#006 四月十八日 月曜日(開戦)
さあ、ここからだ!
俺とさつきは気合い十分で朝の選挙活動に臨んだ。
「両備院さつきです。おはようございます!」
用意した踏み台の上に乗って、手製のメガホンを持ったさつきの澄んだ声がよく通る。前回の反省から、高さ五十センチ程の踏み台を用意してみた。ちょうど、頭ひとつ分くらい高くなるように設定しているから、遠くからでもよく目立っている。
それだけではない。今日に限ってはいきなりこちらから仕掛けることにしていた。
「みんな聞いて! 今まで通りの学校でもいいと思っている人はきっとたくさんいると思う。でも、それだけじゃ物足りないって思っている人も絶対いるはず! もっといろいろなことがあってもいいんじゃないかって! もっと、楽しくたっていいんじゃないかって! そう思わない? 私がその一人‼ だから、生徒会長になって、みんなが今まで出来そうで出来なかったことをやってみたい! 少なくとも……」
さつきはすっと息を吸い込んで
「小森さんよりは絶対おもしろくなるはずよ‼」
ビシ! と、小森芽依を指差した。
「な……、なによいきなり!」
突然、自分に振られたことに驚く小森。それはそうだろう。だがそれがこちらの作戦なんだ。
「ちょっと、こっちの邪魔しないでくれる!」
よし、かかった!
ここで無視されればお終いだったけど、上手くのってくれた。小森の性格が完全に掴めてなかったので、成功率は半々ぐらいかと思ってたけど。
「妨害じゃないわ。これも演説の一環よ」
さつきが間髪入れず、さらに食いついてく。ここは相手に考える時間なんて与えてはいけない。あいつ、なにも考えてないような感じだったけど、なかなかやるな。
土曜日は先手を打たれたけど、ここから反撃だ!
「私はそんな型にはまったような堅苦しいのは御免なの。大体、小森さんの演説は真面目すぎてつまらない」
「な、なんですって〜!」
意外とノリがいいほうなんだな。まぁ、こっちとしてはそのほうがやりやすいんだけど。
「私は堅苦しくなんてしてない。わかってないのはあなたの方でしょ!」
いい流れになってきた。あとはこの流れに乗っていけばいい。こういう時の台詞はきっとアレだな。
「ここからは俺達のターンだ!」
あれ? カッコ良く決めたつもりが、なんだかみんなの視線が痛い。すごく恥ずかしくなってきた……。
こうして戦端は開かれた。これより数日の間、朝の校門で繰り広げられる舌戦は天保山高校の名物となっていたという。
◆◆◆
朝礼が始まった。
校門での前哨戦は、俺達が休みの間練り上げた作戦が功をなし、小森は完全にこちらのペースに乗せられてしまったようだった。おかげで、生徒達の関心を引きつつ相手を巻き込むという、こちらの構想通りの展開だ。朝早くに来て張り出したポスターもなかなかの高評価を得ているようだし、次は、この場でさらにイメージアップを図る。まさに計画通り! 正直、あまりにも上手くいきすぎて笑いが止まらない。
校長先生の話も終わり、いよいよ立候補者からの挨拶だ。
さつきがギクシャクしながら朝礼台に登っていく。
随分緊張しているようだ。さすがに、こういった場で大勢の前で話すとなるといつものようにはいかないか……。
「この度生徒会長に立候補した両備院さつきです」
よしよし、いい出だしだ。
「……」
あれ?
「……」
まさか……⁉
台詞が飛んだのか⁉ さつきは顔面蒼白で呆然としている。
しまった。やってしまった……。こんな状況を予想してなかった。
(どうする? ……どうすればいい?)
そんな時、一年生の列から「がんばれ!」と檄が飛んだ。続けて他の生徒からも。それは同じ二組のみんなの声だった。
(そうだ! 俺がこの場をなんとかしないと!)
「さつき、とりあえずゆっくりと話せ!」
なるべく、落ち着いた様子で、良く聞こえるように俺はさつきに話しかけた。
「あれ? 何言おうとしたのか全部忘れちゃったみたい。……ごめんなさい」
正気に戻ったのか、顔を真っ赤にして謝るさつき。でも、そのおかげで少しは緊張も解けたようだ。
「えと……、今回私が立候補したのは……」
気を取り直して、なんとかその場は切り抜けた。でも、できたというだけで、その内容は残念ながらまったくダメだった。正直、何を言いたいのかわからなかったけど、しょうがない。さつきも、あまりのショックのためうな垂れてしまっている。
「ごめん、やっちゃった……」
「気にするなよ。これで終わったわけじゃないし」
そうなぐさめてもみたものの、簡単には立ち直れそうにない様子だった。そこへ、チャンスとばかりに黒髪をなびかせながら、颯爽と朝礼台に登ったのは小森芽依。大げさすぎる演出なんじゃないか。そうでなくても、十分目を引くというのに。
生徒達の注目は否応なく台上に集められた。
「小森芽依です」
威風堂々。凛とした風格。自分の持っている能力を十分に理解しているからこその自信の表れだろう。
「私はこの春入学したばかりの新入生です。学校のことは正直なところ、まだ全部わかってません。ですが、みなさんと一緒にこの学校をより良くしていきたい。この気持ちは誰にも負けないと思っています。そこでまずは、基本的な方針として、前高石生徒会長がやり残した事を全てを引き継ぐつもりでいます。今期の残りの半年間はそのことに専念し、それから来期に向けて、自分の色を出せるよう様々な活動に望みたいと考えています。前の人の演説が少し長かったので、今は一番伝えたいところだけをまとめました。どうぞ、よろしくお願いします」
……手堅くまとめてきた。だけど、上手くやったつもりかもしれないけど、この場合、それは満点とは言えないはず。演説なんて、普通の生徒には退屈なだけだ。長くなればなるほど生徒の関心は薄れていく。小森は場の空気を読んだのだろうけど、それだとインパクトが弱すぎたのではないだろうか? むしろここは、一気に叩くべきじゃなかったのか?
少なくとも、完璧に打ちのめされそうなところをなんとか踏みとどまれた。そのように感じられる。だけど、この失敗をどこで挽回すればいいんだ? 俺の頭の中を様々な思考が駆け巡る……。
そんな時、次に挨拶する和泉麻美さんの姿が目に入った。
(?)
あれ? なにか……? なにか様子がおかしい気がしないか……? 足下がふらついて……、しまった‼
考え事をしていたせいで、気が付くのが遅かった。しかし、俺が踏み出そうとした瞬間には、さつきはもう飛び出していた。
朝礼台の階段から倒れる和泉さんを、さつきは間一髪で抱き留め、そのまま地面をもつれ合うように転がった。
「大丈夫か?」
さつきがVサインで応える。少し遅れて先生達と小森芽依が駆け寄ってくる。
「保健室に連れて行こう。俺がおぶっていくから」
「麻美……」
駆け寄った小森が心配そうにしていたが、俺はかまわず保健室へ急いだ。
さつきも転んだ時にできた擦り傷で、先生に伴われて一緒に向かうことになった。
「無茶しやがって……」
「これぐらい全然平気。それより和泉さん……、大丈夫かな?」
「ごめん。俺がもう少し早く気づいていたら……」
「修一があやまることないよ。結果オーライ。それでいいじゃない」
にっこりと笑うさつきに俺は頭が下がる一方だった。
保健室のベッドに和泉さんを寝かせた後、さつきが治療をしている間、俺は廊下でずっと待っていた。朝礼が終わるとすぐに、小森が保健室に駆けてきた。
「麻美は……?」
「中で休んでいるよ。軽い貧血だって先生が言ってた。たぶん大丈夫」
「そう……よかった。麻美は以前にも倒れたことがあったのに。私、全然気づいてなかった……」
「そう気にするなよ」
「両備院さんには……、悪いことしたわね……。ごめんなさい……」
「小森があやまることないだろ」
「そうだけど……」
その時、ガラッと保健室のドアを開けて、さつきが元気よく出てきた。
「おまたせ! ……あれ?」
俺以外に誰かがいたことに少し驚いたようだ。
小森は深々と頭を下げる。
「両備院さん……本当にありがとう」
「ん? あ〜、気にしないで」
両手を振りながら少し照れくさそうに笑うさつき。擦りむいた両肘に巻かれた包帯がちょっぴり痛々しい。
「でも、本当にお礼を言うわ。あなたがあの時麻美を助けてくれなかったら……」
「別に、たいしたことじゃないから」
「いや、お前はたいしたもんだよ。そう簡単にできるものじゃないと思う」
「そ、そうかな。あ、そういえばさ、さっきの朝礼の修一の挨拶って、なくなったんじゃない?」
「……そうか。すっかり忘れてた。でもまぁ、別にいいんじゃないか?」
「よくないわよ! ちゃんと当選してもらわないと困るんだから」
「わかったわかった……。でも終わったものはしょうがないだろ……」
「よくない!」
結局、その挨拶は後日、俺と和泉さんの挨拶は昼休みの放送を通じて行われることになった。
◆◆◆
この日から俺達はお昼休みも選挙運動を行うことにしていた。
簡単に言えば、各階を演説しながらうろつくだけなんだけれど、それが重要なんだ。大きく名前の書かれたたすきをかけて、俺とさつきはまず一年生の教室の集まる本館二階からスタートすることにした。
「両備院さつきです。朝はあがっちゃってごめん! 次はちゃんと言えるように頑張るから!」
がんばれ〜と二組から声が上がる。教室の窓から柏原が顔を出した。
「今度はしくじるなよ」
「柏原、ありがとな。お前だろ? 声掛けてくれたの」
「まぁな。両備院さんは俺達のクラスの代表でもあるからな。がんばってくれないと」
そう言うと、俺と柏原は無言で拳をコツンと突き合わせた。
地元の声援を受けて、やる気が出てきた。落ち込んでばかりはいられない。
「両備院さん……」
和泉さんがさつきの声を聞きつけて、四組の教室から出てきた。
「朝は……その……ありがとう」
「もうその件はいいから……。でも無事でよかったよ」
「うん、よかった」
俺も本心からそう思った。
「麻美、私達もやるわよ‼」
後から小森芽依がこちらもたすきをかけて現れた。
「負けないわよ‼」
「こっちだって‼」
こうして、俺達の戦いは舞台を移し、各階の廊下でお互いに演説を始めることになった……。
◆◆◆
お昼休みが終わる頃、放送部の先輩が公開討論の日程表を持ってきてくれた。
「え? 明日!」
その内容にさつきも俺も驚いた。受け取ったプリントには第一回公開討論が明日十九日月曜日。第二回公開討論が二十七日水曜日となっている。
それにしても、あまりに急な日程だな。もう少し時間をくれたら色々と対策も練れるというのに、これだとほとんど何も用意出来ないかもしれない。まだマニフェストすら出来ていないというのに……。でも小森も同じ条件だから文句は言えないか。
授業が終わって、放課後。俺達はいつもの帰り道を歩いていた。
「修一はなにかいい案思いついた?」
「いや、まったくダメだった。せめて過去の録音テープとか聞かせてもらえたら、どういう流れでいけばいいのかわかるんだけど」
「そうだよね〜」
俺はこういった討論は得意じゃない。割とその場に気圧されてしまってなにも言えなくなるタイプの方だったので思い浮かばなくて当然とも言える。
「おまえはこういった討論はやったことあるのか?」
「ディスカッションならよくやったけど、こういった公開討論っていうのは経験ないわね」
まぁ、普通する機会なんてないよな。それにしても、う〜ん困ったな……。とにかく、さつきが発言する内容をまとめてメモにしてみよう。あとは……、小森の発言に対するフローチャートみたいなものをつくればいいのだろうか。
「そういえば、俺も一緒に放送室に入れるのかな?」
「さあ? それもわからないんだよね」
一緒に入ったところで役に立てるかどうかもわからないけど。でも今朝の朝礼のようなこともあるし、アドリブだけで切り抜ける場面が必要になってくるだろう。なんだかどんどん不安になってくる。
「まぁ、なるようになるんじゃない」
「……相変わらずお気楽だな」
詰まるところ、さつきにまかせるしかない訳だけれど……。
それからも、あまり話に進展のないまま、いつもの交差点までやってきた。
そこで、よく見覚えのある人物が歩いているのに気がついた。その人は交差点の向こう側の歩道をものすごい速さでさつきの屋敷の方に向かって進んでいく。
「一つ質問があるんだけど、俺の母さんって、もしかしておまえの家に入り浸っているのか?」
「昨日も一日中居たみたいだよ」
そうか。最近家事が疎かになっていると思っていたら、やっぱりそうだったのか! 昨日は掃除も洗濯もほったらかしたままで、ご飯すら炊けていなかった。あの野郎、自分だけ遊び呆けやがって!
頭に来た俺は後ろから羽交い締めにしてやろうと猛然とダッシュした。横断歩道を渡って、気づかれないように背後から近寄って……。
(今だ!)
と、掴もうとした瞬間、自分の体がふわっと宙に浮いた!
(え?)
視界が目まぐるしく回転したと同時に激しい衝撃が背中から伝わってくる。
(ぐ……っ、……はぁ!)
肺に詰まっていた空気が一気に吐き出た。まだ自分に何が起こったのかわからなかった。
「ふふ〜ん。コートの上では後ろにも目を付けなさいって教えたでしょ」
「げほんっ」
く……母さん……それはバスケの話……だろ。くそう、つっこみたくても声が出ない。そうか……、なるほど、今のは一本背負いの要領で投げ飛ばされたのか……。
「まったくだらしないわね。受け身ぐらいとりなさいよ!」
そんなことを意にも介せず、母さんは不機嫌そうに両腕を腰に当てて、俺をのぞき込むように見下ろしている。
「っ簡単に……、言いやがって! 出来る訳ないだろ……」
「もう〜、修ちゃんは最初からやろうとしないからいつまで経っても出来ないのよ! こういうときは、手を逆に取られた瞬間、無理に逆らおうとせずに前回りの要領で一回転するの。教えてあげたでしょう?」
馬鹿を言うな! アクション映画じゃあるまいしそんなこと出来るわけがあるか!
「そんなこと出来るのは母さんぐらいだろ!」
「そんなことないわよ」
「絶対にありえない!」
「大体、いつも言ってるじゃない。慌てる時ほど心穏やかに。相手から目を離さず。動きをしっかりよく見て。そして、常に相手よりも半歩早く動くことを心掛ける!」
く……。こんなところで、またいつものよくわからないお説教が始まった。これは母さんのモットーというか、座右の銘というか、まぁ口癖みたいなもんなんだ。俺が物心ついた時から、ずっと口うるさく言われてきたんだけど……。
ちくしょう。それにしても言いたい放題いいやがって……。
「スゴ〜イ‼ さすが美由紀さん」
おいそこ! 両手を叩いて喜んでる場合じゃない!
「あら〜、さつきちゃん。今日もとっても可愛いわね」
「もう、美由紀さんってば……。今日も何かご用ですか?」
「弥生がアップルパイを焼いたからっていうから飛んできたのよ!」
「やった〜! じゃあ、今日のおやつは特製アップルパイだ!」
もう俺の存在などすっかり忘れ去られて、二人の会話はずいぶんと弾んでいる。アスファルトの上に転がされたまま、俺はただ呆然と空を眺めていた。手加減してくれたのだろうが、悔しいけど背中が痛くて起き上がれない……。
(あ〜あ……、今日はやけに雲が多いな……)
あれれ、なんだか雲が滲んで……、きた……。最近、随分と緩くなってきた気がする……。
◆◆◆
あれから、俺は高槻さんに背負われて屋敷に運び込まれた後、乱暴に湿布を貼られて、離れのリビングに寝かされていた。
(痛てて……、もっと加減してくれよ……)
「どう? もう起きれる?」
しばらくすると、さつきが心配して様子を伺いに来てくれた。
「お母さんのアップルパイ、修一の分も持ってきたよ」
「ああ、ごめん心配掛けて……ありがとう」
「でも、美由紀さんってほんとに凄いんだね」
「知るもんか。ちょっとおかしいんだ……」
「お母さんからよく聞いてたよ。当時はバスケ部だけじゃなくって、空手部や柔道部の試合にもよく借り出されてたって。校内で揉め事があったときなんか、美由紀さんがちょっと顔を出しただけでみんな一目散に逃げて行くんだって」
「暴れん坊だったって、近所のおばさん達から聞いたよ……」
本当に……。凄い母親だっていうのはもう嫌というほど知っている……。子供の頃はそれが自慢だった。でも、それは昔の話で……、今では……。
「それにしても修一って美由紀さんのいいところ全然似てないよね」
「うるさいな!」
「え……」
「……わかってる! わかってるよ、そんなこと!」
(‼ ……しまった。ついうっかり……)
胸の奥がズキンと痛む。
「……ごめん、そんなつもりじゃ……」
「あ、い、いや……いいんだ。俺の方こそ……ごめん……」
ずっと目を反らし続けていた……。忘れようとしていた……。でも、それが無理なこともわかってた……。俺は周りの期待に応えられなかった……。
心の奥深く刻まれた傷痕は、今も癒えることのないまま、触れられるたとすぐに痛みとともに紅く滲み出てくる……。
なにをやってるんだろ……。また同じことを繰り返して……。なにも変化を求めないふりをして、本当は一番変わりたかったのは……。
自分だったのに……。




