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迷宮レストラン  作者: 悠戯
双界の祝祭編
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おにぎり論争


「やっぱり、おにぎりといえば明太子だろう!」


「いえいえ、ツナマヨこそが正義です!」


「梅干しを抜きにおにぎりを語るなど笑止!」


 ある日のこと、迷宮都市の大通り、そのど真ん中でそんな論争が起こっていました。発端は数人の冒険者の何気ない会話だったのですが、たちまち周囲の人々も巻き込んだ大論争に発展していました。


 その議題は『一番美味しいおにぎりの具は何か?』。


 この街では、あちらこちらにおにぎりなどの軽食を販売する店があるので、元々米食に馴染みが無かった人々の間にも、安くて美味しくて簡単に作れるおにぎりという料理は急速に普及してきています。


 ですが、その具の好みというのは千差万別。

 最初に広まったレシピには明太子、おかか、梅干し、ツナマヨ、塩鮭などの定番系だけが記されていたのですが、炊いたお米に具を入れるだけというシンプルさから、日毎に新しい味も登場してきています。


 そんな状況ですから、人々にもそれなりに“こだわり”というものがあるのです。



「前に食ったカラアゲ入りが美味かったぞ」


「待て、赤飯や鶏飯などの炊き込み系はどうなる!」


「それが有りならピラフやチャーハンだって考えねばならんぞ」


「それなら、焼きおにぎりだって美味しいわよ!」



 なにせ、おにぎりという料理は汁物以外なら大抵の物は具にできますし、ご飯自体に味が付く炊き込みご飯や混ぜご飯まで考慮すると、その種類は無限に等しい数があります。ですが、今回に限ってはその豊富な種類は、そのまま同数の争いの火種となりかねません。


 そうこうしているうちに、更に議論に加わる人数は増えつつあります。たちまち二十人を超え、三十人を超え、もはや一見しただけでは分からない程の人数に膨れ上がっています。少なくとも五十人はいるでしょうか。



「塩の効いた鮭のおにぎりが一番に決まっているだろう!」


「お前もか! 俺もそれが一番だ!」


「おお、同志よ!」



 中には、見ず知らずの者同士、このようにお互いの好みが被って味方が増えるケースもありますが、



「鮭の塩気とパリッとした海苔の組み合わせ、これこそが一番だ!」


「ん? おいおい、海苔はしっとりしてる方が美味いだろう?」


「何を言うか! パリッとしてる方が美味いに決まっている、この裏切り者め!」


「お前こそ! この異端者め!」



 海苔のパリッと派としっとり派という教義の違いが明らかになると、たちまち仲間意識が瓦解してしまいました。



「やるか、この野郎!」


「上等だ!」



 いつしか大通りのあちこちに険悪な空気が伝染しており、一つ間違えば乱闘が起きかねない状況でしたが、



「手前ら、いいかげんにしやがれ!」



 という、たまたま騒ぎに出くわした冒険者ガルドの一喝で、間一髪のところで乱闘騒ぎにはなりませんでした。



 全身を傷に覆われた強面の巨漢という、道で出くわしたら子供はおろか大人でも逃げ出しそうな威圧感を放っているガルドの制止に逆らえる者などいるはずもありません。彼のことを知る者はもちろん、知らない者も皆一発で口を閉ざしました。



「それで、一体なんであんなことになってたんだ?」


「それがですね……」



 ガルドとしては、道を歩いていたら、突然乱闘騒ぎに出くわしたという状況です。彼の近くにいた顔見知りの冒険者が事情を説明しました。



「そんなもん、言い争うよりも実際に食べ比べてみれば済む話だろうが」


「「「「それもそうだ!」」」」



 ガルドの言った正論に、その場にいた人々はまるで合唱するかのように一斉に叫びました。むしろ、これだけ人数がいて誰も実際に食べ比べようと言い出さなかったのが不思議です。


 その場のほぼ全員で近場の広場に移動しました。食べ物の屋台は沢山ありますが、その中のおにぎりを扱っている店を回って各人が色々な種類を買い集めました。やけにおにぎり屋ばかりが繁盛するので、事情を知らない他の人々は不思議そうに首を傾げています。



「う、美味いな、明太子!」



 明太子のプチプチとした食感と食欲をそそる辛さに、先程はツナマヨ推しだった青年が驚きで目を見開き、



「む……悔しいがツナマヨも悪くないのぅ」



 反対に明太子原理主義者だった老紳士は、ツナマヨのこってりとした酸味と旨味の良さを知り、その主義がグラグラと揺らいでいます。


 ついさっきまで自分の推しおにぎりを語るのに熱くなっていた他の面々も、実際に他の者が勧めるおにぎりを食べてみると、その良さを認めざるを得なかったようです。

 もしかしたら、さっきは皆お腹が空いてイライラしていただけなのかもしれません。



「その……さっきは済まなかった。しっとりした海苔も美味い」


「いや、こっちこそ。パリっとしたのも良い物ですね」



 先程、海苔のパリッと派としっとり派でケンカになりそうだった二人も、普段は食べない方を味わってみるとそれが案外気に入ったようで、気まずそうに和解していました。


 皆、大の大人が昼間から食べ物の好みでケンカしていたのが、今更ながらに恥ずかしくなってきたようです。そこかしこでバツが悪そうに仲直りするのでした。

 


「やれやれ、仕方のない連中だ」



 仲裁した立場上、一応は顛末を見届けようとしていたガルドは呆れたように言いました。ですが、もう心配はなさそうです。ガルドはそっとその場を後にしました。



「小腹が空いたな、俺もメシに行くか」



 おにぎり論争をしていた人々を見ていたらお腹が空いてきたようで、ガルドはその足で魔王のレストランへと歩き出します。



「それにしても、『どのおにぎりが一番か?』だと。あんな“分かりきったこと”でケンカするとは、仕方のない連中だ」



 幸い聞いている者はいませんでしたが、ガルドはそんな不穏な呟きを口にしました。もし、誰かが聞いていたら新たな争いの種になっていたかもしれません。


 さっきは仲裁した立場上、中立の姿勢を取っていましたが、ガルドにとって一番のおにぎりは決まっています。そんな彼にとって他のおにぎりで言い争う彼らの争いはなんとも滑稽に映っていました。何故なら、所詮それは単なる二位争いに過ぎないのですから。




 ◆◆◆




「お待たせしました」


「おお、コレだよコレ!」


 ガルドはアリスが運んできた一番のお気に入りの『おにぎり』を前に、口元をニヤリと緩めました。その迫力のある笑みは、まるで獲物を前にした猟奇殺人鬼のようです。



「うん、美味ぇ」



 餅米によるモチモチとした食感、『おにぎり』の周囲を覆う餡の濃厚な甘さ。他のおにぎりとは明らかに一線を画した味わいです。



「やっぱり、おにぎりといえばコレだよなっ!」



 『加熱した米を丸めた料理=おにぎり』

 この認識が彼の勘違いの元だったのでしょう。その間違いを正すべく、ガルドの言葉を聞いていたアリスが言いました。



「ガルドさん、『おはぎ』はおにぎりではありませんよ」



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