第十六夜★ボクのブタイ、アナタのセカイ
遅くなって本当にすみません。いろいろありまして……
ちなみに今日は伝助のバースデーです。どうでもいいですね、はい。
それでは、どうぞ~
0
違う
ヒトと違う
みんなと違う
世界はそれを否定する
誰かと異なる私は、世界から除外される
私の舞台はどこ?
私のドレスはどこにあるの?
世界なんていらない
私の舞台は私が作る
私のドレスは私が繕う
私は世界で輝けないのなら――全て壊すしかない
この手で
1
キララ先輩の通信を受けて、僕はすぐさま先輩達のところへかけつけた。
僕の他にも、部活の予定をキャンセルして付いて来てくれたリリスさん、連絡を入れてた冬空先輩も来てくれました。
三人でキララ先輩と努先輩の元へかけつけると、二人とも一様に安堵の表情を浮かべました。
「わー、悠夜くん、銀髪ちゃーん、ミキティー!」
冬空先輩に抱き付くキララ先輩。ご丁寧に僕やリリスさんのことも呼ぶ。
母親のように冬空先輩が髪を撫で、キララ先輩をなだめる。
「すまない悠夜。俺がついていながら雲雀のやつを……」
「そう気落ちしないでください。必ず雲雀先輩を助けましょう」
「ああ、そうだよな」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「なんですか?」
努先輩がその目に強い意志を灯す横で、リリスさんが僕の裾を引っ張る。まあ、言いたいことはわかりますが。
「この人、ツトムって人だよね? 今ミキに抱き付いてるキララの『彼氏』の。どう見てもツトム、『女』なんだけど……」
リリスさんの言う通り努先輩の姿はどう見ても女性の格好をしています。ウィッグを付けて髪を伸ばし、ブラウスと女性物のジーパンを着ている。薄いけれどメイクもしっかりしていて、事前に努先輩のことを聞いていなければ男性とわからないほど、努先輩の『女装』は完璧でした。
「努先輩は女装の趣味があるんですよ」
演劇の舞台でも率先して女役を演じるほどですからね。
「へ、へぇー、そうなんだ」
「柁原の女装癖説は耳にしたことがあるが、まさか本当だったのか……」
唖然とした表情で努先輩の女装姿を見るリリスさんと冬空先輩。
「悠夜、おかしなところあるか?」
「大丈夫ですよ。今の努先輩は完全な女性です」
だからこそ、二人は驚いているんですけどね。
「ちなみにキララ先輩は男装趣味所持者です」
「「ええぇっ!?」」
僕が以前休日でデート中の二人に遭遇した時、努先輩は女装をキララ先輩は男装をしていました。
声をかけられた始めは僕も先輩方とは認識できず混乱していると、僕に小声で種明かしをしたのです。そのせいで余計に混乱しましたが。あの時のショックっと言ったら……。驚いた僕の顔を見て、先輩二人とも大爆笑でしたよ。
このラブラブカップルがデートをする時は、それぞれ反対の性別の服を着るそうですが今回は違ったようですね。
「雲雀先輩と『女子』三人で休日を過ごしていた、というところですか」
「うん、そうなの。雲雀って、演技すごく上手でしょ? だから、例えどんなにつらくてもごまかしちゃうの。もう一年の付き合いになる私達にもね。それでも時々、雲雀がなんだかつらそうに見えて、つっくんと雲雀と私でパーッと遊ぼうとしたの。そしたら――」
「雲雀先輩が拐われた」
「……うん」
「祭場、柁原、一つ聞かせて欲しい。 白樺を誘拐したのは本当に不良の『学生』なのか?」
そこは僕も気になっていた。
学園都市は安全。
そう世間が認識するほど、生徒の安全面には徹底している。様々な場所には犯行抑止の為、監視に使われる記録用特殊魔結晶が設置。外敵から生徒を守る結界装置は校舎はもちろん、学生寮やトイレにまで完備。冬空先輩のように、魔祓師も大人が極めて少ない学園都市内で警備として働くこともある。
それに、学園都市は生徒を過剰なまでに保護するが、ペナルティを犯した者は容赦なく追い出す。追い出すだけではなく、きちんと罪を償わせた上で保護者に引き渡す。犯罪を犯した学生はもちろんマスコミでも取り上げられるから、まさしく未成年で人生を棒に降ってしまう。
だからこそ解せない。
誘拐という多大なリスクをおってまで、雲雀先輩を拐う必要があったのか? しかも休日の昼前、白昼堂々と。捕まるのを承知の上でやっているとしか思えない。
「うん、確かに学生だったよ。私達と同じくらい。ガラはすごく悪かったけど」
「そうか……」
冬空先輩も同じことを考えていたようで、犯人が学生という事実に驚いていた。
「ねえ、悠夜くん、ミキティーっ。もし、もし雲雀に何かあったらどうしよう。そしたら、私……」
「大丈夫だ。白樺は私が、いや、『私達』が必ず助ける。そうだろう?」
「無論です」
「リリスも頑張る」
「みんな……」
「お前ら、本当にありがとう……!」
「それでキララ先輩、一つお願いしたいんですが」
「何、なんでも言って?」
「その、京さんに通信してくれませんか」
「京に? うん、わかった」
キララ先輩が僕達から少し離れる。きっと、京さんに通信する為でしょう。
しばらくコール・エレメントを耳に当てていましたが、数十秒たつとこちらへ戻って来ました。表情はどこか不安そうに。
「悠夜くん。駄目、出ない。実は京も誘ったんだけど、今日は家ですることがあるからこれないって言ってたから、家にはいると思うんだけど」
「そうですか」
「ねぇ、悠夜くん。京がどうかしたの?」
「実は――」
僕はキララ先輩の通信前に京さんからもあった事を告げ、京さんとの会話のやり取りを説明する。
話しを聞く内に皆さんは驚き、信じられないといった表情になる。いや、きっと信じたくないのでしょう。
キララ先輩が再び慌てた様子でコール・エレメントを使用する。けれど、京さんは返事をすることはない。
――怪異
――もう一人の自分
――ドッペルゲンガー
京さんが残した言葉はどれも、今世間を騒がしている『行方不明者多発事件』、もしくは『ドッペルゲンガー事件』を連想させるものばかり。
再び僕らの肩に、氷解していた不安が降り積もる。
「……白樺の居場所を探しつつ、その京という演劇部員を探せばいいんだな?」
「はい。そうですね」
まだ京さんが行方不明になったという確証は無い。けれど、通信に出ない以上、安否を確かめなくては。
「そんな京まで……」
「私達、どうしたらいいの!?」
「落ち着いてください。きっと大丈夫ですよ」
大丈夫。
そんな陳腐な言葉、一番信用していないのは僕自身だ。けれど、今この言葉をかけなければ、努先輩とキララ先輩を安心させ冷静にすることはできない。
この非常事態に、的確でない判断をすることは、『手遅れ』になってしまう可能性が高くなる。それだけは避けなくてはならない。
「まずは手分けして――」
「お兄ちゃん、もうちょっと待ってて。もうすぐ来るから」
「来る?」
リリスさんの謎の発言を問おうとすると、不意に僕を呼ぶ声が。
「おーい、悠夜ー」
「えっ?」
声のした方を向けば、こちらに走ってくるいつものメンバーの姿が。
「皆さんどうしてここにっ?」
「俺ら、リリスちゃんに呼ばれたんスよ」
「水臭いニャ。何故こんな一大事に俺らを呼ばない」
「そうだぜ。俺達は悠夜の弟子なんだから、もっと信用してくれなきゃ困るぜ」
「私達にだって力になれることはあるんだから」
「悠夜さん、ここにいる者は、度合いは違えどあなたのことを大切に思っていますのよ。その意志を尊重する為にも、あなたも私達を頼りにしてください。
確かにあなたは昔からなんでもできましたわ。でも、例え一人でなんでもできたからって、誰かと力を合わせることができないわけではない。むしろ、誰かが傍に居れば、より大きな力となる。……これもあなたが教えてくれたことですわ」
僕の視界には、この学園都市でできていた、大事な人達が表情は違くても、確かにそこにいた。
「――ありがとうございます」
でも、足りない。
後二人、いない。
癒し系な先輩と、元気な同期の部員が。
「絶対に、探して助けましょう」
みんなが静かにうなずいた。
2
「冬空先輩はこの近くにあるエクソシスト事務所に向かってください。努先輩とキララ先輩も一緒についていってください。
リリスさん、神薙くんと恋華さんは誘拐された雲雀先輩の捜索をお願いします。
玲さんと刈柴くんは僕と一緒に京さんを探します」
「俺はどうすればいいニャ?」
「あなたはその広い交友関係と情報収集力で二人のことを探ってください。何かわかれば、その都度僕に報告をお願いします」
「了解ニャ。この天宮響、全力で任務を遂行させていただくニャ」
「皆さん自分の安全を最優先に考えて動いてください」
そう言って、僕らは行動を開始しました。
★ ★ ★ ★ ★
「ねえ、悠夜くん。私達はどうするの?」
「一回京さんの自宅に行ってみます。それで家に居ればこちらの不安は解消されるんですが」
「でも、その京って人、話しによると今噂のドッペルゲンガーに合ったって言ってるんスよね? さすがに子供じゃないんスから、イタズラでそんなことはしないと思うんスけど」
「そもそも、その京って人、どんな関係? 同じ部活仲間だよね……?」
「何度もそう言ってますよね。頼みますから、こんな時ぐらい包丁はしまってください。刈柴くんも止めてくださいよ。玲さん包丁を出す、僕襲われる、刈柴くん逃げる。明らかにバットエンドまっしぐらですよ」
「そんなこと言われても、俺なんかが月弦さんを止められないッスよ」
「そんな、襲うなんてっ。私そんなはしたない女じゃないよ!///」
「そこで顔を赤らめますか。もお僕の周りにはいろんな女性が居すぎてパニックですよ」
「うん、わかった」
「何がわかったんですかっ。包丁持ってどこへ!? とにかくあなたは包丁しまってっ。刈柴くんは物陰に隠れないっ」
人選失敗しましたかね……。
「玲さんは僕が許可しない限りは包丁や刃物の類いはしまってください。刈柴くんもそんなに怖がらない。早いとこ、京さんのところ行きますよ」
「「あっ、そうだった」」
本当に間違えたかもしれない。
それから歩いて向かい、京さんが住んでいる五階建ての寮に到着。
四階にある京さんの部屋の前までくる。当然鍵は開いていない。呼び鈴を鳴らしても、反応がない。
「どうするんスか? お留守みたいッスけど」
「窓ガラス無い? そしたら私入れるよ」
「何言ってるんスか!? いつも包丁を降り回しているのに、不法侵入で更に罪を重ねる気ッスかっ。冷静に考えると、悠夜と月弦さんのやり取り結構犯罪すれすれッスよ!」
「駄目ですよ。それでは証拠が残ってしまいます。僕ピッキングできますから、開けられますよ」
「悠夜も何言ってるんスか!?」
「確かにこれがいろいろと法から外れているのはわかります。けれど、非常事態なんて言葉で片付ける気はありませんが、手遅れなことになってしまっては遅いんです」
「わかったッス。それじゃあ、頼むッス」
「はい」
「ちょっと待って悠夜くん」
刈柴くんの了承(?)も得られ、ポケットから針金を出すも玲さんに止められる。
「本で読んだんだけど、ピッキングって時間かかる場合もあるんでしょ? そんな物よりこっちの方が手っ取り早いよ」
玲さんはそう言って、手に銀色の魔結晶を取り出す。
「お願い――鋼銀線蟲」
玲さんのエレメントが発光し直後霧散する。粒子状になったそれは玲さんの両手に集まり、二つの指輪となって人差し指にはまる。
指輪から伸びてきたのは一本のワイヤー。その先が一人でに、鍵穴へと入る。
「錬金術――発動」
ワイヤーは鍵穴の中で形を変え即席のスペアキーとなり、ドアががちゃりと開いた。
――錬金術
この世の万物の元となる元素を操ったりすることで、様々な物を創造、もしくは破壊したりする魔法。けれどこれはほんの一例にして一般的なものにすぎず、錬金術師は個々に特殊な魔力を持つと聞く。
玲さんの場合は鉄製の物を操るのに特化していると言っていました。この事実を知った時、僕はものすごく納得しました。
「開いたよー。あれ、どうしたの?」
「……ピッキングできる僕が言うのもなんですが、玲さんに錬金術って鬼に金棒みたいなものですね」
「……月弦さんに目を付けられたら、誰も逃げることはできないッスね。とこぞの国家錬金術師みたいにどんな分厚い壁も、扉作って突破しそうッスもんね」
素直に玲さんの成長を喜べない僕がいました。
「まあ、無事に開いたことですし、入らせていただきましょう」
「悠夜くん」
前へ進もうとする僕を、玲さんが裾を掴む。
「リリスちゃんから聞いたよ。リリスちゃんが何か頑張ったら、ご褒美に頭を撫でてあげるって」
「へぇー、そうなんスか」
やめてください。そんなシスコンを見る目で僕を見ないでください。
だって仕方がないじゃないですか。頭を撫でなければそれ以上のことを要求されるんですから。要求の具体的な内容は口が裂けても言えませんが。口が裂けてしまったら、喋るどころではないですし。
刈柴くんの前でもありますし、正直言って『ご褒美』とやらしたくない。でも、いつもなら真っ先に刃物を出すはずの玲さんは、ただただ無言で上目遣い。角度もちょうど良く、玲さんが『美少女』ということを思わず再認識してしまう。……まあ、要するに、僕と言えど美少女の上目遣いには勝てないってことですよ。
僕は少々びくつきながら、玲さんの頭へ手を伸ばす。信用していないわけではないですが、自分から包丁の射程圏内に入るのはさすがに勇気がいります。
「なでなで」
「えへへ♪」
少し茶色の混じった玲さんの髪はとても触り心地が良かった。恋華さんといい、リリスさんといい女性の髪はどうしてここまでさらさらなのでしょうか。やはり日々の努力?
数十秒で玲さんの頭から手を離し、僕は京さんの部屋へと入っていく。上機嫌な玲さんと、『青春ッスね~』と口にする刈柴くんも続く。
中は静まりかえっていて、人の気配はしない。念のため玲さんに風呂場やトイレも調べてもらいましたが、やっぱり京さんはここにいませんでした。
「悠夜、これってやっぱり……」
「で、でも、買い物に行ってるだけかもしれないし」
「そう信じたいですね」
もう一度、京さんに通信してみる。やはりと言うべきか、今度も繋がりませんでした。
「あ、この写真」
玲さんがリビングに飾ってあった写真を手に取る。
「ほら、ここ。悠夜くん映ってるよ」
「ほんとッスね」
「これは僕が入部してすぐに撮った写真ですね」
その写真は今の演劇部が映っていて、僕の隣に京さんと雲雀先輩。後ろには努先輩とキララ先輩が。
僕は顔から緊張しているのが見え見えですけど、他の四人はとびっきりの笑顔を浮かべています。
「――家族みたいって言われたんです。この前来ていただいた、OBの先輩に」
僕は語りだしていた。
「努先輩とキララ先輩が仲のいい夫婦。雲雀先輩が普段はおろおろしているけど、しっかり者の長女。京さんはお転婆だけど、どこか憎めない次女。僕は一番末だそうです。
その先輩の言葉を聞いた時、結構的を射ていると思いました。実際僕はこの数日で何度も『家族』に助けられましたよ。特に姉達二人には迷惑をかけっぱなしで。
それでもやっぱり僕は嬉しかったんでしょうね。また家族ができたことに」
人は失ってしまったものに過敏に反応するそうです。
僕の場合は失ったというより、手放してしまったと言った方がいいかもしれませんが。
「……なんだかそういうの、すごくわかる気がする。私もお姉ちゃんにはいつも助けてもらってばかりだったし」
「俺一人っ子スから、兄弟がいるって羨ましいッス。昔弟が欲しいってせがむ度に、うちの親がすごいビミョーな顔をしてたッスけど」
「すいません。妙な感傷に時間を取らせてしまって。ここも何もなさそうですし、早いところ移動しま――ッ!」
突然の頭痛。
僕はその場で膝をつき頭を押さえる。
『この世界は愛で溢れてる。うん、そう思うわ。だって私はこんなにもあなたのことを愛しているんだもの。でもね、足りないの。まだ愛は足りていないの。この世界にある全ての愛をあなたに捧げて、この世界にあるあなたの全ての愛が欲しいの。
――愛してるわ、ゆう』
「悠夜くん、大丈夫!?」
「どうしたんスか、急にっ!?」
「大丈夫、です……」
倦怠感を覚えながらゆっくりと立ち上がる。
頭痛は去ったけれど、まるで真冬のような寒気が僕の体を駆け巡る。
不安そうに僕を見る二人。作り笑いを浮かべて、
「そろそろいきましょう。ここにいるより、京さんを探した方がいいですよ」
「でも本当に大丈夫ッスか?」
「単なる立ちくらみですよ。そこまで気にするものではありませんよ」
それでも納得のいかなそうな二人の先を行き、玄関を出る。
時計を確認すると午後一時半を過ぎていた。
(どこにいるんですかね、京さんも雲雀先輩も……)
どこに向かおうか模索しようとした時、誰かから通信がきた。
「はい、誰ですか?」
『私だ、冬空美姫だ。頼まれていた、行方不明者のリスト。入手できたぞ』
「ありがとうございます。見たいので、今からそちらに行ってもいいですか?」
『そう言うと思って、既に送っておいた』
「送った?」
「わっ、何スかあれっ」
刈柴くんが指を指す方を向く。
そこには、白い鳩のような鳥がすぐそばを旋回していた。
「式神――陰陽道の術ですか」
昔に栄えた魔法使い、陰陽師の使う魔法。媒体を魔力で操り、自分の手足のように扱う遠隔操作可能な魔術。
『昔お婆様に教わってな。私の専門は氷冷操作系だが、これぐらいならできるぞ。その鳥に行方不明者のリストが書いてある』
「ありがとうございます。もう一つお願いできますか?」
『なんだ、私にできる限りの全力を尽くそう』
「じゃあ、行方不明者がドッペルゲンガーや、もう一人の自分を見たという証言を残しているか、調べて欲しいんですが」
『……時間がかかるがいいか?』
「お願いします。それと――」
『?』
「今京さんの家の前に居るんですが、残念ながら家にはいませんでした」
『そうか。あの二人には言っておこう。どんな事実でも、知っておいていた方がいいだろう』
「そうですね。じゃあ、こっちは引き続き京さんを探してみます。そちらの方も頼みました」
『ああ。気を付けてな』
「はい」
『森羅……』
「なんですか?」
『もし二人が無事見つかったら、今度私と――』
「時間が無いから切ります」
「ちょっ、玲さん!?」
冬空先輩が何か言おうとした時に、玲さんが通信用特殊魔結晶を僕から取り上げ通信を中断させてしまった。
「私だって二人きりですごしたことほとんど無いんだから…………」
「何を怒ってるんですか?」
「怒ってるって言うより、プチヤンデレ化ッスね」
でしたら用心しなくては。
「はい、エレメント。ごめんね、勝手に取っちゃって。これからどうするの?」
「この周辺から京さんを探してみましょう」
羽ばたいている紙の式神に手を伸ばす。
式神は僕の手の平の上に乗ると、糸の切れた操り人形のように動かなくなった。
折り紙の要領で折られた元式神を広げる。
冬空先輩の言う通り行方不明者の名前が上から失踪した順に書かれている。
「うーん。国籍も年代層もバラバラッスね」
「行方不明の人、こんなにいたんだ。でもこれって今回のことと関係あるの?」
僕の両隣から、刈柴くんと玲さんがリストを覗き見る。
「……すみませんが、近くの自販機で飲み物買って来ていただけませんか? 二人の代金も僕が払いますので」
「わかったッス。何がいいスか?」
「500ミリリットルサイズのお茶を五本。量が多いいので、玲さんもお願いします」
「うん、いいよ」
刈柴くんにお金を渡し、二人は近くの自販機へと向かった。近くと言っても、この周辺にはなく、歩かないと見つけられませんが。
二人と距離が空いたことを確認して、神薙くんに通信する。
『もしもし、悠夜か。そっちはどうだ?』
「収穫無しです」
『そうか。俺らもイマイチだ。聞き込みしてるんだが、その雲雀って先輩らしき人を見た人はいないってさ』
「すみませんが、リリスさんに変わってください」
『おう、わかった』
『はいはーい。リリスだよー。どうしたのお兄ちゃん。リリスの声聞きたくなった?』
「神薙くんと恋華さんに聞こえないようにお願いします」
『……オッケー。どうかしたの?』
「今冬空先輩から送られた、行方不明者のリストに目を通したんですよ。
――その中のおよそ半数は科学者です」
『ッ!? どうしてわかったの?』
「科学者というのは交友関係も限られてくるんですよ。裏の世界の住人は、裏の者としか語れませんからね。知っているのは名前だけですが、それでもいくつか知っているものが該当しました。僕記憶力がいいんです」
『じゃあその行方不明者多発って、誰かが科学者を狙って誘拐してるってこと?』
「それはないでしょう。確かに科学者が大多数をしめていますが、リストには明らかに科学者でない人も入っています」
『でも偶然にしては多すぎない? カモフラージュの為に、一般人を拐っているとか』
「それならわざわざ学園都市にまで来て、科学者でない京さんが拐う理由がありません」
『……疑うわけじゃないけど、ミヤコは本当に行方不明なの? 確かに現在地は掴めないけど、確たる証拠があるわけでもないし』
「あったんですよ、証拠」
『ええ!』
「僕の師匠、モーガン・ペンドラゴンが凄腕の魔女ということは知ってますよね」
『うん。実際リリスもママの魔法は見たことあるよ』
「その師匠から、僕は空気に残留している魔力を発見できる方法を教わったんですよ。僕の場合、魔結晶を使わなければいけませんが。それで、玲さん達に気付かれないように調べてみたところ――」
『何がわかったの?』
「何も」
『はい?』
「何もわかりませんでした」
『……お兄ちゃん、それってどうゆうこと?』
「魔力を持つ者は熱のように微弱ながら、それに似た性質の魔力を放出します。これを残留魔力と呼ぶんですが、指紋のように個々によって、同じものは無いと言われています。魔力の無い僕や機巧人形のリリスさんの住むあの家には、残留魔力はほとんどありません。わかりにくいのでしたら、電磁波を思い浮かべてください」
『ああ、あれのことか』
「部屋の持ち主である京さんの残留魔力、見当たらないどころか痕跡さえありませんでした。空気中の魔力はなくなることもありますが、昨日まで普通に生活していた人の魔力が突然消えるなんてことまずあり得ません」
『それってつまり、どういうこと?』
「長々と語ったあげくにここからは憶測になってしまいますが――部屋に居た京さんは【何か】によってその存在、空気中に残留した魔力ごと行方をくらました――ということではないでしょうか」
『…………じゃあ、もしかして』
「その何かというのが、ドッペルゲンガーかもしれませんね」
その人の存在、空気中に残留した魔力ごと痕跡も残さずに消えてしまう現象。
怪異。
ドッペルゲンガー。
これらが同一なのでしたら、厄介そうですね。
『そ、それじゃあ、ミヤコを助けようがないんじゃ……?』
「大丈夫ですよ。原因があるのなら、それを壊せばいいんですから。むしろ問題は雲雀先輩かもしれません。引き続き捜索お願いします」
『うん、了解~。ねぇ、お兄ちゃん』
「何ですか?」
『勝手にいなくならないでね』
そう言ってリリスさんは通信を終了させた。
…………さて、本当にどうしましょうか。
「悠夜くん買ってきたよ」
ナイスなタイミングで帰ってきた玲さんと刈柴くん。その手には大量のお茶とジュース。
「ありがとうございます」
刈柴くんからお茶を一本受け取り、キャップを開けて飲みほす。
「って、早っ」
「悠夜くんってどこまでブラックホールなの?」
「僕って正直、美味しいとは思っても空腹という概念がそこまで無いんですよね。ししょ――母さんによれば、僕って太りにくい体質だそうですし、ついつい食べたり飲んだりしちゃうんですよね(ゴクゴク)」
「何それ!?」
「むぅっ!」
二本目を飲み終えたところで、玲さんに両頬をつねられる。
「私はちゃんと考えて甘いものとか控えたり、野菜中心にしたりしてるのに、太りにくいっ? 痩せようにもまずは胸から落ちるって言うし……。ずるいよ!」
「落ち着くッス。気持ちはわからなくもないッスけど、これが主人公補正ってやつッス」
「うぅ。なんでヒロインにはそういうの無いのよ……」
二人は何を言っているんでしょう?
玲さんに手を離してもらい、残り三本を飲み移動することにした。
「どこに向かってるんスか?」
「高いところです。見たい物がありまして。どこかいいところありますかね?」
「それなら私いいところ知ってるよ。小高い丘みたいなところ。あ、でもここからじゃ遠いかも」
「構いませんよ。案内お願いします」
★ ★ ★ ★ ★
「我は願う 我らの目の前の霧が晴れることを 我らの目指すものがそこにあることを 囚われの姫を探し出す術を
我は願う 光よ果てよ!」
地に描いた魔方陣。
黒く発光する刻まれた紋様は、陽の光と重なりあって幻想的な風景を映し出す。
僕はその中心、黒い魔結晶を手にしながら、光の中で願う。
僕の閉じられたまぶた。
その中に見えたのは巨大な空間、暗闇中で蠢く大きくてそれでいて長いなにか。そして、十字架に吊るされた――
「ッ!」
限界が近付き、僕は魔方陣への魔力供給を中断する。
光を失った魔方陣はただの模様となり、僕はポケットにエレメントをしまった。
傍で一部始終を見守っていた玲さんと刈柴くんが僕に近寄る。
「何かわかったッスか?」
今僕が使用していたのは『探知』と『予知』の魔方陣を組み合わせたもの。
見晴らしのいい環境でこの魔方陣を使えば二人を探せると思いましたが、やはり簡単にはいきませんでした。もっと時間をかければ可能かもしれませんが、これ以上は僕の体がもたない。
「具体的には把握しきれなかったですが、おおよその場所はわかりました」
いくら暗闇の中とはいえ、あそこまで開けた空間はそこまで存在しない。
「そっか。でも候補が絞れたなら充分収穫だよね」
「でもそんな便利な方法、なんで使わなかったッスか?」
「できれば使いたくな――ッ!!!」
言葉の途中で僕は突然吐血した。痛みが走る体をくの字に曲げ、足元が赤く染まる。
「悠夜くん、どうしたの!?」
「大丈夫ッスか!?」
「だ、大丈夫っす……」
笑顔を浮かべ声真似をするも、二人の表情は未だ強張ったまま。
「悠夜くんどこか痛い? 具合でも悪いの?」
「そういうものではなくて……。これはある意味当然の結果なんです」
「どういうこと?」
「魔力ゼロの僕の体で、魔法を使うのって結構酷なんですよ。魔方陣や補助装置であるエレメントを使っても、負担がかかってしまうんです。
この前みんなで魔装具を創造した時は、あなた方の魔力を主に使いましたから負担は大幅に軽減されましたけど。
魔法は魔力があってはじめて行える。これは世界が定めたことですから、むしろ僕なんかがこれぽっちの代償で魔法を使えるなら儲けものですよ」
「その魔方陣、俺らが使うのは駄目なんスか。……俺らの体には魔力があるから、別に問題はないんじゃ」
「駄目ですね。地質操作系や錬金術が得意なあなた方の魔力では、この魔方陣との相性は良くありません。僕みたいに苦痛は伴わないと思いますが、失敗して魔力を無駄にするだけです」
「…………そうッスか」
悔しそうな刈柴くん。
哀しそうな玲さん。
「――現代で魔法が使える方法ってわかります?」
「えーと、魔結晶や魔方陣の補助を受けて行うんスよね」
「はい。魔方陣や呪文といった類いの物は、元来魔法をより使い易いように開発された物なんです。使う魔方陣や呪文が自分の魔力とあっていれば、頭に描いたり唱えることで魔法が発動します。僕が魔方陣を地面に刻むのは、普通のより複雑すぎるので実際に頭で浮かべるよりは成功率がいいからしているんですが。
魔結晶はこの魔方陣や呪文を登録することで、必要最低限な行動で魔法を発動するのに役立ちます。
まあ、どれも行うのに魔力が必要というのは変わりませんが。
これとは別に魔法を使う手段があるにはあるんです。知ってますか?」
「いや、わからないッス」
「私も」
「魔法を使うという意味では少し外れるかもしれませんが二つ方法があるんです。一つは魔法使い自身が魔法に『なる』こと。二つ目は怪異と『同化』することです」
「そ、そんなことができるの!?」
「理論的には不可能ではないですが、どちらも成功例はありません。
前者は肉体という邪魔な器を捨て、魔力と精神――魂だけの存在となり、魔法を使うんです。いや、そこに魔法を使うという概念はありません。その存在自体が魔法という現象なんです。
後者は魔法が災厄化した怪異が稀に人の持つ魔力と同化することです。元々怪異も魔力の塊なのですが、さっきも言った通り怪異は一種の災害のようなものなのですから同化できたとしてもそれはもはや『ヒト』とは呼べません」
「「………………」」
「ですから、あなた方は遥か遠くにある力なんて求めずに、自分にできることを精一杯やってください。ちゃんとした『ヒト』であってください。その方が、師匠の僕としては嬉しいです」
「悠夜くん……」
「わかったッス。で、俺らは何をすればいいッスか?」
「まずは広い空間を探しましょう。良くは見えませんでしたが、さっき魔方陣を使った時とても広い場所のように思えました。……アストラル全域じゃなくて、ここら辺一帯にした方が良かったかもしれないですね」
「でも手掛かりが何も無いよりはマシだよ。あれ、冬空先輩?」
玲さんの目線の先には、こちらへ駆け寄ってくる冬空先輩。その後ろには努先輩とキララ先輩の姿が。
「え、どうしたんですか? 三人揃って」
「実はおもしろいことに気が付いてな。直接言った方がいいと思ってわざわざ探してやってきたんだ」
言われて空を見上げる。
僕らの頭上では、さっきとは別の鳥型の式神が悠々と飛んでいた。おそらくあれで僕らを探したんでしょう。
「これを見てくれ」
冬空先輩は地面に地図――世界地図を出した。僕らは地図を囲むようにしてしゃがむ。
冬空先輩は鉛筆を取り出し、
「これが行方不明者が出た地域だ」
世界地図にいくつかの丸を描く。丸の近くには行方不明になった順に番号が書いてある。
「こう見ても、やっぱり共通点はなさそうッスね」
「そう思うだろ? だが、実際は違うんだ。
私は森羅に言われた通り、行方不明者が失踪する前にドッペルゲンガー等の物を見たか調べたんだ。結構大変だったんだぞ。先輩方にも手伝ってもらったりして。それでわかったんだが、なんと全員がドッペルゲンガー、もう一人の自分を見たと友人知人親族に話していたんだ」
冬空先輩は世界地図に書いてある円の中心に黒点を記しいく。全ての円に印を付け終わると、
「今度はドッペルゲンガーを見たと言う日時が古い順に点を線で繋いでいくぞ」
鉛筆が地図の上を滑り、五個目の点が繋がったところで僕らは気付いた。
「動いてる……?」
結ばれる線は点と点を伝う間に右斜め、左斜めを繰り返し、歪ながらも稲妻型をしていた。まるで、何かがジグザグに進んでいるかのように。
「続けるぞ」
線を結ぶのが再開される。
稲妻型の形は崩れることなく、スムーズに鉛筆が進む。
やがて最後の点も結ばれ、世界地図に大きな稲妻型の傷が浮かび上がった。
「こ、これって」
「間違いないですよ、玲さん。
――ドッペルゲンガーは確かに移動しています。移動していて、それを見た人が時間をおいて行方不明になっているんです」
「そして、これは篤兎京のだ」
地図上の学園都市アストラルに黒点が書かれ、稲妻模様と結ばれた。
「……アストラルに円が書かれる前に、なんとしても京さんを探し出しましょう」
これはもはや単に見つからないという問題じゃない。
京さんは明らかにドッペルゲンガー、怪異に巻き込まれたとみて間違いないと思う。
拭うことのできない嫌な予感が、これが事実だと言っているように思えて仕方がない。
「まだ篤兎京が行方不明になったという証拠もないが、こん結果出てたのなら無視はできない。見方を変えて動かないわけにはいかないだろう」
「で、本当にどうするんスか。俺はちょっと展開が早すぎて軽く混乱してるんスけど」
「まずはリリスさん達と合流しましょう。ドッペルゲンガーのことを話さなくてはいけませんし」
僕は立ち上がって通信用特殊魔結晶を取り出す。まずは天宮くんに通信しようとして――僕は中断した。
「刈柴くん」
「なんスか?」
「都市伝説のドッペルゲンガー、もう一人の自分に会ってしまったら、死ぬんですよね?」
「そうッスけど……」
「僕死ぬみたいですよ」
「何を――なっ!?」
刈柴くんの驚く声。
みんなが一斉に振り向き、同じく表情を驚嘆一色に染める。いやー、僕もびっくりしましたよ。
なんだって、目の前に僕と瓜二つ(・・・)な人が立っているんですから。
距離にして数十メートル。ここからでも確認できる格好は、今の僕そっくり。黒一色でコーディネートし、うつむいているせいで伸ばしている黒髪が顔を隠し良く見えない。
静寂。お互いに視線を合わせることなくたたずむ。
緊張。後ろでは玲さん達が静かに状況を伺っている。
邂逅。僕(偽)が顔を上げニタリと笑い、初めて僕と視線が合う。
瞬間。僕(偽)の姿が一瞬ぶれたかと思うと、姿を消していた。
直撃。いきなり目の前に僕(偽)が現れ、天へ伸ばした腕を僕へ叩きつけるように降りおろした。
★ ★ ★ ★ ★
「僕死ぬみたいですよ」
「何を――なっ!?」
俺、刈柴大地は悠夜のわけのわからない言葉を問いただそうとして振り向いた瞬間、絶句した。同時に悠夜がなんであんなことを言ったのか理解した。
悠夜の視線の先には、まるで鏡から抜け出したかと思うほど悠夜とそっくりな『何か』がいた。
幻覚やまやかしの類いではない。
正真正銘のドッペルゲンガー。
静かにたたずむ二人(?)を凝視する。こんな異常事態に、俺はそれぐらいしかできなかった。みんなも目の前の光景を前に、どうしていいかわからず、事の成り行きを見守っている。
先に動いたのは偽悠夜だった。
消えたかと思うと悠夜の目前に出現し、異様に長く伸びた腕で悠夜を殴りつけた。
成す術もなく吹き飛ばされる悠夜。
「悠夜くんっ!」
「この……!」
冬空先輩が前に出る。
「抜刀――刀雪嶺斬」
水色の魔結晶が発光し、冬空先輩の手には愛用の刀型魔装具が握られていた。
「はあぁぁぁ!」
偽悠夜への峰打ち、高校生とは思えない剣技。迷いも狂いも情けも無い一撃。けれど、偽悠夜は陽炎のように揺れたかと思うと、斬撃が届く寸前に忽然と姿を消した。
標的を失った冬空先輩が視線をさまよわす。
「どこに行った!?」
「左ッス!」
「お願い――鋼銀線蟲」
今度は月弦さんの魔装具、細い鋼糸が偽悠夜を襲う。
月弦さんの魔装具は標的に絡みつくことでその動き拘束する――はずだった。
鋼糸が偽悠夜に触れた途端、拘束することなくまるで水や空気を通るように貫通しそのまま地面に突き刺さる。
「嘘っ」
「こいつに実体は無いのかっ?」
月弦さんと冬空先輩の困惑する声。俺だって何がなんだかわからない。脳がパンク寸前だ。それに、この女子二人のように自分の魔装具で応戦した方がいいのかもしれないが、俺の体は金縛りにあったように動かなかった。柁原先輩や祭場先輩も偽悠夜に視線を固定したまま立ち尽くしている。
冬空先輩も月弦さんも、まるで幽霊のような得体の知れない存在感の偽悠夜を前に、出方を伺うしかない。
偽悠夜がうつむかせた顔を上げ、ニヤリと笑う。顔は見知った友人のものなのに、俺の背筋は悪寒で震えた。
再び陽炎のように揺れると、偽悠夜は姿を消した。
「きゃあ!」
月弦さんの悲鳴。消えた偽悠夜は月弦さんの目の前に出現すると、その右手を彼女に伸ばした。
冬空先輩が急いで駆け寄ろうとするも間に合わず、月弦さんに異形の手が――
「させませんよ」
――触れようとした時、悠夜が偽悠夜の腕を左手で掴んで止めた。
「ナ・ニ…………」
偽悠夜が初めて口を開く。その表情は驚きに満ちていた。
「僕を壊したいのでしたら、これぐらいはしてくださいよ!」
アイアンクローの要領で偽悠夜の頭を鷲掴みにすると、悠夜はおもいっきり地面へと叩きつけた。
「無に帰ってください」
抵抗しようとしたのか悠夜に向かって手を伸ばすも、届く前に偽悠夜の体は結晶が細かく砕けるように崩壊した。風に乗って、粉塵が空中を舞う。
「悠夜くん、大丈夫っ?」
「ええ、なんとか」
そう言うわりには、悠夜の顔色はあまり良くなかった。
「ドッペルゲンガー。……あれが本物だとして、どうして悠夜くんを」
「次のターゲットは僕ということでしょうかね」
「で、でも、ドッペルゲンガーは消えたんスから、もう心配は無いッスよね?」
「どうでしょうか……。? 先輩?」
悠夜の視線の先、暗く辛そうな表情を浮かべる柁原先輩と祭場先輩の姿。
「すまん、悠夜……」
「私、また何もできなかった」
この二人の先輩は目の前で同期の部員を連れさられ、後輩の行方もわからず、今ももう一人の後輩が傷付いた。
……精神的ショックは大きいッスよね。
俺だって、何もできない自分が惨めで、とても悔しい。
「すみませんが、戦闘に関しては先輩方に何も期待していません。戦闘に慣れてない人が参加しても、無駄な怪我を負うだけです」
悠夜にしては辛辣な言葉。俺に対しても言われているように思え、無意識に悠夜から目を反らした。
「――でも、」
視線を悠夜へ戻す。
「僕のことで苦しんでいただいて、ありがとうございます」
そう言う悠夜の表情はどこか嬉しそうで、少し哀しそうだった。
「さて、このままみんなと合流した方がいいですね。先に行っててください」
「森羅は行かないのか?」
「僕は相手をしないといけないので」
悠夜が視線を横に向ける。つられてその方向を見る。
そこにはゾンビのように佇む何人もの偽悠夜。
「こいつら、また!」
「冬空先輩方は先へ。相手は僕がしますから」
「しかし……」
「どうやら僕一人だけが狙いみたいですし、ここで複数人が残っても効率が悪いですよ。早く行ってください」
確かにここは悠夜一人に任した方がいいのかもしれない。
悠夜を除いて一番の実力者と思われる冬空先輩でも、この偽悠夜には太刀打ちできなかった。
「……わかった。私達は先に行こう」
「そんな。ミキティーは悠夜くんを置いていくの!?」
「仕方がない。正直私達ではあれに対抗できない。そんな我々が残っても何もできない。なら、先に進むしかないだろう。柁原、お前も来てもらうからな」
「ああ、わかった」
「悠夜くん、私、信じてるからね」
「絶対待ってるッス」
「それでは、後で落合ましょう」
そう言って俺達は悠夜に背を向けて、亮達のところ向かった。
3
「見つからねぇな~」
俺こと、神薙亮は悠夜の指示通り会ったことのない白樺先輩とその白樺先輩を拐ったと言う不良を探しているが、手掛かりが全然無い。していることは聞き込みだけだが、成果は上がらない。
「なに弱気になっているんですの? もっとシャキッとなさい」
一緒に行動していた霧坏に注意される。ちなみに今リリスちゃんは近くのコンビニでなんか買ってるらしい。
「悪い。でもここまでして手掛かりが無いっていうのもな」
「確かに。目撃者が全くいないと言うのも不思議ですし」
「だよなー」
聞いた話しによると、白樺先輩を拐った連中はいかにも『不良』という風体をしているらしく、学園都市ではまず間違いなく浮く。人を拐ったのなら、なおさらだ。
しかし、誘拐か……。実感わかねーな。
身近で、しかも学園都市の中の学生が行ってるなんて、正直なところあまり信じられない。
だからと言って、助け出さないわけにはいかないが。
「ごめ~ん。お待たせ~」
リリスちゃんが手に菓子パンを持ちながら走ってくる。
「遅かったな」
「ウザいやつがナンパして来たから、殴り飛ばして黙らしてた♪」
そうなのだ。
霧坏とリリスちゃんはまあ、見てくれだけは結構なものなので、聞き込みを始めてから野郎に数回ナンパされていた。
その度にリリスちゃんは暴力で、霧坏はお嬢様言葉から繰り出される相手の心臓をえぐるような毒舌で、ナンパして来たやつを叩きのめしている。まあ、あれだ。猫だと思って近いたら、実は虎だった、みたいな。
もし二人がナンパされてる光景を、悠夜が見たらどうなるだろうか? 義妹と幼馴染みに手を出されたんだから……あいつも結構ギタギタにしそうだな。悠夜って、ぶっちゃけ女に甘いしシスコンになりかけてるし。
「どうするの、このまま聞き込みとか続けるの?」
「うーん、そうするしかねえよな~。他に手はねぇし」
「そうですわね。せめて何か手掛かりがあれば、いいのですけれど」
「「「うーん」」」
「おーい」
俺達が腕を組んで頭を悩ましていると、聞き覚えのある声がした。
振り向けば、こっちに走ってくる響の姿が。
「え、響? どうしたんだ、てか何でここに?」
「ちょっくら、言うことができてちょうど通信しようと思ったらお前が遠目に見えたから、走って追い付いて来たわけだニャ」
「よく俺だってわかったな」
「ばか、何年お前とつるんでるんだよ」
確かに、かれこれ響とは幼稚園からの仲になる。こうして考えると、響とも結構長いな。
「…………漫研の先輩の一人が、リョウとヒビキのBL本つくってたよ」
「ニャに!? 誰だニャっ。誰がそんなこと言ってるんだニャ! てか何故今言う!」
リリスちゃんがぼそって言うと、響がものすごく動揺していた。
というか、一つわからないことが。
「なあ、霧坏。BLってなんだ?」
「……世の中には知らない方がいいこともありますわ」
なんだ、なんだBLって。誰か教えてくれ。
※ボーイズラブです
「そんなことより、一体何がわかったんですの?」
「そんなことって、これも結構重要なんだけど……。実は――」
会話の途中で響のポケットの中にあるエレメントが震える。恐らく、通信だろう。霧坏も誰かからコールが来たのか、手にエレメントを持っている。
二人がコールをし始めたので、俺は手が空いたリリスちゃんに尋ねて見る。
「なあ、BLってなんなんだ?」
「……今あるヒビキとの関係を大切にしたいなら、聞かない方がいいよ」
だからなんだよ、BLって!
※Boy's Loveの略です
「ニャー、大地からだったニャ」
「私は玲さんからです。一回集合するから、現在地を教えてくれと」
「あっちの方も、進展あったのかね」
俺らとは別行動の悠夜達は、行方がわからない同級生――篤兎京を探していた。ただいなくなるだけならまだいいが、ドッペルゲンガーを見たと言っているらしい。
(白樺先輩に、篤兎ってやつ、本当に大丈夫なのか?)
何もわからず何も掴めないまま、心の中の不安や焦りが静かに加速していった。
★ ★ ★ ★ ★
それからしばらくして、大地達と合流できた。冬空先輩と演劇部の先輩二人もいる。だが、肝心の悠夜は何故かいなかった。
俺らが悠夜のことを尋ねる前に冬空先輩が説明してくれた。
篤兎京が家を探しても見つからなかったこと、最近頻発している行方不明者とドッペルゲンガーを見たという証言の関係性。そして、悠夜のドッペルゲンガーが無数に現れ、一人で相手にしていることも――
話しを聞いて飛び出したのはリリスちゃんだった。ものすごい速さで駆け出した彼女を、冬空先輩が腕を掴んで止める。
「離してっ」
「どこに行くんだ」
「お兄ちゃんのところに決まってるんでしょ! だいたい、何でお兄ちゃん一人を置いてっちゃうの。それでも『友達』!? もしお兄ちゃんに何かあったら――」
「――落ち着いて」
パニックになっているリリスちゃんを、月弦が優しく諭す。いや、口調が優しいだけで、その表情は険しい。
「悠夜くんがね行けって、後で会いましょうって言ったの。私達は悠夜くんを信じてる。だからここに来たの」
「でも、だからって」
「私だって残りたかった!」
月弦がうつむきながら拳を握る。
「残って、悠夜くんと一緒に戦いたかった。力になりたかった。でも、私じゃできなかった。私がいたって、足手まといになるだけ。悠夜くんが困るだけ。だからここに来たの。悠夜くんのこと、信じたいから……」
月弦だけじゃない。
冬空先輩も、大地も、演劇部の先輩もみんな悔しそうに歯を食い縛っている。
「………………ごめん」
リリスちゃんも落ち着いたらしく、意気消沈している。
「――一つ報告があるだけどニャ」
なんとも言えない雰囲気の中、響が口を開く。
「実は不良と思われる柄の悪い学生が、少しずつだけど一ヶ所に集まってるらしいんだニャ。白樺先輩を拐ったやつもいるって話しニャ」
「本当なの、金髪メガネくん」
「どこだ、どこなんだ!?」
すごい剣幕で響に迫る演劇部先輩と女装演劇部先輩。響はその二人に圧倒されながらも、冬空先輩を見た。
「場所は魔術決闘闘技場。先輩と悠夜がバトッた場所だニャ」
既に日は傾き始めていた。
★ ★ ★ ★ ★
魔術決闘闘技場に着いた頃には日が落ち、辺りは薄暗くなっていた。
「入れるんスか。普通こういうのって鍵とかかけてあるんじゃ」
「不良達が入ったって言うし、平気じゃね。いざとなったら冬空先輩が壊せばいいし」
「何故私なんだ? 開けるぞ」
入り口は冬空先輩が開けただけですんなりと通れた。
俺らは一応トラップ等を警戒したが、何もなく話し合いの末、フェーデの戦闘ステージへと向かった。なんでも、悠夜が探知と探索の魔方陣を使った際、広い空間を見たとか。
岩がごつごつした戦闘ステージの前までやって来た。
「……開けますわよ」
霧坏が小声で確認する。下手したら、不良達と戦闘になるのかもしれないのだ。正直人と争うなんて、怖い。でも、やるしかないと、自分にいい聞かせ手に魔結晶を握る。
全員がうなずいたことを確認し、霧坏が勢い良く扉を開ける。
「エクソシストだ! お前ら全員動――!?」
先陣を切った冬空先輩が愕然とする。
フィールド内では不良が一人残らず気を失っていたからだ。
中央と思われる場所では、一人の女性の姿が。
「雲雀!」
演劇部先輩と女装演劇部先輩が走り出す。
名前を呼ばれた雲雀先輩はゆっくりとした動作で顔をあげると、顔を綻ばせ二人に抱きついた。
「キララ! 努!」
「雲雀!」
「良かった、本当に……!」
「一件落着みたいだニャ」
「ああ、何事もなく――!」
その時俺は見た。二人に抱きつく雲雀先輩の顔が怪しく笑ったのを。
「みんな逃げて!!!」
リリスちゃんの声が聞こえた瞬間、俺の意識は闇へ堕ちた
長いですが、まだ続きます 次も遅くなると思いますが、どうかお願いします