第十一夜★地獄から見つめるこの世界
前回述べたとおり、悠夜くんの過去について触れます
それではどうぞ~
1
パーティーの後片付け。
特に装飾などもしていなかったので、皿洗いが主ですが。
「お兄ちゃ~ん。お風呂空いたよ~」
リリスさんはメイドではなく義妹状態ですがやはり手伝わすわけにもいかず、先に休んでもらい風呂に入るよう言っていました。
片付けを終わらした僕は自分の部屋で読書をしていました。
「ごめんね、お兄ちゃんばかり働かせて」
「気になさらないでください」
「だからね、お兄ちゃんのためにいっぱいお湯に浸かったからね」
「そんなにあなたは僕に変態のレッテルをはりたいんですか?」
「興奮しない?」
「しません」
「私は興奮するのに」
「…………(明日からからはなるべく後に風呂を入りましょう)」
「変だなぁ。ママはこれ言ったら絶対悩殺、もしくはリリスのことを襲うって言ってたのに」
「あのバカ師匠……!」
あの師匠にしてこのアンドロイド有りですか。
でもきっと、これはリリスさんなりの頑張りなのでしょうね。
子は親に似るという現象を再現しようとしている。少なくとも僕にはそんな風に見える。
僕にもそれは同じで、経験済みだからだ。
近くにあるリリスさんの頭を撫でる。綺麗な銀色の髪。
最初は驚いていたリリスさんも、気持ち良さそうに顔を綻ばせ座っていた僕の膝に頭を乗せる。あえて抵抗はしない。
膝に暖かみを感じながら、昔の僕もこんなものだったかなと思案する。
2
――これは十一年前の物語
とても寒い冬、真っ白な雪が降り積もっていました。
広大な敷地。公園か何かだろうか。
僕はその中心で力尽き、倒れていた。重さを感じさせない雪が僕に積もり、まるで世界から僕の存在を消そうとしているかのように思える。
自分の名前も過去も記憶も使命も意思も何も無いまま僕はここにいた。
自然発生。
そう、まるで何かから引っ張り出されたようになんの前触れもなく、僕は真っ白な雪と真っ暗な闇が彩る風景に一人でたたずんでいた。
僕が『自我』というものを認識した瞬間から、僕は一人だった。
ヒトは僕を見て、皆一様にこう口にする。
バケモノ、と。
僕はヒトに追われた。
ヒトだけではなく、魔祓師や時には野犬にも命を狙われた。
生存本能が働き僕は今日この時まで逃げ延びることができたけど、体を蝕む寒さや飢餓、恐怖のせいで限界に来ていた。
活動時間の夜になり、あてもなくフラフラとさ迷って、こんな場所で力尽きている。
昼、特に太陽は嫌いだ。
黒い僕はまぶしい光に当てられるだけで、目立ってしまい格好の標的となる。自分に学習能力があることを心から感謝したい。
同様に雪も嫌いだ。
白い雪の中ではもちろん目立つし、動きは制限され肌を貫くような寒さは耐えられるものではない。
そんな嫌いでたまらない雪を払う力すら今の僕には有りはしなかった。
矛盾してるかもしれないけど恐怖は感じない。
どうやら僕は『敵』に対する恐怖心は有っても、『死』に対する恐怖心は全くと言っていいほどなかった。
多分、『死』によってこの苦痛から解き放たれるとでも、考えていたのだろうか。
それとも、全てがどうでも良くなって、命がなくなってもいいと考えていたのだろうか。
どちらにせよ、僕の命はゆっくりと確実に磨り減り、亡くなっていくのがわかる。
僕は目を閉じる。
最期の時くらい、嫌いな世界ではなく、僕が唯一安ぐことができる闇の世界に浸っていたかった。
「やっぱり人間がいた。しかも子供だ!」
その声は突然聞こえた。
ヒトの声。
おかしい。
今はヒトの活動時間ではないはず。個体差はあるとは言え、それでもこの時間帯はまずヒトは外へと出ない。
積もった雪を踏む音が聞こえ、僕に近づいていることを理解した。
僕に構うな。
殺すぐらいなら僕を一人で死なせてくれ。
「本当だわ、将矢さん。かわいそうに…………」
また声が聞こえた。さっきの声は違う。
どうやらヒトは二人、もしくは二人以上いるようだ。
僕は心の中で悪態をつこうとすると、体が強い力に引かれた。
大地にうつ伏せだった僕の体は、力任せに扱われ気付けば立っていた。
さすがに目を閉じるわけにも、無視するわけにもいかず僕は目を開けて事態を確認する。
確認して、とても驚いた。
ヒトは二人。それぞれが男と女。
最初に言葉を発した男は眼鏡をかけ、女は長い髪が印象的だった。
この時間にヒトが活動しているのは充分衝撃だけど、驚いたのはそんなことはない。
僕をみる二人のヒトの四つの目。
その目には今まで僕を見てきた目とは違い『敵意』がなかった。
「ごめんね、辛かったよね?」
ヒト、女の方がそう言うと僕に向かって両手を伸ばしてきた。それを『攻撃』と思った僕は反射的に数歩後退った。
そんな僕を見て、女は微笑みを浮かべ再び手を伸ばす。
何故か抵抗するという意思は頭の中に出てこなかった。
女の伸びた腕に僕はすっぽり収まる形で、抱きしめられた。
女の熱を暑すぎるほど感じる。事実、ずっと雪の中にいた僕の体はとても冷えきっていて、女の熱のせいで火傷するかと思った。
僕の体が徐々に暖められ、女の体温も苦にならなくなった。
初めて感じる、ヒトのぬくもり。
「……良かった。最初は野犬かと思ったけど。とにかく君が無事で良かったよ」
傍観していた男が僕の頭に手を置くと、撫で始めた。その手も暖く、とても大きく感じられた。
男は言葉を続ける。
「きみ、名前は?」
「ない」
「そうか……。優希」
「ええ、将矢さん」
頷き合うヒト。
男が僕の身長にあわせるように腰を低くする。
「ぼくらの養子にならないかい?」
「ヨウシ?」
「わからないか。家族になるってことだよ」
「カゾク……」
その言葉の意味は僕にもわかっていた。
脳裏に浮かぶのは手を繋ぎながら歩く三人の家族。誰もが笑顔を浮かべる『幸せ』と言う名の夢。
「いいの? バケモノの僕が、家族でいいの?」
僕はいつの間にか涙を流し、女の服の袖を強く掴んでいた。
「いいに決まってるわ。あなたはもう私たちの家族よ」
「そうだ。せっかくだし、名前を付けてあげなくちゃ」
「名前? 僕の?」
「ああ。そうだね……」
男は顎に手をあて考える素振りを見せると、不意に顔を輝かせ、
「きみの名前は、悠夜。森羅、悠夜」
「モリアミ ユウヤ」
「そうそう。名前の意味はね。森羅万象、全てに訪れるはるか悠くまでに広がる夜空という意味なんだ。ほら、見てごらん」
男が指を使い上の方を指し示す。つられる形で僕も上を向く。
あげる言葉もなかった。
黒い絵の具を使ったかのような闇の中で、星が幾つも存在しまぶしいとは言えないが確かな輝きを放っていた。
「暗い闇の中で光る星のように、白い雪の中にいた悠夜を見つけることができたんだよ。だから、悠夜の名前はこういう風にちなんだんだよ」
「いいと思うけれど、そろそろ家に帰らない? 私達も悠夜も冷えてしまうわ」
「それもそうだね。帰ろうか、悠夜」
「帰りましょう、悠夜」
二人は僕を挟むように立ち上がると、両手をそれぞれ握った。肌から直接感じる感触に、僕は戸惑いを覚えていた。
「あのっ」
「ん?」
「どうかしたかしら?」
「ア、ア、アア、…………アリガトウ」
それぐらいしか言えない僕を二人が見てクスクスと笑う。
『僕ら』の歩く速さは、ゆっくりとお互いを労るような遅い歩みだった。
この後僕は正式に森羅将矢とその妻、優希の子供となった。
3
「あれ? 確か僕……」
おぼろ気な意識の中で記憶を探る。
なんだか、昔の夢を見ていた気がする。それも、かなり前の。
ん? 夢ということは、僕は先ほどまで寝ていたのか?
「あ、起きた。もー、お兄ちゃん寝ちゃうんだから」
やっぱり寝ていたらしい。
それよりも気になるのはリリスさんの声だ。何故か至近距離かつ、真上から聞こえた気がしたんですが……。
上体をお越しながら、頭を上に向けようとするも、『モフッ』としたもの阻まれた。なんでしょう? どかそうと、それを掴む。
「ぁん。もおぉ、お兄ちゃんったら……」
だから何故リリスさんの声が至近距離かつ真上から聞こえてくる。
物体を掴んだまま考え――最悪なシチュエーションを思い浮かべてしまった。
「うわあぁぁ!」
掴んでいたそれから手を離し、横に転がって体制をたて直した。そして状況確認。
目の前には頬を赤くしながら正座するリリスさん。
じゃあ、僕が掴んでたものってやっぱり………………。
「お兄ちゃんのエッチ」
「うっ!」
「頭撫でながら寝ちゃうから今度はリリスが膝枕してあげたのに……。調子乗って妹に痴漢行為しちゃうんだ」
「ぐあっ!!!」
うぅ、イヤらしくねちねちと……。悪いのは完全に僕ですが。
「というわけで、今日は一緒に寝よう」
「何がどういうわけです!?」
「寝てくれなかったら、アキラたちに『お兄ちゃんに胸揉まれた』って言っちゃお~」
「……………………。一晩だけですよ」
「わーい」
★ ★ ★ ★ ★
「もっと離れてください」
「狭いから無理」
「だったらリリスさんの布団を持ってくればいいじゃないですか」
「それじゃあ、意味ないもん」
「どんな意味ですか」
あの後風呂に入った僕はリリスさんに自分の部屋へ素早く連行された。……逃げて野宿しようとしたのがばれたみたいですね。
部屋には既に布団が敷かれていて、枕が二つあった。決して変な意味ではないはず!
「さっきはあんなにリリスの胸をいじってた癖に」
「掴んでしまっただけです」
「ほんとそうやって事故を装う。素直じゃないんだから」
リリスさんはただでさえ一人用の布団に二人で狭い中、更に体を押し付けてきた。僕はリリスさんに背を向けているため、背中に先ほど掴んでしまったものが……!
「なんなら、もっと味わってみる?」
ギャー!!!
耳元で変な声出さないで、体をくっつけないで!
僕が必死に祈っているとそれが通じたのか、リリスさんが離れた。あれ、助か――うぉっ!
体を無理やり仰向けにされ、リリスさんにキスされた。登録の時同様、舌を入れられた。
抵抗もできないまま、リリスさんが好きにされていると、ゆっくり唇と唇を離した。
「うふふ。今日はこれで我慢してあげる。今度はもっと気持ち良くしてね?」
そう一方的に言うと、僕の腕をつかむとリリスさんは寝息を立ててしまった。しかも、その胸で僕の腕を挟むように。
この状況で寝ろと? あー、明日は寝不足確定ですね。だってリリスさんの鼓動が伝わって、僕の鼓動もすごい速いんですもんっ。
でも、まあ。
横に誰かがいる中で寝るのも、とても心地よい気がする。
暖かさが伝わり、心が安らぐ。
たまにはこういうのいいかな?
そんなことを考えてしまっていた。
実はニヤリと笑うリリスさんの計画通りと露も知らずに。
……なんで過去話よりコメディが多いんだろう?
やっぱり作者の力不足!?(泣)
うぅ、悠夜くんの過去と時々見せる執着の理由をわかっていただければ幸いです。
感想お待ちしてます★
それでは失礼しま~す