ガールズトーク【夏の少女たち】(前編)
「ふふ♪」
ある日のこと、朝からアルバイトに来ていたリサは見るからに上機嫌でした。開店前の清掃をしながら、機嫌よく鼻歌なんて歌っています。そのゴキゲンの理由が気になったアリスが尋ねました。
「なんだか今日はゴキゲンですね?」
「はい! 実は今日から夏休みなんです!」
待ちに待った高校一年の夏休み。
なにしろ、リサの主観では高校に入学したのは二年近くも前だというのにようやく初めての夏休み、その感慨もひとしおです。幸い期末テストの結果も上々で、気兼ねなく休みを満喫できそうです。
「そういえば、さっき上の街を散歩してきたんですけど、こっちの世界も暑いですね。あんまりジメジメしてないから日本よりはちょっとマシですけど」
「夏ですからね。ここは地下だから涼しいですけれど」
この世界と日本とでは微妙に時間の流れる速さが違うらしく、それが原因で季節のズレが起こることがあるようです。
今は日本が真夏でこちらの世界が初夏と近い季節なのですが、この世界の方が時間の流れが若干早いようなので、もうしばらくすればハッキリとズレが目に見えてくることでしょう。
とはいえ、地下深くにある魔王のレストランでは一年中ほとんど気温の変化はありません。暑すぎず寒すぎない適温が常時保たれているので実に快適です。
「今日も冷たい物がよく出そうですね」
テーブルを拭き終えたアリスが言いました。この予想は間違いなく当たることでしょう。なにしろ、ここ最近は連日氷菓目当てのお客さんが大勢来店しています。
「アイスとかカキ氷とか、この時期は美味しいですもんね」
その手の商品は迷宮都市でもかなりの人気がありますが、それなりに高価な冷凍用の魔道具、もしくは氷の魔法でも使えないと作れないので、提供できている店舗はまだそれほど多くありません。
「アイスといえば、お姉さんどうなったかな?」
「お姉さん?」
「ええ、わたしが勇者やってた時にお世話になってた騎士さんなんですけど……」
リサを勇者として召喚したA国の、旅の間に何かと世話になっていた騎士たち。その中でも同性ということもありリサと仲の良かった女性騎士が、国に帰ったら騎士団を退職してアイスクリーム屋を始めると言っていたのを思い出しました。
「気になったなら会いにいけばいいのでは?」
「そうですね、夏休みで時間もありますし、近いうちに行ってみます」
馬を走らせて何日もかかる道のりも、バージョンアップした聖剣で空間を切り開けば一瞬です。件のA国には他にも何人もリサの知り合いがいますし、近日中に挨拶回りに行くことを決めました。
◆◆◆
「こんにちは! 魔王さま、ご飯食べに来たよ! あ、久しぶり、アリスさま!」
「いらっしゃ……あら、フレイヤじゃないですか?」
開店直後のまだ他のお客がいない頃、燃えるような赤髪ツインテールが特徴の元気な少女がやってきました。アリスは顔見知りの来店に不思議そうな顔をしています。
「昨日、魔王城で魔王さまに会ってご飯食べに行くって約束したの!」
「ああ、そういうことでしたか。では、ゆっくりしていってください」
昨日、魔王が魔界まで行っていたことはアリスも知っていたので、すんなり納得しました。
「アリスちゃん、そちらの方は?」
アリスと親しげに話す見知らぬ少女が気になったリサは聞いてみました。
「この子はフレイヤといって“元”魔王軍の四天王です。現在はワケあって休職中ですが。フレイヤ、こちらは“元”勇者のリサさんです。今はたまにこの店で働いてもらっています」
双方を知るアリスがそれぞれに紹介をしました。
リサとフレイヤもそれぞれに挨拶をします。
「フレイヤさんですね、よろしくお願いします」
「うん、そっちはリサちゃんね、よろしく! あはは、“元”つながりだね!」
「そ、そうですね……」
“元”勇者と“元”四天王。つながりと言えばつながりですが、フレイヤのハイテンションに慣れていないリサはちょっとだけ驚いています。
「ねえねえ! 勇者だったってことは、リサちゃんってアリスさまより強いの?」
「ええと、どうなんでしょうね? アリスちゃんとケンカしたことないですし。したくないですし」
もしかしたら、運命の巡り合わせによってはそういう展開になることもあったかもしれませんが、幸いリサとアリスの仲は良好です。
「うんうん、アリスさまとはケンカしない方がいいよ。アタシも昔ボコボコにされたし」
「……はい?」
「ちょっと、フレイヤ!?」
アリスが慌てて口を塞ごうとしますが、フレイヤは言葉を続けます。
「昔はアタシも魔界で結構ブイブイいわせてたんだけどね、アリスさまとタイマン張ってボコボコにされたの。マウント取られて、こっちが音を上げるまで延々殴られて……うん、あの時は本気で死ぬかと思ったよ、あっはっは!」
朗らかに笑いながら死にかけた記憶を語るフレイヤにリサはドン引きし、アリスは恥ずかしい思い出をリサに知られて恥ずかしがっています。気分的には足を洗った元ヤンが、堅気の友人に魔王してた時代の黒歴史を知られたような感じでしょうか。
ちなみに、旧魔王軍の軍団長はアリスが力を示して認めさせた経緯があるので、全員が大なり小なり同じような目にあっています。
今でこそ魔王への片思いをこじらせた面白おかしいキャラが定着していますが、かつてのアリスは荒廃していた魔界を力尽くで統一した世紀末覇王系女子だったのです。
「今の魔王さまは優しいから、こっちが殺す気で襲い掛かってもケガしないように気を遣ってくれるけど、アリスさまはその辺容赦ないからね~」
どうやらフレイヤは空気を読むのは得意ではないようで、バイオレンス風味な話題を続けようとしますが、
「おや、髪にゴミが付いていますね、取ってあげましょう」
「痛っ! ちょっ、アリスさま、頭潰れるれちゃうから!?」
「はて、なんのことでしょう? 私はただゴミを取ろうとしているだけですが」
不自然ににこやかな表情のアリスがアイアンクローで強引に話題を止めました。魔力で強化された握力でフレイヤの頭蓋骨がミシミシと軋んでいます。
「あ、あの、アリスちゃん、痛がってますし、その辺で……」
「……いいですか、昔のことは喋らないように。分かりましたね?」
流石に見かねたリサがアリスを止めて事なきを得ました。止めなかったらかなりグロテスクな光景が広がっていたかもしれません。
「助かったよ、リサちゃん! ありがとう、愛してる!」
「ええと、どういたしまして? アリスちゃん、フレイヤさんて、その……ユニークな人ですね」
リサは言葉を濁して評し、アリスは溜め息を吐きながら答えました。
「昔はもうちょっと思慮深い子だった気がするんですが、もしかすると殴りすぎて頭のネジが外れてしまったのかもしれません」
「そうだっけ? 昔のアタシがどうだったかなんて忘れちゃったし……あっ!」
突然、何かを思い出したかのようにフレイヤが言いました。
「ところでリサちゃん、さっきから思ってたけど、おっぱい大きいね! ねえ、揉んでいい?」
「いきなり何を言っているんです!?」
「やはり殴りすぎて頭が……やれやれ、流石に少々責任を感じますね」
「責任を感じる前に助けてくださいっ!」
店内を逃げ回るリサがアリスに助けを求めます。リサも聖剣を使えば自分で対処できそうですが、聖剣だとツッコミに使うには攻撃力過多ですし、それ以前にいくらなんでも刃傷沙汰はシャレになりません。
アリスの強烈なローキックでスネを痛打したフレイヤが床を転がることになるのは、この十秒後のことでした。





