ある晴れた日に
新緑がまぶしいこの季節。お散歩にはもってこいの日が続き,5歳の息子・貴志と2歳の娘・結奈との時間が増えた。4月から新部署で忙しいが,こうして子どもとの時間をもてるのは子どもにも,それに俺にとってもプラスだ。
『パパ~!今日はどこに行くの?』
休日となると,ママが掃除をしている間は出かけることになっている。行き先は,その日によってまちまち。図書館や公園,ご近所を歩き回ってお花探しなど,楽しさは尽きない。
『晴れているから,アスレチック公園にしようか。』
そういうと,2人は飛び跳ねた。
『やったぁ!』
水筒や着替えなどを持ち,貴志は自分の自転車に,結奈は俺の自転車の前カゴに乗って出発だ。
風薫る季節。自転車で走ると,心までスッキリするような気になる。それを感じたのか,結奈も目を細めていた。
『きもちいいねぇ,パパ。』
こんな無邪気な姿を見れるのだから,疲れていたって平気。
公園に着くと,すでに遊んでいる子どもがいた。その中に保育園の友達がいて,貴志は自転車を止めるや否や走って駆け寄って早速遊んでいた。
『どうも。』
声を掛けられて振り向くと,貴志の友達の父がいた。
『おはようございます。いつもお世話になってまして。』
『いやいや。うちの子の方が世話になりっぱなしですよ。よく貴志君の話が出てきますから。お嬢さんはおいくつで?』
『2歳です。結奈,行こうか。じゃあ失礼します。』
結奈をつれて砂場に行き,,貴志がよく見える位置で遊び始めた。
前は型抜きをしてやると楽しんだが,今は自分で型抜きをして遊んでいる。それをケーキやハンバーグに見立ててのごっこ遊び。こうして一緒に遊んでいると,どう成長したかがよく分かる。
貴志だって,前は登るのを怖がっていたアスレチックの高台に率先して上り,友達に手を貸して登らしている。いつのまにかこうして成長しているのだから,子どもは不思議だ。
『貴志ー!気をつけて降りろよ!』
それだけ注意すれば,貴志の手の握り具合が強くなったのと,下をよく見て降りる姿が分かった。降りれなくてビービー泣いていた頃が懐かしいが,こうして自分で降りる逞しさを持ったことも嬉しい。
俺が子育てするなんて考えもしなかったが,実際子どもが生まれると,自分も変わる。それは子どもに教わるからかもしれない。
『パパ,おだんごつくって?』
結奈にお願いされ,笑いつつ手のひらいっぱいに砂を持った。それをぎゅっと握ると,結奈は目を輝かせてみている。
最近,保育園でお団子作りが流行っているようで,年長者が作っているのを結奈はよく見ているそうだ。自分の手で何度も挑戦しているが,小さな手と器用さが足らず成功に導いていない。だが,これだけ見ていれば,いつかは出来るだろう。
固く握って丸めた砂団子。これを通称白砂,乾いた砂をかけて滑らせると,段々と黒光りしてくる。程よい固さになった頃,結奈の手に持たせた。
『どうだ?』
『すごぉ~~い。』
両手いっぱいの砂団子に結奈は大喜びだ。しばらく眺め,ちらりと俺を見てくる。これも,合図。
『いいよ。』
そう言うと,にっこり笑い,結奈はポーンと砂場に放った。当然,砂団子は壊れるが,その様子が面白いのか,結奈はきゃっきゃと大笑い。
『おもしろいね~~。』
『そうだな。』
つられて俺も笑った。笑いの合唱に,砂場にいた子どもたちも笑う。それを見て,親たちも和んで笑う。
幸せって,こういうことかもしれない。
仕事は疲れるし,営業成績が上がらなければ叱られる。不景気だから,そうそう遠出もしてやれない。それでも,こうして笑い合える場があるのは凄く幸せなことなんだ。
お昼ご飯になる手前,貴志と結奈に手を洗わせ,木陰で喉を潤した。
『パパ,キラキラしてきれい。』
上を見上げると,木漏れ日が目に入った。まぶしいが,葉の間から見える太陽が綺麗だった。
『くしゅんっ。』
結奈がくしゃみをする。
『おひさまががくすぐった。』
鼻をさすって言う結奈に,2人は笑った。こういう可愛い表現をいつまでしているのだろうか。
自転車に乗り,前にいる貴志がくるっと振り向いた。
『どうした?』
『さっき,いいのみつけたんだ。』
『へぇ。なんだろう?』
『ついてきてよ!』
そう言うなり,貴志は自転車を走らせた。慌てて俺は結奈にヘルメットをかぶせ,貴志のあとを追った。
そこにはすぐに着いた。
ここは藤棚。花が咲かない季節は,木陰として利用されるぐらいだが,こうして咲いているとガラリと雰囲気が変わる。
『これだよ。』
下を通ると,たわわに実ったように藤の房が垂れている。薄い紫が優しく,気持ちを穏やかにさせてくれる。
『綺麗だなぁ。』
『だろ~。』
得意気な貴志がおかしかったが,それでもうなずいた。アスレチックやおもちゃにしか見向きもしないかと思いきや,こうして自然のものもちゃんと感じている。
藤棚の下を,自転車を降りてゆっくりと歩いた。降り注ぐような藤がホッとさせてくれる,わずかながらの穏やかなときだ。
『こんなにさいてんのはじめてみたんだ。』
貴志が静かに言った。思えば,子どもとこうして藤を眺めたのは初めてかもしれない。今度はママも一緒に見よう。
そんな風に思っていたら,結奈がとんとんと俺を叩いてきた。何かと思ってみると,結奈は俺ではなく藤をじーっと見つめていた。
『パパ,おいしそうね~。』
予想外。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしただろう。思いもよらない言葉に,ぽかんと口を開けてしまった。だが,それをしっかり聞いていた貴志が笑い出したのを機に,俺も笑った。
『そーかもな~。』
なんて言って笑い,貴志を自転車に乗るよう促した。
『いっぱい遊んでおなか空いたよな。早くお家に帰ろうか。』
結奈の,というか,子どもの視点は面白い。藤を見てそう思うとは,大人ならそうそういないだろう。
いつか大人になったら,藤棚の下で話してあげたい。
そう思いながら,自転車をこいだ。