第十五夜★影は気付かぬ内に、僕らの足元に
1
新聞の見出しには大きな文字で『ドッペルゲンガー現る! 新種の怪異か!?』と書かれていた。
「なんですか、このドッペルゲンガーって?」
「都市伝説ッスよ。知らないんスか? 姿形はもう一人の自分で、出会ってしまったら死んでしまうんス」
「即死ですか?」
「うーん、どうッスかね。俺も詳しくはわからないッスけど、昔から有名ッスねドッペルゲンガーは」
「そんな都市伝説が、今は怪異と同レベルの扱いですか。行方不明が多発したからって、簡単に騒ぎ過ぎですよ」
「いや、行方不明も充分大事ッスよ。でも、行方不明者の中には『もう一人の自分に会った』と言った数日後にいなくなった人もいるって話しッス」
「大変ですね。真相がどうであれ、怪異として騒がれているのなら、魔祓師も動くんでしょうね」
「そうみたいッスね。この記事にもエクソシストを増員すると書いてあるし。ま、ここ(アストラル)とは関係無いッスね。今のところアストラルの学生は行方不明になって無いらしいッスし」
「やれやれ、人騒がせな。僕が行方不明になる前に速く捕まって欲しいですね」
「ウィース。……お前ら朝っぱらから新聞読んでのか」
「おはようございます、神薙くん。言っておきますけど、新聞は朝に読むものですよ」
「そうッス。朝に新聞を読んで、昼に話し合うのが大人ってやつッス」
「大人というかジジくさいぞ。それスポーツ新聞?」
「ものによっては読む気まんまんじゃないですか。違いますよ。チラッと載ってますけど、あくまでニュースが主体です」
「なんだ、つまんね。じゃあ大地、一時間目になったら起こして、寝るから」
「了解ッス」
「朝練のあるところは大変ですね。僕のところは大丈夫でしょうか」
「演劇部は朝練とかあるんスか?」
「今は放課後だけですけど、舞台公演が近くなったらやるかもしれません」
「悠夜は何の役で出るんスか?」
「それは教えられません」
2
「あー、だるい。早く帰りたい」
「瀬野先生、まだ六時間目のLHRが残っていますよ」
「クラス委員長、頼んだ」
「そう毎度僕に押し付けるのは止めてください。あなたは本当に教師ですか? 職務ぐらいまっとうしてくださいよ。ただでさえ、基本僕に丸投げなんですから」
「わかったわかった。
じゃあ、プリント配るぞ。これには原稿用紙が印刷されているから、将来の夢について書いてくれ」
「え、作文? 普通こういうのはアンケートとか、そういうものでは?」
「別に構わないだろう。今回学年主任に言われたことは、進路調査だからな。自分の進路を具体的に文章として書き上げることで、明確にすればより見識は広くなる。私はそう思ったから、原稿用紙を用意したんだ」
「なんだか、かっこいい言葉でごまかされてる気がするんですが」
「よし、では30分時間をやるから、各自書き初めてくれ」
「無視ですか」
「それでは、ヨーイ、スタート」
~~30分後~~
さて、書き終わりましたね。
これでいいのか不安ですけど、時間制限付きですし仕方ないですね。
「よし、全員書き終えたな」
黒板の前では瀬野先生が満足げに生徒を見ている。
ふと、瀬野先生はどこから取り出したのか、教卓の上には四角い段ボールでできた箱。
「この箱はくじ引きになっていてな、クラス全員分の名前が書いてある。そこで、残った時間を使って、私が引いたやつは今書いたものを発表してもらう」
………………………………。
『ハアァァァーー!!!?』
「聞いていませんよ、そんなの!」
「当たり前だ。今言ったからな」
「何でこんなことをするんですか?」
「単純明解。私が暇になるからだ」
「動機が不純かつ至極どうでもいい!」
「はいはい、お前らの言い分は聞かん。学年主任にもちゃんと許可は取ってある」
「職権乱用ですよ」
「さ~て、最初は誰かな~?」
「人の話しを聞いてください。この無能教師」
「ジャジャン! おっ、最初は月弦だな。じゃあ月弦、起立して読み上げてくれ」
「は、はい」
戸惑いながらも、玲さんが立ち上がる。
原稿用紙を目線の高さまで持ち上げると緊張した赴きで、
「短いですけど、読みますね。
『将来の夢 お嫁さん』」
玲さんが自身の作品のタイトルを口にする。それだけのはずなのに、僕は何故か恐怖感を覚えた。
「『私の夢は、まるで幼稚園児のようかもしれないけれど、好きな人と結ばれて、監禁(結婚)生活を送ることです』」
あれ? おかしい。
結婚が何故か違う意味に聞こえてしまった気が……。
「『私だけかもしれないけれど、子供は欲しいと思いません。だって、もし子供ができてしまったら、夫の愛情が分割されてしまうからです。そんなこと許せません』」
え、実の子供にまで嫉妬!?
「『それにもし万が一、夫が浮気をするようであれば……、ウフフ』」
恐いっ。何を具体的にするか、言わない分想像力が嫌でも働いてしまう。
「『もちろん夫の世話は私がみます。その為に花嫁修行というわけではないですが、日々勉強しています。料理から始まり、家事や家計のやりくりの仕方、包丁の扱いも学んでいます』」
何でわざわざ料理と包丁の勉強を別に!? 一つにまとめていいでしょうっ。やっぱりあの本は貸し出すんじゃなかった。
「『そして、夫の最期の時は私が必ずみとります。例え、夫が鮮血の中で倒れたとしても』」
むしろ、玲さんが『夫』を鮮血に染める気が……
「以上です」
「うん、なかなか可愛いらしい夢だったな。はい、読み終えた月弦に拍手」
クラスメイトの拍手の中、照れたのか玲さんは可憐に頬を染める。
そんな仕草さえ、僕は恐怖心を抱いてしょうがなかった。
「お兄ちゃん。そんなに気にしない方がいいよ」
僕の後ろの席に座っているリリスさんに、後ろから声をかけられる。
「…………監禁されるならせめて、外の景色が見える窓がある場所がいいですね」
「駄目だよそんなこと考えちゃ!」
一瞬、鎖に繋がれた自分を想像してしまった僕。
「じゃあ、次のやつを選ぶぞ」
そんな僕の心境を露も知らずに、瀬野先生は次のくじを引いた。
★ ★ ★ ★ ★
「次はペンドラゴン、お前だ」
「は~い」
七番目になって、リリスさんが読み上げることになった。
今までの人は読むことに多少の抵抗があったようですけど、リリスさんはそんな感じを全く出さない。
「タイトル『メイ道』」
受け狙いと思いたいタイトルですね。
「『私の夢は、もう叶っているかもしれませんが、お兄ちゃんのメイドになることです。私とお兄ちゃんは以前、主従関係を結んだのです」』
途端、クラス中から僕へ不信四割、羨望二割、嫉妬四割の視線が集まる。
痛い。
主に心が。
「『でもお兄ちゃんは恥ずかしいのか、なかなか私にメイドとしての仕事をさせてくれません。お風呂で体を洗おうとしてもリリスを追い出すし、添い寝しようとしても拒否して一人で寝てしまいます。口では言えない夜の情事も、ぜんぜんしようとしません」』
なんだかクラスメイトの眼差しが、シスコンを通り越して犯罪者や変質者を見るそれに変わってきている気がします。
何故? むしろ僕は正しい判断をしているはずなのに。
「『私はそんなお兄ちゃんと、これからもより良い、改善された主従関係を結びたいです』 終わり」
「はい、ペンドラゴンに拍手~」
リリスさんに浴びせられる拍手。着席すると僕の背中をツンツン押す。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。リリスのどうだった?」
「100点満点です」
僕を貶める事に関しては。
「それじゃあ最後に、ペンドラゴンの主人で義兄の森羅に読んでもらおう」
「相変わらずの無茶ぶりですね」
嫌々立ち上がるも、あくまでくじ引きですしこういう展開を予期なかったわけではありません。
内容はしっかりとしているつもりですし、話しの流れもしっかりと考えました。
発表しても恥ずかしくない作品に仕上げれた自信はあります。
「タイトル『――」
「と、思ったが、面白味に欠けるので、小学生の頃に森羅が書いた作文を私が読もう」
「えっ、ええ! 何で先生がそんなものを持ってるんです!? って、本物だ! 駄目ですよ、僕が大人しく読ませると思って、――わっ、リリスさん離してくださいっ。何で僕を羽交い締めで拘束!? これはお兄ちゃんの為? ニヤニヤした顔で言われても説得力ゼロですよっ。いいんですか、恋華さんっ。小学生の作文と言えば、あなたのことも書いてあるかもしれないんですよっ。え、むしろ聞きたい? だ、駄目です。絶対に駄目ですっ。なんですか、この葬式のような静けさ。一文字も聞き漏らさない気満々ですね。本当にこのクラスは団結力が凄くてクラス委員長の僕は嬉しくて泣きそうですよ。泣きませんけど。わー、先生、お願いです、後生ですから。リリスさん離してっ、後が酷いですよ!? え、むしろ酷くして? もうやだ! だー、読み上げないでくださいっ。アーアーアーアーアー!!!」
3
「ということがあったんですよ」
「ははは、それは大変やったな~。ウチのところは至って普通にやったからな。むしろ、羨ましいわ、そういうの」
「じゃあ、子供の頃の作文を貸してください。読みますので」
「それは、パス」
僕ともう一人、同じ部活に所属しているショートヘアの少女――篤兎京さんは、演劇部の部室に行くため文化教室棟の廊下を歩いています。
放課後になって部活へ出ようとした時に、京さんと合流してのでこうして移動がてらLHRのことを話してみました。
聞いてみれば隣のクラスである京さん所属のE組はきちんとした紙に書いて、もちろんくじによる発表もなかったそうです。実に羨ましい。
「ウチのとこの先生は堅物やないけど、基本真面目やからな。そういうことはまずあり得へんな」
「瀬野先生は仕事すらしないで僕に回しますからね」
「なんか、有能過ぎるが故に無能な上司の尻拭いをする羽目になる部下の構図やな」
「………………」
「そんな落ち込むことあらへんて。昔の人は言うてたで、苦しいことの後には楽しいことがあるって」
「僕はアストラルに来てから、楽しいことはあってもそれ以上なことがいろいろありましたからね」
「いいやん、退屈せんで」
「それを言ったら、僕は京さんの方が羨ましいです」
「どういうことなん?」
「京さんは演劇に限らず、なんでも器用にこなすと聞いています。きっと僕のような状況になったとしてもなんの問題もなくことを終えられそうですし。僕はそういう経験もないですし、きっと無理ですよ」
「別に難しいことでもあらへんで。ウチはむしろ悠夜のマネせえ言われたら無理やと思う」
「そうですか」
「生理的に受け付けへん」
「酷くないですか?」
「なんか、悠夜みたいなキャラはあわへんてことや。ウチは悠夜みたいになれへんもん」
「頑張ればできますよ。――あれ、冬空先輩?」
僕と京さんの目の前へ歩いてきたのは、生徒会長の冬空美姫先輩。心無しか、その顔は少し疲れているように思える。
「やあ、森羅。これから部活か?」
「はい、そうです。……冬空先輩大丈夫ですか? なんだかお疲れのようですけど」
「ん? ああ、大丈夫だ。心配してくれてありがとう」
「会長、もしかして怪異について調べてるんですか?」
こう聞いてきたのは京さん。緊張のせいか標準語になっている。
冬空先輩にこの間聞いたのだけれど、先日の魔術決闘の時に、学生でありながら魔祓師であることも知れ渡ったらしい。非公認の冬空先輩のファンクラブの人はもちろん知っていたようですが、知名度は格段に上がったらしいです。
魔祓師は魔法使いとして一定の技量があれば、誰でもなれる。でも、冬空先輩のように本当の意味で魔法使いと呼べる『実力』がなければ名は残らない。
冬空先輩はまさしく名実共に真正の魔祓師、そう呼ぶに相応しいと僕は常日頃思います。
「最近有名になっている『ドッペルゲンガー事件』のことか。確かにあれは怪異が原因と言われているが、さだかではないからな。そもそも國桜高校の周辺はおろか、アストラル全域内でも発生していないから、いくら私が魔祓師と言っても借り出されることはないだろう。それよりも私が今懸念しているのは別の件でな、なんでも不良が集団を作っているらしい」
「それは初耳ですね」
「そうだろうな。奴らもただ群れるのではなく、まるでハイエナが餌へ集まるように一人また一人と数を増やしているらしい。馬鹿騒ぎをするのは私は構わないが、一般生徒に被害出るようなら未然に防がなくてはならないからな。今も部活で残っている生徒に遅くならないよう注意をしていたところだ」
「ご苦労様です。学園都市内でも、魔祓師は大変ですね」
「演劇部はまだだからお前達が伝えておいて欲しい。私はまだ仕事があるので失礼する。じゃあな、森羅」
「さようなら。また今度」
冬空先輩は笑顔で僕に手を振るも、やはり懸念は拭えないのかいつも感じる覇気は感じられませんでした。近いうちに何か差し入れでもしましょうかね。
「どうしました、京さん?」
京さんは冬空先輩が行ってしまった後も、どこか思案気な表情を浮かべていました。
「なんでもあらへんで。最近はどこも物騒やな~と思っただけや。帰りはちゃんと送ってな、男子」
「わかりました。雲雀先輩も声をかけましょうか」
「その方がええやろ。キララ先輩はええやろな、彼氏持ちやし」
「京さんはいないんですか?」
「残念ながらフリーや。そういう悠夜はどうなん?」
「ぼ、僕ですか?」
「そや。さっきの生徒会長さんもそうやし、一年D組のダブルムーンこと月弦と霧坏、悠夜の義妹で転校生のペンドラゴン。ウチや雲雀先輩を入れても美少女ばかりやないか。こんだけぎょーさんのべっぴんに囲まれてるんやから、気になるのぐらいおらへんの?」
「え、ええ!? い、いませんよっ。だいたい、僕のような根暗になびくような人などいませんよ」
「なびくなびかないやなくて、悠夜が個人的に好いてるやつはおるかって聞いてるんや」
「い、いませんよ……///」
「フーン(ニヤニヤ)」
京さんはたいして追求もせず、そのままにやけた表情で僕を見る。
この場を逃れたことには助かりましたけど、完全に終わったわけではないので油断はできない。
そんな会話を続けていると演劇部の部室に到着。京さんとこのまま二人で居るのは得策ではないと考え、僕は率先してドアを開けた。
すると、
「え?」
「あ」
既に部室に居た雲雀先輩と目が合う。それもすぐ近くで。
けれどそれが問題ではない。むしろ、今の雲雀先輩の状態にある。
大道具の作業に使う工具をしまうための大きな箱。
雲雀先輩はそれを運んでる最中につまずいてしまったのか、箱の中身を全てぶちまける勢いで放っていた。
僕めがけて。
「て、ちょっ、待っ!」
釘を打つ頑丈なとんかちやどんな木材も切れる鋸。他にもバール、千枚通し等が僕に向かって飛来する。
「うわっ!!!」
冗談のように飛んでくる工具達を避けきれず、僕の頭や胴体を直撃、激しい痛みが走る。
「っ! ととっ!」
衝撃で酔っ払ったように足元もおぼつかず、後ろに下がってしまう。
そしてふらっと背中から倒れそうになったところに――
(ポフッ)
ポフッ?
可愛いらしい音をたてて受け止められた僕の後頭部。
目線だけを上に動かしてみると、ニッコリと額に怒りマークを浮かべる京さん。
……状況から考えると、どうやら僕の頭は倒れそうになった拍子に京さんの胸元に接触してしまったようですね、はい。
…………これって俗に言われる死亡フラグでは?
「誰が貧乳じゃ、ボケェ!」
「理不尽っ」
とんかちよりもバールよりも重い京さんの渾身の一撃で、僕の意識は闇に落とされた。
★ ★ ★ ★ ★
「その、ごめんね悠夜くん。本当にごめんね」
「そんなに気にするなよ、雲雀。とどめをさしたのは京だから」
「ぶ、部長っ。失礼なこと言わんといてくれますっ」
「だってすごかったぞ? ボクシング女子世界チャンピオンを狙えるほどの拳だったな、あれは」
「そんなことあらへんっ。か弱い乙女になんてことを」
「でも現に悠夜はノックアウトされただろうが」
「うっ、それは……」
努部長の言葉に、ばつが悪そうな京さん。その横では雲雀先輩がそわそわと僕を見ながら、しきりにペコペコ頭を下げている。
「はい、一応手当て終わったよ。と言っても、一番重症なのは京ちゃんによる頭部への衝撃だけど」
「キララ先輩までっ」
「ありがとうございます」
京さんに殴られ気絶した僕は、部室に運ばれ介抱されていました。
幸いどれも軽傷で、大事には至らなかったようです。頭はまだズキンズキンしてますが……。
「だいたい、悠夜も貧弱なのが悪いんやで」
「気絶から目覚めて早々にそれですか」
一応、鍛えてはいるんですけどね。
「にしても、悠夜くんってすごいね。体ものすごく頑丈だよ。とんかちが勢いよくあたっても特に損傷がないなんて。初めは痣くらいできてるかと思ったけど」
そう言うキララ先輩は感心したように僕を見る。師匠のおかげで体の頑丈さには自信がありますけど、さすがに脳を直接揺さぶるような衝撃は耐えきれませんでしたけど。
「ごめんね、ごめんね」
「いいですよ、雲雀先輩。幸いキララ先輩の言う通り、大した怪我もありませんし」
「でも、私が無理して運ぼうとして、転んだのが原因だし……」
「じゃあ、今度から工具箱は僕が運びます。それなら、大丈夫ですよね?」
「……うん。ありがとう、悠夜くん」
先ほどからずっと謝っていた雲雀先輩は、今度は目を潤ませて僕に謝辞を述べる。この性格といい笑顔といい、癒されますね。
「京、お前は何か言うことはないのか?」
「こういうのはちゃんと謝る方がいいよ?」
「うっ、わ、わかりました」
リア充二人にさとされ、京さんは渋々と言った様子で僕の目の前へ来る。
「その、ごめんな、悠夜。殴ってホンマに悪かったわ」
「いえ、こちらこそ、すみませんでした。あんな状態になってしまい」
「わ、わざわざ思い出させんといてっ」
「あ、すみません」
「って、これじゃ逆やっ。悠夜が謝ってどないすん。ウチも気にせえへんしもうどつかへんから、この話しは終わりや。これでええやろ?」
「はい」
ふぅ。一時はどうなるかと思いましたけど、これで大丈夫ですかね。
「うんうん。じゃあ全てが丸く収まったところで――」
キララ先輩が取り出したのは一枚の紙。って、それっ。
「いつの間に取ったんですかっ?」
僕がLHRの時に書いた進路の作文でした。書かせたくせに、瀬野先生はめんどくさいとのことで回収はせず各自に持ち帰らせたのです。確かポケットに入れておいたはずなのに……。
「さっきちょろってね~♪ 読んでいい? 答えは聞いてないけど」
「駄目に決まってますよ」
「じゃあ読むね」
「本当に聞いてないっ」
自分が読むのは構わないですけど、人に音読されるのはさすがに恥ずかしい。
「お、将来の夢か。今時作文なんて、手抜きもいいところだな」
明らかな手抜きですよ。
「そ、そういう、努先輩はなんなんですか? やっぱり、俳優ですか?」
「いや、まだ未定」
「私は看護師。将来は白衣の天使だよ」
「でもキララは俺だけの天使だぜ☆」
「もぉ、つっくんたら♪」
二人の世界に入ってしまったバカップル。
「京さんは? そう言えば聞いていませんでしたね」
「ウチ? ウチは……女優や」
「そうですか」
「なんや、どうせおてんばなウチには無理って思ってるんやろ」
「そんなことは……」
「気にせんでもええ。ウチは――違うから」
「京さん?」
「何でもあらへん」
突然そっぽを向いた京さん。どうかしたのでしょうか。
「雲雀先輩は将来の夢とかありますか?」
京さんは何だか黙ってしまったので、雲雀先輩に聞いてみる。
「え、私? わ、笑わないでね? …………お嫁さん」
なんと。玲さんと一緒ですか。
「笑わないの?」
「笑いませんよ」
「そっか。ありがとう」
雲雀先輩は嬉しそうな、それでいて寂しそうな表情を浮かべていました。
「『将来の夢 僕は小さい頃から――』」
「わー、読まないでください!」
いけないっ。取り戻さなくては!
4
「あれ? リリスさん、制服を着てどうしたんです?」
今日は土曜日。学校は休み。本来なら制服を着る必要はない。けれどリリスさんは制服を着用している。
僕は朝食を取りながら新聞を読もうとして、休日の朝には珍しいリリスさんの姿に気が付いた。
「今日は漫画研究部の活動があって、その後全員で漫画に必要なペンとか買いに行くんだ。ヒビキも楽しみだって」
「そうだったんですか。何時頃戻られます?」
「晩御飯までには帰って来ると思うよ」
「わかりました」
時間は午前10時半過ぎ。二人で遅め朝食を済ませ、リリスさんは一旦自室へ。僕は新聞に目を通す。
「また、行方不明者が出たんですか。毎度毎度飽きませんね。――? 通信」
ポケットにあった通信用特殊魔結晶が震える。
「はい、どなたですか?」
『――悠夜』
「京さん? どうかしたんですか?」
『ウチ、ウチ見てもうた……』
「大丈夫ですか、京さん? 何を見たんです?」
『怪異……、もう一人の自分、……ドッペルゲンガー』
「京さんっ、京さん!」
通信が途中で途切れてしまった。
「お兄ちゃん。どうかしたの?」
「いえ、特には」
部屋から出てきたリリスさんが、不安そうな表情を浮かべる。
(見たって、いったい何を。もしかして京さん……)
再びコール・エレメントの震え。僕は即座に通信を開始した。
「もしもし、京さんですかっ?」
『私、キララっ』
「キララ先輩? どうしたんです?」
先輩の声はひどく狼狽していた。
『さっきまでね、私、つっくんと雲雀と一緒に居たの』
さっきまで?
『そしたらねっ、急に不良ぽい人が、雲雀をさらっちゃった! 私はつっくんが守ってくれたけど、雲雀が……』
「わかりました、落ちついてください。僕の知り合いに魔祓師の人がいます。その人に連絡を入れてみますので、先輩方の現在地を教えてください。僕もそちらに向かいます」
『う、うん。わかった』
キララ先輩の現在地を聞き、通信を終了させる。
けれど、ああ言ったものの、僕自身動揺を隠すのでせいいっぱいだった。
落ちついて。こういう時こそ冷静に……。
まずは冬空先輩に連絡を、でも京さんも――
「お兄ちゃん」
リリスさんの心配した声も、どこか遠くで聞こえてくるようで――
何もわからないまま、時間だけが無情にも今起こっている『それ』が現実だと僕に囁いていた
続きます。
次回はシリアス路線と予告します。
それと、またリアルがごたつきまして、更新は遅めかと……。亀のくせにすみません。広い心で待っていただければ幸いです。
それでは失礼させていただきます。さようなら~