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あいすみません

作者: 蔦谷たつや

(前略)

 「あいすみません」

僕はこれから何かあれば絶えず、こういう事にしよう。「君は邪魔だな。 そこをどけ!」君がこう言おうとも、叫ぼうとも、僕はすました顔で「あいすみません」てんでそこをどく気を見せやしなないよ。その意志は、それはもう、固くて誰にも想像できたもんじゃないんだ。つまり、ダイアモンドの意思さ。絶対にどいてやるもんか。それでもって、また君にこう言ってやる。「あいすみません。」

 君は当惑の顔で僕にもう一度、邪魔だとか、どけだとか、ぼそっと不満げに言うかもしれないが、それはもちろん骨折り損。無駄っていうもんだ。もう、わかったことでしょう。何時でも、僕は「あいすみません」呪文のように唱えるんだよ。だけど、決して狂っているわけじゃありませんよ。ただ、この呪文を信じているだけだ。すると、君は弱ってなくなく引き下がるだろうか、もう一度、罵倒のような命令を変わらず下すだろうか、無言で忍耐に伏すだろうか、或いは最悪、暴力に訴えるようなことでもありうるだろうか。考えてみたら、怖い、怖い。だけども、てんで僕は引き下がらないよ。絶対に引き下がるもんですか。僕は君がその身を引くまでずっと壊れたテープを再生するかの如く例の呪文を唱え続けてやる。

(中略)

 当然、君は、この突然の手紙の中で、僕が一体、何故、こんなことを宣言しているのか、わかるわけもないでしょう。いや、わかってもらっては困る。だから、僕はここで、「本能」というものを例に挙げて、わかりやすく説明してみせましょう。

 まぁつまり、人間も動物だというわけだ。(まさか、君でも、これだけではわかるまいな)動物にはね、縄張意識っていう本能があるわけだな。動物にとって縄張りを守るのはもう、生れる前から染み付いてしまった、仕様のない本能なんだよ。君も、もちろんそんなことはご存知のことでしょう。だけども、「これは起承転結の「起」の部分でありまして....。」(思い出話になるのですが、君は高校時代のT先生が国語の授業にて、よくこれと同じ事を、妙な関西弁でおっしゃっていたのを覚えているでしょうか?)

(中略)

 いくら文明が発展し、犬や猫の、その君主かの如くおわす、我々人間様も動物だろう?本能にはさすがに、勝てないのだよ。だから、それに逆らって縄張りからすんなり泣きべそかきながら手を離すなんて、僕にはそんな、超市民的なこと、てんでできやしないというわけだ。コーヒー屋での会計の時に、いちいち「ほら、前に百円を貸したことがあったろう。」とか真面目顔しておっしゃった君に、はたしてで、それがきることでしょうか? (皮肉めいた文章だけども、どうかご勘弁)

 さあ、ここからが重要だ。これは人間以外の動物の「本能に従う」という精神とは、似ているようで違う。つまり、本能に従うということにおいては、さっき書いたとおり、人間様でも従わざるをえないことは、仕様のないことだ。だけども、天下の人間様は、「あいすみません。」こう言う事ができるじゃあないか。(君は、この辺りでうっすら僕の主張の大義がわかったでしょうか)つまり、僕は決してハイエナの如く、醜いかな、縄張りを守るがために、身の丈が倍のライオンに立ち向かって命を川に投げ捨てるなんてことはしない。馬鹿な真似はしないのだ。やつらには死という概念がないのさ。

 しかし、人間はどうだ? 君は自分が死ぬかどうかがわかるか? わからないのなら、教えてあげる。君は必ず死ぬ。僕ももちろん死んでしまう。(中略)だけども、人間は、例のハイエナみたく、犬死する必要はない。「あいすみません。」そうさ、人間には「謝る」という能力があるのさ。謝れば、ただ謝り続けられたら、どうな極道ものであっても、殺しやしないのだよ。(中略)

 要するに、非暴力不服従ってやつさ。(先ほどからの下劣な日本語、あいすみません)

しかし君、あのインドの偉人の伝記でも読んだのか? どうか、君、そう尋ねることはよしてくれ。僕なんかが、ガンディ氏と比べられると、きっと、ものすごく寂しくなって、洗濯機にかけた安物の下着の如くちぢんじまうに決まっているんだ。(この汚い例え、あいすみません)ああ、もう、考えただけで本当に寂しくて、ただでさえ小さな気持ちが縮んでしまっているじゃあないか。ご存知の通り、僕の背丈はいよいよ高くて、仕様がないのだけども、心は小さいのさ。(中略)

 これは決して、ガンディ氏の影響などではありません。これは、僕の思いついた、教祖の僕のみが知る、ある種の宗教なのさ。

 第一、ガンディ氏は勇敢だ、ガンディ氏の非暴力非服従云々は悪の大英帝国の武力にはむかうためにできたもんだ。そんなすばらしい思想は、僕のとは全く、別の代物です。僕は、君の知っての通り、みっともなくて、弱弱しい。見た目からしても、精神においてでも弱いのだ。痩せて、ひょろひょろのこの僕が、武力に反することなど、絶対にない。ただ、心底、武力が怖いのだ。だから、「あいすみません」ただ謝ろうとするだけなのさ。どうだ、簡単だろう?例え殴られようと蹴られようと、ずっと謝り続けるわけさ。考えてみな、ひたすらに謝り続ける相手を、殺してやろうと思うやつなんかほとんどいないだろう。さすがの暴力魔でも、三分間、殴る蹴るをしたところで、もうくたくたで、萎えてしまうよ。もし、そんな輩がいても、10万人に1人、いや、それ以上に、そんなやつに会う確立はほとんど低いはずだ。人間、殴られ蹴られるだけなら天晴れだ、とてもいいことじゃあないか。野郎に殺されるなんて、死んでも死にきれない。死ぬのはいやだ。まして、成仏できないなんてごめんだ。でもね、怪我は治る。死んでしまえば先はない。こんなこと、当然のことのようで、今、僕はふと気づいちまったんだよ。これは大発見だ。(中略)

 

 だから、今、ここに誓ってやる。これは僕自身の思想だ。宗教なんだ。

「他人の思想を盗むことなかれ。人格は君自信で開き、思想も君自身で開けよ。」いつか、君がこういう風なことを僕に言ってくれたじゃないか。あの時の君はやたらと、これを繰り返していたな。(中略)

 あの時、僕は、君が、羨ましかった。今でも僕は、君を羨んでいるわけですが、あの時の方が今よりずっと、君のことが羨ましかった気がする。当時、僕はそれを、正直に表すことができなかったものだから、よく、君についての僻み文句をSやKにたらしていたものだった。もちろん君自身の前じゃ、そんなこと言えたもんじゃあなかったのは君の一番の存ずることでしょう。僕は君を、今でも唯一の親友だと思っているし、当時もそうに違いはなかった。(中略)

 「あいすみません。」この思想はいいだろう? 謝罪は世界を救う。こう信じようと思っている。(以下略)


 これは、二年前、上京していた友人から届いた手紙を基にして、一部省略、改行を加えて、記したものである。この手紙に、私がどのような返信をしたのかは、殆ど、意味をもたない。(ただ、記すことが面倒なだけであるが)しかし、これだけは記す必要がある。この友人はもう、この世にはいない。ちょうど、1年ほど前に、交通事故で急拠したのであった。

 彼は一体、何に「あいすみません」と言って、死を迎えたのだろうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 手紙にしてはあまりにも口語体すぎるとはおもいますが、最後のオチが面白かったです。
[一言]  はじめまして。どこまでがノンフィクションなのか……。不思議な作品ですが、非常に面白かったです。括弧の終わりに読点が入ったり、疑問符の後に一字空かなかったり文法的な揺れが見られましたが(それ…
[一言] オチが面白いです! 人生そううまくいきませんよねぇ。 かく言う私も、こんな生き方をしそうですが……
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