第五夜★そして氷は溶け、清らかな流れとなって
見上げたのは白い天井。
周りのカラーも清潔感溢れる白色で統一されている。
病院。の個室。のベットの上に僕は寝ている。
あー、帰りたい。好きじゃないんですよね、病院。
「……負けたんでしたね」
魔術決闘の敗北。僕は生徒会長に最後の一撃を繰り出そうとした瞬間、意識を失った。
(まあ、わざとですが)
さて、これからどうしましょうかね。
「今すぐ病院から出ていくのは当然として、生徒会長さんに話しをつけるかそれとも――」
「私がどうかしたか?」
これには素直に驚いた。生徒会長さんの声が聞こえたかと思うと、声の主が扉を開けて入室してきた。
「しばらくたっても起きないから心配したぞ。顔色も良さそうだな。ああ、医療費は気にしないで欲しい。お婆様が快く手配してくださったからな。ん、どうした。鳩に豆鉄砲くらったような顔をして」
「いえ、あの」
感じ違いすぎません? 以前は敵対心が剥き出しでしたのに、今は友達と話すようにフランクだ。
僕の反応を見て心情を悟ったのか、生徒会長さんは表情を陰らすとその場で腰を折り、僕に謝った。
「今までの私の無礼な態度。どうか許して欲しい。私は何もわかっていなかった。君の心情も、お婆様の考えも。フェーデの後に説教をされたよ。あなたはもっといろんなものを見据えるべきだ、と。まったくその通りだよ。本当に情けない限りだ。私は君の背負うハンデの十分の一も理解していなかったというのに。もう君とは敵対するつもりも、アストラルから追い出そうとする気もないことをどうかわかって欲しい。本当に申し訳なかった」
「あ、いえ、その、顔を上げてください。別に僕は気にしていませんから。というか、そんなこと気にしませんから」
「そうか……。ありがとう。そう言ってくれるだけで、心が救われるよ」
そう言うと生徒会長さんは淡く優しく微笑む。……ファンクラブが自然発生するのもわかる気がしますね。まあ、入る気は毛頭ありませんが。
「ところで、フェーデ勝利の件なんだか……」
「構いませんよ。アストラルに出ていくなり、何なりと命令していただいても、僕はあなたの言うことを聞きますよ」
「いや、だから、そんなつもりはもうないんだってっ」
「わかっていますよ」
「……からかったのか?」
「ご想像にお任せします」
「まったく。まあ、いいか。では、正式なフェーデのもと、ここに宣言する。
森羅悠夜。私の――」
生徒会長さんの言葉が言い終わる寸前。バタンと病室のドアが勢い良く開いた。入ってきたのは玲さんに恋華さん。開いたままのドアからは神薙くんに天宮くん、刈柴くんという同じみの顔ぶれが見えました。
「悠夜くん……。すっごく心配したのに…………」
「その心は大変嬉しいです。その手に持つ包丁とアイスピックをしまっていただけるなら、より一層の高ポイントなんで――いだっ」
ゆっくりと、まるで間合いでも計りながら僕に歩みよる玲さんを必死になだめようとするも、僕の言葉は恋華さんの拳(綺麗な右ストレート)により閉口せざるおえなくなりました。
恋華さんはこれまた額に怒りのマークを浮かべ
「フフフ。まったく、悠夜さんったら。またいらないフラグをたてて。私の気も知りもしないで、ねぇ」
「いはゃいれす。は、はにゃしてくらしゃい」
陰のある笑顔のまま、まるで万力のように僕の両頬をつねる恋華さん。爪をたて、肉を抉るように力を込める恋華さんの頭に二対の角が見えるのはきっと僕だけなのでしょうか。
助けを求めて視線をさ迷わすと、玲さんは次は私と言わんばかりに包丁を丁寧に研いでいました。その光景を見るとこの万力地獄の痛みが少し退くのが不思議です。
男子三人を探すと、開けたままのドアからこちらをうかがいながら、恐怖で震えていました。……望みは薄いですね。
痛いを通り越して麻痺してきた頬。その頬に雫が垂れた。
視線を上に向け、気付く。
恋華さんは目に涙を浮かべ、唇を強く噛んでいた。激しい感情の波を押さえるかのように。
「…………」
僕は無言で恋華さんを自分の胸へ抱き寄せる。抵抗しない恋華さんの頭を、左手でできる限り優しく撫でる。
「本当にっ、本当に心配したんですからねっ。また、悠夜さんがどこか遠くに行ってしまう気がして私っ」
「ご心配をおかけました。でも、大丈夫ですよ。僕はここにいます」
僕の言葉で感情が和らいだのか、恋華さんは僕の背中に手を回して――さば折りをした。イタタタタタッ!! 全然和らいでないっ。
「――次また勝手にどこか行くようでしたら、もっと酷いですわよ? ゆーくん」
恋華さんは僕にしか聞こえない声でそう言い、静かに解放すると部屋のすみへと歩いていきました。
……ふぅ。これで簡単にアストラルからは出れなくなりましたね。
「…………悠夜くん」
僕が恋華さんの右ストレートをくらってから、ずっと黙って包丁の手入れをしていた玲さんがいつの間にかベッドにいました。一瞬玲さんが亡霊に見え、思わず恐怖を覚えたから不思議です。
「な、なんでしょうか?」
「……私も」
「はい?」
「ハグ」
抱擁の要求でしたか。僕としては一向に構わないのですが――
「わかりましたので、手に持っている包丁を置いてください」
「やだ」
かたくなに僕の要求は拒否されました。頬を少し膨らますその仕草はかわいらしいのですが、手に見える刃物がミスマッチすぎます。
「…………わかりました」
僕は観念し、刃物に対する恐怖心を必死に押し殺しながら、腕を広げて玲さんを抱擁。
玲さんは少し恥ずかしいのか、頬を赤くしながらも僕の胸に頭を押し付け、背中に手を回しました。もちろん包丁を持ちながら。背中に玲さんの温かい腕と冷たい鉄の感触がありありと伝わり、冷や汗がすごい勢いで流れました。
しばらくして満足したのか、玲さんは照れたようにはにかみながら包丁をポケットにしまいました。……やっぱりそこに収納されてたんですね。
「さて、そろそろいいだろうか?」
傍観していた生徒会長さんがやや不機嫌そうに切り出しました。
「大丈夫です。あなた方もそんなところにいないで入室してください」
「お、おう」
「おじゃまするッス」
「わかったニャ」
玲さんが包丁をしまい恋華さんの表情から険しいものがとれたからか、恐怖心もすっかり引っ込んだようできちんと神薙くん達も入室。さすがにこの人数だと個室も広く感じますね。
生徒会長さんと玲さん達は僕のベッドを挟んで、お互いに向かい合う。どことなく、生徒会長さんを警戒してるようにも見える。
「変なこと要求したら承知しないから」
「ちゃんと人権に乗っ取った発言を期待しますわよ、会長?」
訂正。警戒どころか雰囲気険悪でした。生徒会長さんはアストラルは追い出さないと明言していますが、無茶な注文が来ないのか心配してくださっているのでしょうか。
「もちろんそのつもりだ。森羅、お前も私の頼みはお前の意志で承諾してくれ。フェーデなどは関係なしにだ。でなければ、意味がないし私も嫌だからな」
そう言うと一呼吸おき、自身を落ち着かせる。生徒会長さんのそんな姿は、まるで一世一代の告白をするような緊張感がともなっいて、僕ら固唾をのんで見守りました。玲さんと恋華さんは睨んでいましたが。
「森羅悠夜。
私の――師に、君の弟子にしてくれないか?」
「? ? ?」
この発言には僕だけではなく、皆さんも沈黙し驚愕していました。
「それはどういうことですか?」
「文字通りだ。私は――強くなりたい。腕力や魔力だけではなく、それ以外のことでも。フェーデのあの時、私はお前を『強い』と思った。現に勝利したのは私だが、追い詰められ一発くらった瞬間は勝てる気がしなかった。だからな、森羅。私は『強い』お前のそばで、強くなりたいんだ。そのためにどうか、力を貸して欲しい」
謝る時同様、綺麗に腰を曲げる生徒会長。
まあ、大丈夫ですか。弟子、のようなものを持つのも初めてではありませんし。
「わかりました。あなたを弟子にします。玲さん、包丁をお借りできますか」
「え? あ、うん」
しばらく皆さんと一緒に呆けていた玲さんは、僕の要求に戸惑いながらも応じてくれました。……たいして大きくないポケットから刃物が簡単に出し入れできるのが相変わらず不思議でなりませんが。
丁寧に渡された包丁はとても綺麗に研がれていて、食材だけでなくまるで…………考えるのはよしましょう。
「利き手を貸してください」
「な、何をするんだ?」
「ご心配なさらず。『契約』、と考えていただいて構いません」
「そ、そうか」
「それでは失礼します。刃物への抵抗がありましたら、目をとじていても問題はありません」
「いや、大丈夫だ」
そう気丈に言い張る生徒会長さんですが、瞳を見れば不安がっているのは一目瞭然です。さっさと終わらせますか。
生徒会長さんの手を優しく握り、手の甲を上に向ける。包丁を滑らすように動かし、手の甲に小さな五芒星を描く。皮膚を最小限傷つけただけで流血はせず、問題なくこの行動は終了。
次に僕は自分の人差し指を切りつける。先ほどとは違いある程度深く傷つけたため、血が小さい傷口からあふれる。その一滴を生徒会長さんに刻んだ五芒星の中心に垂らす。
「我、汝に我が血を持って刻む 汝はこの時より我が星の元旅立つ存在なり」
そして僕は生徒会長さんの手に顔を寄せ、軽く唇で触れる。
「なっ……///」
「これで終了です。これからよろしくお願いします。? どうかされましたか?」
「いや、別になんでもない。そうか、私はこれで正式に君の弟子か。……なんて呼べばいい?」
「変わらずでいいですよ。それに変な気を回さなくても別に何も言うつもりはないので、普段通りに接してください」
「うん。了解した」
生徒会長さん、いや冬空先輩はどこか嬉しそうでした。まあ、僕の弟子になりたがってましたし。とりあえずはスキルアップを重視して……あ。
「冬空先輩。そう言えば魔装具ってどうしちゃいました?」
確かチェーンで破壊したような……
「ああ、刀雪嶺斬のことか? ただいま大破中だ」
「うわっ、やっぱり……」
あの時は戦闘中だったとは言え、まずいことをしてしまいましたね。……あっ、そうだ。
「その刀雪嶺斬の破片はありますか?」
「ああ、大きな物はいくつか私が持っている」
「そうですか。では、明日早速集まっていただけませんか?」
「修行か?」
「ええ、まあ、そんなところです」
「わかった。それなら是が非でも行かせてもらおう。ふふふ、初特訓だな」
さっきからずっとニコニコが止まらない冬空先輩。そんなに稽古に励む意欲があるとは真面目ですね。
と、考えていると、
「悠夜さん。その弟子は私もなるのは可能ですか?」
恋華さんがやけに真剣な表情で聞いてきました。
「はい。複数の人を見ることも可能だと思います。もしかして、なるつもりですか?」
「ええ、私も強くなりたいんです。それに、悠夜さんの元で強くなれるのでしたら、願ったり叶ったりですわ」
「うーん。わかりました。了承します」
「うふふ。ありがとう。悠夜さん♪」
楽しげに笑うと、恋華さんは冬空先輩の方を向くと。
「よろしくお願いしますね、姉弟子さん♪」
「うん。こちらこそよろしく頼む、妹弟子よ」
お互いに笑い合いました。笑い合ってるはずなのに、何故か怖いです。
「悠夜くん。私もいいかな?」
「俺も、俺も!」
「右に同じニャ」
「俺も魔法とかいろいろ学びたいッス」
なんと恋華さんどころかみんなが手をあげる始末。
まあ、大丈夫ですか。最大七人、いや八人持った経験もありますし。
その後は皆さんが弟子になることを了承し恋華さんに続き玲さんと『契約』をする。終えた二人は一様に頬を赤くして、とても上機嫌でしきりに利き手を撫でていました。なんででしょう。
「なあ、悠夜。最後の血垂らした後のやつ、どうにかなんねぇかニャ? なんか、背徳的に問題あると思うし」
天宮くんのこんな要求。ふむ、一理ありますね。
「わかりました。では、握手しましょう」
「え、そんなんでいいのかニャ?」
「握手だって起源をたどると立派な契約の証なんですよ?」
「なるほど。じゃあ、それで頼むニャ、悠夜師匠」
こうして男子群は若干の改良を元に行いました。……仕方ないとは言え、六回も同じ行為をしたのはなんか恥ずかしいですね。
「俺らってこれで弟子仲間だな」
「そうッスね」
「後輩も一度でこんなにできたのも、初めてだよ」
「なんか賑やかになりそうですわね」
「ま、いいんじゃないかニャ~」
「よろしくね、悠夜くん」
……まあ、楽しそうな顔も見れましたし、良かったのでしょう。
「では、皆さんも明日は集まってくださいね」
「それはいいけど、悠夜くん大丈夫?」
「体調は万全です。今日中にでも退院できます。冬空先輩、医師の人に、もう帰りたいと伝えて欲しいのですが、お願いできますか?」
「無論だよ」
「助かります。それでは、今日はお開きにしましょう。本日は見舞いに来ていただいてありがとうございました」
集合場所と時間を告げ、さよならの挨拶をかわす。一人また一人と退室していく。最後に残った冬空先輩が、
「森羅。本当にありがとう」
「そんなお気になさらず」
「お前はお婆様から私の家のことを聞いたんだろ?」
「そうですよ。ですが、同情等してませんが」
「そうか。ふふふ。ではな、森羅。また、明日」
「はい、さようなら」
冬空先輩も退室。これで僕だけになりました。
あれだけ騒がしかったのに、今ではまるで音がないように静まりかえっている。
「不思議ですね。周りに人がいるというのは」
玲さんに恋華さん。神薙くんと天宮くん、刈芝くん。
そして、冬空先輩。
「鬼は鬼でも優しい青鬼ですか」
また、天井を見上げながら思う。
世界は本当に汚いな、と。
悲しまなくていい人が胸を痛める。ここはそんな世界ですから。
お久しぶりです。
今回は魔術決闘その後ぽいっ感じでやらせていただきました。
一部の人にはこの展開が読めたでしょうか? 伝助はベタもの好きです。
次回は悠夜くんの回想のような形で、生徒会長さんの過去を少しのぞければと思います。
それでは失礼しま~す