第九夜★日常と非日常、交わるその時生まれるものは
今回は悠夜くんたちのプチコメディでお送りします。
間を開けた分長くなってしまったので、頑張ったのでどうぞお願いしま~す。
後書きを読まれる方はどうか広い心でお願いします
それでは、どうぞ~。
1
僕の眠りは深い。加えて、全くと言っていいほど寝返りをうつこともないので、お前の睡眠は死んだように見える、とよく言われていた。
だから、でしょうか。
「ご主人様、起きてますか?」
「……」
「どうやら、起きてませんね。とても静かですし」
「…………」
「そ、それじゃあ、時間もないことですし早速――」
「………………」
メイドであり義妹である女の子に、布団の中を侵入されているのは。
「はぁはぁ。ご主人さ――イタタタタッ!!!」
「おはようございます、リリスさん」
僕は息を荒げながら顔を近付けてくるメイド服の少女に朝の挨拶をする。アイアンクローのおまけつきで。
「ちょっ、ご主人様っ。酷いです~、痛いです~。寝たふりするなんて~」
「うるさいです。人の寝込みを襲うようなメイドに言われたくはありません」
むかし、師匠が仕事をほっぽり出してよく家にいた頃、毎朝のように僕の布団へ入ってくる師匠を撃退するため、どんなに深く眠っていても人の気配がすれば起きれるスキルが身についたんですよね。
師匠が(以前よりは)真面目に仕事に取り組むようになってあまり使わなくなりましたが、よもや高校に入学してまでこのスキルが役立つとは。何が起こるかわかりませんね、ほんと。
「あ、でもこれだんだん癖になりそう。――きゃっ」
手遅れにならないうちに手を離し、起き上がるのには邪魔なので、強引にどかし部屋から追い出す。
何故って?
着替えるために決まっています。
★ ★ ★ ★ ★
「さっぱりしました」
朝の鍛練後のシャワー。実に爽快です。汗は付着しているだけでうっとおしいですからね。
「あ、お兄ちゃん。お疲れー。朝ご飯できてるよー」
僕が鍛練とロードワークで家を留守にしている間、リリスさんが朝食を作ってくれていました。ちゃぶ台に並ぶ和食がとても美味しそうです。
茶碗にご飯をよそってくれているリリスさんの髪型はストレートになっています。
なんでも、僕のメイドの時はツインテール。僕の妹の時はストレートというふうに髪型を変えているようです。理由は僕にもわかりやすいというのと、その方が切り替えがしやすいからだそうです。メイドと妹。機械とヒト。二つの存在を内に抱えるからこその決断なのでしょう。
けど、そんな髪型よりも今はリリスさんの服装が気になってていました。
昨日、リリスさんの日用品や服(メイド服以外は所持していなかった)を買いにいきました。けれど、今リリスさんが着ているのはメイド服でも、昨日購入した服でもなく、僕が通う國桜高校の制服でした。
「リ、リリスさん。その格好はいったい……?(コスプレだと言ってくださいっ)」
「あ、これ? えへへ、実はね、ママがくれたんだよ。お兄ちゃんと一緒の高校に通っていいんだって。どう、似合うかな?」
上機嫌な様子でくるくると回って制服を見せるリリスさん。
師匠、なんてことを……。
「に、似合いますよ」
わーいと素直に喜ぶリリスさんとは違い、僕は新たなトラブルの気配を強く察知し渇いた笑みを浮かべることしかできませんでした。
「ささ、そんなとこにつっ立ってないで早く食べよ」
「そ、そうですね。いただきましょう」
「いただきま~す」
初めて食べるリリスさんの手料理はとても美味しかったです。できればブルーな気持ちで食べたくはありませんでしたが。
2
「行ってきます」
「いってきま~す」
二人揃っての登校。
僕が鍵をかけて歩き始めると、リリスさんは自然な動きで隣に並びました。……並ぶのは歩行者の邪魔になるので僕はあまり薦めにくいですけど、黙認しましょう。リリスさんもニコニコなことですし。
けれど印象ってずいぶん変わるものですね。
最初ツインテールとメイド服の組み合わせで対面した時は、どことなく冷たい印象がありましたが、今はおろした銀髪に制服なので天真爛漫といった感じでとても楽しそうです。
師匠の狙いはこういうことなのでしょうか。
「ねぇねぇお兄ちゃん。学校ってどんなところ? 楽しい?」
「知らないのですか?」
「う~ん。知識としてはある程度インプットされてるけど、私が本格的に起動してママに拾われたのがつい2、3ヶ月前だからあんまり世間のこととかわからないんだ。だからとっても楽しみ♪」
確かに彼女も、僕と立場は幾分か違うとは言え、『非日常』の住人だ。
やはり『日常』での体験は新鮮そのものなのでしょう。リリスさんを拾った師匠自身、ある意味で非常識な存在ですし。
僕らは会話(主にリリスさんが僕に質問)しながら、國桜高校の校門へと到着した。まだ桜の花弁が綺麗に舞う校舎は、たった二日しか登校していないのに何故だかとても懐かしく感じました。グラウンドでは運動部が元気に練習をしている。うちの高校は特に力を入れているわけではないが、この周辺の地区では強い部類に入ると神薙くんが言っていたのを思い出す。
「わぁー、きれー」
リリスさんは早速、桜に心を奪われているようでした。
「桜を見るのは初めてですか?」
「うん。話しには聞いてたけど、本物は初めて。へぇー。この樹からさくらんぼができるんだ」
「多分できないと思います」
入学手続きをするリリスさんを職員室まで送る。これが結構精神的につらい。
いくら人があまり校舎内にいない時間帯とは言え、人目を引くほどの美貌を持つリリスさんと一緒にいるのは正直精神的に辛い。教室で玲さんや恋華さんといる時は、『二人きり』という状況ではありませんでしたし。いまさらながら、女性に免疫がないことを痛感する。
職員室に到着し、ここからは別行動。少し肩の荷が軽くなった気がしたのは内緒です。
「それでは、僕は失礼します」
「お兄ちゃん。お兄ちゃん」
「はい?」
安心して油断していたのもありました。
呼ばれて振り返ったとたん、リリスさんは僕の顔を固定しあろうことかキ、キスしてきました。
(!!!)
突如の事態に驚き、柔らかな唇に意識が朦朧としてきました。
唇をふさがれて十秒ほど僕は解放されました。
「じゃあ、お兄ちゃん。いってきます☆」
輝くような笑顔でそう言うと、元気良く『失礼します』といって職員室に入る。
僕はそんな光景を呆然と眺め、やがてゆっくりと自分の教室へと足を運びました。
(無邪気な分、師匠よりもたちが悪いっ!)
★ ★ ★ ★ ★
「悠夜くん、おはよう。あれ、どうしたの。なんか元気ないよ?」
「おはようございます。ちょっと疲れました」
やはりクラスの中で一番速い出席。入学式同様、玲さんもずっと二番目です。
「もしかして、寝不足? 実は私もなんだ。悠夜くんに魔装具を造ってもらったから、ついつい練習しちゃって」
土曜日は魔装具を造って解散したが、管理の仕方や個別のアドバイスは各々に言ったので実践したのでしょう。
「ねぇ、悠夜くん。あんなことって、いったい誰に教わるの? もしかして独学?」
「いいえ。違いますよ。師匠がいるので、その人から教わったんです」
「へぇー。悠夜くんの師匠か。じゃあ、私たちにとっては大師匠だね」
「そうなります」
「ねえ、どんな人なの? 私会ってみたいな」
「一言で言えば騒がしい人ですかね(師匠とみんなを合わせるのは絶対回避しなくては)」
「そうなんだ。なんだか意外だな。もっと寡黙そうな人かと思った。長い髭でもはやしてそうな」
「寡黙というものにかけ離れてますからね、師匠は。髭もはえていませんし」
というか、女性です。
これ以上師匠のことを追求されて、特定されてしまうような情報が漏れないかひやひやしていましたが質問は終わり、変わりに無言で歩みよると玲さんは僕の首筋に顔を近付けてきました。
玲さんの突然の行動と香ってきた甘い匂いに鼓動がはね上がり、身体中が熱くなりました。
「――メスの匂いがする」
けれどその熱も一瞬で引き、玲さんのいつもより低いトーンに背筋が凍りました。おまけに腹部には何か固い感触。先端が尖っているように思えるのは、気のせいだと信じたい。
「この匂い、恋華とも冬空先輩とも違うよね? ねえ、誰なの?」
「は、母親です。昨日突然僕の借り住まいにやってきたんですよ。た、多分匂いとやらはその時についたのではないのでしょうか。いえ、きっとそうですっ」
メス。
そう言われて脳裏に浮かんだのは、手術に使う医療道具ではなくリリスさんの顔だった。
リリスさんの名前を出せば100%とまずいことになると直感した僕は、嘘とも真実とも言えない証言を口にしていた。
「なんだ、そうだったんだ。もー、余計な心配しちゃったよ。悠夜くんのお母さんって、どんな人。お母さんにも会ってみたいな」
「騒がしい人です。それと仕事があるとかで、今朝早くに帰りました」
帰った本当の理由はわかりませんが、師匠のことですし仕事がたまっているのは間違いないでしょう。
「そうなんだ、残念。お母さんって若い?」
「そうですが。どうかしました?」
「ううん。ただね、匂いがちょっと――若い人のものに思えたから」
ギクリ。
リリスさんは確かに若い。若すぎる。見た目こそ僕や玲さんこそ変わりませんが、稼働してからの時間は一年もないでしょう。
もし、匂いの元がリリスさんとわかったら、僕はどうなってしまうんでしょう。
「確かに、若いかもしれませんね。僕、ししょ――母さんに拾われた身ですし」
「あっ、そうなんだ……。えっと、そのごめんなさい」
「ああ、いえ。お気になさらず。まあし――母さんとは楽しくやっていますし」
確かに師匠は迷惑な性格の持ち主だ。でも、師匠のおかげで救われたのも事実だ。
師匠と出会わなければ――。想像はしたくない。きっと今よりも泥沼の道を歩んでいくことになっただろう。
玲さんがそっと僕から離れていく。
「……悠夜くんってさ、すごいよね。辛い境遇の中に居ても強くて、優しくて」
「そうでもありませんよ。僕がそんなふうに見えたのなら、それは幻想です。不幸に慣れてしまっただけですよ。
それに、悪いことばかりではありません」
「どんなこと?」
「秘密です」
玲さんは『イジワル』と言って微笑む。
だって言えませんよ。
皆さんに会えたことで僕の日々は少しましになりました、なんて。
3
「なんだ森羅。まだ生きていたのか?」
「担任のセリフとは思えませんね」
「だってそうだろう。冬空はこの学校、いや、アストラルでも屈指の魔法使いだ。それと戦って敗北したからって、生きてるとは喜ばしいことだぞ」
「そんなのはわかりきっているので、早くホームルームを行ってください」
よりにもよって魔術決闘の話題を持ちだすとは。
クラスメイトのみなさんも僕が冬空先輩にフェーデに負けたことはわかっているし、フェーデ前日以上に聞きたいオーラを出す中、狸寝入りをして我慢していたのにここで口にするとは。……この人本当に教師なのでしょうか。
「まあまあ、そう言うな。今日はホームルームをする前に、新しい仲間を紹介しよう。このクラスに――転校生がやってくる!!! ん、どうした森羅。まるで青酸カリでも飲んだみたいに顔が真っ青だぞ」
「いえ、お気になさらず」
……リリスさんが制服着た時からする嫌な予感が、今最高潮に高まって脳に危険信号を出している。
いや、そんなあり得ませんよ。いくら入学式一週間で転校生が珍しいからって、リリスさんの他にもいる可能性は十分にある。いや、ある。絶対にあるっ。あるのですから、これ以上僕にトラブルや不幸はいらない――
「んじゃ、サクッと自己紹介しちゃって」
「はじめまして。私はリリス・ペンドラゴンって言います」
「さようなら。早退しますっ」
「落ち着け悠夜っ。まだ朝のホームルームだぞっ」
「というか、なぜ窓から出て行こうとするんスかっ。ここ4階ッスよ!」
あともう少しで出口(窓)を通れたというのに、神薙くんと刈柴くんに押さえられ失敗に終わる。
「離してください!」
「とりあえず何かあったか話せよ」
「時間が惜しいので無理です」
「ちょっ、そんな暴れちゃ駄目ッスよ…………ひっ」
突然二人の拘束が解け、足を踏み出そうとするが――見てしまった。同時に気付いてしまった。神薙くんと刈柴くんが縮み震えあがっている理由が。
「ねえ、悠夜くん。どこいくの? 悠夜くんについてた匂いがあのメスの匂いと一緒なんだけど、いったいどういうこと? 教えて欲しいな? もちろん、二人きりで」
右手に包丁、左手に五寸釘を持った玲さんがゆっくりとまるで亡霊のように歩いてきました。
「……理由、わかっていただきました?」
「……これ以上ないくらい明確に」
「……止めて本当に申し訳なかったッス」
「というわけで本当にさようならっ」
二人きりになったらあの包丁と長い釘でいったい何をされるのでしょうか。……考えたくもありませんが。流血沙汰になるのは目に見えていますが。
命、というより自分の身が惜しい僕は障害もなくなってので生存本能を最大限に利用し、この教室(魔城)から脱出を試みる。
窓まであと一歩――けれど、通ろうとした瞬間まるで強い力で押されたようにバンッと窓がしまった。……あのまま進んでたら、僕の首飛んでましたね。
古い処刑のような形で死なずにすんで思わず安心しましたが、また強烈な寒気が。
振り返ればそこには、綺麗な鉄扇を持った恋華さんが影があるというか、とても恐ろしいものを内に秘めた女夜叉といった雰囲気をかもし出していました。
「駄目ですわ、そんなところから出ようとしては。それよりも、玲さんが言っていた『匂い』がなんとやらと言うの、私も非常に興味があるので、話してくださいますわよね?」
恋華さんも加わり、僕の死亡率はさらに上がってしまいました。いったい僕はどこで選択肢を間違えてしまったのでしょうか。
神薙くんたち一般人は自分らに被害が及ばないように、教室の隅へ隅へと避難していった。無理なのはわかっていますが、誰か一人ぐらい助けてくれてもいいのでは。
「とりあえず悠夜くんには」
「痛い目にあっていただきますましょうね」
「ちょっ、僕の意思やその他もろもろは!?」
「覚悟!」
「問答無用ですわ!」
投擲された鈍く光る包丁に、扇を振るうことで放たれた魔法は、的確に僕を狙う。回避しようとするも、金縛りにあったように体が動かなかった。
刃物が僕に突き刺さり、鎌鼬となった風が肉をえぐろうとした瞬間、
「だ、め」
目の前が一瞬ぶれたかと思うと、リリスさんが出現。危ないと叫ぼうとしましたが、それは無用でした。
リリスさんは飛来する包丁を避けるでもなく人差し指と中指を使って真剣白羽取りをし、持っていた学生鞄を横に振ることで風を打ち消した。
自分の技を無効化された二人はもちろん、クラス全員が優雅に攻撃をさばいたリリスさんを見ながらポカーンと固まってしまった。もちろん僕も。
そしてクラス中の視線をかっさらったリリスさんは、まるで飽きたオモチャのような扱いで包丁と鞄を床に投げると、
「お兄ちゃーん」
くるっと一回転。そのまま僕を抱きしめました。って、ちょっと! 離してください、みんな見てますから。
「え、悠夜くんが――お兄ちゃん!?」
「お前外人の妹がいたのかっ」
「私の魔法が鞄なんかで……」
「転校生は妹キタニャーーーーー!!!」
「てか、妹さんスゴすぎッス」
『森羅ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!』
個人個人の感想や、男子の叫びがちらほら。ああ、やっぱりこんな展開になるんですね。
その後は一時間目担当の五十嵐先生が教室に来るまで、騒ぎは収まらなかった。え、担任の瀬野先生はどうしたって? あの人は僕が窓から脱出しようとした直後にエスケープですよ(怒)
4
昼休み。
それは途中休憩を挟みながらも約4時間の授業を終えた生徒たちの憩いの時。
なのに、そのはずなのに――
「食堂で食べてきたら? リリスさんは知らないと思うけど、あそこって料理とても美味しいよ」
「私はお兄ちゃんと食べるから平気だよ」
「その悠夜さんが嫌がってますわよ。ねえ、悠夜さん?」
「は、ははは」
――昼休みになっても平穏はありませんでした。僕はどこに行っても休まることはないのでしょうか。
四時間目が終わり僕たちはいつものメンバーにリリスさんを加えた六人で昼食を食べようとしたのですが、入学二日目の時のように暗雲が立ち込めてしまいました。
一時間目終了後クラスの半分以上はリリスさんの机(僕の隣)に集まり質問。残りもリリスさんが兄と慕う僕にこれまた質問。正直とても疲れました。僕は質問のほとんどを義務的にこなしましたが、リリスさんがいらないことを口にしないかとても冷や冷やしながら見ていました。事実、僕とリリスさんが同じ住まいと知られた時は、クラスのほとんどの男子や玲さんたちに追いかけられました。……シャーペンって本当に壁に刺さるんですね。本の中のフィクションかと思ってました。
そんな地獄とも言っていい午前をすごし、美味しい昼食を食べようとしたのにまたこの三人は……。元気ですね、ほんと。
「すげー。俺あの三人から黒いオーラが見えるッス」
「女が三人いれば姦しいって言うけど、あいつらの場合は魔法大戦争が起こってもおかしくないニャ」
「俺、女には気をつけよう」
「のんきなことを言っていないで、この場をどうにかしてくださいよ」
「それを俺らに言うか。むしろお前しかいないだろ、状況を打破できるのは」
「選択肢を間違えれば一気にデッドエンドまっしぐらだけどニャ」
「だから嫌なんですよ」
「大丈夫ニャ。主人公は死亡フラグを立てても、すぐにリバースするからニャ。安心して逝ってこい」
「ちょっ、背中押さないでくださいっ」
「それより速いとこ飯食べないッスか。俺もうペコペコッス」
「そうしたいのはやまやまですが、僕の弁当はリリスさんが持ってるんですよ」
「ファイト」
「じゃあニャ」
「応援してるッス」
「どこ行くんです? 逃がしませんよ」
「離せーっ。俺らまで飯食えなくなるだろ」
「皆さんにだけ美味しい思いはさせません」
「ああ、昼飯なだけに」
「うーん、いまいちッスね」
「別に狙ってやっているわけではありませんから。あー、それにしてもお腹減りましたね」
「ん、お兄ちゃんお腹減ってたの? はい、お弁当」
僕から漏れた一言で静かに睨み合っていたリリスさんが、自分の鞄から二つの弁当箱を取り出した。
普通サイズの。
「お、お兄ちゃんどうしたの? なんで床に手をつけてうなだれてるの?」
「昼食、僕の昼食が……」
弁当も自分が用意するからと言っていたのでリリスさんに頼んだのですが、僕お気に入りの重箱ではなくリリスさん用に買った弁当箱両方を使うとは……。
「ちっちゃ。ニャるほど。ペンドラゴン。悠夜はいつも弁当に重箱を使ってるんだニャ。多分これじゃ、少ないニャ」
「悠夜さんのお弁当、少なく見積もっても三人分ですものね」
「えー! 確かにご飯を一気に六杯もおかわりした時は成長期だなぁとは思ったけど……。うぅ、お兄ちゃん、ごめんなさい」
「いえ、用意していただけでも嬉しいですよ」
「わーい\(^o^)/」
「こらっ、悠夜くんに抱き付かないっ」
「たくしょーがねえニャ。よし、俺のおかず一つあげるニャ」
「あ、じゃあ俺もあげるッス」
「貸し一つな」
「私のも食べてください」
「それなら私もあげちゃお」
「私を食べて」
「リリスさん、学校ではおかしなこと言わないように。――皆さんありがとうございます。では、食堂にいきましょう」
「は? おいおいおい。俺らの話し聞いてたか」
「だって、皆さんから一品ずつもらったとしても足りませんよ」
「どんだけ胃袋ブラックホール!?」
神薙くんの言葉は無視して、食堂へ歩きだす。楽しみですねぇ、はじめてですし。
5
うちの学校の食堂はとにかく広い。食堂というより大型のレストランと言った方がしっくりくる。それぐらい広い。正確な席数はわからないが、國桜高校の全ての生徒が入っても席が余ると思われる。
一説によれば、扉には転移魔法が使われているとかないとか。まあ、確証はないが。
食堂は持ち込みオーケーで、弁当派の人もここで食べられるようになっている。また、メニューも豊富で他の学校よりも数が少ないとは言え外国人の生徒にも幅広く対応している。
大地(俺)も亮に誘われて一回来たことがあるが、その時たべたカルボナーラはとても美味しかった。
「え、リリスちゃんと悠夜くんって一昨日はじめて会ったの?」
「うん。正確には一昨日の夜中。ママと一緒にアストラルへ来たんだ」
「そう言えば悠夜とペンドラゴンは何で名字違うんスか?」
「それは私にもよくわからない。多分ママの考えだと思う。あ、私のことはリリスでいいよ」
「そうッスか。じゃあ俺も大地で構わないッス」
「にしても、悠夜は本当に羨ましいニャー。ただでさえフラグを乱立させてるのに、こんなかわいいデレデレの妹が居るなんて。世の中不公平だニャ」
「何言ってるんだ。お前にだって妹の奏ちゃんがいるじゃないか」
「ニャー! ここで、奏のこと言うニャ!」
「それは初耳ですわね。どんな方ですの、その奏と言う人は」
「うーん、元気はつらつと言ったところかな。ちなみに響はアストラルに来る前、奏の尻にしかれた生活を送っていた」
「……なるほど、だから『萌え』とかに走ったんだ」
「ちょっ、やめるニャ月弦。そんな残念な存在を見る目を向けるのはっ」
「響も苦労してたんスね」
「今度は暖かい目っ。うぅ、どっちにしろハートが痛いニャ」
「にしても、悠夜さんも遅いですわね。それほど混んでいるわけでもありませんのに」
「そうッスね~」
俺らは各々の昼食のテーブルに広げ、雑談を交えながら食事をしている。ちなみに悠夜は一応俺らのおかずをもらいつつリリスちゃんの用意した弁当を完食したのだが、足りないと言って注文しに行った。……彼の辞書に『満腹』という言葉はあるんスかね。
「今日はやけに賑やかだと思ったら、お前らだったか」
「あ、冬空先輩。こんにちはッス」
トレイに乗った蕎を持ちながらこっちへやって来たのは、この学校の生徒会長にして悠夜の一番弟子にあたる冬空美姫先輩だった。
「あら、冬空先輩も学食でしたの。なんだか意外ですわね」
「料理はできなくはないが、忙しい時はどうしてもな。席、いいか?」
「構わないニャー」
「私の隣どうぞ」
「ありがとう、月弦。さて、私もいただこう」
こうして冬空先輩も一緒に食べることになったが、余裕のある多人数用のテーブルに陣取っていたので別に積めたりもしなかった。
「ん、この銀髪の少女は?」
「リリス・ペンドラゴンって言います。よろしくお願いします」
「この子、今日転校してきたんですの」
「ああ、お婆様が言っていた転校生か。初めまして、私は冬空美姫。ここにいる者たちの先輩にあたる。……ペンドラゴン? はて、どこかで聞いた名だな」
「リリスちゃんって、悠夜くんと兄妹なんですよ」
「確か……なに? 森羅と。……腹違いか」
「まあ、そんなところですね。でも、私がお兄ちゃんの妹であることには変わりない!」
「ハハハ。愛されてるようだな、森羅のやつは。で、肝心の森羅はどうした? 見当たらないが」
「悠夜なら食い物取りに行ったから、もうそろそろ来ると…………お、噂をすれば――」
亮が話し途中で絶句、固まってしまったので俺も亮の目線へと顔を向ける。そして、亮同様絶句してしまった。
俺らの、いや食堂中の人の目が静かにやってきた悠夜に釘付けになる。
悠夜は右手と左手にそれぞれ、どんぶりを乗せたトレイを持っていた。それだけならまだわかる。俺にだって、難しいとは思うけどできなくはない。でも、トレイは二つだけではなかった。
頭の上。悠夜はそこに絶妙なバランス感覚で、第三のトレイを頭に乗せていた。もう修行か何かにしか、見えない。しかもその状態でスタスタ歩くもんだから、すごいとしか言いようがない。……悠夜って、仙人かなんかスかね。そんな感想が頭をよぎる。
「お待たせしました。さすがに三品は時間がかかってしまいました」
あまりの衝撃映像に言葉が出ない俺らをよそに悠夜はテーブルの前まで来ると、綺麗な姿勢のまま膝だけを曲げて手の位置をテーブルに合わせ滑らすように両手のトレイを置く。そして仕上げとばかりに、まるで王冠をとるように頭の上にあるトレイを持ち静かにテーブルへと置いた。
俺らだけでなく、食堂中の人が関心し安堵の表情を浮かべ、拍手をする人もいた。
『スゲーなあいつ。曲芸師とかに向いてるんじゃね?』『あれ一人で食べるのか』『にしてもあの一年、どっかで見た気が……』『あ、森羅悠夜だよ。ほら、生徒会長と戦った』『へぇー、あの子が。…………こうして見ると結構いけてるかも』『てか生徒会長と飯食ってるぞ。あの二人って知り合い?』
「なんだか騒がしいですね。まったく、食事ぐらい静かにすればいいものを」
いや、悠夜のせいッスよ!――とは言えなかった。
リリスちゃんの衝撃的な登場ですっかり忘れていたけど、悠夜は先日の魔術決闘のせいで有名になっている。魔法に長けた冬空先輩に健闘し、その対戦相手と食事をしてるとなれば話題にはなるだろう。
そんな悠夜は周りに大した反応も見せず、食事を始める。どんぶりの中身は天丼にカツ丼、鉄火丼だった。しかも大盛り。よく噛みすごいスピードでたいらげる。今度はその姿に視線が集まる。本当に、冗談みたいな食生活ッスね。
「そ、そうだ。せっかくだし、リリスちゃんの歓迎会やろうぜ」
「ああ、いいニャそれ。やろうぜ!」
「確かに名案ですわね。楽しそうですし」
「え、でも……。いいの?」
「何言ってるんスか。いいに決まってるッスよ」
「お兄ちゃん……」
「まあ、誰かの迷惑にならなければ、問題無いと思います」
「――うん。ありがとう」
「私も参加していいか?」
「もちろん。よーし、料理部で磨いた腕見せちゃお☆」
「清々しい笑顔と一緒に包丁を出さないでください。でも、玲さんたちは部活があるのでは?」
「あ、確かに」
「こういうのはどうでしょうか? 部活動に所属していない僕とリリスさんが先に帰り会場を準備。あなた方は部活が終了しだい、食材を何品か持ち寄りこちらへ向かう。会場は僕の家でいかがですか?」
「いいと思うッスよ」
「では、皆さんそういうことで」
こうして悠夜の家開催、リリスちゃんの歓迎パーティーが決まった。
その後は楽しい食事を済ませ昼休み終了の放送が流れる前に冬空先輩と別れた。悠夜がみんなに住所を教えるの、もちろん忘れずに。
「なんだか楽しくなりそうッスね」
俺は廊下歩きながら、そう呟いていた。