#012 四月二十五日 月曜日
朝の校門での選挙活動は、もう、始めた頃の俺とさつきの二人だけではなくなっていた。
小森の側もそうだった。校門を挟んだ両側で一年二組と四組の生徒が陣取り、ひしめき合いながら応援演説を行っている。二人を先頭にそれぞれのクラスが一丸となって活動している様はなかなか壮観だ。登校する他の生徒や近所に迷惑なんじゃないだろうか? なんて心配もしたけれど、意外なことに、教頭先生がむしろ大いにやりなさいと太鼓判を押してくれおかげで、何の問題もなく活動を出来る運びとなった。
教頭先生はなんだか、あれから見た目にも随分と若々しくなったような気がする。気のせいじゃないと思う。そして、俺に対する扱いは相変わらずひどいものだけど、さつきに対しては実の娘のように甘い。
理不尽だ!
そう感じざるを得ない。これが母親の差というものなんだろうか。以前何があったのかを想像すると、とても悲しくなってくる……。
◆◆◆
「修一、ちょっとついてきて!」
さつきが昼休みに入ると同時に教室から飛び出していった。
「お、おい! 今日のお昼の活動はいいのかよ?」
「それよりも大事なことなの‼」
なんだよ、まったく。階段を駆け下りると、さつきはそのまま校門へ向かってまっしぐらに走っていく。
そこには高槻さんの姿が見えた。
(⁉ そうか……! 例の結果報告か!)
さつきは高槻さんから大きな封筒を受け取ると、すぐさま中を確認し始めた。そこには数枚に及ぶ書類と、一枚の写真が入っていた。写真には、どこかの港と思われる場所に少し年配の男の人の姿が映っている。
(これ……は?)
「大体の事情はお察しの通りでした」
「……そう。やっぱりね」
その言葉にさつきの目が鋭く光った。
「なかなか足取りが掴めなくて時間がかかってしまいましたが……」
「ううん。上出来よ、高槻さん」
さつきが満足そうに頷いた。
「それと、他にも少々調べておきました。詳細は書類をご覧ください」
俺の位置からではその内容が見えなかったけど、目を通し始めたさつきが無言になった様子からして、よほど重要なことが書かれてあったに違いない。
その様子を傍から眺めていたところ、ふと、高槻さんが手招きしているのに気がついた。
「秀一様、実はご相談がありまして……」
「あ、はい」
「どうぞこちらに……」
何だろう? さつきに聞かれては困る話なのか? 俺は高槻さんに誘われるまま、校門の傍にある公園まで連れて行かれた。
角を曲がって入り口に達した時、振り向いた高槻さんの表情から笑顔が消えていた。戸惑いと共に身の危険を感じるが、次の瞬間、いきなり頭を鷲掴みにされると、そのまま力任せに地面に叩きつけられる……。
「……な、なにを⁉」
土に塗れた顔を拭って見上げると、今度は腹部を鈍い痛みが襲う。
「ぐ……」
見ると、高槻さんの足が深くめり込んでいた……。こみ上げる嘔吐感を懸命に堪えながら、その場に這いつくばる。
「くっ……、何しやがる……」
さらに追い打ちの蹴りが肩口に入る……。一回、二回と地面を転がった後、仰向けになった俺をのぞき込むように高槻さんが問いかけた。
「お前は自分の立場ってモノがわかっているのか?」
「……、な、なんだって?」
「お前の役割は何なのかと聞いている」
「!」
全身に痺れるような緊張感が走った。
そうか……。
全部知っているんだ……。
矢のことも全て……。
最初のロッカーの事件が起きた時から、さつきの身に何か危険が及ぶのではないかと不安はあった。けれど、そのことに気付いていながら、何も出来なかったのは……。明らかに俺の落ち度だった。
当然だよな……。返す言葉がなかった……。
「……すみません。俺……、俺の……、責任です」
絞り出すように声を出すのが精一杯だった。
「もう一度聞こう。お前の役割はなんだ? 一緒に生徒会ごっこをやることか?」
「……さつきを……守る……ことだ……」
「わかってるじゃねえか」
……自分が情けなかった。ただ、選挙活動をすればいいだけじゃないのは肌で感じていた。俺にはもう一つ重要な役割を担っていることを、高槻さんは確認しているんだ。
「ったく、あの女の息子だから、ちっとは期待してたのによ……。蓋を開けてみれば、ただの屑とはな」
「!」
「あんまりがっかりさせるな」
「なんだと!」
その言葉は、心に刻み込まれていた深い傷痕を容赦なく抉った。
「気に触ったか? だが、屑に屑と言って何が悪い?」
「……あんたに何がわかるって言うんだ!」
「はっきりと言ってやらんとわからんか? その昔、天才少女と呼ばれていた女の息子はただの屑でした。とな」
「俺は……。俺だって……!」
「甘えるなよ。そんな事、俺の知ったことか。良く聞け。今はお前の母親のことなんかどうでもいい」
「え……?」
「そんなことは問題じゃない。
大事なことだけを見ろ。
必要なことだけ考えろ。
嬢ちゃんはお前に頼んだんだろう?
お前を頼ってるんだろう?
なら、お前はなんだ? 何をするべきなんだ?
お前は……、自分にしかできないことを知っているはずだ」
悔しかった……。その通りだ。
「……畜生! あんたに言われなくたって……、わかってる!」
涙が零れ落ちた。
「ここからはお前自身の行動で示せ。万一の時の為に、俺の連絡先も教えておく」
高槻さんはそれ以上何も言わなかった。これまでも俺は俺なりにやってきたつもりだった。でも、本当は大切なことから逃げていた。現実から目を反らしていた。
けど……、もう言い訳はしない。
やってみせる!
自分の中に決意が宿った。起き上がると、高槻さんを真っ直ぐ正面から見据える。それを見ると、高槻さんは満足そうな笑みを浮かべた。
「さっさと行け」
「はい!」
急いで校門に戻ると、さつきは落ち着かない様子で待っていた。
「もう! どこいってたのよ!」
「悪い」
「なにそれ、泥だらけじゃない! ……まぁいいわ。それより、さっさと行くわよ‼」
「ど、どこへだよ!」
「決まってるでしょ! 熊取先輩のところよ‼」
さつきがそのまま校舎に向かって駆けだすのを、俺は慌てて追いかけた。
「やっぱり……、私達は大切なことを見落としていたのよ……」
「どういうことなんだ?」
「すぐにわかるから!」
ったく、なんだよそれ。書類の中に何が書いてあったのかは知らない。だけどそれが、熊取先輩に繋がる何かだというのは間違いないらしい。
俺達はまっすぐ三階の二年五組の教室に向かった。そして、なんとか熊取先輩を屋上に連れ出すことに成功した。おそらく俺一人なら無理だっただろう。だけど、さつきの鬼気迫る説得と、その真剣な眼差しに、さすがの先輩も折れてしまったのだった。
「……それで、こんなところに連れ出して、いったい何の用?」
「これを見てもらえますか」
そこには例の一枚の写真……。だけど、それを見た先輩の表情が明らかに変わった。
「……これを……、どこで……」
「交換条件よ。私を狙った理由とこの人の居場所」
ギリ……、と歯噛みする音。
熊取先輩が鋭い目でさつきを睨んだ。
「その言い方だと、私が犯人みたいじゃない?」
「前振りはいいわ。私が知りたいのはそれだけ」
有無を言わさないさつきの問いかけに、先輩は明らかに動揺していた。
「先輩の家庭の事情については調べさせてもらったわ」
「勝手に他人の家のことを……」
さつきはそんな様子を歯牙にも掛けないで、先程の書類を先輩に押しつけた。
「なに、これ? どういうこと?」
「それをよく読んでください。あとは……そうね。自分でなんとかするしかないわね」
書類に目を通し始めた先輩は、それまでとは一転して、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「ねぇ、修一。私達は最初から間違っていたと思わない?」
ポツリとさつきが呟いた。
「え……?」
「先輩がどうして、私を狙わなければいけなかったってこと」
「それだと……、話がまったく違う……」
「そう……。うすうす感じてはいたけど……。犯人は一人じゃない」
ハッとして熊取先輩を見た。複数の生徒が関与している可能性は最初から想像できたことだ。それなのに……。
「話して……、もらえますか?」
先輩の瞳から涙が零れ落ちた……。
「……私は。許せなかった……。家族を捨てて逃げたあいつを許せなかった……」
熊取先輩の告白は、俺にとって衝撃的な物だった。先輩の父親の会社が倒産したのはちょうど半年前のことだった。それと同時に父親も失踪。そして、その後には家族の知らない多額の借金だけが残された。先輩は母親と兄弟の為に、好きだった部活もやめて、朝も夜もずっとバイトに明け暮れていた。生活はかなり苦しかったらしい。
「あんな奴死んでしまえばいいのにって……。ずっとそう思ってたのに……。なのにどうして……」
俺はただ犯人を捕まえればいいと思っていた……。けど、そんな単純な事じゃなかったんだ。だけど、さつきは全て順序立てて探っていた。
事件の引き金となったのはなにか? この数週間の間に何が起こったのか。
動機はなにか? 遊び・困窮・利欲・激情・怨恨・報復……。どれに当たるか?
犯行の計画性はどうか?
そして……、共犯者の有無。
「おかしな話。あんな父親でも……。今は生きていてくれてよかったって思ってる……。なんでかな……」
「親子……、だからかな?」
「そう……ね……」
親子だから……か。胸がチクリと痛んだ。
屋上に昼休みの終わりを告げるチャイムの音が響き渡る。
「……ごめんなさい。謝って済むことじゃないのはわかってる。……あなたを射ったのは私。間違いないわ」
「……先輩」
「……恐かったの。本当は大きく外すつもりだったのに……」
先輩は何か言いかけて、でも、短く首を横に振った。
「事件の発端は、私が生徒会長に立候補した事から始まったのはわかってる。だけど、熊取先輩に動機らしいものは見あたらなかったわ。つまりは、共犯者。いえ、この場合、主犯が別にいるということで間違いない?」
先輩は目を伏せたまま黙って頷いた。
「それは……、誰ですか?」
「……頼まれたの。私がお金に困っていることを知ってて……。少し脅かしてやってくれって。それで……、あの矢を渡されて……」
頼まれた……。やはりさつきの予想は正しかった。
「それはいったい誰なんですか?」
思わず俺は先輩の肩を掴んだ。
「せ……、千里丘に……」
え……?
千里丘……。
千里丘……千紗……、先輩……⁉
まさか……。
そんなまさか……。
◆◆◆
呆然としていた。
頭の中が真っ白になっていた。
だから、熊取先輩が教室に戻った後も、ここから一歩も動けないでいた。
「なぁ、……嘘だよな。千里丘先輩が……。そんな……。
「千里丘先輩って、前回も会計で、今回も立候補してる人でしょ?」
「……ああ」
「……知り合いなの?」
「いや……。知り合いってほどじゃないかもしれないけど……」
千里丘千紗先輩。あの時、差し伸べてくれた小さな白い手は今でも記憶に残っている……。微笑む先輩はとても儚げで……、なんだか触れると壊れてしまいそうで……、とても綺麗だった。
何度か話もした。四年前にこの町に引っ越してきたそうだ。家族もいなくて一人暮らしだってそう言っていた。この前の雨の日のことは今でも忘れない。思わず変なことを言って恥ずかしい思いをしたことも……。
「と、とにかく行ってみよう」
「ちょっと待ってよ。どこに行く気?」
さつきが呆れた様子で俺の袖を掴んだ。
「決まっているだろう。千里丘先輩の所だ! 一応聞いておくけど、おまえ、千里丘先輩となにかあったのか?」
「あるわけないでしょ。会ったことも話したこともないのに……」
正直、俺は焦っていた。だから今すぐにでも確かめたかった。じっとしていられなかった。
「待って。熊取先輩のこともあったし、今度もちゃんと先に調べてからにしたいんだけど」
「……わ、……わかった」
その言葉に俺は返す言葉もなく項垂れた。さつきは、携帯を取り出すと、すぐに高槻さんにその旨を伝えていた。その間もずっと、俺の頭の中は、本当に千里丘先輩なんだろうか? という疑問だけが渦巻いていた……。
「連絡はしておいたわ。あとはどういう結果がでるか……」
ただ無言で頷いた……。
「……さ、さつきは一体いつから気が付いてたんだ?」
「ん? 共犯者のこと? そうね。最初から……、なんとなくかな。ロッカーの件から始まって、ポスター、体操服、矢のことにしても、同じ犯人にしては一貫性がないと思ってた。それに計画性があるようにはとても思えないし」
そうか。言われてみればその通りだ……。
「それに、熊取先輩を調べたらすぐにわかったよ。矢を射たのはこの人かもしれないとは思ったけど、私を狙う理由が全然見あたらないし」
「そう……か。さつき……、熊取先輩はあのままでいいのか……な?」
「余計な首は突っ込まない方がいいと思う。それに、今の私達じゃ何も出来ない」
「そう……、だよな……」
「それにこれは、先輩自身が自分で解決しなきゃいけない問題だと思う。わたし達が口出ししていいことじゃない」
「……わかった」
「大丈夫、あの人は強い人だから。きっと何とかするよ」
この時の俺はなにもわかっていなかったけど、さつきの言った言葉にはちゃんと意味があった。それは後日わかったことなんだけれど、ここでは伏せておく。
「それよりも、いったい何人の生徒が関わっているかなんだけど……」
「何人か……」
その言葉に目の前が暗くなった。
投票は三日後……。もう残された時間は僅かしかない。
「あ、いっけない! 随分遅刻しちゃってる。これはちょっと怒られちゃうかもね」
時計を見るとたいへんな時間になっていた。
◆◆◆
放課後。
さつきはホームルームが終わると慌てて教室から出て行った。
「え? おい、さつき……」
よほど急いでいるらしく、さつきは階段を駆け下りると、靴も履き替えずに一直線に校門に向かって駆け出していく。外には高槻さんが迎えの車を用意しているのが見えた。……なにかあったのは間違いない。ところが、てっきり一緒に行くと思っていたのに、高槻さんは俺が校門に着く前にさつきを乗せて、すぐに出発してしまったのだ。
「あ、あれ……? 俺は?」
ぽつんと取り残された俺は、どうすればいいのか途方に暮れていた。このままここで待っているべきなのか? それとも一度帰るべきなのか? そんなところに後ろから聞き慣れた声がした。
「あら大坂くん、こんなところで何してるのよ?」
振り向くとそこには、小森と和泉さんが立っていた。
「小森か。今帰るところなのか?」
「うん」
ちょうど下校時間なので、校門前は帰宅する生徒達であっという間にいっぱいになった。
「なんだ。今日はいつものところじゃないのか?」
「し、失礼ね!」
頬を真っ赤に染めて怒り出す小森。
「あ……えと……。ごめんね。私は先に帰るから……」
「え、ちょっと麻美……」
そんな俺達の会話を傍で見ていた和泉さんは、何故か突然、先に帰ってしまった。
……あれ? もしかして……、気を利かせたつもりなのか? かえって気まずくなってしまった気がするんだけど……。
「え……、えっと」
「あ、そうだ!」
ふと、何かを思い出したように小森は鞄の中を確認しだした。
「う〜ん……、やっぱり教室に忘れてきたみたい」
「なんだよ、忘れ物か?」
「うん。調理実習で使ったエプロン忘れてきたみたい。ちょっと取ってくる」
そう言うと、小森はくるりと踵を返し、下駄箱に戻り始めた。
「? ちょ、ちょっと、ついてこないでよ」
「別に……、いいじゃないか」
俺は今、暇なんだ。なんて言えるはずはない。だから、特に理由もなく、そのまま小森の教室の前までついていった。
校舎内に戻ると、まだ帰ってない生徒達がけっこういて、教室内はそれなりに賑わっていた。さすがに中まで入るのはちょっと恥ずかしかったので、俺は廊下で待つことにした。
廊下からは駐輪場が見える。その右奥にはアーチェリー部の射撃場がある。あの時のことが脳裏をよぎった……。やっぱり誰かが俺を見ていたとしか考えられない。校舎の三階からでは、距離的にも人の顔までわからないけど、最初から俺の動きだけを見ていたのだとすれば……。
だとすれば、今もどこからか俺を見ているのだろうか……。
「別に待ってなくてもいいのに」
用事が済んだらしく、小森が教室から出てきた。
「……また随分とお悩みだこと」
「……まあ……」
「また、例のこと?」
「……うん」
「相談に乗ってあげたいんだけれど……」
「悪い……。何もかも片付いたら話すから」
この件だけは小森を巻き込む訳にはいかなかった。
「そう、よかった。じゃあ、選挙が終わってもまだ友達でいてくれるんだ」
「な……、何いってるんだよ」
こ……、こいつ。恥ずかしくなるようなこと簡単に言いやがって……。俺はあまりの恥ずかしさに顔を背けた。
「こ、珈琲牛乳ならもうないぞ!」
「それだと、私がいつもたかっているみたいじゃない」
「ち、違うのかよ?」
「違うわよ!」
それから、しばらく他愛もない会話が続いた。
「どういう結果になるかはわからない。けど、最後までやる」
「きちんと答えを出せるのが大坂くんのいいところなんじゃないの?」
「え……」
「ちょっと褒め過ぎかもね?」
「……か、過大評価し過ぎだ……」
まったく……、どんな魔法を使ったのだろう。小森ににそんなこと言われたら、どんな奴だってやる気になっってしまうに違いない。
「何かもったいないわね。私が当選したら生徒会に引き抜いちゃおうかな」
「ちょっと! それどういうこと⁉」
いつからそこにいたのか⁉ 振り返ると、さつきが廊下に立っていた。
「あら、両備院さんそこにいたの。聞いての通り、大坂くんには私の手伝いをしてもらおうと思ってね」
「な、なによそれ? あんた、まさか裏切ったっていうの?」
「ま、待て! そんなことあるわけないだろ……」
「家に電話したらまだ帰ってないっていうから……、学校まで戻ってきたのに……」
「ちょっ、ちょっと待て……」
「もう知らない‼」
「さつき!」
廊下を駆け出していくさつき。
「もうほら、早く行ってあげなさいよ!」
「え?」
小森……。最初からそのつもりだったのか? その為にわざわざ一芝居打ってまで……。そうこうしているうちに靴音がどんどん遠ざかっていく……。
「ああ……、悪い。貸しにしておいてくれ」
「OK。高くつくわよ]
俺は小森に別れを告げると、さつきが消えた方向に走り出した。
どこへ? どこへ行ったんだろう?
確か……、渡り廊下を曲がったところで見えなくなった。けれど……、もうどこにも見あたらない。本校舎にはいないとすれば特別棟だろうか? だとすれば、あいつのいきそうなところといえは……。
階段を上る足が重い。さすがに全力で校舎内を駆け巡ったので息が上がっていた。もうここぐらいしかないだろう……。俺は屋上への扉をゆっくりと押し開いた……。
気がつけば、日は随分と暮れていた。あれから結構時間が経っていたんだ……。俺は何も言わずに、地平線を眺めながらぼんやりと佇んでいる、さつきの横に並んだ。夕焼けに照らされた空と海は茜色に美しく染め上げられている。
「さつき……」
「ごめんね……、私のわがままで始めたことなのに……」
さつきはふうっと一際大きなため息をついた。
「そうだな……。入学式以来、お前にはずっと振り回されてばっかりだったよ……」
その言葉に少し戸惑ったような表情で、さつきは振り向いた。
「正直、最初は嫌だった……。けれど、今はそんな風に思ったことはない」
「修……一……」
「おまえが全部悪い。俺をこんなにもやる気にさせてしまったんだからな! だから……、絶対、おまえを生徒会長にしてやる!」
「!」
それは嘘偽りのない本当の気持ちだった。
「俺は自分の意志でそう決めたんだ。だから途中で投げ出したりなんかしない」
それまで憂いでいたさつきに笑顔が戻った。
「……う、うん。頼りにしてるんだから」
今まで何やってたんだろう。随分と遠まわりした気がする。
「でも……ごめんね」
「今更何言ってるんだよ。さっきも言ったけど、俺はむしろ感謝してるんだ」
「え……?」
「ありがとう」
「な……なによ」
頬を真っ赤に染めて、慌てて顔を反らすさつき。
「でも……、学校まで戻ってくるなんて余程のことがあったんだろ?」
「⁉ そうだ! それよ‼」
……もしかしてすっかり忘れていたのか?
「千里丘千紗について、高槻さんに調べてもらったの!」
急いで戻ってきたのは、やっぱりそのことだったのか。
「で、どうだったんだ?」
「それがね……。どうもおかしいのよ。なんにもわからないんだって。住んでいる所はわかったんだけど、それ以外まるでなにもわからないって……」
「高槻さんですら、わからないなんて……。どういうことなんだ?」
「うん。それが、わたしの家のすぐ近くでね。それでわたしもその場所に行ってみたんだけど……。セキュリティカードがないと入れない程の高級マンションだったの。あんなところに一人で住んでいるなんて……。あの人いったい何者?」
たった一人で……か。家族はいないと言ってたのは本当だったのか。先輩の住んでいるところは知っていたんだけれど、その話をするとかえってややこしくなりそうなので、今は黙っておこう。
それにしても、色々おかしな事があるように思える……。まだはっきりとした形になっていないけれど、どうもスッキリしない。また、俺は何か大切なことを見落としているように思える。それならば、先輩のことについて、わかっていることをもう一度全部振り返ってみよう……。
「ああっ!」
さつきが突然大声を出した。
「ど、どうした?」
「そうよ! さっきの話はどういうこと? 小森芽依と随分仲がいじゃない。ちゃんと全部聞かせてもらうんだから!」
……しまった。余計なことを思い出したらしい。これは……、長く……なりそうだな……。
投票まであと三日……。




