ある夏の日の出来事(裏)
迷宮都市において大規模な祭事の開催が決定。
魔界と人間界が交流を開始してから初めての公式な催しとあって、その発表には大きな反響がありました。
開催は準備期間や見物に来る人々の移動時間を考慮して、今からおよそ二ヵ月後の、夏の終わりか秋の初めあたりの時期を予定しています。
屋台の類は普段の迷宮都市でもよく目にするので、お祭りならではという感には欠ける気もしますが、それでもお祭りならではのメニューというのは多々あるようで、私も楽しみにしています。
迷宮都市には色々な国の出身者がいるのですが、普段から人気があるのは、魔王さまが広めて魔界ではお馴染みになった物がほとんどなので、人間界の食文化というのはあまり知る機会がないのです。こういう機会に普段とは違うメニューを出す店は多そうですし、期間中に魔王さまと食べ歩きなど出来たら嬉しいですね。
もちろん、お祭りには屋台料理以外にも目玉となる企画を考えています。
リサさんのスマホで見た地球のお祭りを参考にして、御神輿という移動式の神殿を練り歩かせたり、踊りや歌を披露しながら練り歩くパレードをやったり、興奮した暴れ牛を街中で走らせたりする予定です。色々と混ぜてみましたが、まあ多分なんとかなるでしょう。
私の知らないうちに、いつの間にか女神のところの神殿と共催という形になっていたりもしましたが、それでかえって祭事としてのハクが付いたという裏事情もあったりします。
私と魔王さまは基本的には今まで通りにレストランの仕事をしていて、祭りの運営関係は実行委員長に立候補したコスモスにほぼ任せているのですが、今のところは真面目に取り組んでいるらしく、意外にもスムーズに各種企画が進行しているとの報告を受けています。
期間限定での魔界への立ち入り制限の緩和や、それに合わせたオークションの開催や富くじの販売などもすると告知してからは、運営本部である公舎への問い合わせや企画の持ち込みが引っ切り無しに来ていると聞いています。立ち入り制限の緩和に関しては、今後の交流の為の実験的な意味合いも強いので上手くいくといいですね。
更に祭りの目玉企画として、武術大会、料理大会、演芸大会の三つの開催を企画しています。豪華な賞品(といってもまだ具体的には決まっていませんが)を出すと公表したせいか、あるいはこれらの大会には魔族の希望者も参加予定だと告知したせいか、どの大会にも早くも各分野の腕自慢たちが応募してきています。
三種の大会ともに勝ち抜き式のトーナメントで、人数が増えた場合には本戦の前に予選で数を減らす仕組み。勝敗が分かりやすい武術大会以外の二つに関しては審査員と一般客の投票により勝敗を決する形式を予定しています。
開催の為の闘技場、競技場、演芸場も迷宮都市の外周部に建設を開始しているのですが、どの建物も街中からはっきり見えるほどに大きく、まだ完成前の今のうちから注目を集めています。
他にも例を挙げればキリがありませんが、こんな調子で思い付きから始まったお祭りの計画は大きなトラブルもなく順調に進んでいくのでありました。
◆◆◆
「というワケで、一緒に頑張ろうね!」
「……聞いていないんですが」
大きなトラブルもなく、と言った矢先ですが早速問題が発生しました。
「そろそろ練習始めないとね。あ、衣装はどんなのがいい?」
「人の話を聞いていない……早くなんとかしなければ……」
どういうことかと申しますと、少し前にフレイヤが遊びに来た時に、私とリサさんとフレイヤで今度歌でも歌って遊ぼうかという話が出たことがありました。
リサさんに聞いていた『カラオケ』という遊興施設には日本旅行の折に魔王さまと行ったことがありますし、深く考えることもなく了承していたのですが、フレイヤの言う『歌う』というのは私の理解からは随分と外れていました。『舞台の上で、かつ大勢の観客の前で』一緒に歌おう、というつもりで私たちを誘っていたようなのです。
先程コスモスから渡されて目を通した、現時点での演芸大会の出場希望者リストに自分たち三人の名前が入っていることに気付かなければそのまま舞台上で歌う羽目になっていたかもしれません。魔界側でも出場者の募集をしていたので、フレイヤが勝手に三人チームでの応募をしていたそうです。
まあ、誤解とはいえ期待させてしまってフレイヤには悪いことをしましたが、根気強く説明して参加の意思がないことを理解してもらえればなんとかなることでしょう。
ですが、店内でそんな話をしていたのが悪かったのか、意外なところからフレイヤに援護の声が上がりました。
「なんだ、残念だな。おれは是非ともアリスの晴れ姿を見てみたかったのだが」
「シモンくん、あのですね……」
いつものようにオヤツを食べに来ていたシモンくんが、どうにかフレイヤを説得しようと頑張っていた私にそんなことを言ったのです。
「うた、ききたい」
「おお、ライムもそう思うか」
更に、シモンくんと一緒にオヤツのチョコアイスを突いていたライムちゃんも、そんなことを言い出しました。子供たちはどういうワケか私ではなくフレイヤの味方をするつもりのようです。
助けを求めるつもりで子供たちの保護者であるクロードさんとタイムさんの方を見ても、面白そうにニヤニヤと笑うばかり。知り合いに会いに行っているリサさんが戻ってきたら私の側に付いてくれるとは思いますが、現時点では私は孤立無援の状況のようです。
「僕もアリスが歌うところ見てみたいけどなぁ」
そして、ただでさえ劣勢に立たされていた私に、よりにもよって魔王さまからトドメとなる声がかけられました。注文が止まってタイミングでフロアの様子を見に来たら私たちの声が聞こえてしまっていたようです。
「いえ、魔王さま、流石に大勢の観客の前で歌うのは恥ずかしいというか……」
私も先代魔王として大勢の前に立って演説した経験はありますが、歌ったり踊ったりするのとは大きく性質が異なります。誰だって素人芸を披露させられて、かかなくてもいい恥をかきたいとは思わないでしょう。
「そうだ、こうしよう、大会の賞品ってまだ決まってなかったよね?」
ですが、魔王さまは私を参加させたいようです。
賞品の豪華さで私を釣る作戦に出てきました。
「アリスが欲しがるような賞品か……」
魔王さま、子供ではあるまいし、流石に物で釣られたりはしませんよ?
「なかなか思いつかないなぁ」
それはそうでしょう。
自分でもそんな物に心当たりはないのですから。
魔王さまやフレイヤの期待を裏切ることに心苦しさがないわけではありませんが、今回ばかりは諦めてもらいましょう。
「思いつかなかったよ」
「そうですか、では私は出場辞退させていただきますので……」
そういうことであれば、この話はこれで終わりですね。
一応はあとでリサさんにも確認しますが、フレイヤには一人で出場してもらうことになるでしょう。期待させてしまって悪い事をしましたが、根気強く説得すればきっと分かってくれることでしょう。
しかし、次の魔王さまの言葉を聞いた瞬間、
「特に思いつかなかったから、優勝したらなんでも一つだけお願いを聞いてあげるよ」
「出ます!」
……しまった!?
内容を精査する前に口が勝手に動いて即答してしまい、言質を取られてしまいました。
というか冷静に考えると、私の場合魔王さまに願いを伝えるのって普通に告白するのと変わらない気が……いえ、賞品としてなら成功率が十割になるということで、それならやはり……いえ、でもこういうのは賞品とかじゃなくてお互いの気持ちが通じ合った上で純粋にお付き合いを経て……いやしかし……。
あれやこれやの想像や妄想で頭の中が茹だってしまいそうです。
魔王さまに何をしてもらいましょう?
夢が膨らみますね!
◆◆◆
「なんでも一つだけ願いが叶う、ですか。確かに面白いテーマではありますね」
あれからコスモスを呼んで先程の案を伝えたのですが、彼女も興味があるようです。魔王さまなら人が想像できる大抵のことは叶えられますし、私個人の事情を抜きにしても面白そうではあります。
「私ならそうですね、世界平和か世界征服のどっちかですかね」
「アタシは全世界ツアーライブとかしてみたいな!」
「おれは早く大人になりたいぞ」
「おかし、いっしょうぶん」
自分ならどんなことを願うか、という話題には惹かれるものがあるのか、皆が口々に自分の希望を口にします。大半は微笑ましいものですが、コスモスにだけは願いを叶えさせてはいけないようです。なんで世界征服か世界平和の二者択一なんですか。
「じゃあ、未定だった各大会の優勝賞品は『なんでも一つだけ願いを叶える権利』でよろしいですね?」
「うん、じゃあそれで」
いつものことですが、世間話の延長のような軽いノリで重要なことが決まってしまいましたね。
「なんでも、とはいっても『願いの数を増やす』とか『他者に危害を加える』みたいなことはあらかじめルールとして禁じておく必要がありそうですね」
「あとは、一人が出れる大会は一つまでに制限した方がいいのでは? 特に武術大会などは強者同士が潰しあった漁夫の利を狙う参加者が増えそうですし」
「チーム参加の場合だと、願いを叶える権利はチームで一つにする? それとも一人ひとつ?」
注文が止まって暇になったのをいいことに、魔王さまやコスモスとそのままフロアで賞品の仕様について話し合います。優勝賞品が『願いを叶える権利』だと公表したら、それはもう大量に参加者が増えるでしょうから、これらは必要な措置ですね。
私の場合は演芸大会の参加を辞退して代わりに武術大会に出場すれば、まず間違いなく優勝できたのでしょうが、それに気付いたのは翌日のことでした。まあ、一応は運営側の私が圧勝して願いを叶えるのは出来レース感が酷すぎますし、結果的にはこれでよかったんでしょうが。
◆◆◆
こうして真っ当に優勝を目指すことになった以上、何はともあれ、まずはリサさんを説得しないといけません。きっと誠心誠意説明すれば分かってくれるはずです。
と、そんなことを考えていたら、ちょうどリサさんが店のドアを開けて入ってきました。状況が分からずに戸惑っているようですが、詳しい事情は後で説明するとしましょう。
「不本意でしょうが、協力してください。一緒に優勝を目指しましょう」
「……はい?」
いま確かに「はい」と言いましたね?
参加の為の言質は取りました。疑問形のニュアンスがあったように聞こえたのは気のせいでしょう。
こうなった以上は本気で優勝して、そして私は魔王さまと……。
その為ならば手段を選んではいられません。





