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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編
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きれいなコスモス?


「それで、今回は何を企んでいるんですか?」


「なんですか、いきなり失敬な」


 夏の暑さも下り坂になり、だんだんと秋の足音が聞こえ始めた頃のある日。場所はホムンクルスたちが寝床としている寮のような宿舎のような建物。そこで怪訝な顔を隠しもしないアリスがコスモスを問い詰めていました。


 形としてはコスモスが逃げられないよう壁際に追い詰めている状態ですが、コスモスのほうがアリスよりだいぶ背丈が高いので定番の壁ドンは出来ません。代わりに、もし逃げようとしたら痛みを伴う物理攻撃で止めることになるでしょう。



「だって、ここ最近あなたがずっと真面目に仕事をしていて……一体今度は何をやらかすのかと心配していたのに何もないものですから。さあ、白状なさい、今度は何を企んでいるんですか! さあ、キリキリ白状なさい!」



 なんとも酷い理由で疑われていました。これもコスモスが今まで積み重ねてきた信頼と実績のたまものでしょう。


 ここ最近、具体的にはお祭りの責任者に立候補してからのコスモスは、元々の業務に加えて大幅に増加した仕事も完璧にこなしていました。しかも、何ひとつ問題を起こさずに。


 いつもの魔王の思い付きで始めたイベントではありますが、今回はいつもと規模のケタが違います。開催間近の現在では近隣の国々からも見物に訪れた人々が続々と到着しており、宿泊設備が足りずに街の郊外に急ピッチで増設をしているほどの混雑ぶりです。


 しかし、そんな状況にも関わらず、混雑はしていても混乱はほとんどありませんでした。通常、積み重ねたノウハウも経験豊富な人材もいない大きなイベントというのは、次から次へとひっきりなしにトラブルが発生してグダグダになってしまうものです。

 だというのに今件に関しては、完全にゼロではないものの、驚くほど混乱が少なかったのです。これというのもコスモスと、彼女が出した指示を完璧に実行する弟妹たちの尽力によるものでしょう。


 何事に対しても大らかに過ぎる魔王や、彼の方針に従いがちなアリスでは、仮に同じことをしようとしても上手くはいかなかったと思われます。

 この成果自体はアリスもきちんと評価しているのですが……それはそれとして、もう一ヶ月以上もの間、大きな問題を起こさず真面目に仕事に取り組んでいるコスモスへの違和感が無視できないほどに大きくなっていたのです。



「もしかして具合が悪かったりしませんか?」


「いえ、いたって健康ですが」



 ぺたり、とアリスがコスモスの色の白い額に手を当て熱を測りましたが、熱があるどころかやや低めのひんやりとした感触があるばかり。特に体調がおかしいわけではなさそうです。



「じゃあ……何か悪い物でも拾い食いしたとか?」


「アリスさま、流石にそういうことを真顔で言うのは流石にどうかと」



 少し前に一歳になったばかりのコスモスですが、普通の幼児と違って無闇に拾い食いをしない程度の分別はあります。アリスもそのくらいは分かっていますが、過去にやらかしたアレコレが予断と油断を許さないのです。



「まあまあ、アリスさま。アレです、よく言うではありませんか。人間とは成長する生き物なのだと。この私とて、いつまでも面白おかしい企みをするばかりではないのです」



 人間とは成長する生き物である。

 まあ、これを言っているコスモスは人間ではなくホムンクルスですが、アリスにも言わんとするところは伝わったようです。



「では、本当に? 本当になんの裏もなく純粋に真面目に生きる気になったと?」


「ええ、私ももう一歳ですし、いつまでも他人様に迷惑をかけてはいられません。それに、真っ当に働いて汗を流すというのもなかなか心地良いものですよ」



 もう人に迷惑をかけるようなことは止めて、これからは真っ当に、お天道さまに恥じぬ生き方をすることにした。要約すると、コスモスの言い分はこんなところのようです。



「そうですか………そうなんですか……」



 アリスは、しばし黙考してコスモスの言葉を噛み締め、



「コスモス、立派になりましたね……!」



 途中まで強烈な胡散臭さと戦いながらも、最後には信じることにしたようです。

 これまでのことを悔い改め、人として大きく成長した(自己申告)コスモスを見て感極まり、目の端には涙まで浮かべています。その様はまるで、不良だった教え子が更生したのを見た熱血教師が如し。これまで苦労させられた分だけ、その感慨もひとしおなのでしょう。



「さあ、今夜はお祝いです! そうだ、考えてみればあなたの誕生日をちゃんと祝っていませんでしたね。この際ですからご馳走を作って盛大にお祝いしましょう! 何か食べたい物はありますか?」


「いえいえ、お気遣いなく」



 アリスは、コスモスが更生したことですっかりおかしなテンションになっていました。先程までの怪訝な顔などすっかり吹き飛び、どこぞの宗教画の聖母のような慈愛に満ちた微笑を浮かべています。とても元魔王だとは思えません。



「じゃあ、今夜はご馳走を用意しておきますから、仕事が片付いたらレストランまで来てくださいね」


「はい、では日暮れのあたりには行けると思いますので」




 ウキウキと、まるでスキップでもしそうな軽やかな足取りで去っていくアリスの後ろ姿を、コスモスはいつもと変わらぬクールな素振りで見送り……そしてアリスの姿が見えなくなったところでニヤリと悪そうな笑みを浮かべました。



「やれやれ、危ないところでしたがアリスさまがチョロくて助かりました」



 まあ、なんと申しますか。

 結局のところ、コスモスはまったく全然これっぽっちも更生なんてしていない、毎度お馴染みの傍迷惑な彼女のままだったのです。


 コスモスが何を目的としてわざわざ面倒な仕事を引き受けたのか?

 アリスがそれを知るのはもう少しだけ先の話です。



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