第六夜★哀しき鬼はいつその涙を流すのか
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1
病院から問題なく帰宅できた僕は、ずいぶんと久しぶりに感じながらお茶を淹れ飲みほしました。
アストラルへ来る際、愛用している茶葉等が手にしにくくなると危惧していましたが、ほどよく手入るルートを見つけられこうして毎日愛飲しています。ああ、これぞ至福。
僕の借り住まいは木造建築の一戸建て。瓦屋根の見た目通り、中は畳がほとんどで僕は座布団の上でのんびりとしていました。
これからする明日の準備の前の小休止。
(冬空先輩が僕と師弟関係になったと聞いたらどういう反応をしますかね、あの理事長さん? まあ、喜びそうな予感はありますが。それとも、冬空先輩がもうすでに伝えているのかもしれませんね)
そう思い、心の中で小さく笑う。
(一体誰が考えるでしょうね? 科学者が魔法を教えるなんて)
僕は右手を天井へ伸ばし手のひらを広げ、目線でそれを追う。
「鬼、か。それは僕のことですよ。そうでしょう、父さん? 母さん?」
けれど、答えは返ってこず、僕はただ理事長さんの言葉を思いすだけでした。
2
「哀しい、鬼の子?」
理事長さんの唐突な言葉におうむ返しで聞いてしまいました。
「ええ、そうよ。
あの子はね、鬼の子なのよ」
「…………」
あの子、とは当然生徒会長――冬空美姫のことを指すのでしょう。
「あ、もちろん『鬼のようにかわいい』って、ことじゃあないわよ? まあ、美姫ちゃんは目に入れても痛くない、かわいいかわいい孫だけれど」
「……………………」
頬に手を添えながら、笑顔で自分の孫娘――生徒会長さんをかわいいという理事長さんにどういう反応を示していいかわからず、とりあえずコーヒーを一口いただくことにしました。子煩悩ならぬ、孫煩悩というやつですね。
「あら、ごめんなさい。退屈しちゃったかしら? お茶飲み友達とはこういう話ししかしないからつい。
あなたも薄々わかっていると思うけど、鬼というのはストレートに怪異や魔陣獣のことではないの」
「鬼神の如く強き者、という意味ですね?」
「さすがだわ。冬空家は代々続く由緒正しい陰陽師、今で言う魔祓師を輩出していた家系なの」
「それなら耳にしたことがあります。『鬼斬りの冬空』といえば、有名ですから」
アストラルに在学してる人がいったい何人冬空家のことを知っているかは知らないが、僕のようにほんの数週間前まで非日常にいた僕は、度々その名を耳にしていた。
曰く、『鬼斬りの冬空』。そして『鬼喰らいの冬空』。
「むかしむかし。人はまだ魔法なんて特定の誰かしか使えない、魔術や呪いと呼ばれていた頃、当然怪異や魔陣獣は存在していた。人に仇なす存在は到底非力な人間ではかなわず、人は異形と同じ力――魔力を宿す人を探した。人はそれを初めは陰陽師と呼び、重宝した。人が異形の災厄から守られるようになり救われるも、こう考える者が出てきた。『鬼を斬るもまた、鬼ではないか』と」
理事長さんは語る。魔法使いの歴史を。
「そして陰陽師は少しずつ疎んじまれていった。救世主と崇められながらも、影では恐れ畏れられた。
時が流れた今、魔力の存在が全ての人に平等にあっても、強大な者への畏怖はなくならなかった」
理事長さんは一息つくと、ミルクティーを口へと運ぶ。僕はじっとその様子を見守る。
もちろん僕も記録上、過去の魔法使い達が迫害こそされないにしろ、様々な意味で普通の『人間』とは違う扱われ方をされていたのは知っている。
けれど、そんな祖先を持つ人の口からその話しを耳にするのは、文字だけでは得られない歴史を重圧を感じる。
魔を祓えば魔に染まる。
鬼を斬れば鬼となる。
魔法が魔術や呪いと言われた時代、人はそれにすら恐れを抱き自分達にないものに抵抗を持ち、恐れの念だけが膨れ上がる。
「さっきも言った通り、冬空家は陰陽師を代々その血筋から輩出してきたの。そのためには強力な、魔を祓えるほどの力を必要とした。ご先祖様がどういう秘法を使ったかは知らないけど、自身の強い魔力を子や子孫に『残す』術を見いだしたの。……今になって思えば、ご先祖様の意地だったのかしらね。人のためにあっても人とは認めてもらえず、存在意義だけは守ろうとしたのかもね。
美姫ちゃんはね、ご先祖様の強力な魔力を、自分の意思とは関係なしに受け継いでしまったの。小学生の頃から大人よりも強いせいで、あまりお友達もできずこう言われていたそうよ。鬼の子、って。
美姫ちゃんも美姫ちゃんで、そんな自分の境遇をどう思ったかひたすらに強くなろうとしたの。美姫ちゃんに聞いたら私の影響だって言ってたけど、それだけじゃなくてきっと根本的なところで怖がっていたのかもしれないわね。先祖の魔力という、強大な鎧を宿したが故にそれに見あった刀を持たなければ、捨てられると。あなたに反発して、魔術決闘を挑んだのも魔力のないあなたに勝つことでそういった者を乗り越えたいのかも。あの子、一人で抱えようとするから。
――悠夜くん」
僕の名前を呼んだ理事長さんは、まるで孫でも見るような優しい眼差しで、
「こんなことになってしまったけれど、あなたにお願いしたいの。どうか、美姫ちゃんの力になって欲しいの」
「…………一つ言わせてください」
僕はコーヒーを一口飲み、言葉を言う。
「冬空家の歴史も、生徒会長さんが抱える事情もだいたいはわかりました。では、それを踏まえて言わせていただきます。
――どうでもいいんですよ、そんなこと」
理事長さんは驚いたように目を見開く。僕は構わず喋り続ける。
「生徒会長さん自身が僕に助力を求めるのでしたら、快く応じましょう。ですが、僕自らが手を差し伸べるなんてまねはお断りです。救いや助けなんて望むものではなく、得るものです。
だいたい、そんな環境の人なんてざらにいますし、もっと酷く嘆いている人だっていますよ。
そんなもので不幸面しないでください」
僕の言葉でぽかんとしていた、理事長さんですが何がおかしいのか笑いだしました。
「ふふふ、そうよね、そうなるわよね。ふふふ。今まで何人かの人にこの話しをしたけれど、あなただけよ? そんな反応を示したのは」
「それは、僕は僕だけしかいませんから」
「そうね。でも、ようは美姫ちゃんがあなたに頭を下げればいいのよね」
「えぇ、まあ」
「優しいのね」
「そんなんではありませんよ」
「わかったわ。……今日は時間を取らせてしまってごめんなさい。でも、話しを聞いてくれてありがとう。やっぱり孫はいくつになってもかわいくて。それじゃあ、失礼させてもらうわね。あ、お代は気にしないで、私が払うから。いいのいいの。お婆さんの話しを聞いてくれたんだから、これぐらい当然でしょ? それじゃあ、御武運を」
僕は口を挟む好きもなく、理事長さんは伝票を持ちながら優雅にはけて行きました。
やることもないので、僕も最後の一口を飲み干すとその場を後にしました。
3
今にして思えば、理事長さんはこの展開をよんでいたのかもしれませんね。
僕のことをよく知っていたのか、それとも誰かから聞いたのか、はたまた偶然か。理事長さんの孫はある意味あの人の思惑通り僕の弟子になりましたし。おまけもついてきましたが。
「なんか日常の中にいても、やることは変わりませんね」
結局はそこまで変わらないということですか。
でも、僕に出会ったことでみんなには変化が訪れるのでしょうか。もしもそうなら――まあ、悪い気はしませんね。
さて、明日の準備をするために、段ボール箱をあさらなくては。
今日の夜はいつもよりも少しだけ長く感じた。
4
そのレストランはいわゆる五つ星レストラン。調度品からスプーンやフォーク、何から何まで一級品の品物が使われている。
学園都市アストラル。
自炊のできない学生のためにレストランや飲食店が、都市の各地にたくさんの看板が軒を列ねている。だが、学生の財力では入店も困難になりそうな、いかにも『大人が入る場所』という雰囲気をかもし出すものは極めて珍しい。
店内には客が三人。
一人は鮮やかな薔薇色の髪を長く、膝くらいまで伸ばした二十代後半とおぼしき女性。瞳や唇も燃えるような深紅を宿す美女だ。
美女は上品に皿の上で、分厚くいかにも高そうな肉をナイフで切り口へ運ぶ。ベジタリアンでなければ誰もが垂涎ものの極上のステーキだが、女性はたいして美味しそうに咀嚼せず、
「う~ん、いまいち……。やっぱり、ユーちゃんの作ってくれるご飯が一番いいわね」
「あらあら、羨ましいわね」
「なによ? あんただって、美姫だっけ? お婆様ってなつかれてるんでしょ? いいなー。ユーちゃんなんてまだ私のことを『モーちゃん』や『ママ』なんて言ってくれないのよ。はぁ、反抗期なのかな。中学に上がってからは一緒に風呂や寝るのも拒否するのよ」
「大変なのねぇ。まぁ、あの年頃の子は難しいって言うし」
「ふーん。ツンツンしてるユーちゃんもかわいいけど、やっぱりデレデレのユーちゃんの方がいい~」
女性は子供のように手足をバタバタさせるも、優雅な雰囲気は崩れない。対面に座るアストラルの最高理事長と、女性の傍らで使用人のように控える少女は苦笑気味にそんな光景を見守る。
じたばたし終えると少しは気が晴れたのか、女性はグラスに残っていたワインを一気に飲み干すと席を立った。
「あら、もう行くの? もっとゆっくりしていったら」
「う~ん、そうしたいのはやまやまだけど、そうのんびりしてられないのよ。それに、速くユーちゃんに会いたいし♪」
「あらあら。久しぶりに再会した友人よりも、子供を優先するなんて。歳はとりたくないものね」
「なによ、まだまだ現役じゃない」
「いつまでも若々しいあなたにそう言ってもらえると嬉しいわね。――ねぇ、一つ聞かせてちょうだい」
「ん?」
「今回のこと怒ってる?」
「別に。これはユーちゃんが決めてユーちゃんがしたことなんだから、私がとやかく言うことじゃないわ。あなたもかわいい孫娘のためにと思ってのことでしょ? なら、それでいいじゃない」
女性は『ごちそうさま』と言い手を振ると、足早に立ち去ってしまった。少女も理事長に会釈して頭を下げると、後に続く。
広いレストランの中で一人となった老婆は、優しく楽しそうに微笑を浮かべる。
「森羅悠夜くんか……。おもしろい子ね」
その声は誰も耳にする事なく、夜の静けさにへと霧散していった。
今回は短かったです。というか、作者の見苦しい裏会わせです。(期待された方すいません)
次回は休日の風景や、特訓(?)第一段をやりたいと思います。
それと、いろんな単語が出てきたので、人物紹介とは別にワード辞典を作りたいと思います。作者も混乱気味なので。
前書きでも述べましたが、『あなたは科学を信じますか?(いい略称募集中)』を読んでくださって本当にありがとうございます。
伝助はより一層励みますので、どうかお付き合いください。
それでは失礼しま~す