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(32)手料理をふるまうことになった私

 朝食を済ませた私は、一義さんと一緒に買い物へと出かける。彼のご両親にお昼ご飯をふるまうことになったので、近くのスーパーまで食材の買い出しだ。

 ふるまうと言っても、そう大したものではない。料理研究家の母に仕込まれたのでそこそこ腕はあると思うが、所詮は家庭料理が少々背伸びした程度だと思う。

 その自覚はあるし、実際に私の料理を食べた彼も分かっていることだろう。

 私としてはお寿司や鰻といった出前を取った方が無難だし失礼がないと話したのだが、一義さんは首を横に振った。

「俺の両親は仕事柄、外食が多くてな。だから出前よりも、雅美の手料理の方が断然喜ぶ」

 彼が言うにはお二人とも営業職で、またそれなりの地位にいるため、接待の場に出向くことは多いとか。

 責任があるゆえに仕事に追われる毎日で、子供たちが自立してからは、なおいっそう家で料理を食べなくなったそうだ。ちなみに、昨晩はお二人ともお弁当を買って帰ったとのこと。

「手料理に餓えている二人には、無駄に豪華な出前を取るより雅美の料理の方がありがたいんだよ」

 そこまで言われれば、料理をしないわけにはいかないと思えてしまう。

 だが、同時に不安も湧きあがってきた。

「本当に喜んでくださるでしょうか。洒落たものは出せませんよ」

 いっそのこと母に協力を求めようかと彼に提案したところ、それも即座に却下された。

「お義母さんの料理はもちろんうまいよ。でも、雅美の作る料理は温かみがあるから、二人とも絶対にそっちの方が喜ぶって。それに雅美の料理は何でも美味いから、いっさい問題ない。さっき食べたスペイン風オムレツ、すっごく美味かった」

 駐車場へ向かうエレベーターを待っている中、繋いだ手に力をやんわりと込めながら彼が言う。

 スペイン風オムレツなんていうと素敵な響きだが、実際はそれほど洒落たものではない。

 萎びたジャガイモがもったいないから適当に小さく切って、フライパンで炒め揚げして。そこにこれまた適当に切った玉ねぎを合わせて、バターと解き卵を投入。

 味付けは顆粒のコンソメがあったから、それを使わせてもらった。あとは好みでケチャップをつけて食べればいい。

 ただそれだけの料理だ。褒められたものでもないと思う。

 彼が喜んでくれたことは嬉しいけれど、かえって気恥ずかしい。

「あの程度の料理、誰でも出来るはずですよ。炒めて卵でとじればいいだけですから」

 謙遜でもなく本気で答えれば、一義さんは苦笑を浮かべた。

「雅美は相変わらず自己評価が低いな」

「そうですか?」

 評価が低いのではなく、冷静に評価しているだけだ。一義さんはこそ、相変わらず私に甘い。

 短く返した私に、彼はヒョイと肩を竦めた。

「そうだよ。何でもないと言える料理ほど、実は難しいんだと俺は思う。単純だからこそ、火の通し加減や味付けが決め手なんだよ。それをどうってことなくやってのける雅美は、本当に料理が上手いってことだ。料理は見栄えがすべてじゃないって、いつも言ってるだろ」

 どうして彼は惚れた欲目を炸裂させるのだろうか。恥ずかしくて、顔が上げられない。

「……一義さんは私のことを過大評価しすぎです」

 床を見つめたままボソリと呟けは、彼は窘めるかのように繋いでいる手を何度か引いた。

「俺はいつだって公平な判断しかしてないぞ。仕事中の俺が、一度でも贔屓目で人を見たことがあったか?」

 少し不貞腐れたような声を聞きながら、私は過去を振り返る。

「それは……、ない、と思いますけど。でも、今は仕事中ではないですから」

 やってきたエレベーターに乗り込みながら答えた私の言葉に、一義さんが小さく笑った。

「ま、プライベートなら恋人を思いっきり贔屓するのもアリだろ?でも、雅美の料理はお世辞抜きに美味いから。そうじゃなかったら俺が昼飯の予定を立てて、とっくにどこかの店を予約してるって」

 それを聞いてハッとなった私が顔を上げると、穏やかな笑顔を浮かべてこちらを見つめていた彼と目があった。

 そして私を見つめたまま、繋いでいる手をギュ、ギュと二回握り締めてくる。その優しい力強さに、私の気持ちが落ち着いてゆく。

 一義さんに料理の腕前を信用されていることがようやく理解できて、ジワジワと嬉しくなってきた。

「分かりました。お二人にも美味しいと言ってもらえるように頑張ります」

 ぎこちないながらも微笑み返せば、またギュッと手を握られた。

「頑張らなくても、美味いから大丈夫だって。俺の親とはこの先、長い付き合いになるんだ。今から気を張っていたら、やって行けないぞ。普段通りで問題ない」

 優しく諭してくる口調に安堵しながらも、完全に不安は拭えない私。

「それでも、やっぱり一義さんのご両親には少しでもいいところを見せたいと言いますか。つまらない私なので、一つくらいは取り柄を見せておかないと、お二人は納得されないのでは?」

 私が不安いっぱいの表情なのに、それを聞いた彼の顔はなぜか満面の笑みだった。

「何をそんなに喜んでいるんですか?」

 彼の表情が意味するところが理解できず、思いきり首を捻った。

 すると一義さんは、とびきり優しく目を細めてくる。

「俺との結婚を、雅美がちゃんと意識してくれているんだなって分かったから」

「え?」

 パチパチっと瞬きをする私を、彼は少し下から覗き上げてきた。

「俺の親に良いところを見せたいっていうのは、嫁として認められたいってことだろ?違うのか?」

「……あ」

 彼に指摘されて気が付いた。言われてみれば、そうかもしれない。

「なんだ。そういうつもりで言ったんじゃないのか?」

 ポカンとなった私をクスクスと笑う一義さん。でも、その目はどこまでも優しい。

「ご、ごめんなさい。深く考えてなくて」

 慌てて謝ると、軽く握った拳で頭をコツンと小突かれた。

「謝ることじゃない。無意識のうちに俺の嫁になりたいって考えてくれたことが分かって、かえって嬉しい」

 そう言って、小突いたところを大きな手で撫でてくる。

「雅美のそういう飾らないところが、すごく好きだよ」

「はい?つまらない女じゃなくて?」

 訊き返せば、

「これまでに一度もつまらないって思ったことはないな。付き合う前も、付き合ってからも」

 即答される。

「で、では、素っ気ない女?」

 また訊き返すと、やはり即答してくる一義さん。

「それも思ったことはないよ。前から冷静だなとは思っていたけどさ。でも、実際の雅美は割とすぐにパニックになって、それが可愛いなと思ってる」

 優しい瞳に甘さが加わり、私の顔がフワッと赤くなった。

「あ、あの、それは、私が恋愛に慣れていないから、頭が付いてこないだけで。そ、そんな私のことをみっともないと言われるのは分かりますが、それが、か、か、可愛いというのは大きな間違いかと!」

 どもりながら答えれば、スッと近づいてきた一義さんにキスされる。フワリと触れるだけのささやかなものだったが、私を黙らせる威力はあった。

 彼は繋いでいた手を勢いよく引いて、固まっている私をその胸で受け止める。そして空いている方の腕を回して抱きしめてきた。

「俺にとっては、そういう雅美が可愛いんだって」

 耳元で囁かれ、心臓がドキドキと早鐘を打つ。

「はい?!さっぱり分かりませんけど!」

「別に雅美は分からなくていいよ。俺はよく分かってるし」

「そ、それに関してはひとまず置いといて、腕を放してください!いくら同乗者がいないとはいえ、ここは部屋じゃありません!」

 彼のセリフとキスと抱擁に慌てふためいて騒ぎ立てていると、

「雅美、可愛い」

 一義さんは、楽しそうに私の唇を啄んできたのだった。


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