第二十二夜★宿敵は顔を知らぬ才女、来訪者は白き紳士と紅き者
…………結構無理しました。
それではどうぞ……!
0
学園都市アストラルの玄関口でもある駅のホーム。
黒い煙を吐き出しながら、定刻通りに到着する。
貨物車からは荷物が下ろされ、人々が一時の旅を終わらせ次々と下車していく。
散漫とした人影の中で、他の者よりも目を引くものが一つ。
下車した男は深紅のチャイナ服を着ていた。
とても高い身長かつ痩身なため、遠目に見れば紅い棒にも見えなくもない。加えて優男な作りの顔にニコニコとした笑みを常に浮かべ、人畜無害な印象を受ける。
「うむ、列車での移動も良いものでアルな~。長時間座っていなければならないのが難点でもアルが」
男は腰を回したりして軽い柔軟運動をすると、ポケットから折り畳まれた地図を取り出し広げて読み始めた。
けれど男の相貌は閉じているように思えるほど細いため、人によってはその光景を見て『おや?』と思ってしまうかもしれない。
「ここをこうして、ここ更に曲がり、ここで寄り道をし、この通りをまっすぐ進めば……、うん、問題無いでアルな」
男は満足そうにうなずいてポケットに地図をしまい、改札口へと足を進めた。
その背中は嬉々としていて、歩調からも楽しげなのが伝わってくる。
男が先ほどまで見ていた地図。
その地図には大きな赤丸で、國桜高校が囲まれていた。
1
ちょうどテスト一週間前にみんなで勉強して学んだこと。
あの人達が一ヶ所に集まると大抵僕に良くないことが起こるか、ものすごく披露が溜まる!!!
……なんだかとても今さらな気もしますが、それに気付いた僕はこのテスト期間ではとりあえず勉強会を開くのを断念し教えて欲しいという方に個人レッスン、最高でも三人の方と勉強することにしました。
その中には二年である美姫先輩と雲雀先輩も交じっていましたが……。知っている教科の出題傾向やわかりやすい問題の解き方を教えていただいたのはありがたかったですが、何故二人とも逆に問題を僕に聞いてきたのでしょうか? 雲雀先輩はまだわかりますが、美姫先輩まで。
けれどこの案が功を評したのか、みなさんも僕もちゃんと勉強することができ、ヒトによって差はあるかもしれませんが、ほぼ万全の状態でテストに取り組むことができました。
あっという間に一週間も過ぎ、テストも全教科を終了させていました。
慌ただしい日々から離れ、僕らはちょっとした平穏を味わっていたのでした。
2
テストが終わり数日。僕らは珍しく男子だけで食事をとっていました。
なんでも、玲さんと恋華さんはそれぞれ部活の集まり、リリスさんは授業が終わるなりそそくさと昼食を済ませ昆虫採集に行きました。マイブームだそうです。
「にしても、昼休みにこの面子だけってのもなかなかレアだよな」
亮くんも同じことを考えたのか、焼きそばパンをかじりながら喋ります。せめて飲みこんでからにしてください。
「いつも悠夜にべったりスからね~。悠夜の周りに華がないなんて入学から見たことないッスよ」
「そんなこと…………、ありますね」
「だろー? お前は全校男子生徒に恨まれてもしょうがないほどのやつだってことニャ」
「ああ、野球部にもいたぞ。『リア充爆発しろ!』とか言ってたな」
「ちょっと待ってください。別に僕はリア充ではないですよ」
「「「……はぁ」」」
「なんでみなさん揃って溜め息をシンクロ!?」
「ま、ヤローだけってのも本当に珍しいし、まったりしようぜ」
「あ、俺トランプ持ってるスよ」
「よーし、久々に大富豪でもやるか。悠夜、ルールわかるか?」
「一通りなら。八切り(8のカードが出たら、強制的に場をリセットするルール)はありですか?」
「ありだな」
「イカサマはありですか?」
「なしに決まってるッスよ」
『おーい、テストの結果張り出されてたぞ!』
僕達がトランプへやることを移行しようとすると、クラスメイトの一人が教室のドアを開けるなり大声でみんなに報告をしました。
「さて、僕達も見に行きますか」
「よっしゃー、この手札は勝ったぜ!」
「さてさて、どう攻めるかニャ……」
「先手はダイヤの3を持ってる人からでいいッスよね」
「ちょっと、僕の声聞こえてました? テストの結果を見に行きますよ」
報告を受け何人かのクラスメイトがテストの結果を見るべく歩きだし、僕達もそれに続こうとするのですが三人は腰を上げません。
「いたた、急に足が痛くなってきたっ。もう歩けねぇ」
「うぅ、体がだるい。熱射病かもしれないニャ」
「あー、俺むりッス。頭痛がして、視界が歪むッス」
「どんだけ行きたくないんですかっ。下手な仮病までして。ほら、立ってください。行きますよ!」
「離せー!」
「悠夜の人でなしっ。お前さては悪魔かニャッ?」
「そうですよ」
「別にいいじゃないッスか、今見に行かなくても。後で成績表渡されるんスから」
「僕は勉強を教えた身として、あなた方の点数を知る義務があります」
「ええー、でもなー」
「文句は受けつけません。ほら、行きますよ!」
渋る三人の背中を無理やり押して、試験結果が掲示されている職員室前へと向かいます。
そこにはもう何人かの生徒が集まっていて、ある者は嘆きながらある者は喜びながら掲示板に目を通しては去ってゆきました。
ヒトが掲示板の前に群がる中、見知った人影を見つけました。
「こんにちは、美姫先輩。こんなところでお会いするとは奇遇ですね」
「ん、お前達も結果を見に来たのか。自発的に動こうとするとは関心だな」
「いや、俺たちは別に来ようと思ってきたわけではないのだけどニャ……、いたっ」
乗り気でない響くんの横腹を肘で軽く小突く。
「悠夜のおかげでこっちはいい意味で楽しく勉強をできたよ」
「先輩方に関して特に力になったとは思ってないんですが」
「そうでもないぞ。悠夜は勉強しやすくも楽しい『場』をつくってくれたからな。テストもずっとリラックスして受けれた」
「確かに、あんま勉強に対して抵抗はなかったな。少なくとも今までよりは」
「悠夜ってなんだかんだで教え方も面倒見もいいッスもんね」
「そういう意味じゃ大成功だニャ、悠夜先生」
「……別にあの環境を意図してつくったわけではないのですが。ところで、美姫先輩はどのくらいの順位だったのですか?」
「フッ」
美姫先輩は不敵な(それでいてかっこいい)笑みを浮かべると、二年の結果が張られた掲示板を指差しました。
その掲示板の一番上には美姫先輩の名前が。
「「「一位!?」」」
「本当に取られるとは……。すごいですね」
「ありがとう。その誉め言葉は素直に受け取っておこう。
その……、ところで、だな」
僕らが感嘆したのを見て美姫先輩は誇らしげに胸を張っていましたが、急に視線をキョロキョロとさ迷わせて躊躇い気味に聞いてきました。
「その、あれだ。最初に全員で悠夜の家に集まり勉強をした時なのだが……。ほら、私が提案したではないか。この中で成績順位が一番良かった者に悠夜が褒美をやると。わ、私は二年で一年のお前達とは競えないが、一位を取れば私が一番の成績ということにならないだろうか……? 少なくとも私はそう思っているのだが」
ああ、そんなことありましたね。
うーん、事後承諾になりましたが、別にそこまで拒否することでもないでしょうね。
あれでみなさん(特にリリスさん)のやる気も確かに上がったわけですし。
「僕はそれでもいいですよ」
「そ、そうか。じゃあ――」
「――でも、」
「?」
「僕が一位を取っていれば、トップが二人いるわけですから無効になってしまいますよね?」
美姫先輩の案を拒絶するわけではないですが、だからと言って『一位』の座をみすみす取られるわけにはいきません。
僕だってきちんと勉強したのです。常日頃から予習復習を心掛けていますし、一位を狙える自信はもちろんあります。
自信満々で美姫先輩と対峙する僕。けれど美姫先輩は、
「ああ、悠夜。残念なのだが……」
美姫先輩が視線を別の――一年の成績が載せられている掲示板に向けました。
つられて僕達も視線を掲示板に向けます。
『一位:有里暦
二位:森羅悠夜
三位:――――』
おや?
見間違いでしょうか。
僕の名前が成績上位に食い込んでいるのは確かですが、僕の名前が書いてあるのは一番目ではなく二番目。
しかし何度確認しても、僕の名前は一番目に陣取りその場を動こうとしません。掲示された紙に細工されてるかもと思い、紙に触ってみて確かめるも特になにもありませんでした。
…………もしかして、いや、もしかしなくてもいろいろやったりいってたのに、ぼく、はずしました?
「「「ギャハハハ~~!」」」
「くぅ、くくっ」
呆けていた僕の耳に聞こえてのは三重奏のバカでかい声と、目尻に涙を貯めながら美姫先輩の堪えようとも漏れてしまった笑い声。
――ドゴッ!
「ぐぇっ」
――ゴスッ!
「うごっ」
――ゲシッ!
「いたっ」
僕は無言で近づき、亮くんの頭に拳骨を入れ、響くんの水月を左手で突き、大地くんの脛を思い切り蹴りました。
「なにすんスか!?」
「手と足が滑ってしまいました。まことにすみません」
僕はぺこりと腰を曲げ謝罪します。
「スゲー綺麗に頭下げてるけど謝罪の念が全然込められてねえな」
「ちょっと、俺らがツボったからって殴るのはあんまりだニャ。つーか一番悪いのは一番取れなかった悠夜の――」
「――もう一発いきますか?」
「「「ごめんなさい」」」
拳を静かに構えると三人は大人しくなりました。最初からそうしていればいいのに。
僕は少し穏やかではない心情で、一年の掲示板の上に書いてある『有里暦』の名前を見ます。
玲さんと京さんの知り合いらしく、この間みんなで勉強会をした時にも彼女の名前が出ていました。美姫先輩も称賛する才女(の割には欠点もいろいろあるそうですが)は、僕としてはノーマークだったとは言えとてつもなく大きな壁でした。
「……次のテストでは覚悟しておいてくださいね、絶対に僕が一位を取ってみせます」
「なんかライバル意識してるっぽいけど、向こうは歯牙にもかけてないと思うぞ」
余計なことを言う亮くんの頭を叩く。我ながらいいスナップです。
「まあ、向上心があるのはいいことだぞ」
目尻の涙を指でこすりながら、美姫先輩が慰めるように言います。
「なんなら次期生徒会長でも目指さないか? 有里暦にも声はかけているんだ。まだ生徒会総選挙に出る意思表示は示していないが」
「そうですね……。興味がないわけではありませんし、考えてみます」
「そうしてくれると次期生徒会も安泰だな。
それよりも。悠夜がこの成績ということは――」
「はい、わかっています。僕の負けです。……『ご褒美』というのがどういうのを所望されているか存じませんが、僕なりに頑張らせていただきます」
「うん、期待しているぞ」
そう言ってニッコリと笑われる美姫先輩。
女性ってこういう時ずるいですよね。
ちなみに、他の方の順位はと言いますと。
・一年生(学年総数323名)
恋華さん→26位
玲さん→48位
大地くん→75位
京さん→121位
響くん→173位
亮くん→203位
リリスさん→255位
・二年生(学年総数328名)
雲雀先輩→6位
キララ先輩→252位
努先輩→252位
どなたも赤点はなかったようです。もちろん僕も。
2
誰もいない屋上はひっそりとしていてとても寂しい雰囲気があり、夕暮れに染まろうとする景色がより一層哀愁が漂わせていました。
それなりに広くベンチもある屋上は、僕以外ヒトはいません。
それもそのはず。
四方のフェンスには簡易的ながらも人払いの結界が展開してあります。
これは物理的な干渉を防ぐものではなく、ヒトに暗示をかけるもの。これを使うことにより、ヒトは第六感が働く感覚を覚えその場所に訪れようとしなくなるのです。
不可視なため発見するのは困難ですが、中には効果がないヒトもいたり暗示を無視して結界を突破するヒトもいるので完全とは言い難い代物です。
僕は限定的とはいえ世界と遮断された空間で、ハンカチほどの大きさの一枚の紙――古代文字と様々図形で作られた魔法陣を床へ置くと、左手に愛用の魔結晶を握りしめます。
「我は盟約の元、汝の名を口にする 我は悠久の時の末、汝の言葉を思い出す 我は運命に導かれ、汝が存在することを望む
螺旋に迷いし幻影の徒よ、再び我が眼前に顕現せよ!!!」
紙に書かれた魔方陣は黒く輝くと、広い屋上いっぱいまで巨大化し直径がフェンスを越してしまう。
大きくなった魔方陣の中心。
水面から顔を覗かせるように一つの人影が頭から静かに浮かび上がり、足元まで出現すると魔方陣に音もなく足をつけました。
いや、『人影』と称するのはいささか語弊があるかもしれません。
落ち着いた色合いながらもおしゃれな服装は中世時代の紳士を連想しますが、『彼』には決定的ものが欠如している。
肉。
『紳士』には肉がついておらず、服の隙間から白骨が除き、そもそも頭はヒトの頭蓋骨ではなく山羊のそれが鎮座していた。
ヒトの形をした異形の存在がここに顕現する。
「お久しぶりでございます悠夜様。この度は『地獄商会』をご利用いただきありがとうございます」
「こちらこそ。お変わりないようで何よりです、シェーヴル卿」
白骨の紳士――シェーヴル卿が被っていた帽子を胸に当て優雅にお辞儀をなされたので、僕も頭を下げ礼を行います。
「いやはや、そう言われても実は体重が増えてしまって。近々ダイエットを始めようと思いまして」
「そうでしたか。無理をなさらないでくださいね」
シェーヴル卿の発言は冗談に聞こえますが、どうやら本当に体重の変動があるらしいのです。
……骨密度とかでしょうか?
「しかし、噂聞いていましたがよもや本当に学園都市に入られたとは……」
物珍しそうにフェンスの外、建ち並ぶ建造物や校舎に視線を向けられるシェーヴル卿。
「まあ、少しだけありまして。今はそれとなく学生を満喫させてもらってますよ」
「なるほど、それは素晴らしきことでございますますな。ところで、この度はどのような理由で私を呼び出したので?」
「これです」
僕は足元に置いてあった鞄から、巾着袋を取り出す。
その中には札が何重にも張られた、一枚の鱗が。
僕は札を全て取り除くと、それをシェーヴル卿に投げ渡しました。
「おやおや、これはお珍しい……」
「この前、学園都市にやって来た蛇型怪異の鱗です。比較的発生してから日も浅いと思います。その怪異は少し前までドッペルゲンガーと称されていた個体です」
「なるほど、件のでしたか。……しかし何故悠夜様は我々に依頼を? 何かその怪異にご不明な点でもあったのですか」
「怪異にはありません。それは自然発生したものですし、僕も調べてみましたがなんら不審な点はありません。ただ、一つ気になることがございまして。
怪異が発生してしばらくめたたない内に、発生地の周辺に存在した科学者が殺されていたのです」
「……どういうことで?」
「あるヒト曰く、その怪異は世界との『不和』抱える存在に引き寄せられるようなんです。最終的には僕のところに来たのである程度納得していましたが、今となっては腑に落ちないところもあるんですよね」
「と言いますと?」
「もしそれがあっているとしても引き寄せられる対象が多すぎるんですよ。少なくとも僕を含めて十数人は存在するはずです」
「そしてその怪異は悠夜様に導かれた」
「けれど怪異が僕のところへ来ようとする前に、周辺でたくさんの科学者――不和を抱えた存在が消されました」
「ひょっとして、怪異と悠夜様の接触を目論む何者かが寄り道しないよう、怪異が悠夜様の方へ進むよう誘導した……」
「僕もそう考えているんです」
「ふむ、でしたら何者かはいったい何故、悠夜様に怪異をけしかけたのでしょうな。悠夜様を知る者ならぽっと出の若い怪異に負けることなど無いと知っていそうですが」
「単純に僕を殺そうとしているだけなら、簡単なことですよ。殺り返せばいいだけの話しですし。でも、もしそれ以外が理由なら」
「めんどうな事態になりそうですな」
「そういうわけですので、それを調べてください。一応僕も調べてみようと思いましたが専門家に任せた方がいいと思いまして。……それに家ではあまり秘め事ができませんし」
「おやおや、誰かと同居でもなされているのですか?」
「いえ、妹が一人できたもので」
「悠夜様……!」
「大丈夫ですよ」
驚かれるシェーヴル卿を、両手を上げて制す。
「彼女には僕も殺そうとしたりどうこうする気はありませんよ。……襲われはしましたが」
あの時は本当に危なかったです。
「悠夜様がそうおっしゃるなら、私からは何もいうことはありませんな。取り乱してしまいすみません」
「いえ、僕のことを気にしていただきありがとうございます」
「……傍によってもよろしいですかな」
僕が頷くと、シェーヴル卿が静かな足取りで近づくと僕を優しく抱き締めてくれました。僕もシェーヴル卿の腕に手を乗せます。
「惜しむ限りでございます。もし人として存在しこの手に肉がついていれば、悠夜様に温もりを伝えることができましたのに」
「そんなことありませんよ。僕は今とても満たされています」
「身に余るお言葉にございます。なんとお礼をもうしていいやら」
「そんな」
「悠夜様あってこそのシェーヴル、悠夜様あっての『地獄商会』でございます。どうかご自身を大切にしてくださいませ」
シェーヴル卿はゆっくりと僕から離れ、名残惜しそうに魔方陣の中心に戻りました。
「一つ、お聞かせください。もしこの怪異にお姉様が関わっていたら、どうなさるおつもりで?」
「そんなの決まっていますよ」
僕はブッ破壊すだけですよ。
「そうですか」
シェーヴル卿はにっこりと笑った、ように思えました。
「あ、そうそう忘れていましたよ」
――カシャッ
「はい?」
いつの間にかシェーヴル卿の手にはカメラがにぎられていて、シャッターをきっていました。
「え、ちょっ、なんですか急にっ?」
「いえ、ただ悠夜様の写真が『地獄商会(我々)』の内で高額に取り引きされているものですから。しかも制服姿と来ればレア物でしょう」
「いや、だからっていきなり……」
「では次はポーズの方を」
「しませんよっ。ほら、時間です」
シャッターをきり続けるシェーヴル卿が、まるで底なし沼にはまったように足元からゆっくりと沈んでいきます。
シェーヴル卿はカメラをしまい、
「悠夜様、またお会いできる日を楽しみにさせていただきます」
「僕もです」
「それと――哀れな同胞を弔っていただきまことにありがとうございました。心よりお礼を申します。
それでは」
シェーヴル卿は最後まで手を降りながら、魔方陣へと消えていきました。
それと同時に魔方陣も消え、紙も風化するように塵となり風に乗って散ってゆきました。
僕はしばらくそんな風景を眺めていたのですが、急に激痛が走り体をくの字に曲げました。
――魔術施行により発生した代償。
踏ん張ったおかげで吐血は免れ、口の中にある溢れんばかりの血液を無理やり飲み込み胃へと流しました。
まったく。簡易的なものでも転移召喚魔術と結界を同時に使ったとはいえ、いくら補助をしようしてもこの有り様とは。我ながら情けないですよ。
僕は鞄に入れてあった水で口をゆすぎ、結界を張るための札をはがしました。
四枚全てはがしたところで――
――バクッ
「!? これは……!」
右眼が見た。
あいつの存在を。
「ちっ」
僕は鞄を拾いながら、痛む体を叱咤し階段をかけ降ります。
結界が邪魔したせいで制御装置がついた右眼では感知できなかったようです。
「一難去ってまた一難とはこのことですね。よりによってウォンが来るとは!」
僕が脳裏に浮かんだのは長身で痩躯の中国人の男。
あいつはこの校内にいる。
「ああっ、もう、間にあってくださいよ!!」
僕は叫びながら、誰もいない廊下を疾走します。
3
「失礼。ちょっと訪ねたいことがあるのでアルが」
雲雀(私)が京と演劇部の部室を目指して歩いていると、後ろから声をかけられた。
振り返るとそこには高い身長だけどほっそりしているアジア系の男性が。細い目はどこか困りはてているように見える。
「なんや、何かようなん?」
私の変わりに京が男の人と応対してくれた。
あの一件で自信はついたけれど、初対面の男性とはまだあまりうまく話せない私だった。
「実はある者のいる教室を探していてな。ユウヤ・モリアミというやつなのでアルが」
「なんや、悠夜の知り合いなん?」
「ユウヤとは知り合いも知り合いでアル。お主らもユウヤのことを知っているのでアルか?」
「ウチとこの先輩、それと悠夜は同じ部活仲間なんや。悠夜の教室も知ってるし多分いるとちゃうんか? 雲雀先輩、ここは悠夜を迎えついでにこの人を送った方がええんちゃう?」
「うん、そうだね。せっかくだから案内しましょ」
「おお、本当でアルか。いやー、助かったでアル。救いの神とはこのことでアルナ~♪」
悪い人ではなさそうだし、案内してあげても罰は当たらないだろうと思い中国人の人を悠夜くんのクラスへ案内する。
道中、演劇部のことにいくつか質問されたので受け答えをしている内に、悠夜くん教室へとたどりついた。
窓からは悠夜くんと一緒にいる六人のクラスメイトと、どういう要件か知らないけど冬空さんが談笑をしていた。
でも関心の悠夜くんの姿はない。
「悠夜のやつ、おらへんなー」
「ごめんなさい、行き違いになってしまったかも」
「いやいや、案内してくれただけでも感謝でアル。シェイシェイ」
両手を合わせ、頭を下げる中国人の人。
「それに、好都合でアルからな」
「え?」
疑問に感じた私にニッコリと笑いかけ、
「そういえばまだ自己紹介をしていなかったでアルな。我が名はウォン。ウォン・チャンである。以後、お見知りおきを」
中国人の男性――ウォンさんがまた深々とお辞儀した。
いかがでしたでしょうか。
今回はあまりメインキャラが名前しか出ていないので、次回は出そうと思います。
今回はテスト結果と新キャラ二人をメインにさせていただきました。
シェーヴル卿がちゃんとおじいちゃんできていたかが心配です。
ちなみに伝助はおじいちゃん・おばあちゃんっ子でした。
次回に続く形になりましたのでなるべく速く執筆したいと思います。
未だに短編と平行作業ですが……。
感想・レビューお待ちしております。お気軽にどうぞ。
伝助でした。さようなら~