第十七夜★その劇中でワタシを演じる
……遅くなってしまいすみません。
言い訳になりますが、伝助もいろいろ大変でした。この状況下でバンバン投稿できるユーザーさんは本当にすごいです。
『演劇部部員失踪編』もいよいよ佳境です。
それではどうぞ~
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違う
ウチは違う
初めからわかっていた
誰かに言われなくても知っていた
ウチは違うと 届かないと
だからウチはいつからか、諦めていた
手を伸ばすことを
未来を望むことを
願いを叶えることを
でも……あいつは違った
ウチみたいに望んでも届かない、願っても叶えられないもの
あいつはただひたすら前へ進み、手を伸ばす
まぶしい
どんな照明で照された舞台よりも輝いて見えた
ウチもあいつみたいに――
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「おはよう。気分はどうかしら?」
まぶたを開く。
響(俺)の視界に入って来たのは、なんとも異様な光景だった。 広い魔術決闘のフィールドには、眠ったように動かない不良達。
亮や他のみんなは十字架に縛られたように両腕を水平に持ち上げ、微動だにしない。まあ、俺もだが。手足を動かそうにも、金縛りにあったように動かない。
そして目の前にたたずむのは、先ほど演劇部の先輩二人と感動の再会に喜びを見せ、俺らが探していた雲雀先輩。その身には黒と赤を基調とした、西洋の舞踏会で見られるようないかにも豪華なドレスを着ている。
ドレスを見ていた俺の視線に気付いたのか雲雀先輩は、
「フフ、どうかしらこのドレス? 私のオーダーメイドなの。この世でただ一つ、私だけのドレス……」
その場でクルッと回る。ドレスの裾が風に舞って、とても綺麗に見えた。こんな状況でなければ、目を奪われるところだが……。
「――白樺、一つ聞かせろ。この事件を起こしたのはお前か?」
「この事件って?」
「最近起きている行方不明者多発事件、そしてドッペルゲンガーを見たという幾つもの証言。そしてこの不良達が最近起こした突然の集団行動と篤兎京の失踪。全部お前が絡んでいるのか?」
「後半二つは当たり。両方私が関係してるわ」
「そんな、どうして!?」
祭場キララ先輩から漏れる悲痛な叫び。
「どうして? フフ、ごめんねキララ。今は少し答えられないわ」
「……なあ、雲雀。京は無事なのか?」
今度は柁原努先輩が問いかける。だが先輩にも余裕は無いようで、声が震えていた。
「ああ、あそこにいるわよ」
雲雀先輩が指で左方を指す。すると、同じ方向を向いて金縛りにあっていた俺達の体は、つられるように体を左に向ける。もちろん自分の意思ではない。見えない糸で操られたかのように、動かされたのだ。体が自分のものじゃないように思えて、気持ち悪いことこの上ない。
強制的に変えられた視界には、本物の十字架に吊るされた篤兎京。その足下には、地面に倒れ死んだように動かない銀髪の少女。
「リリスちゃん!」
「おい、何しやがった!」
「もう、そんな大きな声出さないで。がっつく男の子は嫌われちゃうぞ」
声を張り上げる俺と亮をめんどくさそうに見据え、雲雀先輩は呆れたように首を振る。
「だって仕方がないでしょう? あの子だけ眠らなかったし、大人してくれないなら気絶させるしかなかったし」
「言い訳はいい! んなことより、この拘束を解除しやがれ!」
頭に血が登ってしまった亮が、掴みかかる勢いで叫ぶ。
俺も目の前で友人が傷ついている見て怒りを覚えないわけではないが、頭の中では引っ掛かっていた。
確かこの悠夜の先輩を見たのは数回ほどしかないが、内気という印象が嫌でも植え付けられてしまうほどオドオドしていた記憶がある。後輩である自分にも話しかける時は目を合わせてくれないと、悠夜が苦笑混じりに喋っていたのを覚えている。
だけど俺らの目前にいる雲雀先輩はそんなイメージとは真逆、何事にも臆すること無い威風堂々とした雰囲気を纏っている。
まるで外見だけそのままに、中身が入れ換わってしまったみたいだ。
より異質な物に……。
「それは無理な相談だわ」
「なんだと!?」
「だいたい、私は拘束魔法なんて使ってないわよ。使えないし」
どういうこった!?
俺らは篤兎京みたいに物理的に拘束されていないから、念動力や空気を操って動きを封じられたと思った。だが、拘束はしてないだって? じゃあ、体が動かないのは……?
「一度は思ったことあるでしょ? 《もう動きたくない。ここから離れたくない》って」
先輩は自分の頭を指さしながら、楽しそうに笑う。
「私はそんな奥にしまってある人の《心》を引き出したの。私はただあなた達の本能を刺激しただけ、あなた達は自分で動けなくしているの」
「そ、そんなこと、精神操作ッスよ! あんたわかっててやってるんスか!?」
「あら、そうだったの? 知らなかったわ。まあ、知ったところで何も変わりはしないけれど」
クスクスと。
口に手を添えて笑う姿は、まるで古の魔女のように美しく禍々しい。俺は妙な寒気を覚えた。
「なんで、なんでこんなことするの? 京を解放してあげてよ……!」
「ごめんねキララ。あなたの頼みでもそれは聞けないわ。だってこれは京が望んでいることだもの」
「ど、どういうことなの!?」
「京の夢は知ってるでしょう? それは女優になること。京のお母さんは旧姓、石動明子なの」
石動明子。
聞いたことがある。
今は引退した身だが、十数年前に爆発的な人気があった大物女優。親父が石動明子の大ファンで、写真を見せてもらったことがある。こうして思い出すと、篤兎京にいい具合の大人成分をプラスした感じだと思う。
正直、石動明子が結婚していて、その娘が篤兎京と言うことにかなり驚いた。まあ、こうして考えると、確かに二人は似てると思うが。
「京はね、母親に憧れて舞台女優になろうとしたんだって。それで中学高校の演劇部に入ったの。でも学園都市に来る前は、いろんな人にお母さんと比べられたんだって。舞台がうまけいっても比べられ、失敗してしまっても比べられたって。誰もがそうやって京は母親との違いを見つけ指摘し、一人で悩んでたの。心のどこかでは自分では無理だと、母親と同じようにはなれないって。
だからこそ私は京を助けるのよ。先輩としてね」
「助ける? いったいどうする気だニャ」
後輩を助けると言っておきながら、雲雀先輩はその後輩を十字架に縛りつけている。どうしても矛盾してるとしか思えない。
「フフフ、それはお楽しみ」
この先輩、さっきから笑ってばっかだニャ。なんだ、この余裕? 俺ら全員を拘束してるからか、それとも――
「……話しを戻らしてもらおう」
冬空先輩が再び口を開く。
「さっきはちゃんと否定しなかったが、お前は本当に行方不明者多発事件に無関係なのか?」
「確かに私は直接関わってないわ。でも、まるっきり無関係というわけではないかもね」
「それはいったい……」
冬空先輩が絶句。
俺らも驚愕と困惑が支配し、ただ“それ”を凝視するしかなかった。
目の前の霧が突然晴れたように
騙し絵の原理、トリックがわかった瞬間のように
まるで最初からそこにあったように
“それ”は雲雀先輩の背後にいた。
見上げるほどの高さを持つ大蛇。
体表を彩る鱗は黒と赤。雲雀先輩のドレスと同じだ。
まるで精巧な像のように微動だにせず、けれどここからでも確認できるギラギラと光を宿す黄金の瞳で、“それ”が生きているのがわかる。
怪異。
誰かに言われなくてもわかる。
異形にして、異常。
生きる災厄が目の前に合った。
「私は学園都市の外で悪さなんてしてないわ。ドッペルゲンガーなんて、他人に見せることもできない。でもね、それを実行したのは“この子”よ。全ての元凶にして、私の道標」
「待て、白樺。根本は魔力の集合体とはいえ、お前は怪異を仕えさせているとでも言うのか?」
「……私と“この子”が出会ったのは、ちょうど二週間前。突然の出来事だったわ」
おそらくリリスちゃんが転校して来た頃だ。
「最初は私も怖かったわ。見た目が蛇だし、丸飲みにされると思った。でもね、“この子”は私に喋りかけてきたの。“この子”は私を選んだ。私は“この子”を受け入れた。
――そして、私は力を手に入れたの」
「怪異と同調したって言うの……? でもそんなの、悠夜くんが『ヒト』と呼べないって」
「だったら――」
雲雀先輩は笑う。
「――私は化物、なんだろうね」
それがさも当然と言わんばかりに、雲雀先輩は笑う。
「“この子”は人にドッペルゲンガー(幻想)を見せて、さ迷わせ、導いてこのアストラルに来たんだって。人と言っても誰でもいいってことじゃないのよ? 心の中に強い【不和】を宿していない駄目なの」
できの悪い生徒に教える先生のように、自分のアイデアを無邪気に喋る子供のように、雲雀先輩は話す。
「人は誰しも心の中に【不和】を持つ。嫉妬や孤独、恐怖から来る世界との歪み。
……あなた達も一度は思ったことはない?『どうして世界はこんなにも酷くて汚いんだろう』って」
そりゃ、思ったことはあるにはある。
オタク嫌いで狂暴な実の妹ができた時は、神様のバカヤローなんて叫びたくなってたよ。ちなみに、妹相手にバカヤローと言ったら、罵りながらグーパンチをくらった。
でも、それこそ誰だって思ってしまうだろう。
些細な不幸やちょっとしたトラブル、大きな問題も人は背負うことはせず『何か』のせいにしようとする。
「確かにそうね」
背中に悪寒を感じる。
まるで俺の心の内を見透かしているような笑み。沸き上がる恐怖心で、俺は雲雀先輩から目を話せなかった。
「けれど世界は許さない。【不和】から生まれる望みを。だってそうでしょう? どんなに努力しても、どんな役を演じても私の願いは叶っていないのだから」
今まで浮かべていた笑みから一変。
現れたのは憤怒の感情。まるでこの世の全てを憎んでいると言わんばかりの表情をその綺麗な顔にうつし出す。
ぶっちゃけ言って結構怖い。なまはげにも匹敵するかも。
「私が何をしたって言うの!? 私だって望んでこんなのになったんじゃない! 私はただ、幸せになりたかっただけなのに……。もちろん自分の運命を受け入れようとしたわ。受け入れて、頑張った。でも、それでも、世界は私を除外する。私を闇に縛り付ける――」
俺は気が付いた。
雲雀先輩が呪詛を呟くように口を開く度、先輩の後ろで佇む大蛇の瞳が輝きを増す。
こいつ、喜んでやがるのか……? 先輩が怒りを顕にしているのを。
「私の舞台はどこ?
私のドレスはどこにあるの?
世界なんていらない
私の舞台は私が作る
私のドレスは私が繕う
私は世界で輝けないのなら――全て壊すしかない
この手で!」
「白樺、お前はどうしてそこまで世界を憎む。何があったんだ?」
「フフフ、私が世界を憎む以前に、世界が私のことを拒んでるんだけどね。ねぇ、冬空さん。あなたはこの世に生まれて後悔したことはある?」
「…………ああ、何度もしたことはあるさ」
「あら、そうなの。完全無欠の生徒会長がそんなことを言うなんてちょっと意外。ま、誰にもあるわよね、そういうの。
――私は物心ついた頃から毎日後悔してきたわ。
鏡で自分と向かい合う度。誰かと楽しくおしゃべりする度。街で素敵な男性(人)を見かける度。笑われた過去を思い出す度。これからも続くであろう未来を想像する度に――
でも、そんな日々とはもうおさらば。私は生まれ変わる。そして世界は創り換えられる」
雲雀先輩は一回そこで言葉を区切ると、とても強い眼差しで俺らを見据える。
「私はね、男の娘なの」
『………………』
一同沈黙。
衝撃の事実を前に、俺以外のみんなも開いた口がふさがらない。この様子だと、同じ部活の柁原先輩と祭場先輩も知らないみたいだ。
男の娘ってことは、アレか? 精神と肉体の性別が一致しないという性同一なんとかってやつか?
「正しくは性同一性障害よ」
そう、それ……って、やっぱり心読まれてねえか!?
けれど、正直雲雀先輩が『男』だというのがいまいち信じられない。
確かに貧乳だし、背は女子にしては明らかに高い。でも、雲雀先輩は結構な美人だし、華奢な体躯にぱっちりまつげといいどこからどう見ても『女の子』だ。
もちろん冗談で言うことでもないと思う。第一、先輩の目はマジだ。おふざけの欠片もない。
それに、雲雀先輩が性同一性障害だってなら、やろうとしていることや今回の騒動は頷ける。
きっと俺らには想像できないほどの苦痛を味わって来たのだろう。それも幼い頃から。
でも、だからって――大切な仲間を裏切っていいはずがない!
「信じてもらえたようで嬉しいわ。私、性同一性障害を自覚してから『女の子らしく』あろうとしてたから、周りにはなんとか隠し続けられたけど。ウフフ、この学園都市に来て初めて言っちゃった。他の人には内緒よ? でも、これでわかってくれたわよね? 私がしようとしてることと、その真意を。安心して、別にあなた達に危害は加えるつもりはないの。むしろあなた達の為になることを私はしてるのよ? あなた達だって、世界のせいで苦しんだ経験があるでしょう?」
「ざけんニャ! 怪異とグルになって何かするような奴に言われても信用できないぜ。だいたい、叶えたい望みがあるかどうか知らねえけど、こんなことして間違ってるとか思わないのか!? ここにいる連中はみんな、あんたのこと心配してここまで来たんだぞ。悠夜だって、……そこの篤兎だってお前の大事な仲間(後輩)じゃないのかよ!」
「そうよ、大切で可愛らしい私の後輩よ。でも何がおかしいの? あなただって大切なものは大事にするでしょ? 私はちゃんと後輩想いなの。何回も言うけど、これは京の為でもある。そして悠夜くんの為でも……」
「そこで寝ている篤兎さんがどうかは知りませんけど、私達の悠夜さんはあなたがしようとしてることなんて1ミリたりとも望んでませんわ」
「はたしてそうかしら? あなたよね、霧坏恋華ちゃんって。悠夜くんから聞いたわ、あなた達の中で一番付き合いが長いって。他の人達のことも楽しそうに話してたわ。それを踏まえて聞かせてもらうけど、恋華ちゃん、あなたは学園都市で悠夜くんと再会して何か気付いたことはある? 正確に言うなら、再会する前と後の悠夜くんとで何か決定的な違和感はあるかしら?」
「それは……。っ、あなたに悠夜さんの何がわかるんです!」
「強がってるけど、その顔はあるって顔ね。あなただけじゃなくて、他の人も一度は頭によぎったことあるんじゃないの?
悠夜くんは自分らと違う(・・・・・・)って」
ある。
悠夜とつるむようになって数週間、いや、下手したら最初から悠夜の持つ違和感に気付いていたかもしれない。
あいつは俺達と居ても、別の誰かのことを考えているようで。
あいつは窓の景色を見ていても、瞳にはどこか別の場所を写しているようで。
あいつは確かに笑っていても、心のどこかでは何を考えているのかわからなくて。
あいつは俺達と同じ方を向いていても、本当は全く違う道を歩いているように思えて。
そう思う度、俺はひどく苛つく。
悠夜はいい奴だけど、俺らはあいつにとってダチなのかと考えてしまう。
これが単なる被害妄想ならいいが、いや、こんな場面で雲雀先輩に指摘されるぐらいだから、もしかしたら本当に悠夜は――
「人と人は違う……。誰かはそこがいいと口にするけど、私はそうは思わない。
違いがあるからこそ私は苦しむ、京は悲しむ。そして悠夜くんは一人ぼっち……。
もうそんなことはさせない。私が許さない。大切な後輩は私が守る、自分の舞台は自分で飾る。
その為に私は世界を壊す」
まるで独裁者の演説のように。
あるいは夢想家が語る絵空事のように。
白樺雲雀は口にする。それが自分に下した使命と言わんばかりに。
「うっ、……ひば、りせん、ぱい」
「京、大丈夫なのか!?」
「良かった……」
先ほどまで意識のなかった篤兎京が目を覚まして口を開き、柁原先輩と祭場先輩が嬉しそうに呼びかける。
「あら、起きたの? おはよう。良く眠れたかしら」
雲雀先輩も声をかける。あんたが眠らしたんだろうに……、うん? そういや、何で篤兎の奴は俺らとは違ってガチで拘束されてるんだ? 意識が無い人間には大地が言う『精神操作』は使えないのだろうか。いや、俺らもはじめは気を失ってたわけだからそれは無いのか。じゃあ、いったい……
「雲雀先輩……、こんなことは止めてえな。ウチはこんなこと、望んでへん」
「嘘はつかなくてもいいのよ。私は京が苦しんでたことちゃんと知ってる、だから――」
「ウチはわかったんや」
「京?」
「確かに、いつもウチは夢を語る度に無理だと言われてきた。学園都市に来る前は、演技が上手くいってもそうでなくても、母の名前を持ち出され自分のことを見てもらえずにずっと苦しんできた。でも、もういい、ウチはわかったんや。
例え世界に笑われたって、誰かが隣で微笑んでくれれば、それはきっと素晴らしいことなんだって。ウチは演劇を続けてずっと笑われてきたけど、続けてきたからこそこうしてかけがえの無い仲間に出会えた。雲雀先輩に努先輩、キララ先輩。それと悠夜にも……。
だからウチはもう望まん。ウチは平凡で楽しく笑っていられる、今がいい」
「そんな……、何で、京……?」
「雲雀先輩かて本当はウチが望んでないことを気付いていたんやろ? だから、先輩の誘いに乗らず、一人で自分の部屋でいたウチを無理やり連れて来たんや。
……先輩。ウチも、悠夜も、こんなことで楽になろうなんてこれっぽっちも思ってへん。本当は雲雀先輩も一緒ちゃうんですか?」
篤兎京からこぼれた言葉は、決意の現れ。その瞳には迷いが一切なかった。
「そんな、なんで……、どうして……?」
対する雲雀先輩は目に見えて動揺していた。まあ、無理もないだろうな。自分と同じ側だと思っていた人間が、真っ向から否定して来たのだから。彼女の中では裏切りに近いのかもしれない。
「――例え、例え私は一人になったとしても続けるわ。この醜い世界が終わるまで!」
「もう止めてえな! ウチは先輩が傷付くところなんか、見たくないんや」
「傷付く? 言ったはずよ、私は物心ついた頃から後悔してきた、ずっと傷つけられてきたって。
もう私は止まらない、誰にも止められない。
フフ、ウフフ、アハハハーーー!」
雲雀先輩から発せられる狂気の笑い声が、魔術決闘の闘技場に響き渡る。
俺は悟ってしまった。
白樺雲雀はもうダメ(・・)だと。
仲間と後輩の懇願も聞き入れず、自分の意思をそれこそ愚直なほど押し通す。
そこまでして望む物の為、怪異――異形まで受け入れたこの先輩はもう誰にも止められない。
少なくとも、俺には到底無理だ。
自分の意思では動かせない手足が物語っている。
「さあ、初めましょうか。ウフフ」
雲雀先輩がゆっくりとこちらに近付いて来た。先輩の接近に伴い、背後にたたずんでいた大蛇も地面を滑るように移動する。
……初めるって、何を? もしかして、後ろの蛇のディナータイムとかじゃないよニャ?
「安心して、苦しむ間もなくすぐに終わるから。ウフフ、ハハハ――」
――それは突然聞こえて来た。
『 黄昏 雨に消えて 黒い闇夜があなたを包む
流れ星が煌めくあなたの瞳 涙の影が夢へと繋がってゆく 』
? なんだ……
「何、何なのこれは?」
突然聞こえて来た声。それは俺達の聴覚を刺激し、フェーデの闘技場に響き渡る。
雲雀先輩は動揺し、首を巡らすも音源は見当たらない。
『 ボクが拾う鼓動の欠片は あなたが唄うキセキの調
空に浮かぶ月が隠れても 探せるように』
それは優しい子守唄のようで、こんな局面にも関わらず俺の心は安らいでいた。
まるで、大切な誰かがすぐそばに居るような安心感。
『 例えこの身に愛がなくとも この道化は愛しいあなたの為に
今夜もあなたの笑顔がありますように ボクは一人踊る
明日もあなたの笑顔がありますように ボクは一人祈る……』
唄声が終わる。すると、変わりに今度は足音が聞こえて来た。
この場にいた全員はその音に気付き、一斉に首を向ける。
「こんばんは。遅くなってしまいすみません」
唄声の主――悠夜がそこにいた。
長い上散々待たした結果で申し訳ございませんが、まだ続きます。
次の更新で『演劇部部員失踪編』はラストですのでどうか見守ってください。
誤字・脱字報告、レビューや感想を心からお待ちしております。
以上、伝助でした。さようなら~