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第一章 ~喪失の剣士~

 

   第一章 ~喪失の剣士~


 セイントレイム王国西部に位置し、敵国ベルセリアとの国境沿いにある村パレス。

農村と呼ぶに相応しい自然に囲まれた村。

その村の裏手にある小高い丘の上で少年は目を覚ました。

 年の頃は17歳くらいだろうか。整った顔立ちに銀色の髪が印象に残る。

「ここは、どこだ?」

 少年は上体を起こし、周囲を見渡した。体を起こすと同時に柔らかい草の茂る音が聞こえる。

どうやら眠っていたようだ。暖かい日差しの中、草原の上で寝ていたのだからさぞ気持ちのよかったことだろう。

だが、少年にこんなところで寝ていた覚えは無い。それどころか

「俺は誰だ?」

 記憶が一切無い。

眠気を覚ましながらもう一度冷静に考えてみるが、やはり記憶は白紙だった。

俗に言う記憶喪失というやつだろうか。自分の名前や生い立ちなど、何もわからない。

少年は立ち上がると装備を確認した。服の中に身分が分かるものが入っているかもしれないからだ。

着ている服は白を基調に青いラインが数本入ったローブ。装備は剣が一振り。それだけだった。名前が分かるようなものは無かった。

 腰にかかった剣は通常の剣より少し長めのものだ。豪華な装飾こそされていないが、造りから安物ではないことがわかる。

「手掛かりはこの剣だけか」

 少年の装備は剣が一本だけ。自分の正体もわからない今、頼れるのはこの剣だけだった。

それは自衛のためだけでなく記憶を取り戻す手掛かりになるからだ。

更に剣を持っているということは剣士だということも意味している。しかし剣技に関する記憶も無い。格好をつけるために持ち歩いているということもありえる。

だがそれは考えたところでわかることではない。何せ全ての記憶が無いのだから。

「ここにいても仕方ないな」

 少年は周囲を見渡し、丘の麓に小さな村を見つけた。小さな村だが少年は誰かに会って話がしたかった。

ここで寝ていたということはもしかすると自分はあの村の住人なのかもしれない。そう思い少年は村に向かった。

 

 少年は丘を下って行き、村の様子が見える位置まで来た。

周りには緑豊かな山や森が広がっている。村は山の合間に位置しており、自然との調和が取れたのどかな風景だ。

だが、一見平和に見える農村に雑音が混じっていることに少年は気づいた。

様子がおかしい。物を破壊するような音や何かが爆発するような音が聞こえてくる。

少年は駆け足で丘を下り、村に向かった。

村に近づくにつれ音は大きく聞こえ、村で何かが起こっていることを感じさせる。

何か嫌な予感がする。少年は地面を蹴る足に力を入れた。

 丘を下りきったところで正面から誰かがこちらへ走ってきた。方角的に村から来たようだ。

「騎士様!お助けを」

 走ってきたのは中年の女性だった。村の住人と見て間違いない。顔や服は汚れ、腕には血の痕がある。

他にも数人の村人が走っているのが見え、中には傷を負っている者までいた。

女性は少年を見て、どこかの騎士と思ったのだろう。それまで女性の恐怖に歪んでいた顔が安堵の表情に変わる。

「何があった?」

「ベルセリアの兵隊が突然村に攻め込んできて。家に火をつけ、逃げる人を殺し」

 女性は息切れしながら言った。だが最後の方は再び恐怖がこみ上げてきたのか言い切ることができなかった。

「わかった。もういい。あんたは早く逃げろ」

 少年が言うと女性は村から少しでも離れようと走り去っていった。

何がどうなっている。

ベルセリアという国か組織の兵が村を攻めているということはわかる。ということはここは戦時中の国なのか。

事情はわからないが、今あの村が侵略を受けているのは確かだ。

少年は村へ急いだ。


村は酷い惨状だった。敵国のものと思われる兵士が家に火を着け、逃げ惑う村人を虐殺していた。

地獄絵図とはこのことだろう。無抵抗の人間を武装した兵士が殺し回っている。

「お父さん!起きて!お父さん」

 まだ幼い女の子が倒れた父親を必死に揺すっている。父親の背中には剣で斬られた跡があり、血が止めどなく流れている。致命傷だった。

「サーシャ・・・・・・逃げろ」

 事切れる寸前の父親は逃げるよう言ったが、サーシャと呼ばれた女の子は父親の傍を離れようとはしない。

「お父さん!」

 父親は動かなくなってしまった。それでもサーシャは父親の体を揺すり、起こそうとする。

そこに敵国の兵士が来た。

「おい。そこのガキ。そいつはもう死んじまったぜ?」

 下品に口元を歪めながら兵士は言った。だがサーシャは兵士に怯える様子もなく父親を揺すり続けている。涙で頬を濡らしながら父親の傍を離れようとはしなかった。

サーシャのすぐ後ろには父親を殺した敵国の兵士がいる。しかし兵士に怯えることも逃げることもしない。それが兵士の癇に触れたようだった。

「聞いてんのかよクソガキ!」

 兵士はサーシャを蹴り飛ばした。

短い悲鳴を上げてサーシャは地面に転がった。

「ううっ」

 サーシャは起き上がり、お腹を押さえながら再び父親の下に歩み寄ろうとする。

「チッ。物分りの悪いガキだな。見てろ。こいつはもう死んだんだよ」

 兵士は腰から剣を抜くと既に事切れた父親に深々と剣を刺した。

「ほらな。もう動かないだろ。こいつは死んだんだよ」

 そう言って兵士は下卑た声で笑った。

「やめてぇ!」

 サーシャは父親の亡骸にしがみつき、刺さった剣を抜こうとした。刃の部分を握り引き抜こうとする。手からは血が流れているが、それでも必死で剣を抜こうとしている。

だが兵士によって抑えつけられている剣はビクともしない。

「俺の剣が汚れるだろうが」

 兵士は再びサーシャを蹴り上げた。今度はなかなか起き上がることができない。

「仕方ねえ。可愛そうだから親父と同じ場所に連れてってやるよ」

 兵士はサーシャに近づき、剣を振り上げた。

立ち上がることのできないサーシャに向かい剣を振り下ろす。

サーシャはぎゅっと目を閉じた。

――ガキィン。

 鈍い金属音が鳴った。サーシャが目を開けると自分と兵士の間に誰かが立っていた。銀髪に白い服を着た人だった。

「な、なんだテメエは」

 兵士は割って入ってきた少年に向かって怒鳴った。そして少年を斬りつけようと剣を握り直す。そこで気付いた。兵士は自分の持っていた剣が半ばで折れていることに。

少年は横一紋に剣を振り切った状態で静止していたが、すぐさま上段に構えなおし真っ向に兵士を斬りつけた。

兵士は声も上げずにその場に倒れる。少年の剣技は流れるような一連の動作だった。

少年は振り返りサーシャが無事なのを確認した。手のひらから血が出ているが致命傷ではない。

「早く逃げろ」

 少年はサーシャにそう言い残すととその場から走り去った。


 俺はいったい何をしてるんだ。

少年は自分のしていることを頭で理解していなかった。

敵の数も目的もわかっていない。第一少年自身の能力すらわからない。

にも関わらず、敵国の兵士を斬った。

事情はわからないが、ただ無差別に虐殺を繰り広げる兵士を見て激しい怒りを覚えた。目の前で起きている惨状に恐怖ではなく怒りを感じた。

 そして気が付くと腰に下げてあった剣を抜き、兵士を斬っていた。

先ほど助けた少女はちゃんと逃げただろうか。安全なところまで連れて行ってやりたかったが、そうも言ってられない。まだ助けを請う村人がいるはずだ。

少年が駆け回っていると視界に逃げる村人とそれを追う兵士の姿が入った。

「やめろ!」

 すぐさま間に入り、兵士の足を止める。

「貴様、何のつもりだ?我々はベルセリアの正規軍だぞ」

 少年は横目で村人が無事逃げ切ったことを確認し、兵士と対峙した。

(相手の数は3人。倒せるか?)

 先ほどは不意打ちの形で兵士を倒したが今度は違う。真正面から向き合っており、更に人数が多い。

少年は自分がどれほどの剣技を扱えるのかを把握していない。訓練を受けた兵士3人を相手にできるのか。

「そこをどけ!」

 兵士が手に持った剣を構えて少年に言った。

「断る」

 少年は凛とした声で言い放ち、剣を抜いた。

それが合図だったかのように、少年と兵士達は同時に地面を蹴った。

少年は長剣のリーチを活かし早い段階で下から逆袈裟に剣を走らせる。

少年の持つ剣は通常のものより長めに作られた長剣だ。しかしそれでいて全く重さを感じさせない。思い通りに振り回すことができた。更にその軽さ故に剣筋は風のように速い。

霞むような素早い斬撃だったが先頭を切っていた兵士はかろうじて反応でき、剣で少年の斬撃を受けた。

 しかし受けきれたわけではない。兵士の剣は丁度半分のところで折れてしまった。いや、折れたというよりは切り裂かれたというべきか。藁の束を斬るようにして少年は兵士の持つ剣を斬った。

剣を斬られた兵士はその際に怯んだが、右にいた二人目の兵士が前へ出た。少年が剣を振り切った際の硬直時間を狙っていたのだ。兵士は上段から一気に剣を振り下ろした。

少年は軽く身を引いて回避。兵士の鳩尾に膝を叩きこんだ。

続いて少年は横一文の斬撃を放つ。三人目が断末魔の声を上げることなくその場に倒れた。恐ろしく早い動作だった。早いだけではない。全ての動きは清流のように静かだった。

残ったのは最初に剣を斬られた兵士だった。最初の不敵な顔はどこかに消え、今は怯えた表情をしている。

少年が剣を振り切った状態から兵士を睨みつけると生き残った兵士は一目散に逃げ出した。


 圧倒的な剣技で2人を倒し、1人を敗走させた少年は抜き身だった剣を鞘に納めた。

少年に剣技に関する記憶はないが、体が自然に反応していた。

体に染み付いた剣士としての本能がそうさせたのかはわからないが、これなら戦える。と少年は思った。

この村にはまだ逃げ遅れた人がいるはずだ。今戦えるのは自分しかいない。

「とにかく生き残った人を探さないと」

 敵兵に見つからないよう少年は静かに行動した。無意味な戦闘はさけたいので気配を消して、村人を探す。

少年は瓦礫で埋め尽くされた地面を歩き、開けた場所に出た。

村の広場だろうか。位置的に村の中心部にある。

「王国の騎士様ですかい?」

 不意に声を掛けられた。振り返ると初老の男性が建物の陰に立っていた。

「違う。だがあんた達を助けに来た」

「おお。それはありがたい」

 男性は喜びの表情を浮かべた。

「まだ生き残っている人はいるのか?」

「おりますとも。皆村の集会場に避難しとります」

「なら早く村の外に逃げろ。敵の姿が見当たらない今がチャンスだ」

 少年が指示すると男性は短く返事をし、集会場に向かった。

(よし。これで残った村人が無事避難できれば一安心だな)

 だが安心するのは早かった。多数の気配を感じ少年は物陰に隠れる。見ると敵国の兵士がぞろぞろとこちらへ進んできていた。

数は30人くらいはいる。非常にまずい状況だった。

敵がこのまま進んでいけば村人が避難している集会場を見つけるだろう。そうなれば再び虐殺が始まる。それは何としてでも阻止しなければならない。

 だが少年にあれだけの数の兵士を相手にする自信はない。

少年はどうすべきか迷ったが、方法は1つしかなかった。

物陰から出て広場の中心に立った。

敵の進軍が止まる。

もはや戦闘は避けられない。この数を相手に勝ち目などはないが、せめて村人が逃げるまでの時間を稼げればいい。少年はそう思った。

 しかしどのみち少年は助からないだろう。

「そこをどけ!」

「貴様、ここの村人じゃないな」

「殺されたいのか?」

 敵の中から少年に向かって無数の声が飛ぶ。だが馬に乗っていた男が片手を挙げると敵は静まりかえった。あの男が大将のようだ。

「将軍!あの男です。我らの仲間を2人も斬ったのは」

 敵の1人が叫んだ。先ほど少年が戦った3人のうちの1人だ。

将軍と呼ばれた男はそれを聞くと馬に乗ったまま少年の前に単騎で進んできた。

少年と数メートルの距離まで来る。

「お前か?我が軍の兵を殺したのは?」

 少年は津波のように押し寄せる圧力を感じた。背中に身の丈程もある大剣を背負った屈強な男だった。更に大剣に負けないくらいの巨体をしている。

流石は将軍といったところか。他の兵とは比べ物にならない程のプレッシャーを持っている。

「そうだ。俺がやった」

 少年は静かな声で応えた。その声に恐怖は感じられなかった。だが少年に絶対の自信があるわけではない。

この男は自分より強いだろう。剣を交えるまでもなく、男の放つ雰囲気と殺気で相当な手練だということがわかる。

それでも少年は戦わなければならない。村人を逃がすためにも剣を持つ自分がやらなかればならないと強く思った。

加えて今更逃げることも適わないだろう。

「部下を殺されたとあっちゃ俺が相手をしなければならんな。俺はベルセリアの将軍ワインガルドだ。覚悟はいいな?」

 少年は返答する代わりに剣の柄に手をかけた。

「いい度胸だ。お前達は手を出すな。こいつは俺が殺る」

 巨体に似合わず身軽な動作で馬を降りたワインガルドは部下達に手を出さぬよう指示した。

「しかし将軍自らが戦わなくとも。このような小僧など自分1人で十分です」

 兵士の1人がワインガルドに向かって抗議する。

「粋のいい獲物がいなくて退屈してたところだ。俺にも少しくらいは楽しませろ」

 ワインガルドは不敵な笑みを浮かべる。抗議した兵士は黙ってしまった。

ワインガルドは背負っていた大剣を抜いた。長さ2メートル。幅50センチ以上はある。重さを全く感じさせない手つきでワインガルドは大剣を構えた。

少年もそれに合わせて剣を抜く。

数秒間両者は剣を向け合ったまま対峙する。

「行くぞ!」

 ワインガルドは少年との間合いを一瞬で詰めた。

(早い!)

 少年は後ろへ飛び、ワインガルドの初撃を回避した。顔の数センチ先を大剣がかすめていく。

少年はワインガルドが剣を振り切った際の隙を狙い、一歩前に出ようとする。だがワインガルドの反応は早かった。

ワインガルドは返す手で大剣を切り返すと同時に少年との距離を更に詰めた。

横からの斬撃。今度は回避できない。

少年は剣を縦にして斬撃を受け止める。しかし少年の腕力では衝撃を受け止めきれず、吹き飛ばされた。

とてつもない威力だった。

(つ、強い)

 あれだけの大剣を軽々と振り回し、ワインガルド自身の身のこなしも素早い。

地面に叩きつけられた少年は相手が自分よりも遥かに強いと思った。

 だがここで倒れるわけにはいかない。せめて後10分は時間を稼がなければならない。

少年は痛む体を起こし、再び剣を構えた。幸い受身を取れたので地面に体を打った際の怪我はない。だが腕がぶるぶると痺れている。

「ほお?まだ倒れないか。いいぞ。それでこそ楽しみがいがある」

 少年はワインガルドに向かい跳躍、空中で体を半回転させ空中から斬撃を放った。

対してワインガルドは動かずに大剣を横にして防御する。

少年はすぐさま2撃目を放とうとするが、それよりも早くカウンターが来る。少年は寸でのところで回避した。

それから戦闘は少年に不利な展開になった。

ワインガルドの斬撃は防御することができない。受ければ大剣の威力で吹き飛ばされてしまう。受け流そうにもワインガルドの攻撃は的確にこちらの隙を突いてくる。回避するほかはなかった。だが回避すれば次の行動がワンテンポ遅れ、その間にワインガルドの追撃が来る。

防戦一方の戦い。少年は追い詰められていった。

「どうした?その程度か?」

 ワインガルドは涼しい表情で言った。まだ本気を出していないと言いたげな顔だ。その証拠に息1つ乱していない。

だが少年の方は体力の限界に近づきつつある。無理な回避行動のせいで体に負担がかかっていたからだ。

(くそっ!)

 少年は地面を強く蹴り、ワインガルドに一気に近づいた。

防戦になるのなら先手を取ればいい。先手に全てをかける。少年はそう考えた。だがそれは同時に大きなリスクを追う行動でもあった。捨て身の一撃にも似た行為だった。

――ガキィィィン。

 剣と剣がぶつかり合った金属音。それも今までのより一段と大きい音だった。

少年の一撃に対しワインガルドは下段から溜めた斬撃で強烈なカウンターを放っていた。

少年は大きく飛ばされ、民家の壁に激突する。

(く、くそ)

 少年は剣を地面に突き立てて立ち上がろうとしたが、足の力が抜け倒れてしまった。限界だった。

(ここまでか・・・・・・)

 村人は逃げ切れただろうか。自分は時間を稼げたのか。少年は薄れいく意識の中で村人の無事を祈った。



 パレス村から少し東の街道で村へ馬を走らせている集団がいた。

セイントレイム王国に所属する女王直属の騎士団。薔薇水晶の騎士団だった。

人数は5人。それぞれ剣や弓など異なった装備をしている。

5人が一つに固まって馬を走らせているが、会話は無い。皆、一心不乱に馬を全速力で走らせていた。

騎士団の弓兵であるレスター・オリオールは他の4人と同じくやや焦りを持った顔で馬を駆っていた。

女王から薔薇水晶の騎士団へ任務が与えられたのは3日前。

敵国ベルセリアの軍がパレス村へ向かって進軍しているとの情報が王宮に入ったためだ。当然ながら王宮から軍をパレスに派遣し、敵軍を迎え撃たなければならない。

敵の数は30人程の小規模な部隊という話なので、増援の可能性も考慮し1個中隊を派遣するのが妥当だろう。

 しかし今回派遣されることになったのは5人のみ。理由としては敵の進軍速度から1個中隊を派遣していては間に合わないという判断からだった。

パレス村はベルセリアとの国境沿いにある村だが農村で住民の数も少ないため軍は駐屯していない。

ベルセリアの目的はわからないが、民間人しかいない村に敵国が侵攻しているとなれば早急に兵隊を送る必要がある。

5人編成のみの騎士団ならば速い速度で向かうことができると女王は判断した。

 それでも王宮からパレスまでは相当な距離がある。

更に空を移動できるグリフォンやマンティコアといった翼獣が全て出払っていたため、馬による陸路の移動となってしまった。

正直間に合うかは微妙なところだった。

 しかし敵軍の数が30人という小隊に対して、派遣されるのが5人というのは少なすぎる。普通に考えれば時間が無いとは言え5人だけを派遣したところで敵軍に対抗することはできない。後から増援が来るなら分からないでもないが、そう言った話は聞いていない。

 本来なら女王は何を考えているのかと反抗したくなる場面だが、レスターを含め騎士団は誰も文句は言わなかった。

むしろ当然だと言わんばかりに全員が任務を承諾した。

 それはこの5人が選びぬかれた騎士だからだ。

セイントレイム王国の兵士でありながら、唯一女王の直属に配置され女王の命令によって動く騎士団。それが薔薇水晶の騎士団だった。

少数精鋭の特殊部隊のため全員が一個大隊を指揮できるほどの実力と経験を持っている。

特に団長のガートヴァルや二刀流の剣士シビアスは一騎当千の実力者。あの2人には及ばないがレスターもそれなりの実力は持っている。弓の扱いなら国内外問わず誰にも負けない自身がある

とにかくこの5人なら30人程度の小隊など敵ではない。

 だが問題なのは時間だ。王宮を出発してからノンストップでここまでやってきた。パレスまであと一息というところまで来ている。しかし敵軍の進軍速度が情報通りなら既に敵はパレスに侵攻している可能性が高い。

でもそんなことを考えたところで、どうにもならない。なんとかなるだろう。レスターは持ち前の陽気な思考で不安を打ち消した。


 騎士団がパレスに到着した頃には村は壊滅状態だった。家は焼かれ、村人と思われる死体が幾つも転がっていた。

騎士団の治癒魔法士であるセルフィアはまだ息のある村人を探しているが既に事切れている者ばかりのようだった。

遅かったか。団長のガードヴァルは苦い表情で呟いた。王宮から全速力でここまでやってきたのだが、一歩遅かったようだ。

しかし不幸中の幸いか村人の死体が少ないように見える。

もしかしたらどこかに避難しているのかもしれない。

「ガートヴァル団長!」

 騎士団の団員で槍使いのアイリスが声を上げた。

「どうした?生存者か?」

「いえ違います。こちらへ」

 アイリスが示したのは村の高台だった。

ガートヴァルはアイリスの指差す方角へ走った。他の騎士団員も後を追いかける。

「まだ残っていたのか」

 一段高くなった村の高台からは村の広場が一望できた。

見た先にはベルセリアの兵士が一箇所に集まっていた。既に撤退したと思い込んでいたが、まだ村に残っていたようだ。

しかし一体何をしているのか。敵に察知されないよう身を低くし様子を伺った。

そしてガートヴァルはその集団の中にある人物を見つけた。

「ワインガルド!?なぜ奴がここに」

 敵軍が集結している村の広場では一騎打ちが行われていた。一人は白いローブを着た少年。もう一人は大剣を持った敵の将軍。

白いローブの少年に見覚えはないが、敵の将軍はよく知る人物だった。

「こいつはまずい」

 しばらく剣を交えていた二人だったが、少年はワインガルドの斬撃で大きく飛ばされた。カウンターを食らったようだ。

倒れた少年は一度起き上がろうとしたが再び倒れ、動かなくなった。

ワインガルドは少年にとどめを刺そうと近づく。

「シビアス!」

 ガートヴァルは二刀流の剣士シビアスに指示を飛ばした。

シビアスは地面を蹴ると電光石火のごとく動いた。

高台を一気に駆け下り、広場へと疾走する。目にも止まらぬ速さだった。

魔法で身体を強化し敵兵士達の上を飛び越える。

そしてワインガルドの剣が少年に振り下ろされた時。間一髪でシビアスは横からワインガルドの大剣を受け止めた。

両腰に下げられた二本の刀のうち、一本を抜き片手でワインガルドの大剣を受け止めた。

「なにっ!?」

 ワインガルドは驚愕した。自分の剣が受け止められている。しかも全く気配を感じなかった。

ワインガルドはすぐさま後方へ移動。シビアスとの距離を取った。

シビアスはゆっくりとワインガルドの方へ向く。鋭い目付きだった。

「シ、シビアス。なぜ貴様がここに」

 それまで不敵な顔をしていたワインガルドの表情が揺らいだ。

「久しぶりだなワインガルド。私が相手をしてやろう」

 シビアスはもう片方の刀を抜くとワインガルドに対峙した。

「くっ。俺を昔の俺と思うな。俺はあの時より更に強くなった。いいだろう今こそ貴様を倒し、大陸一の剣士となろう!」

 ワインガルドも大剣を構えた。しかし

「やめるんだ。ワインガルド。大人しく軍を引け」

 遅れて駆けつけたガートヴァルが止めに入る。他の騎士団員も広場に集まってきた。

「くそっ。薔薇水晶の騎士団が全員来ているとはな」

 ワインガルドは毒づいた。

「まさか、我等全員を相手にするつもりではあるまい?元は騎士団の一員だった貴様なら我等の実力はよく知ってはずだ」

「くっ・・・・・・。いいだろう。今回は引いてやる」

 ワインガルドは大人しく軍を撤退させた。いくら人数的に有利とは言え薔薇水晶の騎士団全員を相手にするのは分が悪いと踏んだようだ。

部下に指示を出し、村から軍を引き上げたワインガルドだったが、胸中穏やかではなかった。

ワインガルドはここでシビアスを斬っておきたかった。大陸最高の剣士と言われるシビアスは今後必ず自分の邪魔になる。早いうちに潰しておきたい。しかしシビアス1人ならまだしも薔薇水晶の騎士団が全員揃っていては勝機は薄い。もしワインガルド自身の独断で軍を全滅にでもさせたら皇帝陛下の信用を損ねることになる。

せっかくセイントレイムを裏切ってベルセリアの将軍職を手に入れたのだ。易々と今の地位を手放すわけにはいかない。

それでも近い将来シビアスを含め薔薇水晶の騎士団全員は必ず殺す。ワインガルドはそう決心した。




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