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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編

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番外編・普通の人々


「おお、すっげぇなぁ……!」


 迷宮都市の入口付近、多くの人や馬車が行き交う通りで一人の青年が感嘆の声を上げていました。いかにも純朴な田舎者という雰囲気の、特別美男でも不細工でもないような、どこにでもいそうな青年。彼はどうやら、これまでに見た事もない程の大勢の人や立派な建物に心奪われている様子です。



「おい兄ちゃん、そこで突っ立ってたら邪魔だよ!」


「あ、すいません、すいません!」



 案の定、先を急ぐ商人に怒鳴られてしまいました。

 青年はペコペコと頭を下げて謝り、今度は立ち止まらぬよう気を付けて、足早に街の中へと入っていきました。街中には外から見た時以上に好奇心をくすぐる物が多く、立ち止まらないようにするには中々の克己心を必要としました。



「都会はすげぇなあ……」



 如何にも『おのぼりさん』みたいなセリフが自然と口から漏れてしまいました。道を行く人々はどことなく垢抜けているように見えて、青年は何も悪い事はしていないのになんとなく後ろめたさを感じてしまいます。


 実際にはまだ出来てから一年も経っていないような新しい街なので、おのぼりさんも何も全員が新参者みたいなものなのですが、生まれ育った村を離れるのが始めてな青年にその辺りの事情が分かるはずもありません。


 彼は最近景気の良い街が村から数日歩けば行ける距離にあるらしいと聞き、仕事を求めてやってきただけなのです。先頃世間を賑わせた魔王だの勇者だのという話も、ほとんど何も知らないほどに世情というものを知りませんでした。


 とはいえ、こういう若者は迷宮都市では別段珍しくもありません。

 家を継げる見込みのない農家の三男以降や、世間が平和になって仕事にあぶれた傭兵、嫁に行くアテもないまま肩身の狭い家事手伝いをしていた女性、単純に都会に夢見る若者などなど、同じような境遇の人間は何百何千といます。


 しかも、これらの若者の大半は何かしらのコネがあるわけでもなく身一つでやってくるので、普通の街であればいくら表面上は景気が良くても、治安が悪化したり、失業者で溢れたりするところでしょう。


 ですが、幸いこの街は普通ではありませんでした。

 街の何箇所かにある公舎に移民の申請をすれば、当面の生活は面倒を見てもらえますし、適正に応じた仕事の斡旋もしてもらえます。


 治安に関しても、これだけ大勢の人がいるというのにほとんど犯罪が発生する事はありません。たまに酔っ払い同士の喧嘩がある程度です。


 街中に武装した冒険者や各国から派遣されてきた兵隊がいますし、それ以前に大抵の犯罪は未遂にすらならずに終わってしまいます。

 真偽は定かではありませんが、街全体に強力な精神干渉の魔法が作用していて、そもそも悪い事をする気にすらなれないのでは……なんて噂がまことしやかに街の魔法使いの間で流れているほどです。


 それは冷静に考えると一種の洗脳や思想統制のような気もしますが、真相を知っている街の支配者は、そのことについて聞かれても笑ってはぐらかすばかり。まあ、誰も困っていませんし、今のところ苦情は来ていないので多分セーフです。





 ◆◆◆





 先程の青年はちょっぴり迷子になりながらも、どうにか移民受付をしている公舎に辿り着けたようです。順番待ちの番号札を受け取ってからしばらく待ち、緊張した面持ちで周囲を観察しながらおとなしく自分の番を待ちました。



「すごいなぁ」



 本日何回目かも分かりませんが「すごい」という言葉が自然と出てしまいます。今日一日だけで一年分くらいは「すごい」と言ったのではないでしょうか。


 順番待ちをしている人々に関しては、青年と同じような風貌の者が多いので街中ほどには居心地の悪さを感じずに済みましたが、窓口で次々と仕事を捌いている数名の銀髪の男女に関してはもはや同じ人間とすら思えないような美形揃いです(彼らはホムンクルスなので実際に人間ではないのですが、青年にそれを知る由もありません)。


 青年はあまりに自分との差がありすぎて妬むという感情すら湧いてこず、ポカンと口を開けて呆ける事しかできませんでした。



「百二十三番の方、十一番の窓口までどうぞ。百二十三番の方いらっしゃいませんか?」


「あ、はいっ、すいません!」



 魂が身体から抜けたようにボンヤリしていた青年は、自分の番号が呼ばれているのに気付くと慌てて返事をしました。


 十一番の窓口で対応をしているのは、どこの貴公子だと言わんばかりの美男子で、青年は自然と恐縮してしまいます。何気ない所作の一つ一つから気品のようなものが感じられ、ただ話すだけのことが難しく感じられます。

 とはいえ、両隣の窓口で対応しているような美女が相手だったら、緊張してまともに話すことすらできなかったでしょう。同性の職員が相手だったことに安堵と同時にちょっとだけ残念に思いながら、青年は窓口の担当者の話に耳を傾けました。



「出身地、お名前、年齢の確認と登録が完了しました。こちらの地図の場所に公営の住宅がありますので、本日から入居でよろしかったですね?」


「はい、お願いします」


「それと、こちらが支度金になります。当座の生活費としてご利用ください」



 ポンと渡された袋の中にはピカピカの銀貨が何枚も入っていました。生活に必要な家具を一式揃えた上で、節約すればしばらくそれだけで食べていけるほどの金額です。


 この支度金に関しては、一応は借金という形ではありますが、無利子無担保で催促なしという破格の条件で貸し出されます(前科や交友関係を魔法的手段で調べて問題なければ、ですが)。

 不要であれば拒否することも可能だと説明はしていますが、断る人はほとんどいません。まあ、これに関してはあまりに儲けすぎた魔界側の慈善事業みたいなものです。


 青年はズシリと重たい銀貨の袋を、かすかに震える手で注意深く懐へとしまいこみました。もし落としてしまったりしたら大変です。



「もし落としてしまっても絶対に(・・・)戻ってくるので大丈夫ですよ」



 大金を手にして緊張している青年に、窓口担当の男性ホムンクルスが安心させるように言いました。もしかすると、袋か銀貨そのものに何かしらの仕掛けがあるのかもしれません。

 魔法など話に聞いたことがあるだけで実際に見たことのない青年には確かめるすべはありませんが、不思議とその言葉に納得してしまいました。





 ◆◆◆





「すごい部屋だなぁ……」


 公舎で諸々の手続きを終えた青年は、当面の生活の場となる公営住宅までやってきました。部屋の扉を開けての第一声はおなじみの「すごい」でした。


 広さそのものはそこまででもないですが、まだ造られて間もない室内は清潔に保たれていて、見るからに快適そうな空間です。


 元々部屋に備え付けの家具は、気に入らなければ無償で引き取るとの説明を受けていましたが、ベッドもタンスも青年の実家で使っている品よりも明らかに上等の品。

 さては部屋を間違ったかと不安になって渡された地図を何度も見ますが、青年に割り当てられた部屋はこの場所に間違いありません。



「はは、ははは」



 柔らかなベッドに仰向けに寝転がると、青年はこらえ切れないとばかりに笑い出しました。彼の故郷の村の誰だって、村長ですらこんな良い部屋には住んでいません。そんな部屋が今日から彼一人のものになるのです。


 しばらくベッドでゴロゴロ転がってその快適さを確認した青年は、旅の疲れが出たのかその日はそのまま寝入ってしまいました。





 ◆◆◆





 翌朝、まだ日も昇らぬような早い時間に、青年はお腹を空かせて目を覚ましました。


 昨日はまだ夕方になるかどうかという時間に寝てしまったので、もう半日以上も食事をしていません。今日からは仕事を探さないといけませんが、青年はその前にまず腹ごしらえをすることにしました。



「すげぇ!」



 なんとなく人の多い方向へと向かった青年は、迷宮都市の朝市へと辿り着きました。

 市場で働く人向けの屋台も数多く出ていて、美味しそうな香りが一面に漂っています。匂いによって空腹をますます刺激された青年は、とりあえず手近なところにあった店でお椀一杯分のモツ煮を買いました。


 大きな木の椀に溢れんばかりに注がれた煮込みはモツも野菜もたっぷり入っていて、暴力的なまでに美味そうな匂いを放っています。


 どうやらこの煮込みに使っているのは豚モツのようです。

 鶏のモツより力が強く、脂の甘い風味がほのかに感じられます。

 汁の味付けに生姜を使っているおかげか臭みもなく、ピリっとした刺激が舌と胃とを適度に刺激してくるのも良い具合。


 またたく間に汁の一滴も残さずに一杯を食べ尽くしてしまった青年は、おかわりを頼むかどうかで随分迷っていましたが、今回はかろうじて自制心が勝ったようです。誘惑を振り切るかのように屋台の前から走り去って行きました。





 ◆◆◆





『働き手求む。祭典実行委員会』


 青年が市場を離れてしばらく歩いた頃、そんな貼り紙が街の各所にあることに気付きました。ちょうど仕事を探そうかと思っていた彼は、貼り紙の下部に小さく書いてある条件に目を通しました。



『仕事内容:闘技場建設の手伝い

 建設業経験者優遇、未経験者歓迎

 残業なし、昇給あり

 一ヶ月の研修で管理職に昇進

 いつもニコニコ、アットホームな職場です』



 どうやら、建物を建設するための人足を募集しているようです。

 青年には大工の経験はありませんが、日頃から農作業をやっていたので力には自信がありました。これならば自分にも出来るかもしれないと思った様子。


 全体的にそこはかとないブラック臭がしますが、純朴な田舎の青年にそのあたりの機微が分かるはずもありません。疑うどころか、そんな良い条件の仕事に巡り合えた幸運を素直に喜んでいました。


 貼り紙の注意書きによると、仕事の受付場所は昨日行ったばかりの公舎のようです。青年は他の誰かに仕事を取られてはかなわないとばかりに公舎のほうへ向けて走り出しました。



 意気揚々と進む彼の選択が吉と出るか凶と出るか。

 もっと言えば、今後この街で首尾よくやっていけるのか、あるいは何もかもが上手くいかず失意と共に街を去ることになるのか。


 それはまだ誰にも、青年自身にも分かりません。

 ただ願わくば、この若者の前途に幸多からん事を。



一人にスポットを当てた話なのにタイトルが「普通の人々」と複数形なのは、普段の話には関わってこない、その他大勢、普通の人々の一例としての話だからです。


いつものレギュラーメンバーはどこかしら特別な要素を持った連中ばかりですが、そうでない普通の人々も、話の裏側の目に見えない部分にいるのです。


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