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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編

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ある夏の日の出来事(表)

    

 ある暑い夏の日のことです。


 今日、わたし(リサ)は前にお世話になった人たちに会いに、迷宮都市から遠く離れたA国の王都まで行く予定です。まだ夏休みに入ったばかりで時間には余裕がありますし、いい機会でしょう。


 その気になれば夏休みを待たずに行くことも勿論できたのですが、以前の別れ際が必要以上に劇的だったこともあり、普通に会いに行くのがなんとなく気恥ずかしかったのです。とはいえ、このままズルズルと予定を先に延ばしていてはそのまま機を逸してしまいそうです。このあたりが頃合でしょう。


 アポ無しというのもどうかと思ったので、先週のうちに神子さんに頼んで王様に手紙を送って貰っています。手紙では挨拶に加えて色々と頼みごとをしておきました。不本意ながら、今のこの世界では勇者の人気はすごいことになっていますし、なるべく内密にしてもらわないと困ったことになりかねません。


 迷宮都市には勇者時代のわたしと会ったことのある人が少ないので気軽に出歩けていますが、A国は特に勇者(わたし)の顔を知っている人が多いので、騒ぎにでもなったら大変です。プライベートで変装している芸能人というのは、こんな気分なのかもしれませんね。



「そういうワケで、今日はお休みにしてください」


「ええ、分かりました、楽しんできてくださいね」



 今日はアルバイトもお休みをもらうことにしました。元々人手は足りているお店ですし、アリスちゃんに言ったらあっさり休めました。



「よかったらアリスちゃんと魔王さんも一緒にどうですか?」



 二人は時折、お店をホムンクルスの方たちに任せてお出かけすることがあります。今日も一緒に行かないかと誘ったのですが、



「いえ、遠慮しておきます。我々はともかく先方が緊張してしまいそうですし」



 残念ながら断られてしまいました。

 でも言われてみれば、突然魔王さんたちが行ったら無用の混乱が起こりそうです。少し残念ですが、あまり大事(おおごと)にしたくないわたしとしては一人で行ったほうが良さそうです。



「じゃあ、行ってきます」


「はい、行ってらっしゃい」



 アリスちゃんに出発を告げ、わたしは昔懐かしい国へと旅立ちました。





 ◆◆◆





 旅立つ、なんて大袈裟に言いましたが、空間を切り開いて直接転移するだけなので所要時間はわずか一秒。聖剣さんは今日も変わらず便利グッズとして活躍してくれます。せっかくの夏休みですし、この機能を使って今度ハワイ旅行にでも行きましょうか?



「ええと、ここは?」



 旅行の予定はまたの機会に考えることにして、わたしは周囲の状況を確認しました。地面の上に石畳が敷かれている広場のような場所で、壁で覆われているので外側からは見えません。予定通りに騎士団の訓練場に出てこれたようです。


 たしか、わたしが最初に召喚された日に、この場所で騎士さんたちを相手に聖剣を使う練習をしたんでした。本物の剣を向けられる経験なんて当然初めてだったので、実は最初のうちは結構怖かったんですよね。



「懐かしい……」


「うむ、じつに懐かしいな。あれから二年ほどか」



 わたしの独り言に返事が返ってきました。

 どうやら、わたしのことを迎えに来てくれていたようです。



「お久しぶりです、陛下」


「ああ、久しいな勇者よ」



 わたしの出迎えに王様自らが足を運んでくれていました。



「あまり目立たぬ方がよいのだったな? 他の者たちは既に別室に集めてある、道中の人払いはしてあるので案内しよう」


「お手数おかけします」



 今更気付きましたが、王様は護衛を付けずに一人で訓練場まで来ていたようです。わたしの存在を内密にしてもらえるのはありがたいですが、ここまで徹底されるとちょっと申し訳ない気分です。



「余としては国を挙げての歓迎パレードなどしたかったのだが」


「すみません、それは勘弁してください」



 お金と権力のある人は発想が違います。ですが、流石にわたしの胃が持ちそうにないのでパレードは許してください。


 道中の人払いをしているというのは本当だったようで、わたしたちが通る道には誰一人見当たりません。以前に見た時は大勢の使用人さんや役人さんが忙しく動き回っていたのですが、今は広い城内がカラッポになったかのようです。



「この先の部屋だ。たしか以前にも来たことがあったな」


「はい、何回か」



 王様に案内された先にあったのは、これまた以前召喚された当日に来て食事をした王族専用の食堂でした。部屋の中には人の気配が感じられます。


 わたしは意を決して食堂の扉を開き、



「「「お久しぶりです!」」」



 懐かしい仲間たちと再会しました。ちょっとだけ泣いてしまったのはこの場だけの秘密です。




 ◆◆◆




「それでは我らの再会を祝して、乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 王様が乾杯の音頭を取り、皆でグラスの中身を呷ります。ほとんどの人はお酒ですが、わたしは果実水にしてもらいました。

 この世界で日本の法律を守る必要はないかもしれませんが、今日は普通に家に帰るので、酔っ払っていたらマズイでしょう。家族から不良少女になったと思われてしまいます。


 乾杯を終えると次々と料理が運び込まれてきました。王様の説明によると今回給仕や調理を担当しているのは使用人の中でも口が堅い人たちだそうなので、元勇者(わたし)の存在が漏れる心配はなさそうです。



 さて、料理も並べ終えたようで、わたしの目の前には様々なご馳走が乗ったお皿が列を成していますが、この光景を見て少し心配になりました。


 以前にもこの場所で同じようにご馳走を頂いたのですが、正直あまりわたしの口には合わなかったのです。現在、目の前に並んでいる料理も見た目や匂いは美味しそうですが、そのお味は如何なものでしょうか? 失礼ながら心の中にそんな心配が浮かんでしまいました。


 まずは無難なところからと思い、わたしは近くのお皿にあったポテトサラダを頂くことにしました。旅の途中でもお芋系の料理は比較的安牌でしたし、最悪でも食べれないほどではないでしょう。


 などと考えていたのですが……、



「あ、おいし」



 どうやら心配は完全に杞憂だったようです。

 魔王さんのお店や日本で食べる物とほぼ変わりません。お芋のほっこりした食感とマヨネーズの柔らかい酸味がよく合っていて、混ぜ込まれている胡椒の風味が味を引き締めてくれています。


 ポテトサラダ以外の料理も、魚の蒸し物は泥臭さなど欠片もなく香草のタレとの相性が抜群ですし、スープは小まめにアク取りや下ごしらえをしてあるようで肉や野菜の美味しい部分が凝縮されたかのようなお味です。パンはふかふかの柔らかい物と、麦の香りが強い固めのパンがカゴに盛られていて、好みで種類を選べるようになっています。わたしは柔らかいほうを頂きました。



「これはすごいですね」



 数々の料理の中でも、メインのローストビーフは特に絶品でした。ちゃんと火が通っているのに、生肉に近いしっとり柔らかい食感で、お肉の持ち味を贅沢に堪能できます。

 あまりお行儀がよくないので今回は実行しませんでしたが、このローストビーフをマスタードをたっぷり塗ったパンに挟んでサンドイッチにしたり、ワサビ醤油とご飯でドンブリ風にしても美味しそうです。


 給仕をしてくれたメイドさんに聞いてみたところ、魔界から輸入した子牛を王家の御用牧場で労働をさせずにしばらく育て、更に落としてから二週間ほど熟成させた物なのだとか。

 牛に限ったことではありませんが、どうやら昨今では『魔界産』というフレーズが、日本でいう高級和牛のようなブランド効果を持っているそうです。



「楽しんで頂けているかな?」


「はい、とても」



 王様の問いに社交辞令ではなく本心から答えました。前に食べた時と比べて、料理の種類も質もあまりに変わっているのでビックリです。



「それはよかった。以前の会議から国に戻った後、余や供の者たちがあまりに魔界の料理を褒めるものだから、我が城の料理人たちが随分と悔しがってな。輸入したレシピを元に随分と研究しているようなのだ」



 似たようなことは諸外国でもあるようで、各国でちょっとした美食ブームが起こっているのだそうです。宮廷や貴族の家に仕える料理人はプライドの高い方も多く、新しいレシピを歓迎する人ばかりではなかったようですが、市井の料理人に腕で負けるのも我慢ならないようで、新しいワザをものにしようと頑張っている人が大勢を占めているとか。



「はは、いつまでも魔界には負けておれぬからな」



 調理技術以外の分野でも、新しい知識を元に作物や家畜の品種改良を進めたり、冒険者に国から依頼して食用に向いた魔物のデータ収集なども行っているそうです。じつに食い意地の張った……ではなく、意欲的ですね。




 ◆◆◆





 最後のデザートまで食事を終え、場所を隣の応接室に移してからしばし歓談の時間を持とうという流れになりました。


 騎士さんたちの多くは王族用の食堂と食事に緊張していたようですが、お酒が入って緊張が解れたおかげか、ようやくゆっくりと話せるようになってきました。



 アイス屋さん志望だったお姉さんは、騎士団を寿退職して無事に城下町にお店を開いたそうです。お店の場所を教えてもらったので今度買いに行こうと思います。旦那さんも帰国後にあった騎士団の剣術大会で良い成績を残せたらしく、旅の間に稽古を付けてもらったおかげだとお礼を言われてしまいました。



 人の手で聖剣を作ろうと頑張っていたお爺ちゃんも、変わらずに元気そうにしていました。研究は順調に捗っているようです。

 手にしていた杖も実は試作型の聖剣らしく、見せてもらったところ変形するスピードは前よりもずっと早くなっていました。今は私設の研究所でお弟子さんやお孫さんと一緒に試作を繰り返しているのだとか。



 それから、以前にもお会いした王様の二人のお子さんたちにも再会しました。前に会った時から二年近くも経っているので、王子さまも王女さまも見違えるほどに大きくなっていました。これくらいの小さい子はすぐに大きくなりますね。


 二人とも巷で流行の勇者物語の影響で剣術を頑張っているのだそうです。張本人のわたしとしては少々気恥ずかしいのですが、同じような動機で剣術を始める子が男女問わず多いのだとか。まあ、それ自体は多分悪いことではないですよね。


 そういえば王様から、将来の許婚として王子さまをどうかと勧められてしまいました。お酒もだいぶ入っていましたし、軽い冗談のつもりだとは思いますが、正直そういう返答に困る冗談は止めて欲しいものです。わたしは丁重にお断りしました。王子さまはまだ十歳になったばかりですし、これから幾らでも良縁があることでしょう。


 断りの言葉を聞いた王様がやけに落ち込んでいましたが、お酒に悪酔いしたせいでしょうか。まさか、本気だったわけではないですよね?




 ◆◆◆




 美味しい食事に愉快な会話、楽しい時間というのは過ぎるのが早いものです。窓の外を見れば既に日が落ちかけていました。疲れてしまったのか王女さまは柔らかなソファで眠っています。わざわざ起こすのもかわいそうですし、挨拶できないのは残念ですけれど、このまま静かにお(いとま)することにしましょう。



「今日はそろそろ帰りますね」


「部屋を用意してあるので何日か滞在していってはどうかな?」



 そんな風に勧められてしまいましたが、流石に無断外泊はちょっとマズイのです。名残は尽きませんが、今日のところは家に帰ることにしました。



「また、いつでも気軽に来てくれ」



 とはいえ、元勇者(わたし)が気軽にこちらの世界に来れることがバレるとまずい事になりかねないので、来る時はこっそり来ないといけません。この場の皆さんや使用人さんたちにも内緒にするように改めて頼んでおきました。



「はい、また近いうちに」



 新学期が始まったら自由に使える時間も減ってしまいますし、夏休みの間にまたお邪魔しようと思います。



「あ、そうだ」



 このまま日本の自宅に直帰してもよかったんですが、その前に迷宮都市に寄っていくことにしました。今日はアルバイトを休ませてもらいましたし、挨拶くらいはしていこうと思ったのです。転移の行き先を変更して、迷宮都市地下の魔王さんのお店の前につながる穴を開けました。



「では、失礼します」



 わたしが潜り抜けると同時に空間の穴が消失しました。穴の向こうで、聖剣の新機能を目の当たりにしたお爺ちゃんが呼び止める声が聞こえた気もしますが、研究に付き合うのはまたの機会にしてもらいましょう。






 店内に入ると同時に、アリスちゃんがわたしの方へ勢いよく近付いてきてガシっと両肩を掴みました。事情は分かりませんが、妙な迫力を感じます。



「リサさん」


「あの、何が……」



 戸惑うわたしの疑問に答えるよりも先に彼女はこう言いました。



「不本意でしょうが、協力してください。一緒に優勝を目指しましょう」


「……はい?」



 優勝とはなんのことなのでしょうか?



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