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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編
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スーパー幼児 シモンくん


「アリスよ、おれが来たぞ……む?」


 ある日、午前の鍛錬を終えたシモン王子とお付きのクロード氏がいつものように魔王のレストランにやってきました。が、入店早々に違和感に気付きます。普段であれば来店に気付いたアリスが愛想良く出迎えるのですが、今日のアリスは何故か元気がない様子なのです。



「どうした、具合でも悪いのか?」


「いえ、そういうワケではないんですが……」



 気になったシモンが尋ねても、アリスは歯切れの悪い返事を返すばかり。体調不良という風ではありませんが、何か悩みでもあるのでしょうか?



「まあ、隠すほどのことではないんですが、今度の演芸大会のことで……」



 なんのことはありません。

 目先の欲に釣られて参加を決めたはいいものの、時間が経つにつれて冷静さを取り戻し、大勢の前で素人芸を披露するのが今更ながら不安になってきたというだけの話でした。



「恥をかくのが私だけならまだしも、リサさんを巻き込むのが申し訳なく……」


「ふむ、こういうのを後悔先に立たず、と言うのだったか?」


「……返す言葉もありません」



 六歳児に正論を言われ、ますます落ち込む約五百歳。

 ですが、デキる六歳児であるシモンは、すっかり気を落としているアリスの気分を変えるべく、新しい話題を切り出しました。



「そういえば話は変わるがな、今度の祭りはおれの国でも噂になっているらしい」


「そうなんですか?」


「それでな、おれの家族が今度この街に来るという報せがあったのだ」



 祭りの開催に合わせた家族旅行というわけです。

 とはいえ、王族であるシモンの家族は国家の要職に就いている者が多く、流石に全員揃ってとはいきません。まだ幼いシモンは知らぬことですが、その裏には家族間での仕事の押し付け合いという醜い争いがありました。



「おれの家族にアリスを紹介せねばならぬからな。到着次第この店に連れてくるとしよう。仲良くしてくれると助かる」


「ええ、楽しみにしてますね」



 当のアリスは気付いていませんが、この幼児、さりげなく外堀を埋めるつもりでいました。なかなか末恐ろしい少年です。




 ◆◆◆




 ぐぅ……。



「おお、そういえば、おれは食事に来たのだった」



 話が横道に逸れて忘れていましたが、シモンは自身の腹の虫の鳴き声で当初の目的を思い出したようです。結果的にはそうなってしまいましたが、決して面倒くさい性格のウェイトレスのご機嫌取りをするためだけに、わざわざここまで来たわけではないのです。



「さて、今日は何を食うとするか」



 冷たい水を飲んで一息吐き、それからパラパラとメニュー表をめくって品定めを始めました。普段であればお気に入りのお子様ランチやオムライスに落ち着くことが多いのですが、たまには定番以外の品を攻めてみたい、といった気分のようです。



「とはいえ、あまり濃い味の物だと後で気持ち悪くなりそうだ。じいは何がよいと思う?」


「そうですな、こう暑い日だとサッパリと食べやすい物がよろしいかと」



 今はまだまだ夏の盛り。

 日当たりの良い道の石畳は太陽の熱でジリジリと焼かれ、まるで火にかけたフライパンの上を歩いているかのようです。そんな暑い日に精を付けようと無理して脂っ気の強い物を食べたら、胃腸の弱い人などはかえって体調を崩してしまうかもしれません。



「若、この辺りなど良さそうですな」


「ほう、冷たい麺料理か。悪くないな」



 シモンたちはメニューの中のとあるページに目を留めました。

 冷たいうどんや蕎麦、冷やし中華などの、いかにも夏向きの麺料理が色々と載っています。彼らはその中の一つを選んでアリスを呼んで注文しました。




「お待たせしました。ご注文の冷製パスタです」


「おお、これは美味そうだな」


「ええ、それではいただきましょうか」



 しばし待ってから彼らの前に運ばれてきたのは、冷たいパスタ麺の上に色とりどりの具材が並んだ見目鮮やかな一品。


 具材は帆立、海老、スモークサーモンなどの海鮮系がメインのようで、加えて細かく刻んだトマトの実や生タマネギなどのサッパリと食べやすい野菜類も麺に混ぜ込んであります。


 そして、シモンの分にはお子様ランチ同様に旗が立っています。アリスもすっかり慣れたもので、汁物以外の注文には必ず旗を付けるようにしているのです。味が同じでもこれだけで満足度が大きく跳ね上がります。



「全体に酸っぱい味が付いているのだな」



 麺と野菜は特製のドレッシングで和えられ、海鮮系の具材も酢や柑橘の汁でマリネしてあるようです。まるでサラダのようなサッパリ感としっかりした料理のボリューム感が同時に感じられます。



「うむ、美味い」



 酸味のある麺は食べれば食べるほどに食欲を掻き立てられるようで、するすると胃に落ちていきます。シモンの好物であるお子様ランチのナポリタンとは、同じパスタ料理でも随分と趣が異なりますが、こちらの冷製パスタも彼のお気に召したようです。


 帆立の甘みや海老のプリッとした食感がなんとも楽しい。燻製香をまとったサーモンを、麺と一緒にフォークで巻いて食べるのも堪りません。



「おや、今日は生のタマネギもちゃんと召し上がっておられるようですな」


「はっはっは、じいよ、いつまでも苦手を苦手なままにしておくおれではないぞ」



 実はシモンが苦手としていた生のタマネギも、ドレッシングのおかげで辛味が抑えられて食べやすく感じられます。適度に舌を刺激して、むしろ食欲をそそる味になっています。


 そして何よりも、茹でた後で冷水で締めた冷たい麺の食感が心地良い。歯を突き立てるとプツリと軽い抵抗を感じるのですが、それが決して不快な硬さではなく、それどころか快感とも言えるような感触。この食感は温かい麺料理では味わえない、冷製ならではの醍醐味です。



「美味であった」



 麺の一本、具材の一欠片まで残さずに完食し、シモンは満足気に膨らんだお腹をさすっています。子供サイズがない料理なので大人用の一人前を腹に収めたわけですが、ここ最近はよく運動をしているおかげか彼の食事量はどんどんと増してきているのです。



「よし、帰ったら午後の鍛錬といくか」


「若、武芸に熱を入れるのは良いですが、勉学のほうもお忘れなく」


「う、うむ、わかっておる」



 お腹が充分に満ち、午後へ向けての活力が湧いてきた様子です。

 シモンは帰り際アリスに向かって、



「おれの父上が言っていた。歌唱に限らぬが、どんな分野の名人も初めは素人。恥をかくことを恐れず、屈辱に塗れることを良しとせよ、とな。不安は分からぬでもないが、その不安すらも楽しむくらいに構えておくがよい」



 と、このように告げました。多少マシになったとはいえ、やはりアリスの元気がないのが気になっていたのでしょう。イマドキのデキる幼児はアフターケアまで万全です。



「あの……ありがとうございます」


「なに、気にするな。単におれがアリスの歌を聞きたいだけなのだ。出場辞退でもされたらかなわんからな、こうして含蓄のありそうな言葉で惑わそうとしたに過ぎん」


「そうですか。では、ありがたく惑わされておくことにしますね」


「うむ、まんまとおれに騙されて、精々恥をかいてくるといい」



 どうやらアリスにもシモンの心遣いは届いたようです。この様子ならば、もはやこの件に関しては、無意味に一人で悩むこともなくなることでしょう。



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