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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編
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ある雨の日の一幕


 ここしばらくはずっと夏らしい好天が続いていましたが、この日は珍しく大雨。表を見ればバケツをひっくり返したような勢いで、ざあざあと水が地面を叩いています。


 そんな天気なものですから、いつもは大勢の人でにぎわう迷宮都市の通りにも、ほとんど人の姿はありません。



「今日はお客さん来ないねぇ」


「そうですねぇ」



 魔王のレストランも久しぶりに誰一人としてお客さんがいない状態です。このお店を始めたばかりの頃を思い出すようなガランとした店内に、魔王も苦笑を浮かべています。


 魔王の言葉に相槌を打つリサも、アルバイトに来る時間を作るべく今日やる予定の夏休みの宿題を前倒しで片付けてきたというのに、肩透かしを食ってがっかりしています。



「これでお給料をもらうのはなんだか気が引けますね」



 根が真面目なリサは、それでも何か仕事をしようと店内の掃除や備品の整理などをしていたのですが、なまじ手際が良いせいでそれらの仕事もすぐに終わってしまいました。


 ちなみに、この場に姿が見えないアリスもつい先程までは同じように仕事を探していたのですが、もうやることがないと悟ったのか、レストランの業務とは無関係の針仕事をするために自室にこもってしまいました。



「今度の衣装を作ってるんだってさ」


「そういえば、この前身体の寸法を測ってもらいましたっけ」



 アリスは趣味の一つとしてお裁縫を嗜んでいるのですが、その腕前はなかなか見事で、普段のお店の制服や私服の半分近くはアリスの自作。最近ではリサ経由で日本から仕入れた資料や素材を使って、色々とマメに作っているのです。



「リサさんは何か作ったりしないの?」


「……あはは、わたしはお裁縫はさっぱりで」



 リサのお裁縫の腕前は、辛うじてボロ布を雑巾らしき物にできる程度。料理の時は器用に動く指先も、針と糸を持った途端に不思議とぎこちなくなってしまうのです。



「…………」


「…………」



 もう何時間も何もせずにフロアの席でおしゃべりをしているだけなので、次第に話題も尽きてきました。普段はそれほど意識しませんが、リサは魔王と二人きりの状況に妙な気まずさを感じてしまいます。


 そんな時、魔王が唐突にスッと片手を伸ばして、テーブルの対面にいるリサの髪に触れました。突然のことにリサは反応できずに固まってしまいます。



「え、あの……魔王さん、何を?」


「しっ、静かに」



 魔王はそのままリサの方へと身を乗り出して顔を寄せてきました。なんの前触れもない展開に、混乱や、嬉しさや、アリスへの申し訳なさなどが入り混じり、リサの頭の中は真っ白に、顔色は反対に真っ赤に染まりました。



「そのまま、じっとして。動かないで」



 ますます魔王はリサに近付いてきて、もう息遣いが肌で感じられるほどの距離です。心臓が早鐘の如くにバクバクと鳴り響き、リサは何も考えられずにぎゅっと目を閉じました。



 そのまま一秒、二秒とゆっくり時間が過ぎ、五秒が経過した頃、魔王がようやく声を発しました。



「ほら、取れた。大きいクモが髪に付いてたよ」



 魔王が摘み上げたのは手のひらサイズの巨大グモ。

 どうしてそんなのが髪に付いていて気付かなかったのか、どこからそんなサイズのクモが迷い込んだのか不思議です。


 それはさておき、魔王のらしくない行動の理由を理解した瞬間、リサは安堵の息を吐きながら悲鳴を上げるという器用な技を披露しました。





 ◆◆◆





「今日はわたしがまかないを作りますね」


 リサがそう宣言すると魔王が手伝いを申し出ましたが、彼女はあえてそれを断りました。料理をしたいというよりも、しばらく一人になって昂ぶった気分を鎮めたかったのです。魔王が近くにいては気が休まりません。



「ふぅ、何を作りましょう?」



 通常、まかない料理というのは、なるべく安い材料で手早く、かつ美味しくできる物が良いとされます。リサも実家の洋食店でたまに作りますが、限られた条件でプロの舌を満足させねばならないというのは、ある意味ではお客さんに提供する料理を作る時以上に緊張するものです。



「よし、アレにしましょう」



 しばし食材を前に迷っていましたが、作る料理が決まると後は早いものでした。メインの材料は牛と豚の合い挽き肉とレンコン、そして乾燥させたお麩。他にも細々とした材料はありますが、主となるのはそれらです。


 レンコンはみじん切りよりもやや大きめに刻み、お麩はまとめて砕いておきます。レンコンを挽き肉に混ぜ込むことで食感が良くなり、お麩が肉汁を吸って旨味を閉じ込める効果が。おまけに肉以外の材料でカサを増してあるので、経済面でもバッチリです。



 必要な材料と調味料を混ぜて丸め、タネを少し休ませてからパン粉の衣を付けて揚げれば特製メンチカツの完成です。カラリと揚がった狐色が食欲をそそります。


 ですが、リサはここから更に手を加えるつもりのようです。


 せっかくのカツをソースの海にドボンと沈ませた上、バターとマスタードをたっぷり塗ったパンに挟むという悪魔の所業(カロリー的な意味で悪魔)。そう、リサはただでさえ美味しいメンチカツをカツサンドにしようというのです。


 ソースに浸すことを考慮してあえて粗めのパン粉を使用したので、一面真っ黒に染まってなお微かなサクサク感を感じられます。


 そしてサイドメニューとして、大ぶりに切っただけのキャベツも用意しました。何の味付けもしていない、ただ適当な大きさに切っただけのキャベツです。


 リサはカツサンド自体にはキャベツを入れない派ですが、こうして別に食べる分にはむしろ歓迎でした。カツサンドの合間にキャベツを食べれば舌が重くなりすぎませんし、千切りキャベツと違ってサンドイッチと共に手づかみで食べられるというメリットもあります。



「うん、こんなものでしょう」



 調理に集中していたおかげで、無事に平常心を取り戻すこともできたようです。部屋にこもっていたアリスにも声をかけ、三人揃ってフロアで食事をすることにしました。



「うん、美味しい」


「ええ、この食感が面白いですね」



 レンコン入りのメンチカツは魔王とアリスにも好評でした。リサも自分で作ったサンドイッチを食べながら、内心ではホッと安心していました。



「それにしてもヒマですねぇ」



 相変わらずお客さんが来る気配はありません。





 ◆◆◆ 





「そういえば」


 お皿が空になった頃、魔王がふと思い付いてリサとアリスに聞きました。



「二人は願い事ってもう決めたの?」



 実際に優勝できるか否かはさておき、「なんでも願いが叶うとしたら何を願うか」というのは、話の種としては面白いお題ではあります。

 この手の話は最近各所で囁かれ、大金持ちになりたいだとか、珍しい魔剣の類を手に入れたいだとか、あるいは王様になって国を手に入れたいだとか、色々な願いを持った人がいるようです。



 その問いを受けた二人の反応は対照的なものでした。



「えっ!? あの……まだ考え中です!」



 アリスは顔を赤くして、しどろもどろになって答えました。彼女の場合、願いを言うことは実質告白することに等しいので、こんな風に聞かれても簡単に答えられるワケがありません。



「わたしはもう決めてますよ。まだ内緒ですけど」



 リサは、アリスとは反対にあっさりと答えました。詳しい内容に関しては教える気がないようですが、迷う素振りはありません。



「まあ、これは一種の願掛けみたいなものでして、もし万が一優勝できたら思い切って言おうかな、と」



 婉曲的な物言いに魔王とアリスは頭をひねりますが、リサはこの場ではこれ以上説明する気はなさそうです。


 彼女が何を願うのか?

 それは実際に叶えられるのか?


 それはまだ誰も知らぬ未来のお話。



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