、中央にはクレーターができています……が、ガルガリオン選手は無事。かろうじて直撃は回避していたようです』



 この辺りでヒマワリは舞台上から離れ、闘技場内で作業をしていた職人や控え室の選手の避難誘導を始めました。その一方で携帯用の小型モニターを見ながらアナウンスを続行するという謎のプロ根性も見せています。



『これは、目の錯覚でしょうか? ガルガリオン選手が巨大化しているように見えます』



 錯覚ではありません。

 魔族の中でも強種族として知られる巨人族であるガルガリオンは、体内魔力が続く限りはほぼ無制限に巨大化することができるのです。普段は下限である三メートル程度の背丈ですが、本気で戦う場合は比喩ではなく山のような巨体を活かして戦うのが彼の戦闘スタイルです。

 巨大化に比例してパワーは増大し、スピードが落ちることもありません。いつしか彼の身体は黒竜王にも劣らぬサイズになっていました。しかもその大きさは更に増しつつあります。



『おっと、ここで両選手、正面からがっぷり四つに組み合いました。パワーではややガルガリオン選手が優勢でしょうか。しかし、黒竜王選手も負けてはいません。全身の黒い鱗がはがれたと思ったらその鱗の一枚一枚が小さな黒竜に変化。その無数の黒竜たちが全身に噛み付いて……ガルガリオン選手、堪らず手を離しました』



 この時点で闘技場内の人員の避難は完了し、ヒマワリとその他大勢の人々は場外の野原から戦いの趨勢を見守っています。単なる思い付きで始まったエキシビジョンマッチのはずが、まるで世界の存亡を左右するかのような神話の戦いの様相を呈してきました。



「おや、あれは?」



 ここでヒマワリが闘技場がドロドロと融けていくのに気付きました。黒竜王のドラゴンブレスの熱に晒されて、もはや原型を留めなくなってきたのです。



「これなら画面越しでなくとも見えますね、助かります」



 この期に至ってマイペースなヒマワリですが、ホムンクルスはほぼ全員が似たり寄ったりの性格なので、別に彼女があまりの事態を前に静かに発狂しているワケではありません。もともとホムンクルス全員が狂っている可能性については考えないようにしましょう。


 彼女は律儀にマイク型の魔道具でアナウンスを続けます。



『両者力を溜めています。どうやら最後の勝負に出るようです』



 両選手とも普段はどちらかというと話の分かる、暴力性など感じられない性格なのですが、久々の本気の戦いでつい血が騒いで我を忘れてしまっているようです。


 黒竜王は更に数を増した小型の黒竜でガルガリオンを包囲して全周囲から一斉にブレスを放つ溜めを作り、対するガルガリオンは更なる巨大化により僅かに残っていた闘技場の残骸を圧し潰しながら渾身の打撃を放つための構えを取っています。



『緊張の一瞬。どちらが勝っても無事では済まないでしょう』



 戦っている二人はおろか、激突の衝撃で迷宮都市自体が吹き飛びかねないエネルギーが両者に集中しています。先程までの猛攻が嘘のような静けさが一帯に満ち、戦いを見守っている人々は緊張感で失神したり嘔吐したり、神に祈ったりしていました。


 この時点で試合開始から四分五十秒が経過。

 そして、両者が己の持てる最強の技を放とうとした刹那。



「何してるんですか、アナタたちはーーっ!!」



 試合開始からぴったり五分。上空から飛来した本気(マジ)切れ気味のアリスが一瞬で両者を氷漬けにして、両者とも戦闘続行不能に。この試合は勝負ナシとなりました





 ◆◆◆





 アリスの本気の魔法により超巨大な氷山に閉じ込められた一人と一頭は、その後罰として大会期間中は世にも珍しい巨人と巨竜の氷像モニュメントととして放置されることになり、当然のことながら本戦に出場できないので揃って予選落ちに。原因と一端となったヒマワリは減俸処分となりました。

 また、大会のルールに「会場を故意か否かを問わず、大きく損壊させた者は失格とする」という一文が加えられました。


 闘技場は完全に壊れていたので新しい会場を急遽用意することになりましたが、残念ながら流石に期間が足りなかったので、壊れる以前よりもグレードの落ちる簡単な作りのものになったということです。


 ああ、めでたくなし、めでたくなし。

 誰一人として得をしないお話でありました。



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