表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

112/382

ss ホムンクルスと禁断の缶詰

百話記念企画⑧

今回のお題は三名の方に頂いた『シュールストレミング』です。

弧鵜璽様、天城様、弟は姉のサンドバッグ様、どうもありがとうございました。


他の食材は割と種類がバラけていたんですが、何故かコレだけ三人も被っていました。おかげさまで過去最大級に頭のおかしい回になったと思います。


「これが例の品です」


「これが……」


「見た目は案外普通ですね」


 コスモスが用意した缶詰を、彼女の部下であり妹でもあるアサガオとユウガオが注視していました。三人の間には何やらただならぬ雰囲気が漂っており、テーブルの上に置いた缶詰を遠巻きに眺めています。


 缶詰の中身はニシンの塩漬けです。

 それだけならば特に警戒することもなかったでしょうが、これこそは、地球世界において『世界一臭い』食品として名高いシュールストレミングでありました。


 ここ最近、新製品の缶詰の開発に行き詰っていたアサガオとユウガオ。インスピレーションを求めて日夜色々な食材を研究していますが、これといった成果が出ていないのです。より正確には、普通に美味しい缶詰は出来ているのですが、彼女たちの求める面白味が足りないのです。


 そんな中、コスモスは彼女たちの上司として、何か変わった缶詰のネタがないかと知人に聞いて回り、リサ経由でシュールストレミングの存在を知りました。リサに強引に頼み込み、どうにか通販で一缶だけ入手してもらったというわけです。



「では、早速開けましょう」


「いえ、ここで開けてはなりません」



 臆することなく開缶しようとするアサガオをコスモスが止めました。



「何故でしょうか、リーダー?」



 アサガオは缶を手に持ったまま不思議そうに首を傾げます。



「ここで開けると、この建物が使えなくなってしまう可能性が高いのです」



 現在彼女たちがいるのは、アサガオたちが運営している商店です(以前は売店と呼ばれていましたが、規模の拡大に伴って独立した建物を用意しました)。



「リサさまにコレを受け取る際に注意事項を聞いたのですが……」



 曰く、開ける際は必ず屋外で。

 屋内で開けると染み付いた悪臭が数ヶ月は残り続ける為。


 曰く、温かい場所での保管は厳禁。

 内部のガスが膨張して破裂する恐れがある為。


 曰く、開ける際は捨ててもいい服を着るように。

 臭いが染み付いて着れなくなってしまう為。



「いいですか、コレに関してはギャグ補正でどうにかなる範囲を超えているので、必ず守って下さい」



 リサ自身もまだ実際に体験したことはないので、購入した輸入食材店からの受け売りなのですが、コスモスに渡す際に念入りに注意していました。


 ちなみにシュールストレミングを入手したリサ本人はこの場に同席していませんし、いかにも変わった缶詰に興味を持ちそうな魔王にはこの件自体を伝えていません。身体に臭いが染み付いて、レストランの営業ができなくなる恐れがあるからです。



「開けた瞬間に臭いで気絶する可能性もあるそうなので、気付け薬の用意もしておきましょう」


「それは本当に食品なのですか?」



 次々と注意事項を挙げるコスモスにユウガオが質問しました。確かに特徴だけを聞いたら、食品というよりも何かの化学兵器であるかのようです。



「それでは場所を移しましょう」



 三人は街外れにある丘までやってきました。街道からは離れているので、無関係の部外者を巻き込む心配はありません。


 来る途中で、古着屋で厚手のコートや長袖のシャツを買い込み、三人とも何重にも重ね着しています。元々、捨てることを前提にして適当に買ってきた物なのでサイズがぶかぶかですし、防護用にマフラーを頭に巻きつけているので端からは誰が誰だかも分かりません。



「さて、では準備もできましたし開けますか」



 コスモスがモコモコの手袋を付けた手に缶切りを構えます。



「ええ、世界一の実力とやらを拝見するとしましょう。ふっふっふ、果たして我々の眼鏡に適うものかどうか」


「はっはっは、まあ、それほど期待しないほうがいいでしょう。こういうのは大抵ウワサが一人歩きして尾ヒレが付いているものなのです。実際には大したことがないというオチでしょう」



 ここに来て、アサガオとユウガオが露骨な死亡フラグを立てました。余裕を見せてコスモスの手元の缶に二人して顔を近付ける始末です。もしかすると、タイミング悪く魔王製ホムンクルス共通の芸人魂に火がついてしまったのかもしれません。



「では」



 とうとう、コスモスが缶切を缶の蓋に突き立てました。


 プシュッ、というガスの抜ける音と共に中身から汁が噴出し、



「なんだ、この程度ですか……ぉぇぇええ!?」


「そんな大袈裟な……ぅぇぇええ!?」



 缶から噴出した汁が顔に飛んできたせいか、アサガオとユウガオは二人して倒れ込み、地面をゴロゴロとのたうち回っています。お昼に食べた物が胃液と共にノドの奥からこみ上げてくるのを、辛うじて堪えている様子です。



「……これは強烈ですね」



 比較的ダメージの少なかったコスモスも鼻をつまんで眉をしかめています。まだ缶の蓋は開いておらず、缶切りの先端が刺さっただけだというのに、これほどの臭気。このまま穴を掘って埋めてしまうことも検討しましたが、



「食べ物を無駄にするのは良くありませんね」



 と、コスモスは再び缶切りを手に缶を開け始めました。



「リーダー……いえお姉さま、止めましょう!」


「そうです、これは食べ物ではありません!」



 どうにか起き上がれる程度に回復したアサガオとユウガオが、かつてない程の必死さでコスモスを止めようとします。どうやら予想を遥かに超える臭気を前にボケる余裕もないようです。ですが、コスモスは缶を開ける手を止めようとはしません。



「まさか臭いを感じていないのですか……?」


「……いえ、アサガオ、あれを見るのです!」



 ユウガオが指差したのはコスモスの目元。顔に巻きつけたマフラーのせいで分かり難いですが、コスモスは両目から絶え間なく涙を零しています。きっと幾度となくこみ上げてくる吐き気を無理に堪えているせいでしょう。



「さあ……開き……ましたよ……」



 とうとう缶の蓋を開ききった時には、コスモスの憔悴は分厚い服ごしにもはっきりと分かりました。まさに息も絶え絶えという具合です。



「どれ一口……うっ……臭しょっぱいですね」



 しかしコスモスは開けただけに留まらず、表面がドロドロに溶けているニシンの肉片をフォークで突き刺し、そのまま口へと運びました。それにより一層臭気が強く感じられ、もはや意識も朦朧としてきたようですが、その手は次の一口を求めて缶の中に向かっています。一体、何が彼女をそこまでさせるのでしょうか?

 


「お姉さま、何故そこまでして……?」


「……まさか、私たちのために?」



 今回のシュールストレミングは、そもそもがアサガオとユウガオが新商品のインスピレーションを得られるようにと、コスモスがリサに頼み込んで入手した『教材』なのです。

 コスモスが無理を通してシュールストレミングに挑むのは、早々にギブアップしてしまった妹たちの身代わりに自らが犠牲になろうという美しい姉心ゆえ……ではありませんでした。



「……これほどの美味しい……ネタ的な意味で美味しい状況を……逃してなるものですか……うぷ……」



 コスモスの芸人魂は妹たちの想像を遥かに超えていたようです。絶え間ない吐き気を堪えながらも、魂の奥底にまで染み付いたお笑い根性が逃げることを許さなかったのです。そもそも彼女たちは芸人ではないのですが、そこを指摘してはいけません。



「ごち……そうさ……ま……がくり」



 一缶全てを完食したコスモスは、食べ終えると同時に白目をむいて気絶してしまいました。意識を失う間際に、最後の力を振り絞って笑顔を作り、更に両手でダブルピースまでしています。最後の最後までギャグに殉じたようです。



「お姉さまの生き様、確かに見届けました」


「はい、お姉さまの犠牲は無駄にはしません」



 アサガオとユウガオは、缶を処分するための穴を掘りながら、姉の生き様に敬意を新たにしていました。同時に自分たちがお笑いにかける覚悟の甘さを思い知ったのでしょう。今回の一件の結論がそれでいいのかは大いに疑問ですが、何かしら思うところがあったようです。


 なお、もちろんコスモスは死んではいませんが、臭い的には腐乱死体とどっこいどっこいといったところです。少なくとも数日は表を歩けそうにありません。




 ◆◆◆




 一週間後、念願の新製品が完成しました。新しい缶詰は、どういうわけか店内の武器コーナーに展示されています。



「これを魔物の鼻先に向けて放てば、強大な魔物でも一発KOです」


「身体は臭くなりますが、いざという時に自分に向けて噴射すれば魔物の群れも逃げ出します」



 新しい缶はスプレー式になっていて、中にはアンデッド系の怪物から抽出した体液を原料に錬金術で濃縮した、凄まじい臭いの薬剤が入っています。



「缶といえば食品という先入観がいけなかったのです」



 アサガオとユウガオは、シュールストレミングを参考にして見事に新製品を生み出すことに成功したようです。例えるならば、一種の防犯スプレーみたいな物でしょうか。大ヒットとまではいかないものの、いざという時の備えとして冒険者を中心にそれなりに売れています。



「これでお姉さまも浮かばれることでしょう」


「そうですね、あとでお見舞いに行きましょう」



 未だに身体に染み付いた臭いが取れず、コスモスは療養という名目で自室にこもっています。臭いが取れるまでは外出禁止だとアリスに命じられているのです。ここ数日は臭い消しの効能がある薬湯に四六時中浸かっているはずで、さぞや退屈していることでしょう。



「どうせですから他の皆も誘いましょう」


「そうですね。お土産はなんにしましょうか?」



 こうしてホムンクルスの弟妹たちがお見舞いに行ったおかげか、この翌日にはコスモスの臭いも完全に取れ、元の生活に復帰できるようになったということです。



お題の募集は終了しました。

あと2回ssをやって、その後は本編に戻ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ