#007 四月十九日 火曜日(第一回公開討論)
「さ〜てさて、みなさま〜☆ お弁当の人も、食堂でお昼をいただいちゃってる人もおっ待ちかね〜っ☆ 本日のお昼休みは、天保山高校名物のひとつ。生徒会選挙立候補者による【第1回公開討論】を行いますっ☆ 今日もお届けするのは、この私、皆様ご存じの放送部☆岸和田敦子がお送りしますっ☆」
長いよ! 先程から長ったらしい台詞を言っているのは放送部の岸和田敦子先輩だ。ご覧の通りのお調子者で、今ではすっかり学校の人気者になっている。まだ二年生なのに、最近の放送部主催のイベントはほとんどこの人がメインで担当しているほどだ。
結局のところ、ここに至るまでほとんどなにも対策を練れていなかった。昨日、俺が寝込んでいたせいでそれどころではなかったというのもあるけれど。つまり本当にぶっつけ本番というわけだ。
「では、さ〜っそく始めましょう☆ まずは、毎日激しいバトルを繰り広げているこのお二人、一年四組小森芽依さんと、一年二組の両備院さつきさんのご登場です☆☆」
「小森芽依です」
「両備院さつきです」
二人の紹介と共に校内から大きな拍手が起こった。みんなそれなりに楽しみにしていたんだな。俺は討論に直接参加することはできないけれど、特別に和泉さんと一緒に放送室に入れてくれた。もしかすると流れによっては、ゲストとして登場することになったりするのだろうか?
「ついに、この日がやって来ました☆ 繰り広げられている激しい戦いは、場所を変えて今・ここに☆
今日はまさしく机ひとつを挟んでのガチンコバトル☆ お互い相手を完全論破するまで、激しく☆ 徹底的に☆ 思う存分やりあっていただきましょう☆☆」
凄まじいハイテンションでまくしたてる岸和田先輩。それと同時にカーンとゴングの音が鳴らされた。
……誰だよ、こんな企画考えた人は。
「さあ、ゴングが鳴りました☆ いったいどちらが先に仕掛けるか……。今回、やはり注目されているのは、二人の根本的な方針の違いでしょうか? 小森さんは保守派。両備院さんは改革派。そう位置づけてもいいでしょう」
どれだけやれるかはわからないけれど、今の岸和田先輩の紹介は、それこそ俺達が仕組んだ構図だった。
まだ数日しか活動を行ってないけれど、それなりの成果があったとみていい。放送部内でもそういう認識を持ってくれているなら、こちらにとって好都合だ。小森芽依に旧態依然としたイメージを植え付ける。それが第一の目的だった。そして俺達はそれを打ち破る改革者として立ち向かう。わかりやすく、イメージしやすいように。そう何度も繰り返しアピールしてきた。
「私は別に保守派という訳でもないのだけど」
そこで小森が口火を切った。さすがに動きが早い。
「誤解されているようですが、私は予てから説明しているとおり、当選後はまず前生徒会がやり残した事を成し遂げたい。そう考えています。これは高石生徒会長の意志を継ぐ上で、ごく自然な流れであると思っています」
なるほど。小森は敢えて自分こそが正統派である。そう主張してきたのか……。だとすれば狙いは保守派対改革派という構図を打ち崩すだけでなく、俺達を異端扱いにすることか。それならば……。
「わ、私も、別に高石生徒会長のやり方を批判しているわけじゃありません」
さつきもすかさず反撃に出たが、緊張のせいで声が随分うわずっている。
「わ、わ、わ……、私が目指すのは、か、過去のやり方に囚われない生徒会であってですね……。え〜……、こ、これまでの生徒会が成した偉業を否定している訳ではないのれす」
……噛んだな。意外なようだけど、どうも、さつきは本番に弱いタイプらしい。
「それはおかしいのでは? どうも今朝までの話とは随分違っている様に思えますけど?」
「確かに、両備院さんはまったく新しい手法で学校を改革していくとおっしゃっていたように思えますね。
そのあたり、両備院さんはどういう回答をするのでしょうか?」
岸和田先輩がさつきの答えを待たずに割り込んでくる。これだと、さつきがペースを掴みにくいし、なんともやりにくいな……。確かに小森の言うとおり、前生徒会の方針は間違っていない。むしろ大成功だと言ってもいい。だから、それを全否定してしまっては、さつきの発言の全てが机上の空論と化してしまうだろう。その辺りは避けて通りたかったのだけど。なるほど……。先手をとってきたのは、そこが狙いだったのか。
「え……、えっと……。」
明らかにさつきは返答に困っている様子だった。
「た、確かに。私は既存の方針には囚われないやり方で活動したいとは言いましたけど、そのような発言はしていません。それに主張が食い違っているのは小森さんも同じだと思いますけど?」
開始早々にして劣勢に立ってしまったさつきは、なんとかしてこの状況を打破したかったのだけれど、切り返すだけのカードがそもそも用意されていない。それに小森はこの程度の安っぽい反論では微動だにしない。
「いいえ、そんなことはありません。私自身は最初から何も変わっていません。変わったのは、回りからの評価の仕方であって、意図的にそう言う方向に仕向けられた結果、別の解釈が付け加えられたというだけの話です。誰かさんの策略でね」
そう言ってチラリと俺を見た。なるほど、全てお見通しって訳か……。
「もう一度わかりやすく説明しますと、私は立候補以来、最初から一貫して自分の方針を説明してきました。
ただ、前生徒会の方針を引き継ぎたいといったことを、いつのまにか古い慣習に倣った保守的な発言として上手くすりかえられてしまったのです。第一、よく考えてください。高石会長の下、前生徒会で行われていた、海外における他校との交流と地元港湾エリアでのボランティア活動は校内に留まらず、府内でも非常に高い評価を受けています。まだ半年もの任期を残しているというのに、生徒会が変わったからといって、全て方針転換するというのは現実的ではありません。そんなことは誰にだってすぐにわかることです」
まるで台本通りの台詞回しだ。随分と念入りにシュミレートしてきたみたいだな……。これじゃ、まるっきり歯が立たないぞ……。
「だから、敢えてわたしは引き継ぐという言葉を使っているのです」
もうすでに小森が主導権を握ってしまっている。なんとか反論したいところだけど……、どうすればいいんだ?
「なるほど……。小森さんの話はわかりました。私の方針に関しても説明不足だったことを認めます。それについては改めて説明が必要だと思いますので、今から少々時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
さすがに場に慣れてきたようで、さつきは始まった当初よりもかなり落ち着きを取り戻していた。苦肉の策ではあるけれど、ここは、自分の不利を受け入れた上で仕切り直す形を取った。
「私は別にかまいませんけど」
余裕たっぷりの小森は、放送室の椅子にゆったりともたれ掛かったまま、憎らしい返答をしてくる。
「なるほど。ではお聞かせ願いましょう。両備院さつきさん、どうぞ☆」
熊取先輩から、改めて発言の許可を得られたことによって、さつきに否応なく全校生徒の注目が集まる。
「で、では、わたしの方針について今一度、説明させてもらいます……。まず、わたしは、基本的にどうすればこれまで以上に学校が良くなるか。ということに加えて、どうすればもっと学校が楽しくなるか。そのことに重点を置いています。型にはまらない生徒会と言ったのはそういうところであって、今までになかった視点から学校全体を見直した上で活動をしていきたいと思っているのです」
「両備院さん。ひとつ伺いますけど」
「えっ?」
「そうは言いますけど、あなたは未だに具体的な活動内容を一つも提示できずにいますよね。これはどういうことですか?」
小森がさつきの説明が終わらないうちにその節目に割り込んできた。虚を突かれたさつきは当然返答に窮する。
「……ちょ、ちょっと待って、まだ半分も話してないうちにそれはないと思うけど」
さつきは、この後、今すぐに評価してもらうのはまだ時期尚早だということを伝えたかったに違いない。そういう話の流れに持ち込むはずだった。
「ごめんなさい。少し疑問に思うところがあったもので」
「……」
単純な戦術だけど、その効果は絶大だった。言葉を選びながら、慎重に話そうとしていたさつきにとっては話に水を差された上、次にどう運べばいいか混乱してしまっている。それを見た小森はさらに追い打ちを掛ける。
「今の説明でわかるとおり。正直なところ、まだなにも決まってないというのが本音でしょう?」
もう完全にこちらの弱点を見透かされている。
「わ、私のマニフェストについてはこれから提示していく予定です!」
「それはつまり、認めるということですよね」
「っ!」
思わず立ち上がろうとした俺を岸和田先輩が片手で制止した。部外者である俺がここで乱入することはできないということか……。そんな……、何も出来ずにただ見ているだけだなんて……。俺がどうにもならない焦りを感じているのを察して、大丈夫とでも言いたいのか、さつきが目でサインを送ってきた。それなら、ここは我慢の時か……。
隙あらば容赦なく攻めてくる。二人のやりとりを傍から見ていて、駆け引きにおいても、小森の方が一枚上手なのがわかる。昨日、今日のやり方をみてそれを認めないわけにはいかなかった。
マニフェストについては、俺とさつきでいくつかの案を出してみたけど、未だにまったくといっていいほどまとまっていない。実現できるかどうかの検証すら出来ていない。やはり、そんな状態では勝負にすらならない……。
「私の説明がただのこの場の取り繕いだと……、そう言いたいのね」
「その通り。もう手遅れかもしれないけれど、両備院さんの現状がどういうものなのか、全校生徒に知れ渡ったことでしょう」
「くっ……。だからといって、今更ここで自分の方針を曲げるわけにはいかないわ」
「もちろんそうでしょうね。でも、これ以上はただ傷口を広げるだけの結果になると思いますけど」
「こ、降参しろって言うの?」
「あら、そういう風に聞こえました?」
「ぐぬぬ……」
二人の視線が交差する。
その時、放送室の沈黙を破って、インターバルを示すゴングの音がカーンと鳴った。
「はいは〜い。それでは、ここで一端休憩を挟みま〜す。つ・づ・きは……5分後で〜☆」
岸和田先輩が二人の会話に割って入ったことでひとまず胸をなで下ろした……。ここでインターバルにならなければ、完全にやりこめられていただろう。最初の公開討論で完敗してしまったら、もはや勝負は決まったようなものだ。それだけはなんとか避けたいのに……。なのに俺はどうすることもできない。ただ、この場に座っていることしかできない本当の役立たずだ。
放送が休憩に入った途端、さつきは俺の制服の袖を掴んで廊下に飛び出した。
「お、おい。引っ張るなよ」
「ちょっと来て、作戦会議するから!」
廊下の片隅まで引っ張って行った後、さつきは俯きながら絞り出すように声を漏らした。
「ちょっと……下準備がなさすぎただけよ」
一方的にやり込められたことがよほど悔しかったのだろう。今にも泣き出しそうなほど目を真っ赤にしていた……。
俺だって同じ気持ちだった。自分が何の役にもたってないことを思うと、ここから逃げ出したいくらいだ。考えれば、もとより退路なんてなかったはずだ。それなのに……。甘く見ていた? その通りだった。しっかりと対策を練らなかったばっかりに、この結果だ。手探りでも、なにかしら準備をしておくべきだったんだ。こういう一方的な展開になると、急拵えで作ったメモなんて何の役にも立っていない。俺は掛ける言葉さえ見失ったまま、ただ自分の無力感だけを感じていた。
「大丈夫……。大丈夫だから、もう少しだけ待って」
それは自分に言い聞かせたのだろうか? 呪文のようにそう何度もつぶやいたさつきは、まだ諦めていなかった。今も、もう一度自分の戦意を奮い立たせるためにじっと目を閉じながら集中力を高めている。そして、ふ〜っと、大きなため息を一つついた。
「まだ始まったばかり。負けてない! そうだ、こういう時、美由紀さんだったらなんて言うの?」
「そうだな、母さんなら……。まだ慌てるような時間じゃない! とか言うんじゃないか」
「うん。そう、それよ!」
さつきは強がるようにそう言うけど、俺には残念ながら勝機を見いだせない……。なんとか引き分けに持ち込めるような秘策も思い浮かばない……。
俺は本当に何のためにここにいるのだろう……。
「……ごめん」
「何言ってるのよ、大丈夫。小森さんは手強い。だけど、諦めない。それだけ」
「さつき……」
「よし、戻ろう!」
「わかった……」
さつきに全てをまかせるしかなかった。
「おっまたせ〜☆ それでは、第二ラウンド行ってみましょ〜☆」
放送室に戻ると、小森はすでに席に着いていた。憎らしいほど落ち着きを払っている。
そこでまたカーンと開始のゴングが鳴り響く。
後半戦が始まった。どうする……。
「それでは、後半はわたしから先攻をとらせてもらうわ」
予想通りさつきから先に動いた。このような討論では、先攻が不利なのは承知の上だ。だけど、もうこれ以上ないハンデを背負っているので、前半のマイナス点を取り戻すためには、がむしゃらに撃って出るしかない。
「わたしもこの学校についてなにもかも知っているとは言えない。むしろ知らないことの方が多いと思います。でも、出来ることと出来ないことの判断を今ここでするのは間違っているはずです。わたしはこれから選挙活動を続けていく上で、いくつかのマニフェストを提示していく予定ですが、それがみんなにとって必要であるか? それについての論理的な根拠があるのかどうか? 整合性や合理性などについてはそれから議論を重ねた上で評価していただきたいと思います」
「もちろんそうね」
小森が待ってましたとばかりに切り替えしてきた。
「でも、単にもっと楽しくしたい。なんてていう両備院さんの方針では、結果的になにも生み出さないことになると思います。そうでしょう。だって、具現性もなく、先行きも見えないとなれば、その場限りの思いつきで場当たり的な対応しかできないのが関の山。両備院さんがそれに当てはまるとは、一概には言えませんけれど、結果的に周囲を振り回すだけです。過去の例からみても、そういった改革派と称する人達は同じ過ちを繰り返してきたのですから」
強烈なカウンターを食らった。やはり前半戦のアドバンテージを十分に生かす戦術をとってきた。
「ふふっ、小森さんも理解している上での話だと思ったけれど」
「それはどういうこと?」
「なにをそんなに焦ってるの?」
小森はこの流れから一気に勝負を決めるつもりでいたのだろう。だけど、そこにほんの少しの油断があった。
「小森さんにとって、理想の生徒会長というのは実務を堅実にこなす人のことなんでしょうね。けれど、わたしは違う。誰でも未来には希望を持ちたいもの。だからこそ、私はそんな、みんなに夢を見させるのような生徒会長になりたい」
「今ここでそんな話を持ち出してくるなんてどういうつもりかしら?」
「まだ選挙戦は始まったばかり、だからこそもっと大きな視野で見る必要があるはず。確かに、わたしはまだ何の用意もできていないわ。だけど、それがどうしたの? そんなのこれから考えるから別にいいじゃない!」
完全に開き直ったな。
「生徒会長になる人間であれば、この程度の資質は持ち合わせていて当然のこと」
相も変わらず自信たっぷりだ。いったいその根拠のない自信はどこからくるのか……。この展開は小森にとっても論点を外された格好だ。これならどうする?
「なるほど……。上手く論点をずらされるところだったけど……」
だけど、小森は冷静沈着のまま小揺るぎもしなかった。
「私が抽象的だと言ったのはまさにそういうところ。一見、未来志向にみえるけれど、その実態は詰まるところなにもない。確かに生徒の代表である生徒会長にはそういった資質も必要でしょうけれど、実行力と行動力では全く違うもの。私は過程を重視したりはしません。結果だけを求めます。おそらく、今掲げている目標は全て問題なく達成できるはず。もともと前生徒会の引いたレールの上を走るだけだから、堅実にやれば済むことなんですけど。でも、それこそ出来るか出来ないかでは決定的な差があるはず」
さつきの発言の中身を正確に分析した上で論破する。すでに流れを完全に引き戻している。
「自分自身の手柄ではないのが残念ですけれどね」
奇襲は完全に失敗に終わった。
凛として揺るぎない。鉄壁の城壁を前にして立ち尽くしている気分だった。最早これを崩すのは不可能なのでは……。
「もう終わった話になっているなんて、随分と自信があるのね」
「言うなれば、これも両備院さんが言った生徒会長となるべき人物の資質なのでは?」
「わたしは小森さんの言う既定路線じゃなく、プラスになる部分について語っているのに……」
「存在していないものをあたかもあるように振る舞うなんて。とんだ詐欺師。それこそみんなに失礼だと思います」
「ぐぬぬ……」
まったく容赦ない……。小細工など一切無い。小森は丁寧にひとつひとつ、さつきの発言を潰していく。
「……わたしの案は検証するにはもう少し時間が必要だから。だから、まだ早い。確実に実現できるとわかった段階で発表させてもらうわ」
「詭弁ね」
「な……、そんな……」
「どう言い繕ったところで、要するに何も中身がないということでしょう? 変革とか上手い言葉を使っているけれど、朝礼での演説といい、今の発言といい、全く話にならないわ」
「ぐぬぬぬ……」
そして一瞬の間をおいて、小森はとどめの一撃を決めた。
「あまりにも抽象的すぎて具体性に欠け過ぎ。どうして生徒会長なんかに立候補したのか聞きたいぐらいです!」
終わった……。
もはやこれまでか……。俺は自分のあまりの無能さに苛立ちを通り越して失望していた。
カンカンカンカーン‼
そこで終了を告げるリングの音が鳴った。
(え……、終わった……、のか……)
「おおっと、残念ながらここでお時間となってしまいました〜☆ 今回は小森さんが最後まで圧倒的優位のまま進みましたね〜。両備院さんは果たして挽回できるのでしょうか?」
気がつけば、俺は汗でびっしょりだった。
「さて次回はどうなることやら。第二回公開討論は八日後の二十七日水曜日となります☆ それは投票日のまさに前日☆ これにて決着を付けたいと思いま〜す☆☆」
結果は散々たるものだった……。放送室を出た後も、さつきは一言も発さないままずっと俯いていた。
「なあ、さつき……。ま、まだ少し時間があるから屋上でお昼にしよう。そうだ、弥生さんの手作り弁当があるんだろ?」
さつきは黙ったまま小さく頷いた。俺まで一緒に落ち込んでいたら救われないから。せめて、今できることをしよう。そう思った……。
もうお昼休みも終わりに近かったので、屋上は閑散としていた。
「とりあえず、急いで食べよう。お腹もすいているし、弥生さんの手作り弁当を食べたらきっと元気が出るよ」
そう言って、俺はさつきのバスケットからおにぎりを取り出して、さつきに手渡した。するとさっきまで無言だったさつきが凄まじい勢いでかじりついた!
(な、なんだ⁉)
みるみるうちにおにぎりを口に詰め込んださつきは、空になった右手を突き出した。おかわりをよこせということか? もう一度おにぎりを掌にのせてやると、これもあっというまに平らげた。
「そ、そう慌てるなよ。ほら、お茶入れたから」
今度は俺からコップを分捕ると、一気に飲み干す。
「ほら、無茶するなよ……」
「く……」
「く?」
「く……」
「?」
「悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい!」
「う、うわぁああ! ま、待て! 落ち着け!」
さつきがまるで子供がだだをこねるように手足をじたばたさせて暴れ出した。
「これが落ち着いてなんていられるわけないでしょ‼」
思わず俺は、手に持っていた自分の分のおにぎりをさつきの口に押し込んだ。
「はむっ! むぎゅ‼」
「落ち着けって……。 でもまぁちょっと安心したよ。それだけ元気があれば十分だ」
さつきはまだ何か言いたそうだったけれど、そのまま押し込まれたおにぎりを頬張った。
「はむっっっっっ!」
「びっくりさせるなよ……」
けど、おかげで少しは落ち着いたようでよかった。俺はもう一度、先程のコップにお茶を注いでさつきに手渡した。
「……負けちゃったね」
「ああ……。でも諦めないんだろ?」
「うん……」
「よし! 決めた!」
「? なにを!」
「俺、自分がなにもできないことが、こんなに辛いものだったなんて……、本当によくわかったんだ……。
今まで、最初からできないって。そう思ってやらなかった。今回のことも、口では頑張るみたいなこと言ってたけど、心の中ではずっと迷ってたんだ……。でも、決めた。おまえに最後までついていく!」
「今頃、なに言ってるのよ!」
「もうこんなのは嫌だ。……嫌なんだよ」
「な……なによ」
慌てて目を反らすさつき。
「心配しなくてもこれから存分に働いてもらうわよ」
「うん、今度こそ頑張る」
「ほら、はやくおにぎり食べちゃいなさいよ。時間ないでしょ」
「そうだな」
今回の敗北による影響は計り知れない。次の公開討論までは時間が開きすぎる。その間ずっと小森に有利な状態で選挙活動を行うことになってしまうだろう。それでも、さつきが諦めない限り俺も決して諦めたりしない。
そのことを心に強く誓った。




