閑話・冒険者のおひるごはん
こちらの左脇腹を狙った横薙ぎの木剣が、空気を切り裂く速度で迫る。
それを右足を軸に左足を半歩だけ引いて皮一枚で回避。
だが今の一撃は囮だったようだ。
横薙ぎの回転力をそのまま活かした強烈な回し蹴りが足首を掠める。今の蹴りはなかなか良かった。直撃していたら骨にまで威力が通っていたかもしれない。
しかし、相手の連撃はまだ止まらない。
横薙ぎから回し蹴りへと繋いだ回転の力を今度は再び斬撃へと転化し、更に沈みこんだ膝を伸ばすことで頭部狙いの斬り上げに発展させてきた。
中段、下段と意識を下方に誘導してからの上段狙い。恐らくはこの三撃目が本命だ。先程の下段蹴りが足に当たっていたら回避もできずに喰らっていたことだろう。これならば、それなりの使い手でも咄嗟に正確な防御は難しい。
俺は迫り来る頭狙いの斬り上げをどうやって回避しようか考えながら眺めていた。ふむ、最近腕を上げているとは思ったが、もうこれほどのレベルに来たのか。うむ、努力を怠っていないようだな、感心、感心。
感心していたら回避する余裕がなくなった。
仕方ないので右手の親指と人差し指で直撃する寸前だった木剣を挟んで止め、がら空きだったアランの胴に左拳を打ち込んだ。
そうしたらカウンター気味に入ったせいか、思ったよりも威力が出てしまったらしい。胴鎧の上から殴ったのだが、肋骨が折れる手応えを感じると同時にアランの身体が吹き飛んだ。
そのまま十メートルくらい宙を飛び、そこから更に訓練場の床を三メートルほどゴロゴロ転がってから動きを止めた。白目をむいて全身がピクピクと不自然に痙攣している。
「すまん、やりすぎた」
だが、意識を失ったアランからの返答はない。
アランの仲間のメイの嬢ちゃんが、らしくもなく慌てた様子で駆け寄って魔法で治療を始めた。手応えからすると内臓に肋骨が刺さるような折れ方はしていないし、あれなら今日中には万全の状態にまで回復するだろう。
◆◆◆
稽古を終えた俺は、無事に意識を取り戻すまで回復したアランと、先程の試合の内容について話していた。
「いやぁ、驚いたぜ。随分腕を上げたな」
全体的に動きが速く、重くなっていた。それでいて力任せではなく技量の向上も見違えるようだったし、特に最後の三連撃が良かった。あれに完全に対処できる者はそうはいないだろう。
「いや、そう言われても説得力が……いくら木剣だからって、剣を指で挟んで止めるとかどうなってるんですか?」
俺としては褒めたつもりなのだが、最後の勝ち方のせいで褒め言葉に説得力が伴わないようだ。かえって自信を失わせてしまったかもしれない。
「お前もあと十年か二十年くらい修行すれば、あれくらい出来るようになるから」
「そういうものですか?」
たぶん出来るようになる、ような気がする。うん、まあ頑張れ。
「よし、じゃあ稽古はこのくらいにしてメシにしようぜ」
修行をするにしてもまずはメシを食わなきゃ始まらない。
ちょうど昼時だし、身体を動かして腹も減った。
「どこで食べましょうか?」
「そうだな……」
魔王の兄ちゃんの所もいいが、たまには別の店を開拓するのもいいかもしれない。美味い店の選択肢が増えるのは、嬉しい反面悩ましくもある。
「あの~」
どこで昼飯を食うかアランと相談していたのだが、そこでメイの嬢ちゃんが声をかけてきた。手には大きめのバスケットを抱えている。
「サンドイッチを用意してきたので、よかったらどうぞ~」
「へえ、サンドイッチか」
「ほう、なかなか美味そうじゃねぇか」
バスケットの中にはたっぷり三人分はありそうな量なサンドイッチが入っていた。なるほど、悪くない。
「デザート用にジャムサンドも入ってますよ~」
「そうか! じゃあ、ギルドの休憩室で食おうぜ」
訓練場のすぐ隣の冒険者ギルドの建物内の、ギルド職員がおもに使っている休憩室は意外な穴場だ。お茶も飲めるし、仮眠もできる。
職員以外でもギルドに登録してある冒険者ならば自由に使えるのだが、その事を知らない者が多いのでいつも空いている(きっと、現状の快適な空間を維持したい者たちが広めようとしていないのだろう)。俺もギルド長をしているマーカスに聞くまで知らなかったのだが、最近では昼寝をしたい時などに重宝している。
案の定、ギルドの休憩室は昼時だというのにほとんど人がいなかった。職員たちも食事は外で済ませる者が多いのだろう。俺たちは一番大きなテーブル席に陣取り、早速食事を開始した。
「お、美味ぇ」
「うん、美味しい」
「えへへ、そうですか~?」
メインのサンドイッチはベーコン、レタス、トマトがぎっしり挟まった、たしかBLTサンドとかいうやつだ。心なしベーコンが厚めで、それが惜しげもなく何枚も挟まっているのが嬉しいね。ちょいとばかしパンの切り口がギザギザと荒れているが、その程度の減点ならまったく問題ないだろう。
サンドイッチはそこまで日持ちはしないが油紙に包んでおけば持ち運びやすいので、日帰りの仕事を請けた時などは俺も出先でたまに食っている。
俺たちみたいな冒険者や、街中で働く職人目当ての屋台がたくさん出ていて種類も豊富だ。屋台をやっている商人たちが毎日変わった味を考えるもんだから、飽きるということはほとんどない。
たまにハズレを引くこともあるが、今回のBLTサンドはアタリだったようだ。どこの店で買ってきたのだろうか? なかなか美味かったし、店の場所を聞いて今度買いに行ってみようか。
「メイ、これどこのお店で買ってきたの?」
「ふふ、じつはですね~」
俺と同じ疑問を持ったらしいアランが嬢ちゃんに質問したんだが、その答えは驚くべきものだった。
「アリスさんに教わってわたしが作りました~」
「えっ、本当に!?」
嬢ちゃんの手作りだったのか。
これだけ作れれば大したもんだ。
「たくさん食べてくださいね~」
「うん、ありがとう」
「お茶を淹れてきますね~」
「おう、悪いな」
いつもはのんびりとした印象の、なんだかフワフワしたメイの嬢ちゃんが、やけにテキパキと動いて、おかわりを勧めたり、お茶を淹れたりと機敏に動いている。別に悪いことではないんだが、わざわざ手作りして持ってきたサンドイッチといい、微かな違和感を感じる。
アランは気付いていないようだが、ちらちらと視線をそちらに向けているし、重心の高さや呼吸の深さなんかも普段の嬢ちゃんとは違うようだ。
表面上は落ち着いていても心の中が浮ついているというか、確か昔の仲間が結婚する前にもこんな感じになっていたような……ということは、つまり?
気になったので直接聞いてみた。
「なあ嬢ちゃん、もしかしてこいつが好」
「ガルドさん、ジャムサンドもどうぞ~」
言い終わる前に口の中にジャムサンドを詰め込まれたので、続きを言うことはできなかった。まったく動きが見えなかったんだが、どうなっているんだろうか?
仕方ないので、そのまま咀嚼して味わう。
アプリコットのジャムだった、美味い。
「余計なことは言わないでくださいね~?」
いつの間にか俺の横に移動していた嬢ちゃんがひそひそと耳打ちをしてきた。声音は穏やかだが、まるで眼前に刃物を突きつけられたかのような殺気と圧迫感を感じる。しっかり鍛えたら意外と前衛職でもやっていける才能があるかもしれない。
なるほど、まだ内緒にしておきたかったのか。俺にはよく分からんが、いわゆる乙女心というやつだろうか?
……ならば、少し気を利かせてやるか。
「おっと、急用を思い出した! 稽古が終わったら顔を出せってギルド長に言われてたんだ!」
勿論、ウソである。
「というわけで俺はもう行くぜ。サンドイッチ美味かったぜ、ありがとな」
「あ。いえいえ~、お粗末さまでした~」
嬢ちゃんのほうも、俺が気を利かせたことに気付いた様子だ。デートにしちゃ色気のない場所だが、二人きりになれば俺に気を遣う必要もないし、後はそれなりに楽しくやるだろう。
「さて、と」
別に用事はないが、口実にした以上は一応マーカスのところに顔を出すとするか。アイツの部屋には来客用の上等な茶菓子が隠してあるから、ついでに味見でもしてやろう。
・今回のサンドイッチは前回から何日か練習を重ねて一人で作った物です。微妙にバリエーションが増えてます。ベーコンも増量です。