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第二十夜★例えどこで胡蝶が羽ばたこうとも、嵐はすぐ目の前に(後編)




 嵐は過ぎさってもその爪痕は残り、誰かの心に刻まれる。


 忘れたくても、痛みは僕らを忘れない


 そして離れることなく、僕らは日々を過ごしていく






  0


『前回までのあらすじだニャ』

悠夜(ゆうや)は演劇部の先輩、白樺(しらかば)雲雀(ひばり)を怪異から無事救出することに成功するが、その時の戦闘で負傷してしまいゴールデンウィーク最終日まで入院することになった』


「入院期間がゴールデンウィークいっぱいになったのはあなた方のせいですけど」


『そこで俺達は入院中、暇であろう悠夜の為にある企画を用意したッス。その名も「第一回 誰が悠夜の傷だらけのハートを癒せるか? 乙女同士のガチンコバトル! ~悠夜の内臓ポロリもあるよ~」ッス』

『ちなみにこのタイトルは、一時間かけて考えたんだぜ』


「でしょうね! 僕としてはむしろびっくりですよ。こんな幼稚で稚拙なタイトルを考えだしたことにっ」


『実はどっちか悩んでたんだニャ。「傷だらけのハート」にするか「修羅場だらけのロード」にするか』


「一時間も費やして悩むようなことでもない気がしますけど」


『けど悩んでおかげで、とてもいいものができたニャ』


「至極どうでもいいの間違いだと思うのですが」


『そんな「誰が悠夜の以下略」のトップバッターは悠夜と同じ演劇部の篤兎(とくと)(みやこ)だった』

『彼女は看病の定番ともいうべきお粥で勝負してきたッス。しかも「あーん」して食べさせるという高等テクを見せたッス。この行動はウブでシャイでチキンな悠夜には大ダメージだったスね』


「あれはお粥という名の殺人兵器です。おかげで水飲んでも辛さしか感じませんでしたし。それと刈柴くん、さすがに僕でも怒ることはありますからね?」


『篤兎に続いたのはご存じ、キレのある包丁が売りの月弦(つきづる)だったニャ』

『まあ、運悪く月弦は前の篤兎と傾向が被ってしまい、林檎を使ったんだが「あーん」をしたためパクリ疑惑も浮上したが厳正な審査の下、パクリではないことが証明されたことをここに言っておくぜ』


「そんな審議してましたっけ?」


『けど、月弦選手もまたすごいインパクトあったスね』


「ありまくりでしたよ。だって大きめの包丁で林檎を剥き、更には包丁をフォーク代わりに使用するのですから。過去にいろんな人を見てきましたが、包丁をあそこまで日常生活に取り込んだ人は見たことありませんよ」


『そしてヘタレの悠夜はどちらか一人を選んで暫定一位に指名せんとならないのに、なんと勝者を選ばなかったのニャ』


「あんな目に合わされて、どちらが素晴らしかったか決めろと?」


『仕方ないので俺達はそのまま二人を暫定一位としたまま進行し、三番手は悠夜の昔馴染みでもある霧坏(きりつき)だったのニャ』

『霧坏は男の夢のトップ10に入っているであろう、耳掻きで勝負をしてきたッス』

『初々しい新婚のような雰囲気を醸しながら、霧坏が悠夜の耳元に顔を寄せて内緒話をし最後の方で激しく責めたてるっ。さすがの悠夜もアレにはイチコロだったな』


「…………(ブルッ)」


『どうした悠夜?』


「いえ、少しばかりイヤーな記憶を思い出しただけです。ハハハ……」


『笑い方がすごく怖いんだが。まあ、霧坏は見事勝利、というか悠夜に選ばれ暫定一位の座を獲得したわけだ』

『残す後半戦はあと三人。いったい誰が栄光を掴むのか? 誰かがその手に勝利を握りしめるのか?』


「そして僕は無事に退院できるのでしょうか……?」


『それでは張り切って、行ってみるニャー!』



  1


『休憩も終わったところで、後半戦をいってみようかニャ! 四番手は悠夜の義妹でもあるリリス・ペンドラゴン選手だニャ』


「よろしくね~」

「もう終わりでいいですか?」

「なんかリリスの対応他の人に比べてひどくないっ?」

「あなたがはりきると、ろくなことが起きた例が無いんですよ」


『おおっと、これはリリスちゃん早くもアウェーだ』

『まあ、四六時中一緒に居たら、幻想なんて抱く暇ないッスよね』


 強いて言うなら幻想を抱く時間が与えられる前にリリスさんはある意味はっちゃけましたけど。


「もぉー。リリスだってお兄ちゃんを喜ばす為にいろいろ考えて来たんだよ」

「そうでしたか。それはありがとうございます」


 僕は手を伸ばしてリリスさんの銀髪を撫でる。義妹状態でストレートにしているリリスさんの髪はさわり心地がとてもいい。


兄妹(きょうだい)でイチャつくのは構わんが、そろそろ進めて欲しいニャ』

「イチャついてません」


 天宮(あまみや)くんも冗談とは思いますが、ちゃんと否定しておかなければ後々めんどうですからね。

 にしても、髪を撫でるくらい妹へのスキンシップとして当然のような……、おや? これはもしや俗に言われる『シスコン』の思想に類似しているのでは? うーん、何がとは言えませんがなんだかこのままではまずい気がします。


「リリスは入院で暇をもて余したお兄ちゃんのことを考えて、ある物を持って来たんだよ」

『なるほど。ペンドラゴン選手はプレゼント作戦か』

『まあ、前半三人はどちらかと言うと奉仕してたッスからね。このプレゼント攻撃は新鮮ではないかと。それでペンドラゴン選手は何を持って来たッスか?』

「フッフッフ。私はみんなとは違って“形に残り”なおかつ“実用性のある物”を用意してきたんだよ。はっきり言って負ける気はしないね」

『だそうだけど、そっちは何か言いたいことあるかニャ?』

「どんな物をリリスさんが出そうとも、私のこの位置は不動ですわ」

「私はどっちが負けても、別に気にしないけど。でもそうね……。どうせどっちかが負けるのなら、これ以上無いくらいの惨敗が見たいな」

「もうどっちでもええから、はよ終わらせて欲しいんやけど。この(ござ)に敗者として座るの、精神的にきつい……」

『まあ、意見も出てるし時間も有限なことなので、そろそろペンドラゴン選手、ささっと悠夜その持って来たプレゼントを渡して欲しいニャ』

「は~い」


 リリスさんはよっこいしょと言って、僕が座るベッドの端にいつも登下校時に利用している鞄を置きました。やはりあの鞄の中に入っているのでしょうか? どうやらあまり大きな物ではなさそうですね。さて、いったいどんな物が出てくるのでしょうかね。ちょっぴり楽しみです。

 リリスさんはそんな僕の心境を感じとったのか、いかにも楽しそうに鞄を開け中をあさる。そして薄っぺらい何かを差し出した。


「はい、お兄ちゃん。これをリリスだと思ってたっぷり楽しんでね♪」


 僕に笑顔で渡して来たのは見慣れない雑誌。

 綺麗な外国人美女が載っている表紙。肌の露出はものすごく、豊満な胸や下半身を手と腕で隠しこちらにウィンクしている。

 これってもしかして……

 何か何かとプレゼントを覗き見る他のみなさんも、正体がわかるなり絶句。信じられないという目でリリスさんとプレゼントを向後に視線を向ける。


「リリスさん、リリスさん。一応聞きますが、これはなんなのですか?」

「何ってそれは、思春期の男子ならベッドの下に一冊以上は必ずある、青春の甘酸っぱさと儚さを内に秘めた至高の一品――エロ本だよ♪」


 あろうことかこの娘、義兄の見舞品にアダルト本を持ってきやがりましたよ!! これを持ってきたのが男友達なら百歩譲ってまだわかりますけど、なんで義理とは言え妹が持ってくるんです!? しかも友人や先輩方の目の前で!!


「いやー、お兄ちゃんに何かプレゼントしようとまでは考えたんだけど、肝心の贈る物を何にしようか迷っちゃって。そこでね、ママに相談してみたんだ。そしたらママが『Hな本をもらって喜ばない男はいないわ』って。だからそれにしたの」


 僕の心境なぞいざ知らず、さも得意気に語るリリスさん。

 というかこれは師匠の差し金ですか! どうしてあの人は見舞品にアダルト本を推奨すします普通!? 本当に親子の縁をぶった斬ってやりましょうか!?


『え、えーと、それじゃあリリスちゃんはプレゼントを悠夜に渡して、悠夜は誰が一位か決めてもらうニャ』

「は~い。どうぞお兄ちゃん。プレゼント、フォア、ユー」


 外見の割に微妙な発音をしながらアダルト本を僕に渡してくるリリスさん。……ああ、周りからくる同情の視線が痛い。なぜ僕はこんな感覚を味わなくてはならないのでしょうか? ん、そう言えば、僕の入院が長引いたのって、確かリリスさんが余計なことをして余計なこと言ったからですよね。そのせいで他の方々が興奮状態に陥って……。結局はリリスさんのせいじゃないですか!! 今だっておかしな企画と師匠のおかしなアドバイスのせいもありますが、また僕はリリスさんによって精神的ダメージを追わされている。

 なんだか最近、リリスさんには理不尽な目に合わされてばかりですね。そう思うと胸に熱い何か物がふつふつと込み上がってきました。


「リリスさん」

「ん、なに?」

「猛省なさい!」


 僕はリリスさんからアダルト本を受けとると――そのままリリスさんの脳天を冊子で叩き付けました。


 ――スパンッ!

「痛っ! な、何するの!?」


 僕は目に涙を浮かべ痛そうに頭部を擦るリリスさんを無視し、スリッパを履かずに風通しを良くするために開けてある窓まで歩きます。

 憎々しいまでの清々しい日射しの中、僕は窓から見える景色を見下ろしながら――


「飛んで行きなさい、遥か彼方まで!」

「あーーーっ!」


 フリスビーの要領で、僕はアダルト本を空へと投げ放つ。ちなみにここは五階。

 リリスさんは驚きの声を上げながら窓まで走りよると、弧を描きながら重力に従うアダルト本を視線で追う。本は高い木に引っかけ、そのまま落下が終わった。


「…………………………」


 アダルト本の最期(?)を看取ったリリスさんは、ものすごい勢いで意気消沈しそのままフラフラと歩き病室を去って行きました。……やり過ぎでしたでしょうか?


『え、えーと、途中退場したことにより、ペンドラゴン選手は失格となりましたニャ。いや、でも、まさかこういう展開になるとは……』

『リリスちゃんって一見馬鹿っぽいッスけど、ほんまもんの馬鹿だったんスね』

『なあ、悠夜。追いかけなくていいのか?』

「いいです。子供ではないのですから、戻ってくるなり帰宅なりするでしょう」

『そんじゃ、えーと、見事一位をキープできた霧坏選手。何かあるかニャ?』

「(……アレを投げ捨てたということは、悠夜さんに外国人、もしくは金髪の女性を積極的に好む嗜好ではない。これは私が若干優勢ということ……!)」

『おーい、もしもし~? ……えーと、霧坏選手は特になさそうなので、次に行かせてもらうニャ』


 こうして精神疲労だけが溜まり、後半戦が続いていくのでした。

 ……ところで、恋華さんの目が怖いくらいにギラついているのは何故でしょう?



  2


『五番手はこの人。最近抜刀癖が付いて来た、ミスまな板。冬空(ふゆぞら)美姫(みき)選手だニャ』

「あ、手元が狂ってしまった」

『ギャニャー!』


 口は災いの元と言いますが、まさにその通りですね。

 天宮くんの軽率な発言は、魔装具を瞬時に抜刀させ冬空先輩の手元をおかしくするのに絶大な威力を有していたようでした。

 まあ、天宮くんの自業自得とはいえ、彼が紙一重で避けなければ冬空先輩もいったいどうしたのでしょうね? 床にハラリと落ちる金髪を見ながらそんなことを考えました。


『あ、危なっ。冬空先輩、あんたなんてこと――』

「(ジャキッ)何か言いたいことでも?」

『いえ、何もありませんです、ハイ』


 口を開くも再び構えられた日本刀を目の前に、押し黙りました。

 ……天宮くんの言うことに同意するわけではありませんせんが、抜刀癖は確かに付いてきている気がします。出会った頃はすぐにプチッと来ても抜刀すること無い、まごうことなき『常識人』でしたのに。最近では他の人と大差ないように思えて来ます。あぁ、僕にはこういうのを引き寄せる引力かなんかを持っているのでしょうか?


『そ、それじゃあ、冬空選手はいったいどんなことを計画されたんだニャ?』

「うむ。私は森羅に贈り物をと考えてな」

『てことは、ペンドラゴン選手と一緒スね』

「アレと一緒にするな!」

「そうですよ、そんなことよりも過去のことなど早く忘れてください!」

「……私も否定しておいてなんだが、そんなに嫌だったのか」

「嫌と言うより、ものすごく不安なんですよ。リリスさんの将来や、僕の平穏などが」


 リリスさんは思いつきをすぐに実行する傾向がありますからね。その悪癖によって僕がどれほどの苦労を強いられたことか……!


『兄妹の事情はさておき、そろそろ冬空選手は持って来た物を悠夜に授与してくれニャ』

「それもそうだな。私が用意して来たのはこれだ」


 そう言って冬空先輩は大きめのスポーツバックからダンベルやらウェイトやら、体を鍛えるのに必要な物を取り出しました。


「やはり『武の道』を生きる者にとって、数日とはいえ鍛練が行えない環境は苦痛でしかないからな。まあ、自分の使い慣れた物の方がいいだろうが、さすがに用意できなかったので私が普段使用している物を持って来たことに関しては勘弁してくれよ?」


 腕組みをして誇らしげに胸を張り、自信に溢れる表情で語る冬空先輩。

 着眼点は悪くないと思いますが……


「あの、冬空先輩」

「ん、なんだ。まだ他に欲しいのがあるのか? なら言ってみろ、お姉さんが用意してやろう」


 お姉さんって……。

 いつもより上機嫌な冬空先輩。対して僕は実に気まずい心境の中、


「ここの病院って、リハビリを必要としたり入院生活で体力が衰えてしまった患者のために、トーレーニングルームなる場所が設けられているのですよ」

「ほー、そうなのか」

「それで僕も冬空先輩と同じことを考え、これはまずいなと思いまして担当医に相談したのですよ。そしたら、担当医の方が快くそのトーレーニングルームの使用許可を出してくれたんです」

「…………え?」

「ですから、この数日は自己鍛練という意味ではすごく充実したものになりました。特にやることもありませんでしたし、それはもう集中的に」

「………………と、ということは何か。私の考えは、私が立てた計画は意味がなかったということか……?」

「端的に言えばそうなりますね」

「――ッ!」


 さっきまでの余裕ある表情はどこへやら。ものすごく悲痛な表情を浮かべながら、冬空先輩はぺたりと床に座りこんでしまいました。


「まあ、普通に考えてお見舞いに筋トレグッズなんて持って来ませんわよね」

「う~」

「意外性を重視したんだろうけど、逆にイロモノ過ぎたと言うかリリスちゃんのと大差無いと言うか」

「ひぅっ」

「そもそも今日退院やのにそんな物を渡すなんて、お前まだ入院してろと言ってるようなものやん。生徒会長はんも、存外酷いんやな~」

「うわーん!」


 あーあ。

 恋華さん達のねちっこい攻撃に耐えきれず、とうとう泣き出してしまった。意外に打たれ弱いんですね。まあ、ここでこそこんな扱いをされていますが、学校に行けばカリスマ美少女生徒会長ですから、誰も冬空先輩を弄ろうとはしませんよね。そう考えると、この絵はとてもレアではないでしょうか。


「うぅ、ぐすっ」

「えーと、冬空先輩。とにかく泣き止んでください。結果としては無に終わりましたが、あなたの心遣いはとても嬉しかったです」

「うぅっ、えぐっ。……ほ、本当か?」


 冬空先輩と同じ目線になり、頭を撫でながら言葉をかける。

 何故僕は自分よりも年上で、自分よりも背の高い女性を慰めているのでしょうか?


「本当ですよ。ですからね、冬空先輩。ご機嫌なおしてください」

「う、うん、わかった。お前がそう、言うなら、ひぐっ、そうしよう」

「そうです、冬空先輩はそうでなくては(ふぅ、これでいつもの冬空先輩に戻って来てくれましたよね)」

「……なあ、森羅。一ついいか?」

「はい、なんでしょうか」

「何故私は『冬空先輩』なんだ?」

「え?」


 なんだか冬空先輩が哲学的なことを言い出してきました。


「違う。そういうことじゃない。どうして私の呼称は名字に先輩付けなんだ。百歩譲って先輩を付けるのはいいとして、何故私のことを名字で呼んでいるのだ。大半の者は名前で呼び合っているのに不公平ではないか」


 えー。


『ハイハイ。実は俺も前から思ってました。俺らも下の方で呼んでるんだからお前もそうしやがれこのフェミニスト』

『そうだニャそうだニャ』

『他のみんなはそうなのに自分だけ違うって、地味に傷つく時があるんスよね』


 突然口を開いた神薙くんに賛同するように、男子達も不満(?)を言い放つ。

 え、なんですかこの展開?


「えーと、つまりあなた方は僕に呼び方を変えて欲しいと?」

『そういうこと』

「あー、それでは、神薙くんのことを(りょう)くん。天宮くんは(ひびき)くん。刈柴(かりしば)くんを大地(だいち)くんと呼べばいいのですね?」

『それでオーケーッス』

「……わかりました。以後からそのようにいたします」


 呼称ってそんなに重要ですかね?

 本人と特定できたり侮蔑等がこめられていなければ別に気にすることでもないように思えますが。


「だから私のことを忘れるな!」


 あ、そう言えばもう一人……


「ちょっと待てっ。さてはお前、本当に私のことを忘れていたな!」

「……そんなことありませんよ」

「目が泳いでいるせいで説得力がまるで無いぞ」


 冬空先輩は軽く僕を睨むも、コホンと小さなせきをすると人差し指でビシッと僕を指さしました。


「今日から私達はお互いを名前で呼び合う!」


 と、声高に宣言しました。

 けれど、ぽかんとして何も言葉を発しない僕を見て不安になったのか、怯えたように目が潤むと先輩にしては珍しく小さな声で、


「だ、だめ、か?」

「いえ、大丈夫です」


 と言い、僕は僕であっさりと了承してしまいました。


「本当かっ」

「え、ええ。さすがにこれしきのことを前言撤回はしませんよ」


 いい返答が聞け、満足そうに微笑む冬ぞ――じゃなかった、美姫先輩。先ほどの涙目といい、今浮かべている輝かしい笑顔といい、改めてふ――美姫先輩が魅力的な女性であることを認識してしまう。

 そのせいか――


『それじゃあ、悠夜。霧坏選手と冬空選手、どちらが勝者かニャ?』

「美姫先輩です。…………ぁ」


 何も考えずに思わず視いってしまっていた方の名前を上げてしまいました。

 急に振られたとはいえ、まさか呆けてしまうとは……。もしかして僕って、色仕掛けに弱いのでしょうか? そんなことを思うとなんだか虚しくなってきました。


「悠夜、私を選んでくれたのかっ。嬉しいぞ!」

「こんな結果認めませんわよ! あんなのルール違反じゃなくて!?」

『でも決めたのは悠夜だニャ。不満があるなら悠夜に言って欲しいニャ』

「そうだ、これは悠夜が決めたことだ。文句を言わずにおとなしく負けを認めるのだな」

「ウギギギ……」


 なんともわかりやすい勝者と敗者の構図。まあ、癒されたという点では、美姫先輩の笑顔が今日の一番ですから、審査(?)は間違っていないはず、ですよね。

 美姫先輩は満足な表情でパイプ椅子(一位席)に座り、恋華さんはブスッとした表情で敗者が集う蓙へと向かう。


「…………やはり鼓膜を破っておくべきでしたわね………………」


 僕は何も聞いていません。幻聴なんて耳にしていません、恋華さんは通り過ぎる際に何も言っていません……!



  3


『トリを飾るのはこの人、こんな可愛い子が女の子なわけないを地でいく演劇部の先輩、白樺(しらかば)雲雀(ひばり)選手だニャ』


 ………………………………。


 おや? いつまでたっても雲雀先輩のプチ自己紹介が始まりませんね。

 それとなく病室を探しても雲雀先輩の姿は見当たらりませんでした。それと、雲雀先輩に同伴するような形でやって来たキララ先輩も。


『……どっか行っちまったのか、白樺選手?』

『そうなると不戦勝ということで、冬空選手が優勝ッスね』

「前から思っていたのですが、優勝したら何か貰えたり特典があるのですか?」


 この企画は変なところに力を入れていますし、なんか景品くらいは用意してるかもしれませんね。


『悠夜を一日好きにできる権利』

「…………えぇっと、初耳なのですが?」

『だって言ってないからしょうがないニャ』

「ないニャ、じゃないですよ! どうしてせんな重要なことを後々言ってくるんですか。しかも僕が聞かなければ言う気配なかったですよねっ。そもそもあなた方は勝手に景品にしといて、本当に僕を見舞いに来てくれたんですかっ?」

『え、駄目だったんスか?』

「駄目とか言う前に一言言ってくれませんかね、人権的な問題からして」

『だってあいつらに優勝商品が合ったとして何がいいかって聞いたら、口を揃えて“悠夜一日好きにできる権利”がいいって言ったんだニャ』

「う、裏切り者(?)っ」


 蓙の上に座った玲さんは若干気まずいのか視線を僕と合わないようにか明後日の方向に向けています。少しでも罪の意識があるように思えますが、彼女達も黙っていたのですよね……。


「フハハハ、今さら知ったところでもう遅い。既に悠夜(の一日)は私の物だ!」


 美姫先輩も美姫先輩で悪役っぽいことを言ってるっ。しかも言葉から勝利への自信がありありとにじみ出ていますね。このまま行けば不戦勝らしいですけど。


『それじゃあ、何故か知らないけど白樺選手は失か――』


 ――ガラガラッ!


 勢いよくドアが開き、響くんの言葉が遮らました。みんなの視線が息を切らせながらドアの前に立つキララ先輩へと向かいます。


「間に合った!?」

『ギリギリセーフだニャ』

「やー、危ない危ない。ごめんねー、待たせちゃって。準備に手間取ったのもあるんだけど肝心の雲雀が嫌がっちゃって」


 僕はキララ先輩の言葉に引っ掛かりを感じました。

 準備に遅れたと言うのはまだわかりますが、雲雀先輩が嫌がった……?


「うぅ、キララァ……」


 今度は雲雀先輩がドアからひょっこと頭だけを出してきました。何故か涙目で。


「ねぇ、本当にするの……?」

「だから言ってるでしょう! あなたには必勝の二文字以外はありわしないの。敗北なんてもっての他よ」

「ふえぇぇ」


 なんだか泣きそうな雲雀先輩。いったい何が先輩を追い詰めているのでしょうか?


『で、雲雀選手は何もアクションしないのかニャ。だったら失格ってことになるけど』

「うぅ~」


 雲雀先輩は何かを悩む素振りをすると、覗かせていた頭を引っ込めました。


「わ、笑わないでよ……?」


 そう言うと、雲雀先輩は頭だけではなく全体を僕らの目の前にさらしました。

 雲雀先輩の姿を確認した瞬間、僕達に衝撃が駆け巡りました。


 ナース服。


 雲雀先輩はナース服を着用していたのでした。

 それも通常の看護師さんが着るようなものではなく、ピンク基調とした配色に半袖、見ているこっちが赤面してしまうようなミニスカートという仕様になっています。

 さらさらストレートな白金の髪にはナースキャップを乗せ、右手におもちゃの注射器を持ち左手で恥ずかしそうに押さえるスカートからは肉付きのよい太ももが存在感を示し、足に装着された網タイツは見事なまでの脚線美を演出していました。


「どうよこれ! 私が腕によりをかけて作り上げたのよ。いやー、私の目に狂いわなかったわ」


 そう自信満々に呟くのはキララ先輩。なるほど、この衣装はキララ先輩が雲雀先輩の為に用意したオーダーメイドというわけですか。

 キララ先輩は裁縫がお得意で、舞台衣裳のほとんどは先輩が作った物だと聞いています。


「この話しを聞いた時にピンと来たのよ。雲雀にはこれしかないって! まあ、一から作ることになったし、さすがに連日徹夜して今朝やっと完成したんだけど。ちなみにつっくんも手伝ってくれてたんだけど、終わったとたん力尽きちゃって今は爆睡してるでしょうね、多分」


 なるほど、(つとむ)先輩の姿が見えないのは不思議に思いましたがそういうことでしたか。キララ先輩と努先輩はいつもべったりですからね。キララ先輩も化粧をしていますが、よくよく見るとうっすらした隈が目の下に。


「そんな私とつっくんの愛の結晶を、雲雀ったら着る直前になって『無理っ』、って言ってきたのよ。もー、ひどいったらありゃしないんだから」

「だ、だってそれは、こんな格好だと思わなかったから……」


 もじもじしながら、恥ずかしげにうつむく雲雀先輩ははっきり言ってとても可愛いらしい。

 骨格上男性というのはきちんと理解しているつもりですが、こういうしぐさを見るとやはり性別を疑ってしまいますね。

 他のみなさんの反応はというと――


『ナース服ってなんていうか……、いいな』

『萌え神様がここに降臨されたニャ!』

『うわー、破壊力抜群スね、これは』

「ひ、卑怯ですわよっ。友人に身繕ってもらうなんて。しかも似合いすぎ……」

「そうか、看護師になったら合法的にその人の世話もできるしライフラインを握れるし、退院しそうになれば“怪我”なんていくつでも作れるし。…………アリかも」

「はぁ。どうして同じペチャパイやのに、こうも違うんやろうなぁ。なあ、生徒会長さん」

「その話題を私に振るな!」


 ヒトそれぞれでしたがどれも好印象な様子。

 雲雀先輩も口々に賞賛され、嬉しそうにはにかみます。


「ほら雲雀、これだけじゃないでしょ? 練習通りちゃんとやりなさい」

「ええっ。まだやるの……?」

「四の五の言わずにちゃっちゃっとしなさい!」

「うう、わかった」


 なんだかキララ先輩が教育ママに見えてきましたね。

 持っていた注射器を一旦しまうと、雲雀先輩はビニール袋の入れてあった濡れタオルを取り出しました。

 タオルをぎゅっと握りしめ、顔を朱に染めながら僕に言い放つ。


「そ、それじゃあ、体拭くね」

「はい?」


 体を拭くって、そのタオルで?

 雲雀先輩が?

 そう思った瞬間、一気に体が熱くなり羞恥心が首をもたげました。


「い、いいですよそんなのっ。一人でできますし、というか汗かいてませんしっ」

「しなきゃダメなの! これは決まったことなの!」


 やけになったのか僕のTシャツに手をかけ脱がそうとする先輩になんとか抵抗を試みるも、柔らかな手や腕があたる度になんとも言えない気分になりとうとう僕は折れ、


「わかりましたっ。……じゃあ、お願いします」


 自ら服を脱ぐと背中を向ける。……雲雀先輩意外の視線を感じてしまうのは気のせいでしょうか。


「悠夜くんの背中って、思ったよりも小さいね」

「え、そうなんですか?」


 ショックというわけではないですけど、なんだか予想外の言葉に戸惑います。ほめられいるのでしょうか?


「それに肌も綺麗で触りごこちいいし」

「あの、先輩」

「えっ、ああ、ごめんね。今拭くから」


 そう言って濡れタオルで僕の背中をごしごしと拭いてくれました。と言ってもそれほど力は強くなく、むずがゆいながらも気持ちがいい。


「よいしょ、よいしょっ」


 こうやって雲雀先輩が一所懸命僕のために何かをしてくれていることも要因かもしれませんね。


「はい、背中は終わり。

 ――じゃあ今度は下も脱いで」

「えっ、下もですか!?」

「じょ、冗談だよ、冗談っ。ほら、こういうのってラブコメでわお約束でしょ? だから、言ってみただけ。言ってみたかっただけだから、ね?」


 そう言って少しだけ――本当に少しだけですが残念そうにタオルをしまう雲雀先輩。……なぜ残念がるのでしょうか。


「あの、悠夜くん。改めて言う機会もなかったからこの際に言わせてもらうね――本当にありがとう。先輩なのに助けられちゃったね」


 雲雀先輩は笑顔で僕に礼をのべるも、表情には影がさし先輩が未だ後悔をしていることがわかります。


「そんなに気にしない方がいいですよ。僕だってあのまま怪異を野放しにしておくのは好かないですし、演劇の教え手であるあなたを失いなくありませんでしたし」

「フフフ。でも悠夜くんってすごいよね、なんでもできるし初めてのことでもすぐに覚えてマスターしちゃうし」

「なんでもはできませんよ。できることだけです」

「でも、私のことは救ってくれたよね。道を踏み外してしまった私の目を覚ましてくれた」


 ナース姿の先輩は両手の指を絡ませ、何かを決意したように真っ直ぐな目で僕を見据える。


「ねえ、悠夜くん。もしも、もしもだよ? ある日突然知らない人――例えば私みたいに肉体と精神がバラバラになっちゃった人から告白されたら、悠夜くんはどうするの?」

「断りますね」

「即答!? ……うん、そうだよね、やっぱりお断りだよね、私なんて…………」


 僕が答えを提示したとたん、雲雀先輩は何故かひどく落ち込んでしまいました。

 ……なんかまずいこと言ってしまったのでしょうか?


「その、やはり告白をされても知らない人からされてはお受けするわけにはいきませんし」


 とりあえず理由を言ってみます。


「…………もう手術を受けるか、それとも悠夜くんをそういう道に………………、えっ? 断るってそういう理由なのっ?知らないからなの!?」

「だって先輩が前提条件でそう言ってきたじゃないですか」

「いや言ったは言ったけど、むしろ気にして欲しいのはその後なんだけど…………」


 なにやらまたゴニョゴニョしだした雲雀先輩。


「じゃ、じゃあ、もしもだよ、例えばだよ? 有り余る可能性の中にある、もしかしたらの話しだからね。実際の人物・団体・事件などにはいっさい関係なくもないけど限りなくないからね。


 ――えっと、私が悠夜くんにそのすすすす好きですって、こ、告白なんかしちゃったら、その、悠夜くんはどう、かな?」

「それは、とても嬉しいですね」


 雲雀先輩のような素敵な方に、好意的なことを言われるのはこそばゆいですが素直に嬉しいです。


「そ、そうかな。えへ、えへへへへへへへへ///」


 今度はだらしなく頬を揺るませる先輩。今日はやけに表情豊かですね。

 まあ先輩が喜ぶのは僕も嬉しいところなので、ここはもう一つぐらい雲雀先輩が喜ぶこと言っても罸はあたりませんよね。


「はい。らはり信頼している先輩(・・)にそう言われるのですから、一人の後輩(・・)としてとても嬉しいですよ」


 僕がそう言うとピシッと何か亀裂ができたような音が聞こえ、雲雀先輩はショックを受けたような表情で、やや芝居ががりながらスローモーションで後ろに倒れこむ。それを状況を見守っていたキララ先輩が受け止める。


「……ねえ、もしかして今のって、普通に受け止められた? 先輩から後輩へのライクで受け止められた? ……アハハ、一人で舞い上がって馬鹿みたい、ぐすん」

「雲雀しっかりっ。もう、悠夜くん、なんてことするの!」

「僕のせい!?」


 瞳を潤ませる等ではなく涙を両目から流す雲雀先輩を優しく抱き寄せながら、キララ先輩は僕を叱るという不思議な芸当をしてみせました。


『悠夜、さすがに……』

『お前はもうちょっとラブコメで勉強した方がいいニャ』

『その方がいいッスよ』

「悠夜は存外鬼畜なんだな」

「私、告白する時がすごい不安になってきましたわ」

「悠夜くんには言葉で伝えるよりも、体に刻みこんだ方が……」

「アカン、雲雀先輩が不憫すぎてウチまで泣けてきた」

「ええっ、なんですかみんなして!」

『『『「「「「黙れ女の敵!!」」」」』』』


 ひどい。

 僕が何をしたというのでしょうか? いや、心当たりはありませんが、何かしたからこうなったのでしょうね……。


『それじゃあ、唐変木――間違えた、悠夜。最終的な勝者、一位が冬空選手か白樺選手か決めてくれニャ』

「あなた本当に間違えたのですか? 明らかに意図的な気がするのですが。ええと、それじゃあ、雲雀先輩で」

「くっ」


 自らの敗北を言い渡され、悔しそうな美姫先輩。ぶっちゃけ悔しがるほどの活躍もしてないと思いますが。


「なんでだろう。みんなには悪いけどあまり嬉しくない……」

「気にしない方がいいわ、雲雀。それよりも手に入れた悠夜くん一日自由権でパーッと遊びましょう?」


 あ、やっぱりあるんですかその賞品(?)。あまり無茶しなさそうということでも選びましたのに、誰かに入れ知恵されては意味が無い気が。


『さてさて、長いようでやっぱり長かった悠夜を癒す、……えーと、なんだっけ?』

「この司会、企画の名前忘れましたよ! 一生懸命考えてたのに」

『何はともあれこれと言ったハプニングもなく一位も決まったことだし、そろそろお開きに――』

「――お兄ちゃん!!!」


 扉をバンッと開けはなったのは、途中退室したリリスさんでした。手にはなにやら紙袋を持っています。


「さっきはごめんね、お兄ちゃん。リリスわかってなかった」

「リリスさん……」


 どうやらリリスさんは自分の間違えを悟って反省し、アダルト本ではなく別の物を用意して来たのでしょうか。

 リリスさんはみなさんの方をチラッと伺うと、


「この様子じゃ、もう終わったんだね。でも、勝負なんて関係ない。お兄ちゃんには、リリスの、受け取って欲しいの」

「はい、ありがたく受け取らせてもらいます」


 リリスさん(義妹)が用意してくれた、本当の意味で心が籠ったもの。それをどうして拒むことができましょうか。

 僕は差し出された紙袋へ手を伸ばす。けれど僕の手を紙袋に触れるギリギリのところで中の重みに耐えきれなかったのか、底が破れ中身が床に散乱してしまいました。


「あーっ、そんな、破けちゃった」

「……………………………………」


 中身を見た僕や他の方は絶句。リリスさんだけが慌てた様子で拾い集める。


「リリスさん、それは……」

「えっ、ああ、これはね」


 拾った内の一冊を満面の笑みを浮かべて僕に見せる。

 その表紙は漫画チックに書かれ、頬を染め大きめの胸を惜しげもなくあらわにする女性(セーラー服)のイラスト。

 こ、これって………………!!


「二次元版のエロ本だよ♪ いやー、お兄ちゃんがリアルのでシない派とは思わなかったよ。案外マニアックなんだね。あ、でもリリスはぜんぜん気にしないから。特にオススメなねは――」

「リリスさん」


 僕はリリスさんが持っていた内の一冊をひったくるとバットのように丸め、


「この変態色欲銀髪義妹がー!」

「はぎゅっ」


 思いきりリリスさんの脳天へ叩きつけました。


『……えー、最後の最後で森羅兄妹のコントもあったけど、本当にこれで終わるニャ。みなさん、お疲れでしたニャ』



 こうして僕の入院生活は終わりました。

 ……できれば普通に何事もなく終わって欲しかったですね。

 はぁ。



  4


「リリスさん大丈夫ですか、頭?」

「うん、平気。少しだけ」

「そうですか。……もっと強く打った方が良かったですね」

「今さらっと黒い発言聞こえた!?」

「聞き流してください」

「しかも否定しない」

「自業自得ですよ。ああ……、絶対みなさんに疑われましたよ、僕ら兄妹の人間性」

「私達二人とも人間じゃないじゃん」

「そうですけど」


 破壊者(悪魔)と機巧人形(アンドロイド)

 それはヒトと似て非なる存在。

 僕とリリスさんは二人で並んで病院から家までの道のりを歩いている。

 リリスさんを病室で引っ張ったいた後、お世話になった看護師の方々に挨拶をして当然というか解散となった。

 最初は一丸となった帰路を歩いていましたが一人、また一人と角を曲がりこうしてリリスさんと二人きりになりました。


「よくよく考えると久しぶりの我が家ですね。そう思うとなんだか感慨深いですね」


 病院のベッドに慣れなかった頃は、無性に自分の家の布団が恋しかったです。


「確かにそうだねー」

「リリスさんは入院していないでしょう」

「入院はしてなくても、お泊まりはしたよ。アキラの家に泊めてもらってたの。あ、でも、部屋の掃除とかはちゃんとしてたからね」

「そういえば玲さんは一人暮らしでしたね」

「結構楽しかったよ。プライベートを深くさぐるわけじゃないけど、身近な人の私生活が知れるのってちょっとおもしろかった」

「それは良かったですね」


 てっきり一人で留守番(?)してると思いきや、今度玲さんに何かお礼した方がいいですね。


「ああ見えてアキラってね、遅くまで起きてることが多いんだよ」

「そうなんですか」

「うん。夜中に白い和服のようなの着て、頭に火のついた蝋燭を白いはちまきで固定して人型に縛った(わら)の束に釘を打ち付けたりしてた」

「……へぇー」

「後ね、やっぱり錬金術で作ったのか頑丈そうな手錠とか鎖とか、睡眠薬とか神経麻痺に使われる薬とかすごいたくさんあった。錬金術師っていろいろ作ったり用意しなきゃいけないから大変だね」

「…………そうですね」

「それといかにも鉄製でどんな魔法叩き込んでもビクともしないようなドアの部屋があって、これはなんの部屋なのって聞いたら――」


『そこは悠夜くんの部屋だよ』


「――って言ってたんだけど、なんでアキラの家にお兄ちゃんの部屋があるの?」

「………………わかりません」

「それと――」

「ストップ! リリスさんストップ! ……さすがにこれ以上人様の家の情報を喋るのはいかがなものかと」

「それもそうだね。ごめんねお兄ちゃん。調子に乗っちゃって」

「いえ、わかればいいのですよ」


 玲さんのわかりたくなかった私生活にはいったん目をつむり、それからも夜道を談笑しながら歩いていると、いつの間にか懐かしい我が家の目の前。鍵をポケットから取り出そうとして、入院していたのだから持っていないことに気付きました。


「リリスさん、鍵お願いします」

「………………」

「あの、リリスさん?」


 無言のまま俯くリリスさんを不思議に思い顔を覗きこむと、突然抱き締められた。

 柔らかくて温かい体温が身体中に伝わる。


「あ、え、リリスさん、ちょっまっ」

「ねぇ、お兄ちゃん」


 困惑する僕にリリスさんは尋ねる。


「入院生活楽しかった?」

「えと、楽しいというよりは、安静にしてなくてはならなかったので、特にはないです」

「今日は楽しかった?」

「楽しいと言うより、みなさんの顔を久しぶりに見たので、少し嬉しかったですね、はい」

「じゃあ、さ」


 リリスさんの銀色の瞳が僕を捉える。


「ヒバリに取り憑いた怪異と戦った時と、どっちが楽しかった?」

「なん、ですか。そんな突然」

「だってお兄ちゃん、リリスといるよりも、みんなといる時よりも、一緒にお弁当食べる時よりも、バカやって誰かがボケてツッコミやる時よりも――あの怪異と戦ってた時、お兄ちゃんものすごく楽しそう(・・・・)だったもん」

「それは、何かの勘違いでは……」

「ううん、お兄ちゃんのことだもん。勘違いとか、見間違いとかじゃない。あの時、確かにお兄ちゃんはとても楽しそうに笑ってた」

「……そう、ですか」

「みんなも薄々は気付いていたんじゃないかな? だから今日みたいなことを考えて、お兄ちゃんと日常を繋げようとしたのかもよ。

 お兄ちゃん、右手起動して眼帯外して、手当たり次第にぶっ壊して人に見えない物を見るのって、そんなに楽しいの?」


 ――ボクハタシカニアノトキ………………


「ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんの右手はお兄ちゃんを壊したりはしないよね? そんなのやだよ! せっかく、せっかく出逢えたんだよ。せっかく日常って物を知れたんだよ。それなのに、非日常なんかに取り込まれて終わらないでよ。日常が退屈ならずっと退屈なままでいて! 私がきっと退屈にならないようにしてみせるから、だから、リリスの前でみんなの前で壊れないでよ、傷付かないでよ。笑うのはリリス達の前だけにしてよ」



 ――じゃないとリリス、お兄ちゃんが恐い



 いつの間にか泣き出したリリスさんの体に軽く腕を回して、髪を撫でる。

 言葉はかけない。

 言葉はみつからない。

 ひとしきりなくと『今開けるね』と言って鍵を開ける。それから一人で玄関に上がると、


「お帰りなさい、あなた。ご飯にします? お風呂にします? それとも、リ・リ・ス?」

「では、リリスさんで」

「えっ、ほ、本当!?」

「嘘です」

「ええっ、ひどい! 嘘つき、オオカミ少年!」

「それよりも、久しぶりにリリスさんの手料理が食べたいです」

「それよりって……。もお、こうなったら、その生意気な舌をギャフンと言わせてやる!」

「楽しみです」


 その後リリスさんの作った晩御飯を食べ、空いた時間でチェスをしたりして、そろそろ日付が変わりそうになったので歯磨きをしてリリスさんにおやすみなさいを言い、僕は(とこ)につきました。

 やはり、我が家の布団が一番ですね。

 静かに目を閉じて、意識を睡眠へと誘おうとする。

『――じゃないとリリス、お兄ちゃんが恐い』


「僕はみなさんの方が恐いですよ」





 こうして僕は今日も日常の中で眠りにつき、日常の中で目を覚ます。

 その裏側には非日常がいつも潜んでいることを知りながら。





 おやすみなさい






 悠夜くん、無事退院です。当初はさらに入院生活を伸ばそうとも考えていましたが…………



 次は学生特有のイベントです。伝助はこのイベント、大嫌いですが。



 また次の機会に読者の皆さまと会える時を楽しみにさせていただきます。

 感想やレビュー等どしどし募集してます。


 それでは失礼します。さようなら~



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